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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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ヨーロッパ遭難編⑤

 その男は耳長エルフ族の長老の一人らしく、今現在、この世界樹の防衛ラインを統括している責任者であるようだった。リオンに通訳をしてもらいながら会話を進める。


『あなた達が海の向こうからやって来たというのは本当ですか?』

「はい。船でやって来たのですが、あのウミヘビの襲撃に遭って沈んでしまったんです」

『どのくらい遠くから旅してきたのですか? あなたたち以外にも、人が住んでいる島があるのですか? 私たちは、他の人類に会ったことがありません』

「はい、たくさんの人々が暮らしている大陸があります。どのくらい遠いかというと……」


 但馬はグライダーに積んであったメジャーを使って、まずは1メートルを示しながら、


「この1メートルを千倍すると1キロメートル。その1キロメートルを更に2万倍したところから、我々はやって来ました」


 リオンは通訳に少々手間取ったが、暫くすると長老も理解したらしく、


『とても遠いことは分かりました。でもどうしてそんな正確な距離まで分かるのですか?』

「我々は、この大地の正確な大きさが分かっています」

『とても信じられない……でも、私はあなたが杖なしで魔法を使ったと聞きました。それは本当ですか?』


 長老は疑り深そうな目で見ている。魔法を使えと言われることは想定していたので、一応準備はしていた。魔法といっても、爆発を起こしたり何かを攻撃したりする必要はないだろう。


 但馬がいつかリーゼロッテに見せたように、空気中のマナを操作して見せると、それを見ていた耳長エルフたちからどよめきが起こった。蛍の光みたいな光球がクルクルと回転するのを見ながら、長老は頷くと、


『どうやら本当みたいですね。あなたは私たち以上にマナの奥義を体得しているようです。ならば、あなたには世界樹の異変も感じられるでしょう』

「異変?」


 但馬が何のことか分からないと言うと、長老は意外そうな顔をしてからその異変について教えてくれた。それはここに来る前、耳長のリーダーが話してくれたことだった。


 今からおよそ18年前。太陽が暗くなり始めた頃、世界樹が大量のマナを放出するようになった。それ自体は彼らにとっても恩恵のようなものだから特に気にしていなかったのだが、それから月日が流れて、3年前、今度は突然太陽が元通りの輝きを取り戻したかと思えば、周辺の木々が枯れ始め、そして例の巨大ウミヘビが襲ってくるようになった。


『私たちは、伝承にある終末の時が訪れたのだと思いました。このまま何もしなければ世界が終わってしまう。だからそうなる前に私たちの神様が帰ってくるのだと、そう思っていたのですが……あなたたちは神様とは本当に関係ないのですか?』


 長老は不安そうな表情をしている。正直に言えば、自分たちは神ではないと断言できるのだが、ここは慎重に答えたほうがいいだろう。但馬は少し考えてから、


「我々は、あなたたちの言う『神』という存在がなんなのかが分かりません。ですが、目の前にある世界樹を創造した者たちのことならば、多少のことは知っています」


 但馬がそう言うと、周囲のエルフたちからまたどよめきが起こった。相変わらず言葉は分からなかったが、多分、その世界樹を創造した者が、彼らの言う神であるのだろう。それならば本当に知らないわけではないのだが……しかし、失われた地球文明について、どう話せば彼らは納得してくれるだろうか? かえってハードルが上がった気がして少々気が重かった。


 案の定、浮かれている他の耳長とは違って、長老は一人だけ慎重な態度を崩さずに、


『もしもそれが本当ならお尋ねしたい。神は世界樹をどうやって作ったのですか?』

「具体的な方法については言えません。説明が難しすぎるのです。その代わりに、神が何故世界樹を作ったのかその理由ならお教え出来ます」

『本当ですか? では、何故?』

「今から何千年も昔。現在とは比べ物にならないくらいの気候変動があったんです。世界樹はその影響を抑えるために建てられました。環境の変化のせいで当時の人間は、マナがなければ生きていくことさえ出来なかったんです」

『なるほど。ありそうな話ですね。ですが、それだけでは信用できません。決定的な証拠のようなものはありますか?』

「でしたら、こちらからも一つお聞きしたいのですが……あなた達の伝承にある、神々の戦いから人々が逃れたという、世界樹の洞はどこにあるんでしょうか?」


 但馬がそれを尋ねた途端、長老は難しい顔をして、他のエルフたちは困惑の色を見せた。但馬たちをここまで連れてきてくれた耳長のリーダーが慌てて出てきて、長老といくらか言葉を交わすと、彼はなるほどと頷いてから、


