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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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北極海周遊編⑤

 シベリアの調査を終えた探検船団は、狩猟によって手に入れた大量の肉と共に、またオホーツク海から太平洋へと舞い戻った。カムチャッカ半島沖で留守番をしていたタンカーと合流し、今度はベーリング海峡へと向かう予定である。


 まったく未知の海域であるのに、釧路沖で別れたタンカーとどうやって合流するつもりかといえば、それは最新式の無線システムを使うことによってであった。


 無線システムは、まだ但馬波瑠が宰相をしていたころのリディアにも存在していなかった物だが、レムリアに行ったリオン博士が但馬の手記を読み解き、開発に成功、黄昏戦争の頃には既に実用化されていた。


 レムリア軍ではその後、観測気球を用いた広域通信の実験を行っており、現在では最長500キロにも及ぶ遠距離通信に成功していた。今回、探検船団に配備されたのは、その最新の通信設備である。


 船団は、予定通りにカムチャッカ沖でタンカーと合流してそのまま北上し、アリューシャン列島を抜けて一路ベーリング海峡へと進路を向けた。


 ついでであるからこの機会に、探検船団を構成する3隻の船についても触れておこう。


 まずはジョンストン提督が乗る、旗艦キュリオシティは全長100メートル、幅22メートル、基準排水量5500トンの中型ディーゼル船である。万一の場合に備えて2系統のスクリュープロペラを装備し、最大船速20ノット、12000馬力という能力を保持する優れものだ。


 先に触れた通り、レムリア海軍の最新式の無線システムが搭載されており、また座礁の危険を予め察知するための全方位ソナーが配備されている。これは魚群探知機としても機能するので、その気になれば海上でも食料を確保することが可能となっていた。実を言えば、エルフに狩りをさせる必要など全く無かったのである。


 これに追随する2隻は、2番艦ディスカバリーと3番艦ボイジャー、総排水量3800トン、同型の小型ディーゼル船である。旗艦と比べると一回り小さい、速度に特化した船で、最大船速30ノットを誇り、キュリオシティが通れないような浅瀬でも航行が可能である。実は海軍のお下がりの元駆逐艦で、艦砲が搭載されているので、もしも何らかのアクシデントで戦闘が起きても対処が可能である。


 この他、それぞれの艦には救命ボート兼上陸用舟艇として合計15台の大小のモーターボートが搭載されており、入り組んだ入江の調査や、河川を遡って内陸を調査することも可能である。


 さて、そんな船団は順調にアリューシャンを越えて、ベーリング海峡手前にあるセントローレンス島を発見した。この先にある海峡を過ぎれば、ついに地球を半周することになる。


 3隻の航続距離はそれぞれ27000キロほどあり、タンカーから燃料を補給すれば、無理なくレムリアまで帰れるという計算であった。予定ではセレスティア(南米大陸)に寄港するつもりなので、実際に航行する距離はもっと短く、よほどのことがない限りはもう人類初の世界一周は達成されたも同然である。


 燃料を補給した探検船団は、ここでタンカーと別れ、いよいよ未知なる海域へ挑むことになる。後に引けない大航海を前に、否が応でも緊張が走る。


 そんな懸案のベーリング海峡通過であったが……


 海峡は殆ど時化ることもなく、船団は何事もなく通り抜けることに成功した。


 ベーリング海峡は氷河期の時代、海面の低下によって陸続きとなっていた。現在の地球も数年前までは同じような気候であったため、最悪の場合通れないことも覚悟していたのだが、どうやら杞憂だったようである。


 海面が下がっていることも確かであったが、同時に、今のベーリング海峡は赤道に位置するから、潮汐力による海面の上昇もあって、それで相殺されていたのだろう。寧ろ、海面上昇の方が大きかったようで、元々の海峡よりも幅が広くなっているらしく、多少危険な渦もあったが、昔よりもずっと穏やかな海に変わっているようだった。


 こうして探検船団はベーリング海峡を抜け、世界の裏側へと到達した。かつて北極海と呼ばれていた大洋は、赤道無風帯のしとしととした雨の降り注ぐ、静寂の海へと変わっていた。海水の透明度は高かったが、藍色の深い海からはあまり生き物の気配がしなかった。一転して、陸に近づくに連れて海は賑やかとなっていき、オホーツク海のときと同じように、陸地には緑の生い茂る大密林が広がっていた。


 北極海からアラスカに上陸した探検隊は、キャンプを張って周辺の様子を調査することにした。海峡を隔てた2つの大陸では、植生は殆ど変わっていなかったが、棲息する動物たちはガラリと変わっているようだった。その様子からしても、ベーリング海峡はここ1万年間、一度も地続きになったことがなかったのだろう。


