表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
384/398

ヨーロッパ遭難編②

 巨大ウミヘビとの戦いの後、現れた耳長のエルフたちは、なんとラテン語を話す部族のようだった。


 幸いなことに、博物学者のリオンが言葉をマスターしていたお陰で、彼を交渉役として話し合いが始まったのだが、その最中、但馬は先方に呼び出された。彼らはリオンではなく、但馬と話したがっているようだ。


 多分、リオンが船団の責任者として紹介したからだろう。但馬はそう思って何の気なしに話し合いの場に歩いていったのだが、ところがどうも様子が違った。


 但馬が近づいてくるのを見ると、何故かリーダー格の男は慌てて上空に向かって手招きし、空の上で待機していた他のエルフたちまでもが甲板に降りてきて、彼の後ろに整列した。


 もしかして、警戒されているのだろうか? そう思い、出来るだけ友好的な態度を心がけながら近づいていけば、すると今度は、エルフのリーダーはまるで貴人にでも挨拶するかのように胸に手を当てて恭しく頭を下げた。


 一体、どういうつもりだろうか……? 戸惑っていると、やがて彼は顔を上げて、但馬のことをまっすぐ見つめながら、恐る恐るといった感じに言葉を投げかけてきた。


「Rogemus. Tu es dominus?」


 しかし、いかんせん何を言っているか分からない。オタオタしていると、隣に並ぶリオンが難しそうな表情をしながら、


「実はお父さん。さっきから彼らは、もしかしてあなたは神様なんじゃないかと聞いているんですよ」

「は? 神様って……そんなわけないだろ。違うって言ってくれ」

「ええ、僕もそう言ったんですが、それなら直接聞くから呼んでくれって言われて、こうしてご足労願った次第なのですが……」


 恭しく頭を垂れているエルフを前に、但馬は頭を掻いた。


「まいったな。何がどうなったらそんな勘違いが起きるんだ?」


 但馬は困惑しながら彼らの前に進み出ると、首を振ったり手を振ったり、身振り手振りで彼らの間違いを正そうとした。するとリーダー格の男は、自分の胸に手を当てて、もう片方の手で杖を掲げながら、何やら言葉を発した。


「At tu potestatem tuam sine baculo geris.」

「……でもあなたは杖なしで力を使った。と彼は言ってます」


 リオンの通訳がすかさず入る。但馬はそれを聞いて、なるほどと納得した。


 リディア時代から今までを通じて、この世界に聖遺物無しで魔法を使えるという人物は、但馬を除いて一人もいなかった。一応、修行の末にマナの操作を覚えたリーゼロッテのような例外はいるが、基本的にこの世界の人々は聖遺物なしで魔法を行使することは出来ない。おそらく、目の前にいる耳長のエルフたちもそうなのだろう。彼らからすれば、聖遺物と魔法はセットなのだ。


 ところが先程の戦闘で、但馬は徒手空拳のまま極大魔法を連発した。それを隠れて見ていた彼らは、さぞかし度肝を抜かれたことだろう。一体、あいつは何者なのか? もしや神なのでは……自分たちとの見た目の違いも、勘違いに拍車をかけたのではなかろうか。そして彼らは姿を現すと、但馬に神様ですかと問いかけたというわけだ。


 しかし、そのことだけで神認定するものだろうか? 少なくとも但馬はリディアで神様扱いされたことはなかった。彼はもしやと背後を振り返り、


「ブリジット! ちょっと来てくれないか?」


 但馬が声を掛けるとすぐに、彼女はホイホイと駆け寄ってきた。膝をついていたエルフたちの間に緊張が走る。多分、さっきの戦闘で、彼女の恐ろしさを十分理解したからだろう。


 但馬はその雰囲気を感じ取ってはいたが気づかないふりをして、エルフたちの中から怪我を負っている者を指差すと、


「悪いんだけど、彼の怪我を診てやってくれないか」

「いいんですか?」

「ああ、もう敵対してるわけじゃないからな」


 ブリジットは頷くと、怪我をしている男の方へと歩み寄っていって手をかざした。相手は何をされるか分からないから、相当緊張しているようだったが、彼女の詠唱が始まって間もなく、自分の身体がマナに包まれ、そして傷がみるみるうちに回復していくのを見るにつけ、彼だけではなく他のエルフたちまで一緒になって、驚きの声をあげて騒ぎ始めた。