『確かに、神話にはそのような逸話があります。ですが、今の世界樹にそのような穴はどこにも空いておりません。だから私たちは、世界樹が成長して穴が塞がってしまったのか、もしくはそれはただの伝説で、世界樹の洞などどこにも存在しなかったのではないかと考えています』

「なら世界樹の遺跡は? 入口はどこにあります?」

『遺跡……? それはなんのことですか』


 長老は但馬の言っていることが分からないらしく、少々苛ついている様子だった。


 その態度を見ただけで、彼らが遺跡について何も知らないことが分かった。実は、この場所に着いたときから薄々そうなんじゃないかと思ってはいた。ここの世界樹は海上に存在する。すると根っこの部分は海中に沈んでおり、そこにあるはずの遺跡のことを彼らは知らないのではないかと。


 案の定、彼らはその存在を知らず、自分たちの神話に登場する木の洞はフィクションだと思い込んでいるようだった。しかし但馬に言わせればそれこそ間違いなのである。


 世界樹は樹というだけあって、上にある巨木のほうが本体のように思えるが、実際にはそこはマナを放出するための煙突みたいなもので、あらゆる機能は根っこの部分の施設に集約されているのだ。


 考えてみれば当たり前だが、マナという名のナノマシンも、聖遺物のような複雑な機械も、樹の実のように生るわけじゃない。精密機械を作り出すための設備が必要であり、故に本体は下の施設の方になるのだが……ここの世界樹は根っこが海に沈んでいるから、施設も海の底にある。耳長エルフたちも、湾内を素潜りくらいはしたことがあるだろうから、知らないということは、おそらく入口が塞がってしまっていて気づかなかったからじゃないか。


 但馬がそのことを告げると、耳長エルフたちはまたどよめき始めた。彼らの神話は嘘ではなく、木の洞は海底にあると、海の向こうからやってきた異邦人に言われたのだから、その困惑は計り知れないだろう。


 長老は更に難しい顔をしながら、


『あなたの言うことが本当なら、とんでもない発見です。ですが、それを確かめる術がない。本当に、そんなものがあるのですか』

「あなた達に海底を浚う技術はありますか?」

『残念ながら、そのようなものは思いつきません』

「困りましたね……」


 レムリアに帰れれば、技術を提供することも可能だろうが、今はその帰る手段がない。見た感じ、世界樹の根っこまでは水深10数メートルはあり、そこまで潜るのも一苦労なら、当てずっぽうで入口を掘り当てることは不可能だ。なにしろこの巨木は幹の太さだけでも数百メートルはありそうなのだ。


 尤も、自分たちは世界樹の調査をするために世界一周をしてきたわけじゃない。今は帰る手段を探すことの方が先決だし、そのために、彼ら部族の信用を得たかったわけである。他に彼らに提供できる情報はないだろうか……


 但馬が諦めて他の手段を模索していると、ギャラリーの耳長エルフたちが何やら騒ぎ出し、そのうち、一人の男が進み出てきて長老と何か話を始めた。様子見していると、長老がなるほどと頷いてから、


『遺跡というものが本当にあるかどうかは分かりませんが、世界樹の精霊ならいます』

「精霊?」


 それはこっちの方が初耳である。精霊とは一体なんのことだろうか。但馬が困惑の表情を見せると、彼は続けて、


『今から数百年前のことだと言われています。世界樹は私たちにとって神聖な場所ですから、普段は誰も近づきません。なので長い間その存在は知られていなかったのですが……ある日、部族の若者が禁を犯して世界樹に近づいたところ、とある場所から神秘的な声が聞こえてきたのです。驚いた若者はその声の主に姿を見せてくれと頼みました。すると声は、合言葉を言えと求めてきたのです』

「合言葉……」

『なんのことかは分かりません。以来、私たちの祖先はその声を世界樹の精霊のものと考え、祠を建てて祀ってきたのです。今でも近づくと、本当に声が聞こえるのです。もしかすると、あなたなら何か分かるかも知れない。よければ一度、その場所へ行ってみませんか?』


 長老はそう提案してくる。もちろん、そんなわかりやすい異変を調査しないわけがない。但馬は一も二もなく頷くと、連れてってくれるようお願いした。


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