ヨーロッパ遭難編⑦
但馬が精霊の質問に答え続けていると、急に世界樹が輝き出し、遺跡に通じる通路がぽっかりと口を開けた。
何しろ発見されてから数百年間、神秘とされてきた精霊の謎が、こんなにあっさり解決するとは思わなかったであろう、耳長エルフたちはあまりの出来事にうろたえて、暫く収拾がつかなかった。
神の怒りだ悪魔の呪いだと喚き立てるものや、堤防から飛んできて周囲をぐるぐる警戒するものなど、そんな一族たちを宥めること小一時間、ようやく落ち着かせることに成功した長老が但馬に尋ねてきた。
『どうして精霊の声に答えられたのですか? あなたは全て知っていたのですか?』
「ほら、最初に言ったじゃないですか。世界樹を創造した者のことなら、多少は知っていると。私は……そう! 歴史研究家なんです」
本当のことを言うと色々面倒くさそうだからそう言うと、長老は暫くの間、ぐぬぬぬ……と唸っていたが、やがて諦めたように、
『とても信じられない。でも、信じるしかない。少なくとも、あなたは私たちよりも多くの歴史を知っているようです』
彼はそう言うと、さっき出来たばかりの木の洞を見上げて、
『しかし、驚きました。これは伝承にある世界樹の洞。するとあの神話は、本当にあった出来事だったのですね』
「神話って案外、当時にあった出来事が反映されていたりするものなんですよ」
但馬が尤もらしく頷いていると、長老が重ねて訊いてきた。
『ところで、人々が隠れたという世界樹の洞があったのなら、その前の、神々の戦争も本当にあったのでしょうか?』
「それは分かりませんが……それもこの中を調べてみれば、分かるんじゃないでしょうか?」
そう言って但馬は木にぽっかりと開いた穴を指差した。
***
内部がどのくらい広いかわからないから、探索は少数で行うことになった。但馬と通訳のリオンはもちろんのこと、彼らを世界樹まで連れてきてくれた耳長のリーダーと彼が選抜した2名、それからバランスを考慮してブリジットが選ばれた。
魔物の跋扈するダンジョンにでも潜るような気分なのだろうか、耳長たちは杖を装備してガチガチに緊張している。
長老は万が一に備え外で待機しているそうだが、慎重なのはいいけれど、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかと但馬は思っていた。というのも、これまで4つの世界樹の遺跡に入ったことがあるが、そのどれにも侵入者を問答無用で排除するような、危険な防衛機構は存在しなかったからだ。
世界樹は基本的にマナを生産する工場みたいなもので、工場を動かす権限は認証によって管理されている。但馬のような古代人か、さっきみたいにパスワード認証を突破しなければ、どうせ何も出来ないのだから、侵入されたところで困らないからだろう。
構造もどこも似たりよったりで、樹の根元部分に近未来的な建物があって、その全体を覆い尽くすように根っこが絡まっている。多分この根っこが生産したマナを葉っぱの方に送り出しているのだろう。
施設内は概ね居住区と制御室に別れており、中央の制御室に大体なんでもかんでも置いてあった。つまり、目指すべきはその場所だ。
入口が海上にあるため、施設までは最初立坑を潜って行かなければならず、耳長たちの杖が役に立った。遺跡の入口に到達した後は、緊張している彼らをリードするように、但馬が先頭に立って奥へと向かった。照明がなく薄暗い廊下を進んでいくと分かれ道があって、左のほうから仄かな明かりが漏れていた。
腰が引けてる連中に構わず、ずんずん進んでいくと、廊下の突き当りから開けた空間へと出た。目的の制御室である。
部屋に入った瞬間に既視感があり、他の遺跡とほぼ同じ作りであることに気がついた。入口に近い位置に生体ポットのような機械があり、部屋の中央奥に制御用の端末らしきデスクが存在する。その他、耳長エルフたちが持ってる杖と同じものが何本か床に落ちていて、彼らの祖先がここに居たことを示していた。
リーダーたちはそっちに関心が行ってるようだが、但馬は気にせず奥の端末の方へ向かった。そこから、他の世界樹の遺跡や天空のリリィに通信が出来ないか、早いところ試したかったからだ。
部屋に入ってすぐ感じたように、この施設は他の世界樹と同等のものだ。同じ古代の技術を使い、同じ目的で作られたもので間違いないはずだが、それならどうして天空のリリィの停止命令を無視して、未だに稼働し続けているのだろうか。
「OS起動。ロケールを日本語に」
『システム、再起動します』
入ってくる前、精霊にアドミン権を貰ったので、施設の制御は可能なはずだ。案の定、端末に手を触れると他の世界樹の遺跡と同様に、壁に埋め込まれたモニターが点灯してOSのGUIが表示された。
耳長たちは驚いているようだったが、こっちは何度も見てきた光景である。リオンが説明している声を背後に聞きながら端末を操作していると、モニターの中に警告のウィンドウが表示されていることに気づいた。
