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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
383/398

ヨーロッパ遭難編①

 大破した探検船キュリオシティの甲板に複数の大きな影が落ちていた。見上げれば空中にゆらゆらと揺れる人影があった。


 そよ風にはためく金色の髪を靡かせて、測ったように左右均等の顔は見目麗しく、まるで絵画からそのまま出てきたような美しさである。ただ一つ、それが人と違ったのは、顔の両側にある耳の長さだった。左右に突き出すように長く伸びた耳の先っぽが、重力に負けて少し垂れ下がっている。その容姿を見た但馬は、殆ど反射的にその言葉を口にしていた。


「エルフ……」


 それはまだベテルギウスが存在しこの世界が崩壊する前、地球の科学文明が最も栄えていた時代、コンピューターゲームやアニメや漫画に登場する、ファンタジー世界の住人として生み出された架空の種族である。


 設定では森の狩人として知られ、そのせいでか、かつてロディーナ大陸の大森林を占領していたミュータントの始祖として名前だけが伝承されていたのだが……それが今目の前で、ぷかぷかと空に浮かびながらこちらを見下ろしていた。


 総勢五名ほどの簡素な布の服に身を包んだエルフが、それとは対象的にやたらカラフルでゴテゴテと装飾された杖を手に構えている。まるでアニメにでも出てきそうな装備品であったが、あまり違和感を感じなかったのは、多分、今までにもどこかで見たことがあるような気がするからだろうか。


 ああいったデザインの武器はあっちの大陸にもあった。聖遺物だ。世界樹が与えてくれる対ミュータント用の兵器で、天空のリリィが聖女として地上に降りてきた際に生み出されたもののはずだが、もしあれと同等のものなら、このエルフたちも魔法が使えるということだ。


「てーとくー、呼んだかー?」


 但馬が空を見上げていると、獣人の方のエルフがやってきた。名前が同じだから、きっと自分が呼ばれたと思ったのだろう。そんな彼女の背後にはアトラスもついてきて、彼は但馬の視線の先を見るなりすぐに異変を察知し、


「あれは……人? 人が空を飛んでいるわ!」


 その叫び声が呼び水となって、救助活動に忙しくしていた乗組員たちの注意が空へと向けられた。と同時に、その光景を目にした人々からどよめきが起こる。彼らは一様に空を指差し、口々に驚愕の声を上げ始めた。


 するとそれがプレッシャーとなったのか、空を飛ぶ人影たちは何やら言葉を交わし合うと、お互いに距離を取るように散開し始めた。全員が手にした杖を甲板へと向けて、攻撃の意思を表しているのは明白である。


 但馬は咄嗟に、こちらに敵意がないことを示そうと口を開きかけたが、それよりも先に相手の方が口を開いた。


「Qu◯ ×s? △e ve△is? Im□um fac◯m ◯ re△o□o t×o!!」


 半円を描くように散開したエルフのうち、中央の男が声を張り上げる。しかしその言語は今まで聞いたことがなくて、まったく意味が分からなかった。男は再度、同じような言葉を繰り返したが、乗組員たちは困惑するばかりで誰一人としてその声に答えられる者はいなかった。


 但馬も言葉の意味は分からなかったが、ただ、身振り手振りなどで何となく相手の言っている意味が分かるような気がしたので、


「待て! こちらに敵意はない!」


 と叫びはしたが、相手の言語が通じないのであればこちらの言語も通じるはずもなく、エルフは諦めたように手を振り下ろすと、すぐさま散開した仲間たちからマナの高ぶりが感じられた。聖遺物の先端に光球が浮かび上がり、高エネルギーの塊が今にも放たれようとしている。


 まずい……


 但馬はその攻撃から乗組員たちを守ろうと、駆け出そうとしたが、


「総員! 戦闘配置に着けっ!!」


 そうするよりも前に、キンキンとして、それでいて腹の底にずしりと響くような怒号が周囲に轟いて、はっと我に返った乗組員たちが慌てて散っていった。


 入れ替わるように甲板の中央に躍り出たブリジットは、刀の鞘を放り捨てると、ギロリと空の上を睨みつけた。それを敵意と見て取ったか、次の瞬間、空の上のエルフたちから容赦なく魔法が放たれる。しかし、必中と思われた攻撃は、ブリジットに当たる寸前で勢いをなくすと、そのまま暗転し空中に溶けるように拡散してしまった。


 自分たちの魔法が相殺されてしまった。


 そんな現象など、おそらく体験したことがなかったであろう、エルフたちから明らかに動揺の色が見て取れた。彼らの一人が再度攻撃を行うも、また同じようにかき消されてしまってショックで茫然自失していた。


