ヨーロッパ遭難編⑧
ここの世界樹の遺跡が天空のリリィの停止命令を受け付けず動き続けているのは何故だろうか。その理由を探っていた但馬は、このシステムの管理AIが、かつて自分が所属した企業と同名の会社が開発したものだと知る。興味を持った彼が更にAIについて詳しく調べていると、耳長エルフたちの間に伝わる神話の鍵を見つけた。
『神々の戦争の証拠……? あの戦争は本当にあったことなのですか?』
リーダーが驚きの声を上げる。但馬は頷いて、
「ええ、ここにある記録によると……どうやら、あなたたちのご先祖様は、この地上に楽園を作ろうとしていたみたいですね」
大昔のコンピュータの管理者が残したらしきファイルを探っていると、パスワードも掛けられてないシンプルなテキスト文書を見つけた。どうやら彼の残した手記らしく、中身を読んでみると、そこには驚きの事実が記述されていた。
それによると、彼はかつて北米大陸にあったシェルターで暮らしていた集団の、最後の生き残りのようだった。そんな彼が、どうして海を越えて欧州にやって来たのかは、少々入り組んだ話になる。
まずは今から数千年前、1万年は経っていないくらいの昔、この地球はベテルギウスの超新星爆発の影響をもろに受け、文明は滅亡の危機に瀕していた。
最初のガンマ線バーストの到達で地球人口の半数以上の人々が即死し、たまたま地下鉄構内などに居た人を除けば、他の人類も数日のうちに死に絶えた。地上は生き物が住めるような環境ではなくなり、農作物は枯れ果て、家畜もほぼ消え去った。それでも人類が生き残れたのは、寧ろ絶滅しかけたお陰だった。大都市には思った以上の加工食品が備蓄されており、養うべき口が減れば、それで案外暮らしていけたのだ。
こうして数年が過ぎると、地下に居ながらにして食料を得る方法も確立され、自給自足も可能となった。相変わらず地上はガンマ線の影響が凄まじかったが、防護服を着れば安全に外に出られるようにもなった。
それで人々は生き残りを探すために、あらゆる手を尽くしたが、しかし結果は散々なものだった。ガンマ線の影響であらゆるハイテク機器が破壊され、頼みの綱のインターネットがまったく機能しなかったのだ。
また、探索するための交通手段も限られていた。電車や飛行機は論外で、辛うじて使えるのはローテクのガソリン車くらいのものだったが、燃料のガソリンが貴重だった。そして仮に生き残りを発見したところで、彼らが祝福をもたらすか、厄介事を持ち込むかはギャンブルである。人々は段々消極的になっていった。
それに、他人を気にする余裕があるほど、人々の生活もまだ安定していなかった。特に、インターネットを失ったことで、あらゆる科学技術に関する知識が失われてしまったことは、人類にとっては痛恨過ぎた。探せば紙の記録も見つかったろうが、それらを収集し編纂し管理するような機関はもうないのだ。このままでは、人類が培ってきた英知は数十年のうちに全て消失してしまうだろう。それが意味することを知る者は焦燥感に駆られたが、どうすることも出来なかった。
それから数十年の月日が流れた。
人々は地下で生活することに慣れ、2代、3代と世代交代が続いた。危機を経験した者は皆老人となり、それ以前にあった地球文明のことを知る者は殆ど居なくなっていた。長老たちは生まれてきた子どもたちに、持てる限りの知識を与えたが、とても十分とは言えなかった。このまま最初の世代が居なくなったら、残された子どもたちは遅かれ早かれ絶滅するだろう。今の地球環境で生き抜けるほどの力が、彼らにあるとは思えなかった。
と、そんな時、奇跡が起きた。危機以前に地球外へ飛び立った火星探検船が帰還したのだ。
火星探検船キュリオシティ01はミッションからの帰還中、危機に見舞われ、地球往還軌道から著しく逸脱してしまった。そのせいで帰還までに数十年が必要となり、乗組員たちも皆死んでしまったが、それでも彼らは諦めることなく、地球に自分たちの残した足跡を届けようと、無人の船を送り返すことに成功したのだ。
こうして帰還したキュリオシティ01には、文明滅亡前のあらゆる科学技術と歴史が詰め込まれたデータベースが搭載されていた。また、船と随伴して帰還した小惑星探査機プロスペクターには、現人類には到底想像もできないような人工知能リリィが搭載されており、これらは科学技術を失ってしまった人類への福音となった。
キュリオシティ01の帰還後、急速に科学技術を取り戻していった人類は、そこから劇的な復活を遂げる。生き残っていた世界中の人々との通信が可能となり、追い詰められていた人類は、この危機を乗り越えるべく一丸となって動き出した。そして人類史上唯一と言っていい、戦争がなく穏やかな時代が続くこととなる。
それから数百年後。
近代科学を取り戻した人類は、この危機的状況下で更に発展を遂げ、ついに太陽系内を自由に飛び回れるほどにまでなっていた。そんな彼らは、ベテルギウスから定期的に飛んでくるガンマ線に汚染された太陽系を救うべく、太陽をダイソン球にして宙域ごと移動させてしまう計画を実行することにした。
この頃、すでに地球ではなく、宇宙空間で暮らすのが当たり前になっていた人類は、このダイソン球計画と並行して、恒星間航行の準備を始めた。計画が発動しても太陽系が元通りになるまで、まだ数千年は掛かるから、その間、他の星系に移住していようという考えだった。
