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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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ヨーロッパ遭難編⑥

 耳長エルフの長老の話では、海の上にそびえ立つ世界樹には精霊が住んでいると言う。但馬たちはその精霊を祀っている祠のところへ案内してもらうことにした。


 世界樹のある湾はかなりの広さがあったが、対岸が見える程度には狭く、巨大ウミヘビ対策の堤防が築かれているお陰か湖のように凪いでいた。海面がまるで鏡のように太陽を反射し、ライトアップみたいに世界樹を照らしている。


 世界樹は海上にあり、船がなければ近づけないが、彼らは空を飛ぶ部族なのでそんなものはないかと思いきや普通にあった。空を飛ぶ杖には限りがあって、全ての人が所有するわけにはいかないらしく、船も必要なのだそうである。


 因みに、この杖には所有権が無く、手にすれば誰にでも使えるそうで、部族の共有財産として扱われているらしい。一子相伝で所有者が貴族化していたロディーナ大陸とは随分違うものである。


 アウトリガーのカヌーに乗せられ、世界樹へと近づいていく。その間も堤防の方では湾内に侵入しようとする巨大ウミヘビとの戦闘が散発的に起きていた。部族の人たちは空を飛べて攻撃魔法も使えるが、海の中ではどっちも役に立たないから、侵入を許してしまうと手も足も出ないらしい。


 じゃあ、堤防がなかった頃はどうしてたのか? と聞いてみれば、ウミヘビの突進に任せるままにしておくと、やがて大人しくなるので、そうなってから一斉に飛びかかって退治していたそうである。


 世界樹まで到達すると大人しくなる理由は分からないが、多分、何度も大木に頭をぶつけるせいで、単純に弱ってしまうからじゃないかと彼らは言う。そんな、命に危険が及ぶまで自分の体を痛めつけるのは、生命として矛盾しているから、それは無いと思うのだが……


 世界樹に近づいていくと、その時につけられたらしき傷跡があちこちに見られた。こんなことを続けられては、いくら世界樹でもタダでは済まないだろう。願わくば、自分たちの滞在中に侵入されないように……祈りながら進んでいくと、件の祠へとたどり着いた。


 祠と行っても過度な装飾はなく、木でできた祭壇と、しめ縄飾りみたいなものが飾られた簡素なものだった。毎日誰かが掃除しているのだろうか、潮風にも負けず清潔が保たれており、祭壇にはまだ瑞々しい花が添えられていた。


 日本人気質のせいか、こういう神聖な場所に来るとそわそわしてしまい、意味がないと分かっていても思わず手を合わせてしまう。作法は違えど祈りを捧げていることくらいは分かるからか、長老は少し待ってから話しかけてきた。


『その祭壇に耳を傾けてください。精霊様が話しかけてくれます』


 言われたとおりに祭壇に首を突っ込んで耳を澄ませていると、暫くして何やらゴニョゴニョと声が聞こえてきた。何の前触れもなくてびっくりしたが、残念ながら何を言ってるかは分からなかった。聞こえないわけじゃなくて、言語が違うからである。仕方ないので、リオンに通訳してもらおうと場所を変わると、彼は祠の声を聞くなり目を丸くして驚きの声を上げた。


「どうした? なんて言ってるんだ?」

「それがその……僕の通訳が拙いんでなければいいのですが……」


 リオンはなんだか歯切れが悪い。どうしたんだろうと思っていると、続いて彼はこんなことを言い出した。


「精霊の声は、資格があるなら質問に答えよと言ってます。それでその質問というのが……『朝は四本脚、昼は二本足、夜は三本足の生き物はなんだ』というものでして……」


 これにはリオンじゃなくても渋い顔になるだろう。答えは人間、有名なスフィンクスの問である。なんでそんなものが出てくるんだ? と二人が顔を突き合わせて黙りこくっていると、長老がベラベラと話しかけてきた。


 言ってる内容は分からないが、言わんとしていることは大体察しがついた。こんな問いかけ、答えを知らなければ答えられないだろうから、彼もそのつもりで何やら言っているのだろう。但馬がリオンに目配せすると、彼は祠に向かって一言、


「Humano」


 と発するなり、周囲の耳長一族たちが一斉に騒ぎ始めた。おそらく、答えられるとは思わなかったからだろう。どうして人間なのだ? と長老がリオンに詰め寄り、彼は困ったように二三言会話を交わした後、助けを求めるように但馬の方を向いて言った。