「卑怯者! 降りてこい!!」


 そんなエルフたちにブリジットが怒鳴りつけると、彼らもまた状況から相手の意図を汲み取ったか、一人の男が急降下してきて、体重を乗せた一撃を繰り出してくる。しかし、そこは歴戦の勇者である元皇帝陛下に通じるわけもなく、ガギンッ!! と鈍い音と共に彼の攻撃は弾かれ、錐揉みするように回転しながら吹き飛んでいった。


 それが合図となってしまったか……他のエルフたちも我に返ると、次々とブリジットに向かって攻撃を仕掛けてきた。但馬は慌てて叫んだ。


「待て! 待て! こっちに敵意はないって! ブリジット! 絶対に殺すなよ!!」


 但馬の理不尽な命令はちゃんと聞こえただろうか、彼女はまるで刀でバトントワリングでもしてるかのように、軽やかに相手の攻撃をいなしながら、ジリジリと後退していく。しかし、さすがの彼女も多勢に無勢では、いずれ追い詰められてしまうだろう。何しろ相手は空を飛べるのだ。


「私達も助太刀するわよ!」「まかせろ!」


 そんな彼女を見るに見かねて、但馬が止める間もなく、今度はアトラスと獣人のエルフまでもが突っ込んでいった。状況は理解しているだろうから無茶はしないだろうが、さっさと方針を決めないと、彼らだっていつまでもつか分からないだろう。


 どうする……?


 但馬は何か手はないかと周囲を見回した。空の上にはエルフのリーダーらしき男が一人だけ留まっており、但馬と同じく、こちらと敵対すべきかどうかをまだ考えあぐねている様子だった。もしも彼を説得できれば、事態を収集することも出来そうであるが、いかんせん言葉が通じない。


 ちらりと目を走らせれば、甲板に散っていった乗組員たちが物陰に隠れ、遠くからライフルで狙いをつけている姿が見えた。しかし、耳長エルフたちはそんな彼らを警戒する素振りも見せていない。おそらくは、銃という兵器を見たことがないからだろう。乗組員たちは皆レムリア海軍の精鋭揃いで、射撃の腕前は言うまでもない。つまり、こう見えて実は、戦況はこっちのほうが圧倒的に有利だった。


 その気になれば号令一つで、目の前の5人はお陀仏だ。でも、そんなことをして何になる?


 耳長エルフたちは、この5人しかいないとは限らない。というか、恐らくは近くに集落があるに違いない。お互いに意思疎通をしている彼らの姿からは文明の臭いがする。


 対して、こちらは地球の裏側からやってきて、今は船を失って身動きが取れないと来ている。だから絶対に敵対は避けたい。せめて敵意がないことだけでも伝えられればいいのだが……


「Ca◯ te ne d△rim□. ◯ec ◯mina fort△sima est!」


(……ブリジットのことを強敵だと讃えているような?)


 耳長エルフたちはお互いに連携を確かめ合うかのように、たびたび言葉を交わしていた。その言語にはやっぱり聞き覚えがなかったが、何故か聞いているうちに段々と意味が取れるようになってきた。状況から類推しているという感じではなく、本当に何となくだが意味が分かるのだ。


 なんだろう? この、耳に馴染むような感じは……


 と、但馬が首を傾げているときだった。ブリジットと切り結んでいた相手の一人が、また宙に舞い上がると、杖を掲げて何やら詠唱を始めた。その言葉は相変わらず聞き取ることも難しかったのだが……


「Deum. Da m◯i v△es. In□íc□ tuos la△bis in lu◯nter, et ur△is eos. アレルヤーーー!!」


 男が叫ぶと光のシャワーが甲板に降り注いだ。高熱のレーザー光線が鉄で出来た甲板を真っ赤に灼熱させる。アトラスと獣人のエルフが逃げ惑う中、ブリジットだけがまるで物理的に斬りつけるように光線を捌いている。その出鱈目な姿には舌を巻いたが、問題はそこじゃない。


(……ア・レ・ル・ヤ……? いま、アレルヤって言ったか?)


 間違いない。あのエルフの男は詠唱の最後に、神を賛美するお決まりのセリフを叫んだのだ。そして聖遺物は、キリスト教圏の者たちが作った兵器だからか、力を発揮するためには必ず聖書の内容を含んだ詠唱が必要だった。


 やはり、彼らが持っている杖はロディーナ大陸の聖遺物と同じもののようだ。そしてキリスト教を信奉しているなら、意思疎通は可能なはずである。どうする? こっちもアーメンとかソーメンとか叫んでみようか?