 驚愕に目を瞠る彼らは興奮気味に何かを口走っている。もちろん意味が分からないのでリオンに通訳をお願いすると、


「彼らは姫様のことを女神様だと言っています」

「なかなか見どころのある人たちですね。ええ、その通りですとお伝えください」

「おい、調子に乗るなよ」


 バカ正直に通訳しようとしているリオンを慌てて止めながら、なにはともあれ、これで彼らの正体がある程度掴めた。


 彼らはロディーナ大陸で繁栄している今の人類、つまりブリジットたちとはまた別個に、この地球の裏側で生き残っていた人類の末裔だ。聖遺物を所有し、世界樹から生み出されるマナをエネルギー源とした魔法を使い、ラテン語を母語としていることからしてもそれが窺える。


 そして、聖遺物無しで魔法を使う但馬や、ヒール魔法を使うブリジットのことを見て驚いていることからして、彼らが独自の文化で育ったことは間違いない。何があったか知らないが、ロディーナ大陸とはまた別の文明が、地球には残されていたのだ。


 しかし、それはあり得ないことだった。何がおかしいかと言えば、但馬にはそんな人類がいたという記憶がないことだ。


 思い出して欲しいが、但馬は地球の管理者となった人工知能、天空のリリィに権限を移譲……というか丸投げされた、最古の人類である。ベテルギウスが爆発した後、人類に何が起きたのかを、彼は全て把握している。


 それによると、古代の人類は超新星爆発の影響で住めなくなった太陽系から脱出して、他の星系へと移住することにした。その際、地球を離れることを嫌った少数の人々だけが地球に残り、彼らは自らの肉体を環境に適応するように改造した。それがかつてガッリアの森を席巻したエルフ(ミュータント)であるわけだが、但馬の記憶によれば、その時に地球に残った人類は全てがロディーナ大陸に集中しており、他の地域にはいないはずだった。少なくとも、天空のリリィの管理下には存在しない。


 すると今目の前にいる彼らはどこからやって来たのだろうか?


 その大昔の人類の一部が、大陸から抜け出して地球の裏側までやって来た……とは考えにくい。超新星爆発の影響が著しい当時は、現在と違って大航海が出来るような環境じゃなかったし、そもそも、肉体を改造してエルフとなった人類は、その後理性を失い、知的生命体ですらなくなってしまった。


 だが目の前の彼らは明らかに理性が有り、そして聖遺物なしでは魔法が使えない。そう考えると彼らの体は古代人(但馬やミュータント)よりも、寧ろ現在の人類 (ブリジットやリオン)に近いと言えるだろう。


 ならば、千年前セレスティアからロディーナ大陸に渡った、現在の人類から別れたグループか? と言えば、それも考えられなかった。


 何故なら、今の人類はつい最近まで外洋を航海する技術を持たなかったのだ。なのに、どうやってこんな地球の裏側までたどり着けたというのだろうか。それに、彼らの見た目の違いをどう説明する? 彼らは明らかに別の人種であるが、たった千年そこらでここまで見た目が変わるはずがない。


 オホーツクでの出来事から、もしかしたら人類がいるかも知れないと考えてはいたが、しかし、ここまで想定外な人種が出てくるとは思いもよらなかった。彼らは一体何者なのだろうか……?


 但馬が沈思黙考していると、耳長エルフたちの雰囲気が徐々に暗くなっていった。但馬のことを神と畏れているからかも知れない。あまり不安がらせてもいけないだろう。それに彼らのことは気になるが、先にすべきこともある。


 彼は努めて明るく振る舞いながら、リオンに通訳してくれるように言った。


「とりあえずリオン、彼らに伝えてくれないか。後でちゃんと質問には答えるから、まずはさっきの戦闘で散り散りになった乗組員たちの救助をさせて欲しいと」


 リオンがそう伝えると、彼らもすぐこちらの意図を理解してくれたようで、邪魔はしないと約束し、なんなら空から捜索の手助けもしてくれた。お陰で救助活動は捗り、日が暮れる前には終えることが出来た。犠牲者はゼロとはいかなかったが、想定していたよりは少なく、やはり船員たちはみな精鋭ぞろいである。


 しかし精鋭ぞろいと言ってもこんな地球の裏側で船もない状況ではやれることは限られている。グリーンランド基地との連絡もどうすればいいかもわからなければ、これからどうやってレムリアまで帰還すればいいのだろうか……それに船から落ちてしまったアンナたちもまだ行方不明で、その消息も心配だった。


 問題はまだまだ山積みだったが、まずは目の前のエルフたちと協力関係を結ぶことが先決だろう。但馬はそう考えると、船のことは一旦ブリジットに任せて、リオンと二人でエルフたちとの交渉を再開することにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。よろしければ是非!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