「お父さん。精霊は2つ目の問いかけをしています」

「今度はなんだって?」

「それが僕にも何のことか分からなくて……『アメリカ大陸を発見し、コロンビアの語源ともなった偉人の名前は?』と」

「クリストファー・コロンブス」


 リオンは知らなかったようだが、今度の答えも但馬には簡単なものだった。彼が殆ど反射的にそう答えると、精霊がまた質問を変えてきたようで、それを聞いた耳長エルフたちの興奮はいよいよピークに達した。


 ギャーギャーと騒がしい連中のせいで、リオンは精霊の声を聞き取れずに困っていると、それを見ていた長老が周囲を一喝して、ようやく静かになった。リオンが祠に再度話しかけ、精霊の声を聞いた後、彼は期待を込めた表情で振り返り、


「アメリカ合衆国初代大統領の名前は」

「ジョージ・ワシントン」

「奴隷解放を行い、南北戦争を勝利に導いた第16代大統領は?」

「エイブラハム・リンカーン」

「第二次世界大戦で連合国を勝利に導いたルーズベルト大統領による経済政策は?」

「ニューディール」

「キューバ危機を回避したことで知られ、アポロ計画を発動し、後にダラスで暗殺された大統領は?」

「ジョン・F・ケネディ」

「ペレストロイカを主導し東西冷戦を終わらせた、ソビエト連邦最後の書記長は?」

「ゴルバチョフ」


 次々と出される質問に、但馬が淡々と答えていくと、最初のうちは騒がしかった周囲は水を打ったような静けさとなった。耳長エルフたちは皆一様に表情を無くし、ブリジットたち仲間も心做しか緊張の面持ちをしていた。


 彼らからしてみると、今の但馬は明らかに異常に見えるのだろう。何しろそれは精霊からの質問であり、神秘の類と考えられてきたものだ。彼らの常識には存在しない、いうなれば神の言葉なのだ。


 そんなものを平然と答え続ける人間とは、一体何者なのだろうか。神の使いか、それとも悪魔か。正体がわからないうちは不気味で仕方ないかも知れない。


 しかし、言うまでもなく、これは古代人なら誰だって答えられるような、常識的な質問ばかりだった。引っ掛けも、難問も一つもない。答えられる前提で作られたとしか思えないものばかりである。


 つまりこの質問内容からして、精霊とやらは、但馬みたいな地球文明が滅びる以前の出来事を知る人間が現れるのを、ずっと待っていたと考えられる。すると正体は世界樹の防衛機構か何かだろうか。


 案外、入口を掘り当てなくても、もうなんとかなったかも知れない。この質問の先に待っているのは、おそらく世界樹のシステムからの接触だろう。それにしても、質問がやけにアメリカに偏ってるな……と思っていると、


「合衆国初の黒人大統領の名前は?」

「バラク・オバマ」


 どうやら、それが最後の質問だったらしい。但馬が答えるとほぼ同時に、今までとは違う音声が聞こえてきた。


『認証。システムよりアドミニストレーター権限を譲渡。おかえりなさい、人類』


 英語とも日本語とも違う、なのに何故か意味が分かるそんな声が、直接頭の中に響いてきた。それは周囲の者たちにも聞こえているのか、みんな不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回している。


 すると次の瞬間、凪いでいた海面がピチャピチャと魚が跳ねるように踊りだし、続いてゴゴゴゴ……っと地響きのような音が鳴り出して、船がグラグラと揺れ始めた。


 世界樹の葉っぱがザワザワと騒ぎ出し、緑色の蛍光色を発しながら木の葉が舞い降りてくる。遠くの堤防にいたエルフたちが騒いでいるのを横目に見ながら、カヌーの縁に掴まって耐えていると、突然、世界樹の大きな幹がミシミシと音を立て始め、そして目の前の祠の上の辺りが白く光り始めた。


 その光は測ったように人工的な円を描いており、熱を帯びているのか、木が焼け焦げるような香りが立ち込めてきた。何が起きているんだろう? と観察しいると、やがて光は徐々に薄暗くなっていき、それが消えた後には、世界樹の幹にぽっかりと大きな穴が空いていた。


「もしかして、これが世界樹の洞か」


 それを見るなり、自然とその言葉が出てきた。それは海面からは少々上の方に有り、下からは中が確認出来なかったが、おそらくその先には地下の遺跡まで続く通路が広がっているだろうことを、彼は確信していた。


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歴史の授業苦手だったからおぼえてないよぉ……
俺馬鹿だからわかんねぇよう…(人類失格)
俺これ答えられねえわw
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