 などと但馬が馬鹿げたことを考えているときだった。


「イノシェクエッソ! ホステスノンスーム!!(許して。私たちは敵じゃない)」


 背後からそんな声が聞こえた瞬間、ブリジットたちと応戦していた男たちがビクリと肩を震わし、目を丸くしながら空へと飛び上がった。ブリジットたちは尚も警戒を解かなかったが、相手が突然引いて戸惑っていた。


 但馬が振り返ると、そこには神に祈りを捧げるように手を組んで空を見上げるリオンの姿があった。彼の視線は相手のリーダー格の男へ向けられており、その男もまた突然現れた獣耳をした男に驚いているようだった。


 その驚きは、動物の合いの子みたいなリオンの姿に戸惑っているだけでなく、自分たちと同じ言語を操ることへの驚きの方が大きかっただろう。


「トリブラム。アウディクエッソ。(私たちは困ってます。話を聞いて下さい)」


 そんなリオンの呼びかけに、空に上った男たちはヒソヒソと相談を始める。但馬はその隙に義子の元へ歩み寄ると、


「リオン、まさか彼らの言葉がわかるのか?」

「はい。あれはラテン語です。どうやら、彼らはラテン語を話す部族みたいですね」

「え!? ラテン語……ははあ」


 道理で、どこかで聞いたことがあるような気がしたわけである。


 但馬たち、ロディーナ大陸に住む人々は統一言語を用いているのだが、それは英語から派生した言語だった。対して、彼らはラテン語をベースとしているようなので、いくつかの単語は語源が同じだから分かっても、全体としては何を言ってるか分からない。それで妙な違和感を覚えていたのだ。


 しかし、種が分かったところで、どうしてリオンがロディーナ大陸では使われていない古の言語に精通しているのかと言えば、


「姉さんの影響です。姉さんはラテン語とギリシャ語の聖書も諳んじていましたから」

「マジかよ……あの子も大概チートだな」


 因みに、リオンの言っている姉さんとはアナスタシアのことである。完全記憶能力のある彼女は、子供の頃に教会で聖書に触れ、それを丸暗記していたという逸話があった。


 リディアに来て間もない頃、暗い水車小屋の奥で、写経みたいにせっせと書き写していた少女の姿を思い出し、但馬はなんだか懐かしくなった……あれから四半世紀が経過し、思えば遠くへ来たものである。


「Sit scriptor disputatio habere. Tu et ego eris legati. Utinam ego.」


 二人でそんな会話を交わしていると、相手も話し合いが終わったのか、リーダー格らしき男が話しかけてきた。リオンが通訳を買って出る。


「話し合いに応じてくれるようです。僕にこっちへ来いって言ってます」

「一人で大丈夫か?」

「任せてください」


 そう言ってリオンが駆け寄っていくと、耳長エルフのリーダーが空から降りてきて、二人は顔を突き合わせるように話し合いを始めた。内容は遠すぎて聞こえなかったが、仮に聞こえたところで理解できないだろう。


 他の4人のエルフは、相変わらずこちらを警戒するように空の上で杖を構えている。まだ完全に信用されていないみたいだが、とりあえずの休戦はなったようである。それを見て鉾を収めたブリジットが、


「総員、警戒態勢に移行!」


 と号令を下してから、こっちへ戻って来る。但馬はそれを見て安堵すると、その場に腰を下ろしてため息を吐いた。


「大丈夫ですか? すぐに手当を再開します」

「必要ない。傷はもう塞がってるから」

「でも……」


 但馬がブリジットとそんなやり取りをしていると、彼女に少し遅れて戻ってきたアトラスが怪訝そうに尋ねてきた。


「あら、あなたも怪我をしているの? 医務室の備品が無事か調べにいくから、ついでに包帯でも貰ってきましょうか?」


 彼はそう言ってからマジマジと但馬の体を見回し、その途中で、不意に眉を顰めて、


「あんた……その傷、どうしたのよ?」


 アトラスは、但馬の胸元から覗いている傷跡が、奇妙な光を帯びていることに気がついた。それは傷跡というより、まるでひび割れのようで、薄っすらと蛍光色の光を放っている。そんなものが人の身体に浮かび上がるのは、どう考えても不自然である。


 但馬は彼の視線を感じると、その傷跡を隠すように襟元を正し、


「ちょっと魔法を使いすぎただけだ」

「魔法を使ったからって、そんな風になる人間なんて聞いたことないわよ。そう言えばあんた、さっきは大活躍だったわよね……聖遺物も無しに魔法を行使するなんて。まだ魔王の力が残ってるとは思ってなかったんだけど……一体、あんたの体って、今はどうなってるの?」

「それについては話せば長くなるんだよ。今は聞かないでくれると助かるんだが」

「お父さん! ちょっとよろしいでしょうか?」


 と、その時、二人の会話に割り込むように、リオンが声を掛けてきた。但馬は追及から逃れるように、アトラスを押しのけて立ち上がると、


「どうした?」

「先方が、お父さんと話したがっているんです。ご同席願えますか?」

「わかった。すぐ行こう」


 彼は一旦振り返ってブリジットに目配せしてから、耳長エルフたちの方へゆっくりと歩み寄っていった。


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― 新着の感想 ―
更新キターーー!!! って思って早速読んだけどちょくちょく人名忘れてるな……読み返さなきゃ
連載再開嬉しいです。
待ってましたーーーー!!
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