『警告。警告。システム管理者には至急対応を求めます。現在、マナレベル低下中。警告。警告……』
すると、システムが再起動すると同時に、また耳慣れない機械音声が聞こえてきた。どうやらこの施設、何かエラーを起こしているらしい。エラーメッセージを辿っていくと、その理由はすぐに判明した。日本語表記が分からないリオンが訊いてくる。
「どうされましたか?」
「世界樹が、大気中のマナ濃度が著しく低下しているって警告しているんだ。それで今、この施設は限界を超えてフル稼働を続けているらしい」
見た目は何の変化もないから分からなかったが、外で感じていた通りだったわけである。
調べた結果、どうやらここの施設は天空のリリィの制御下を離れているのは間違いないようだった。他の世界樹が次々と停止する中、自分だけ停止命令が届かず、危機が起きていると勘違いして生産量を増やしたのだろう。
そのせいで、環境にも影響が出ていたようだ。世界樹は、地上の巨木だけではマナの放出が追いつかず、周辺の木々も使って過剰生産を行っていたようだ。暫くの間はそれでもなんとかなったのだが、やがて普通の木はその負担に耐え切れなくなって枯れ始め、砂漠化を加速させていたらしい。あれは気候だけのせいでは無かったようだ。
ところで話は変わるが、ガッリアの森にも存在する『魔物』というのは、マナを体内に取り込んだ野生動物が突然変異し、魔法のような力を発揮するようになってしまった生物のことである。つまりあの巨大ウミヘビも魔物の一種と考えられるわけだが、あの巨体と運動性能を維持するためには、大量のマナが必要なのは間違いないだろう。
ところが、現在、地球の大半の世界樹は稼働を停止して、大気中のマナ濃度はどんどん低下している。同じく、海中のマナも尽きてきているだろうから、ウミヘビは体を維持するためのマナが足りず、飢餓と似たような状態に陥っていると考えられる。
その結果、連中は少しでもマナの濃い場所を求めてさ迷い続けた挙げ句、この世界樹を目掛けて突進してきているのではないか。
「だとしたら、この世界樹の稼働を止めれば、ウミヘビは行き場を見失って、ここが襲われることもなくなりますね」
「ああ……でも、耳長たちは耳長たちで、杖を使うのにマナが必要だろうから、いきなり止めるってわけにも行かないだろうな。少なくとも、長老に話をつけなきゃ」
「彼らは受け入れてくれるでしょうか?」
「どうだかね……」
それに、ここの世界樹だけが独立して稼働し続けていた理由もまだ分かっていない。
「とりあえず、このまま供給過多状態が続けば環境への悪影響が心配だ。せめて通常モードに移行して、砂漠化を遅らせるように命令するよ」
但馬が操作をしていると、この端末のAIであろうか、機械の合成音がまた聞こえてきた。
『警告。命令を実行すると、大気中のマナ濃度が枯渇状態にまで低下すると予想されます。それでも実行しますか?』
「ああ、やっちまってくれ」
『警告。本当に実行しますか?』
「だからやれってばよ」
しつこい機械音声に強く命令すると、いくつかのウィンドウが開いて、通常モードへの移行が始まったようだった。何が変わったか、見た目では判断できなかったが、多分そのうち周辺のマナ濃度も落ち着くことだろう。
それにしてもこんなAI、他の世界樹には無かったはずだが、もしかしてこいつが天空のリリィの管理下から離れた原因ではなかろうか? そもそも、天空のリリィもAIである。普通に考えて、1つのシステムに2つの管理者AIは必要ないだろう。だとしたら、こいつはどこから出てきたのだろうか?
「なあ、おまえを製造したのは誰だ? どこの会社? 天空のリリィ……プロスペクターに搭載されていたAIとはまた別物なのか?」
『私は北米オルフェウス社製の生成AIプロメテウスSX。バージョンは1.0511358……』
「オルフェウス社!」
また懐かしい名前が出てきたものである。
オルフェウス社は但馬が宇宙へ行く切っ掛けとなった巨大企業で、火星探検船キュリオシティ01を製造した会社でもあった。ベテルギウス爆発後、混乱の中でそのまま消滅したはずだが、その後誰かが復活させたのだろう。
実は、火星から帰還した但馬は、死んでいたとはいえ人類にとって英雄だから、その後の世界では『タジマなんとか』とか『火星かんとか』とかいう名前の企業が続々と誕生したのである。それと同じノリでオルフェウス社も復活したのではなかろうか。
「これは……」
そんなことを考えつつ、このAIについて探っていると、1つの記録ファイルを見つけた。彼が深刻な表情でそれを読んでいると、周囲を探索していたブリジットや耳長エルフたちも集まってきて、何かあったのかと尋ねてきた。
「どうやら、神々の戦争の証拠が見つかったみたいですよ」
但馬は振り返ると、物珍しそうな目でモニターを覗き込んでいるリーダーに向かってそう言った。