 シベリアと違って、こちらアラスカ側では大型の獣はあまり発見できず、中型のイノシシ(のような生物)の群れや鹿の群れ、狼の群れを時折見かけるくらいだった。対して、鳥の種類は豊富らしくて、夜明けとともに一斉に鳴き出す騒音のせいで、寝不足になってしまうくらいであった。


 沿岸にはペンギンの成れの果てみたいな不可思議な生物が生息しており、まるでマンボウみたいに丸い目を見開いたまま、一日中ぼんやりと佇んでいる姿は、見る者を非常に困惑させた。あれでは捕食され放題じゃないか? と思ったが、オットセイやトドのような海獣はいないので、どうやら平気なようである。


 というか、エルフに言わせると、ここの獣たちは人間を見ても殆ど恐れないから、入れ食い状態で狩りをしてもつまらないそうである。シベリアで手に入れた肉がまだ山程あったし、そもそも食料には困っていなかったので、ここでは狩りを行わずに船に戻った。


 船団はそのまま北米大陸沿いに進路を取り、かつて北極諸島と呼ばれた島々が連なる、旧カナダ北岸の海域を航海した。


 諸島というと太平洋の島々を連想するが、ここの島はどれも大きくて、大陸の続きみたいなものだった。


 北極諸島最大の島は日本の総面積を超えており、本州に匹敵する大きさの島もいくつかあった。そんな島々は、かつてのフィヨルド地形の面影を残した入江が多くて上陸しやすく、調査したところ、危険な生物も見当たらなかった。これらの天然の良港は、いずれ人が植民するにはうってつけだろう。


 通りがけにいくつかの島の調査も行ったが、これらの島々に野生動物の姿は殆ど見られなかった。元々がホッキョクグマくらいしか棲息していなかった不毛の大地であるから、環境が激変してから日も浅く、海を渡ってくる陸上生物がいなかったのだろう。1万年という時間は長いようで、案外短いようだ。


 代わりに島々には無数の野鳥が棲息しており、それらが媒介して交配する多種多様な植物が見られた。ダーウィンがガラパゴス諸島で発見したように、島ごとに独自の進化を遂げた同種の鳥なんてのも見られ、仮説を裏付ける証拠だと、リオン博士を大いに喜ばせた。


 こうして北極諸島の島々を巡りながら、ついにグリーンランドにまで到達した探検船団は、その準大陸と言って良いくらい広大な大地を横に見ながら西へ西へと突き進み、やがて荘厳たる山脈が聳える半島まで来ると、その手前にある入江に錨を下ろした。


 探検航海出発前、地球の反対側に到達したら、今後のために拠点を作ろうという計画が立てられ、ここはその候補地であった。


 もしも地形が変わってさえいなければ、この半島の対岸にアイスランドがあるはずで、欧州と北米の両方へのアクセスもしやすく、拠点を建てるにはちょうどいい立地と目されていた。実際に来てみれば、沿岸は比較的緩やかな地形が広がっており、元フィヨルドの入江は水深が深くて進入もたやすく、基地を作るには申し分なかった。


 そんなわけで、但馬はここに基地を建てると決断すると、運んできた建材を下ろすように命じ、プレハブの基地が建つまでの間、乗組員たちは交代で休暇を取ることが許された。


 彼らは久しぶりの休暇を目一杯楽しむべく、みな思い思いの過ごし方で羽根を伸ばした。


 といっても、こんな地球の裏側では出来ることなど限られているので、せいぜい船内でダラダラするか、ビーチで海水浴を楽しんだり、釣りをしたりと海のレジャーが殆どであった。


 そんな連中に混じって、エルフはわざわざ木を切り倒して筏を作り、釣り船にして遊んでいた。彼女に言わせれば、この地の獣もまた警戒心が薄れており、狩りをしても楽しくないそうである。


 但馬もリオン博士と連れ立って、いつものように周辺の調査を行っていたのだが、彼女の言う通り、危険な生物には一度も遭遇することもなく、寧ろやけに人懐こい鳥に絡まれて大変なくらいであった。


 どうやらこの地の鳥類はとても好奇心が旺盛らしく、まるで手乗り文鳥みたいに人の肩に飛び乗ってきては、愛らしく首を傾げてその様子を眺めているのである。


 それは一見、好ましく思えたが、基地を建てていてもお構いなしにやってくるので、作業の邪魔になると作業員が零していた。そのうち気をつけるのも億劫となり、工事現場でカエルみたいにペシャンコになってる鳥の死骸を見かけるようになってきた。エルフに至っては、肩に停まった鳥の羽を毟り取って、そのまま魚の餌にしているくらいであった。