新オルフェウス社の創始者は、この計画の中心人物であったが、太陽系を脱する宇宙船には乗らずに地球に残った。地球には他にも、他星系への移住を望まず、母なる惑星で天寿を全うしようという人々がたくさん残っており、彼もその一人と考えられていた。
ところが、彼の本当の狙いは違った。彼は宇宙開発で培った高度な科学技術と、新オルフェウス社の巨万の富を惜しみなく投じて、誰も居なくなった地上に、自分だけの楽園を作ろうと画策したのだ。
彼は自分に賛同する者たちを集めると王様のように振る舞い始めた。そして北米に巨大なシェルターを作り、世界樹の1つを拝借しその維持に充てて、神と芸術の街を作り上げた。彼の街に招かれた客たちは贅沢な暮らしを謳歌し、人類の居なくなった地球上で我が物顔で暮らしていた。
しかし、言うまでもなくこんなことは長くは続かなかった。
それから数十年が過ぎて王が死ぬと、案の定、後継者争いが起こった。街を維持するには労働力が必要だが、そのために虐げられていた人々もまた反旗を翻した。彼が作り上げた王国はあっという間に戦火に飲まれ、人が住めなくなるくらい荒廃してしまった。
シェルターの維持には世界樹の生み出すエネルギーが必要だったから、後継者争いはやがて世界樹の争奪戦へと変わっていった。しかし世界樹を制した方だけが生き残ることが出来るならば、負けたほうが何をするかは言うまでもない。彼らは泥沼の争いの末、どちらからともなく世界樹に火をつけて、全てを台無しにしてしまったのだ。
そして北米に人が住める環境はなくなってしまった。残された人々は、生き残るために海を渡り、北欧の世界樹へと逃れてきた。手痛い教訓を得ていた彼らは同じ轍は踏まぬよう、争いごとを止めて自然に帰る道を望んだ。そして彼らはロディーナ大陸(南極)の人類と同じように、自らの肉体を環境に適応出来るように改良し、自然とともに生きることを選んだのだった。
「それが、あなたたちの先祖だったようです」
但馬は宇宙に関する辺りを適当にボヤかしながら、耳長エルフたちにも分かるよう、彼らの先祖が辿ってきた歴史を話して聞かせた。リーダーは暫くの間呆気に取られて放心していたが、
『では、我々はその愚かな人間の末裔ということか?』
「愚かではありませんよ。この世界樹を創造するくらい、高度で優れた技術を持った文明……今の我々からすれば神のような存在です。それが、環境の変化が酷くなりすぎて、人間に堕ちてきたって感じでしょうか」
但馬は彼らがショックを受けないようオブラートに包んでそう言った。リーダーはまだ少し納得がいっていない様子だったが、
『そうか……いや、とても興味深い話を聞いた。我々が何者だったかはともかくとして、神話が本当にあった出来事を伝えていたというのは驚きだ』
「でもお父さん、生き残った彼らは争うことを好まず、自然と共に生きる道を選んだのなら、どうしてここの世界樹を占有するような真似をしたんでしょうか?」
それまで通訳に徹してくれていたリオンが、突然話を挟んできた。通訳する手前、自分なりに整理しながら話しているうちに、彼は何かに気づいたようだった。
「占有? 占有って……どうしてそう思うんだ?」
「今の話では、彼らが楽園を維持するために利用したのは北米の世界樹で、ここの世界樹は元々は関係ありませんでしたよね。ところがこの世界樹は、天空のリリィのネットワークから独立して、今現在も稼働し続けています。これがいつ独立したのかと考えると、楽園から避難して来た彼らがやったとしか思えないじゃないですか?」
「……確かにそうだな」
北欧に逃げてきた彼らは、争いに懲りて自然に帰った。目の前にいる耳長エルフたちがその証拠だ。そんな彼らが、わざわざ世界樹を独占するような真似をするとは思えない。それに、長い間戦火に晒されていた、ただの避難民が、それほど高度な技術を持っていたとも思えない。彼らは命からがら逃げ出してきたはずだ。
そう考えると他にも気になる点はあった。この世界樹の遺跡に入るためには、古代の知識がなければ分からない質問に答える必要があった。但馬からすれば常識だが、今の人類が正解にたどり着くのは、ほぼ不可能だろう。
それは、ダイソン球計画を進めていた頃の人類も同じではないか? 彼らには彼らの歴史があって、ベテルギウス爆発前の歴史はあまり重要ではない。かつてアメリカ合衆国という国が存在したということくらいは知っていても、コロンブスなんて名前を暗記している人は殆ど居ないのではないか。
あの質問は明らかに、文明滅亡以前の人類に向けたものだった。なら、耳長エルフの祖先が残したものではないのではないか? だとしたら、誰が入口にあんな認証を付けたのだろうか。それもおかしな話である。
どうもこの世界樹にはまだ謎が残されているようだ。但馬はもっと他に記録が残されていないかと、端末を探ろうとした。
と、その時、彼は検索ワードをAIに読ませようとして、ふと気づいた。そもそも、このAIも、どこからやって来たのだろうか。他の世界樹には、こんな管理AIみたいなものは存在しなかった。オルフェウス社製と言ってるから、耳長たちの先祖が持ち込んだのだろうが、だとしたら、当時の状況をこのAIは知っているのではないか。
彼はその辺のことを改めて聞いてみることにした。