ヨーロッパ遭難編④
救助活動を終え、乗組員を地上に下ろしてキャンプを張り、耳長エルフたちに補給をお願いしてから、但馬は世界樹へと向かうことにした。まだ見つかっていないアンナたちのことも気掛かりだったが、今は彼らの要請に応えるほうが先だろう。尤も、事情を説明したら彼らも理解してくれて、周辺の部族に遭難者を探してくれるよう話をつけてくれたので、案外、こうなって良かったかも知れない。
ところで、その世界樹であるが、話を聞いてみるととんでもなく遠い場所にあるようだった。
但馬たちの船団には古代のデータから起こした正確な世界地図があるわけだが、それを先方に見せたところ、彼らが指差した目的地は、現在地から200キロ以上はありそうなのだ。
それが本当なら、そこまで行くのに一体、何日掛かるんだろうかと閉口したのだが、あまりにも相手が平然としているものだから、どうしたものかと思えば、実は彼らにとってはそんな距離なんて大したことないのだとすぐ判明した。
彼らが最初どうやって現れたか思い出して欲しい。彼らは空を飛べるのだ。どうやら杖にはそういう能力があるようで、この程度の距離なら半日もかからないらしい。こんな能力はロディーナ大陸の聖遺物には無かったから、彼らのテクノロジーは天空のリリィのものとはちょっと違うようだ。
この集団は本当に、どこから現れたのだろうか? まあ、それも彼らの世界樹のところへ行ってみれば分かることだろう。
そんなわけで移動には空路を使うことになったのだが、移動中ずっと彼らに抱っこしてもらうわけにもいかない。幸いなことに、船には偵察用のグライダーも搭載されていたから、それを牽引してもらうことにした。但馬、ブリジット、アトラス、リオン、それから自分も空を飛んでみたいと駄々をこねるエルフと、三台に分乗して空へと舞い上がる。
人力だから速度には期待していなかったのだが、思った以上に速くて驚いた。おそらく、人間の耐久の方に限界があるから出せないだけで、その気になればいくらでも速度が出せるのではなかろうか。生前の記憶も含めて、今まで見たことがない能力だが、どういう原理なのだろうか? これを使えばグリーンランドの基地にだって飛んでいけそうだから、一段落したら相談してみよう。
そんなことを考えつつ空の旅を楽しむこと数時間、そろそろ腰が痛くなってきた頃、目的地が見えてきた。
広大な砂漠地帯を抜けるとステップ地帯が続き、暫く進むと干潟のような沼があちこちに見え隠れする湿地帯が現れた。そこに食い込む形で入江が切れ込んでくるのだが、その湾内にぽつんと一本だけ、信じられないくらい巨大な木がそびえ立っているのが見えた。
それは根本が海水に沈んでいる、海の上に立つ巨木だった。
全高は200メートルくらいあり、下手な高層ビルよりも高そうである。まるでおとぎ話でも見ているかのような壮大さであった。
但馬がこれまで実際に見たことがある世界樹は、セレスティアとロディーナ大陸にある計4本だが、それらは全て1000年前に聖女リリィが地上に降りてきてから作られた、比較的新しいものだった。
だからだろうか? 目の前のそれと比べると明らかに見劣りがしたのであるが、古代に作られたオリジナルの方はとんでもない規模だったようだ。考えても見れば、地球全土をナノマシンで覆ってしまおうという計画だったのだから、これくらいでなくては話にならなかったのだろう。
しかし、これ一本でどれだけの面積をカバー出来ただろうか。おそらく、これでも欧州全土とまではいかなかっただろう。天空のリリィの稼働を止める前に、一度くらい他の世界樹も見て回っておけばよかったと、今更ながらに後悔してきた。
ところで、この世界樹が実際に稼働しているかどうかといえば、
「生きてますね。この辺一帯、明らかにマナの濃度が違いますよ。濃すぎると言っても言い過ぎじゃないです」
ブリジットが何故か鼻を摘みながら言う。別に臭うわけではないのだが、マナを感知出来る彼女からすれば、まるで世界樹がものすごい勢いで花粉を吐き出しているかのような、そんな錯覚がするのだろう。かくいう但馬も、さっきから少し息苦しさを覚えていた。実際にそれくらい、この近辺のマナ濃度は高かった。
これではっきりしたが、天空のリリィからの停止命令を受けてもなお動き続けているこの世界樹は、まったく別の文明のものと考えて間違いないようだ。一体どういう経緯で、地球文明は2つに別れたのだろうか?
「Ad◯ra□s sum! q△n□ ◯nt? Quo□do f◯it?」
世界樹に近づいていくと、地上から複数の人影が舞い上がってきた。彼らは但馬たちが乗るグライダーを指差しながら、それを牽引している耳長エルフたちと怒鳴り合うように会話を交わしている。リオンの通訳がないから何を言ってるかさっぱりだったが、なんとなく言わんとしていることは分かった。
そんな彼らに誘導されて三台のグライダーが次々と着水すると、岸の方から幾人もの耳長エルフたちが飛んできて、物珍しそうにそれを眺め始めた。彼らは例外なく杖を持っていて、その力で空中に浮かんでいられるようだった。
こちらからすれば、その能力のほうが不思議なのだが、あちらはグライダーみたいな大きな物体が空を飛ぶことのほうが不思議でならないようだった。辛うじて会話が可能なリオンが質問攻めにされ、暫くはまともな話し合いは出来そうになかった。
仕方ないので機体の上から世界樹を眺めていると、その湾を囲むように築かれた堤防の上に大勢の人影が集まっているのが見えた。
ちょうどその時、向こう側からウミヘビが現れて堤防を乗り越えようとし、その瞬間、あちこちから魔法が飛んできて、焼け焦げた怪物は海へと沈んでいった。彼らはああやって、ウミヘビを退治しているのだ。
しかし、見たところ一撃というわけにはいかず、数十人がかりでやっとのようだから、これをずっと続けているのだとすれば、かなりの負担であるに違いない。湾の外もまた砂漠が続いており、補給をするのだって一苦労だろう。
「Gentiles! Veni bene.(ようこそ、お客さん)」
手かざしで日光を遮りながらその様子を眺めていたら、背後から声がかかった。振り返れば他の耳長エルフたちとは少し様子が違う、威厳を讃えた男が立っていた。その背後には耳長リーダーとリオンがいて、彼が但馬たちの来訪を歓迎してくれてるということを教えてくれた。とりあえず、日本人らしくお辞儀をしておく。