ヨーロッパ遭難編③
リオンがラテン語を話せるとは言っても、片言であるから、話し合いにはかなり時間がかかった。ついでに、お互い住む世界が違えば常識も違うから、翻訳におかしなところがある度に首を突き合わせて解決する必要があり、結局、彼らのことをなんとか理解出来た頃には、日が暮れて、ついには夜が明けていた。
因みに、常識が違うというのがどの程度のレベルかと言えば……例えば彼らは地球が太陽系の一惑星であり、球体であることを知らない。この世界が一度滅びたことも、天空のリリィのことも、そしてマナの存在は知っていても、それが古代のナノマシンであることは知らず、魔法がどのように発動しているのか、その仕組みも知らなかった。
そしてここに来るまでに予想していた通り、この欧州には稼働中の世界樹が残されているようなのだが、その世界樹は彼らにとって神聖な場所で、木そのものが信仰の対象のようであった。故に、彼らの集落は世界樹を取り巻くように点在していて、普段はお互いの部族は非干渉なのだが、今は危機を迎えて一致団結しているらしい。
その危機というのは何のことであるか……婉曲ではあるが、まずは彼らの神話から始めさせて欲しい。
かつてこの世界には数多の神々が存在していた。神々は奇跡によって世界を統治し、人間を始めとするあまねく全ての生き物の上に君臨していたのだが、いかんせん神同士は仲が悪く、いつも喧嘩ばかりしていた。
そんな神々は最終的に二陣営に別れて戦争を始め、神の炎……なんというか核兵器みたいなもの凄い力によって、地上は滅茶苦茶にされてしまった。そんな中で、人間を始めとする生き物たちは、神々には到底太刀打ちできないから、戦火に巻き込まれないように世界樹の洞の中へと身を隠し、神々の怒りが収まるのを待った。
外では恐ろしい轟音がいつ果てるともなく鳴り響き、人々は怯えながら身を寄せ合って過ごしていた。
それから幾千の月日が流れ、ついに外から戦争の気配がしなくなった。人々がおっかなびっくり木の洞から出てくると、神々はもうどこにもいなくなっており、彼らが使ったとされる兵器(聖遺物の杖)だけが残されていた。そして人間の時代が始まった……
以上が彼らの伝承に残る創世神話なのだが、なんというか、ぶっちゃけて言えば、北欧神話によく似た結末である。違うのは神々の兵器が残されていたというところだが、これのお陰で人間は神なき世界を生き延びることが出来たのだから、今では去りゆく神からのギフトであったのだと考えられているようだ。
因みに、その消え去ってしまった神々であるが、彼らは死んだのではなく、いつか帰って来るのだと考えられているらしい。但馬を見た彼らが驚いたのはそういう理由からである。
神々は、終末が訪れる時に帰ってきて、人々を救うと信じられているそうだ。それ自体に根拠はなく、まあ信仰なんてそんなものだからケチを付けるつもりはないのだが、困ったことに、その終末というのが、この数年内にも起きるだろうと彼らは考えているようなのだ。
これについては、どうしてなのか、納得の理由があった。
今からおよそ三年前、なんの前触れもなく朝が一瞬にして夜に変わるという出来事があった。以来、気候が変動し、森はあっという間に枯れ果て砂漠へと変わり、海は荒れて巨大ウミヘビが暴れ出し、次々と世界樹に突進してくるという事件が相次いだそうである。
これは言うまでもなく、リディアで魔王(つまり但馬)が倒されたせいで起きた出来事の影響で、ロディーナ大陸で現在進行系で起きている気候変動が、この地球の裏側でも起きていたということだろう。何も知らない彼らが、この世の終わりだと悲観するのは無理もないことだ。
しかし気になるのは、何故か巨大ウミヘビまでもが暴れ出したというところである。
聞くところによると、あのウミヘビは本来は大人しく、沿岸に近づくこともなければ、人を襲うことは滅多になかったそうなのだ。普段は北方の海で暮らしており、この近海には出産のために一時的にやってくるだけだったようだ。それが突如として暴れ出し、なんなら地上にまで上がってきて人を襲ったり、世界樹に突進してきたりとやりたい放題なのだという。
世界樹は彼らの聖地であり神聖な場所だから、普段はお互い非干渉の彼らもこれは許しがたく、今は全ての部族が一致団結して、ウミヘビを追い返そうと戦っているところらしい。それで偵察がてら沿岸を見回っていたら船団を発見し、彼らは但馬の魔法を見て度肝を抜かれたようだ。
もし、あなたが神様ではなくても、是非協力して欲しいと彼らは要請してきた。この頼れるものも何も無い地球の裏側で、原住民の要請を断ることは避けたいのであるが……実を言うと但馬はあまり魔法を使うことが出来ない。なので最終的に断るしかないのだが、代わりに現代人の知識でアドバイスくらいは出来るだろう。
そんなわけで、とりあえず状況を見てから対応を考えたいと言って、まずは彼らが守っている世界樹のところまで案内してもらうことになった。