 但馬はそれを見ながら、この鳥が人間の恐ろしさを学習するのに、あと何世代必要だろうかと苦笑いして……


 そして彼は、数週間前にオホーツクの地で感じた違和感の正体に、ようやく気づいたのである。


***


 休暇中に突然、副長のトーやリオン博士、ブリジットといった探検隊の中心メンバーが緊急招集された。


 自室でダラダラと怠惰の限りを尽くしていたトーは、いきなり休暇を取り上げられてぶつくさ言いながら現れたが、続く但馬の言葉にそんな不満は吹き飛んでしまった。


「人間が生存しているかも知れないだと!?」


 仰天する人々を前に、但馬は自分でも半信半疑だといった素振りで言った。


「その可能性があるといった程度の話だ。エビデンスは俺の直感でしかない。だから話半分で聞いてほしいんだが」

「前置きはいいから、どうしてそう思ったのか話してみろよ」


 彼は分かったといった感じに頷いて、


「初めに違和感を感じたのはオホーツクでの出来事だ。俺は密航をしていたエルフに罰として食料補充のための狩りを命じた。そして彼女はシベリアの密林で、逃げ惑う鹿の群れを追いかけ回して、見事俺の期待に答えた。それはいい。問題は、鹿の群れが逃げ回っていたということなんだ」

「……どういうことだ?」

「ここの鳥を見てみろよ、あの手乗り文鳥みたいな鳥は、人間のことをまったく恐れていない。それで思い出したんだが、初めての調査地であるアジアでも、動物は俺たちのことを殊更には警戒していなかった。そして日本では亜人たちが、獣が人を恐れないから狩りのし甲斐がないとボヤいていた。お次はアラスカだ。ベーリング海峡を挟んでシベリアとは目と鼻の先だが、そこにいた動物たちはやっぱり無警戒だった。今まで寄り道してきた中で、シベリアの動物だけが人間を恐れていたんだ」

「つまり、かの地の動物は人間を捕食者として認識していたということですか」


 リオン博士の言葉に但馬は頷いて、


「一説には、動物には自らの天敵を認識するDNAが存在するという説もある。大昔の動物が、人間を恐れる遺伝子を保持したまま、今まで生き残っていたという可能性も無くはない。だが、そんなのは憶測に過ぎないし、他の土地では見られない行動だったんだから、やはりあそこの動物だけが人間を恐れていると考えるのが筋だと思うんだ」

「なるほど」

「それからもう一つ、オホーツクで植物の調査をした際に気づいたんだが、どうもあの近辺は他よりも木々が保有しているマナの量が多いようなんだ。それでもしかして、まだ生き残ってる世界樹があるんじゃないかと推測してたんだが……」

「あの、ちょっといいですか?」


 ブリジットがなにか言いたげに控えめに挙手しながら許可を求めている。但馬が促すと、


「先生に言われた通り、あれからマナの気配を気にしていたんですよ。そしたら、アラスカから北極諸島にかけて、どんどん薄れていったマナが、ここへ来てまた少し濃くなってきたような気がしてまして」

「欧州に近づくに連れてマナの量が増えてきたってことか……やっぱり、気のせいじゃないんだな」


 その言葉を最後に、会議室はしんと静まり返った。みんなそれぞれ何か考え込んでいるようである。


 但馬も暫くそうして沈思黙考していたが、やがて決断するように口を開くと、


「本当なら、次の目的地はバルト海の予定だったが、行き先を変えて、北欧ノルウェーから北極海沿いにロシアを目指そうと思う。来た海を逆走することになるが、シベリアまで沿岸を航海しながら、人類の痕跡がないか、もっと慎重に調査したい」

「わかった」

「それで何も見つからなければそれに越したこともないし、少なくとも気分はスッキリするだろう。問題は船の燃料のことだが……2隻をここに残して、1隻だけで行動すれば、また当初の予定に復帰できると思うんだが?」

「いや、単独行動は危険だ。3艦で行動した方がいい」

「その場合、欧州か北米のどちらかの調査を諦めなきゃならなくなるだろうが……」


 副長のトーが腕組みをしながら、


「なら欧州を捨てよう。今のままだとユーラシア大陸に偏りすぎてるから、もう十分だろう。ロシア・シベリアを調査後は、またグリーンランドに戻ってきて、そのまま北米を目指そう」

「地中海はまたの機会にするか……すまない、ブリジット。聖地が見たいって言ってたのに」

「いいえ、探検隊が無事に帰還することが優先ですよ」

「では各自その通り、各所に通達しておいてくれ。基地が完成次第、ここを出発する」


 会議はそれでお開きとなった。


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