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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第二章
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千年前って……

 中央公園に面したオフィスに入ると、先に出社していたエリオスがブリジットの姿を見つけておやっとした顔をした。元上司と部下だからバツが悪いのかな? と思いきや、そんなことも無くて、


「あ! エリオスさん、ずるいですよ。自分だけ軍隊辞めて就職しちゃうなんて……」


 と気安い感じでブリジットが突っかかっていったので、さほどわだかまりは無いらしい。それにしても巨漢のエリオスと小柄なブリジットの対比は、見慣れていたがやはり微笑ましい。


「エリオスさん、ちょっと朝礼やってきますから、その間、お願いできますかね。終わったらすぐに出かけると思います。そいつと森に行くんで装備整えておいてください」


 タジタジのエリオスにブリジットの相手を任せて、但馬はそう言い残し、善は急げとオフィスの奥に作った自分の社長室へと向かった。そこは応接間と会議室を兼任した社内では一番広い部屋であったが、元々が狭い建物であるから、こじんまりしたスペースになっていた。


 中に入ると3人の姿があり、その内の一番若い男……と言うか少年が元気よく挨拶をしてきて、徹夜の頭にキンキンと響く。


「おはようございます! 社長! 今日もいい天気ですねっ!!」

「ああ、うん、おはよう。フレッド君、ちょっとトーン抑えてくれる?」


 少年の名前はフレデリックと言って、例の農場のオジサンの孫だった。オジサンの三男坊の三男坊で、家督とは無縁の男の子だったが、流石に金持ちの子息であるから教育が行き届いており、ソロバンが弾けて文字が書けるので秘書として雇った。年は12歳と若すぎるほど若いのであるが、リディア国民でこれだけ出来るのは貴重であるので即採用だ。今は総務というか番頭のような感じで、細かい雑務の殆どをやってくれる。


「また酒か? うちに居た時から散々言われてただろうが……もう独り身ってわけでもないのだし、うちのも心配するからあまり飲み過ぎるんじゃないぞ」

「いや、親父さん。飲んでませんって、今日は単に寝不足っつーか……」


 と言うのはシモンの親父である。結局、彼は工場の工作機械の製作から会社の立ち上げまで、全部を手伝ってくれて今では工場長……というか親方みたいな存在で現場を指揮してくれている。蒸気機関の製作者だけあって、会社には無くてはならない人材で、今は若いエンジニアをビシバシ鍛えている。


「なんだぁ? ついにヤっちまったってぇのかい、このゲス野郎が! 一晩中しっぽりとかっ!? くぅ~……羨ましい! いいよなぁ、あれ元商売女だろ~……俺もいつかはお前みたいに、金で買った女ぁ侍らす身分になりてぇもんよ」

「ヤッてねえよ! 人聞き悪いこと言うんじゃねえ! おめえと一緒にすんなっ!」


 などと、不愉快極まる発言をする野郎はトーと言って、正社員ではないが、銀行からの出向でマーケティング全般を任せている契約社員みたいなものだった。商品の販路について相談に行ったらつけられた担当者で、仕事は出来るがいかんせん性格が破綻している。同い年でもあり、出会った初日から気兼ね無くどつき漫才をやっていたら、それを見ていた銀行の支配人に、大変仲がよろしいですねとか何とか言われて押し付けられた。多分、向こうでも持て余していたのだろう。因みに給料は銀行から出ている。そうまでして厄介払いしたかったのだろうか……


「おめえ、うちのアーニャちゃんの悪口もういっぺん言ってみろ。小刻みに切り刻んでピーマンの肉詰めにして、社員食堂に並べてやっかんなっ!!」

「社長! 僕、ピーマン食べられませんよ!」

「……人肉の方は良いのかい?」


 フレッド君がトンチンカンな感想を述べて、親父さんが呆れた顔をしていた。


 Simao & Haru本社の面子は、現在これにクレーム処理係のエリオスを含めた5人体制だった。あとの従業員は、基本的に全員工場の方に直行してもらっており、開発主任兼工場長のシモンの父親が取りまとめている。まだ会社を立ち上げたばかりで事務方がそんなに要らないことも確かだが、やはり人手が足りないというのが本当のところだ。


「おぉお~、こえーこえー。それじゃあ、何してたってんだよ」

「それなんだけどよ……あ、そうそう、親父さんにも後で開発陣の方に伝えて欲しいことあるんですが……」

「ん? なんだい」

「昨日言ってた緑色の染料についてなんですけど……ちょっと気になる発見をしちゃったつーか、まあ百聞は一見に如かずだから、とにかくみんなに見て欲しいんです」


 そう言うと但馬は持ってきたかばんの中から、例の森の葉っぱと、竹からちぎってきた笹の葉を取り出した。


 それらを乳鉢でゴリゴリとやって、エタノールに入れてかき混ぜると……


「……ほう、これはマナってやつか?」「初めてみました! 綺麗ですね!」「これがなんだってんだよ?」


 三者三様の反応を見ると、どうやら一般に周知はされてるが、この現象を見ること自体はあまり一般的では無さそうだった。まあ、予想通りかと言った具合に但馬は続けた。


「見ての通り、こちらの葉っぱから抽出した液体からはマナがフワフワ飛び出してくるけど……こっちの、笹の葉の方からは出てこないだろう?」

「ホントだな……なんでだ?」

「普通に考えて、こっちにはマナが無いからだと思う」


 ヴィクトリア峰には竹やぶが群生していて、斜面を覆い尽くすほどなのに、エルフは入ってこれなかった。それに目をつけてシモンはタケノコを送って寄越したわけだが……とまれ、それは竹が草扱いだからかとか、漠然とした理由しか思い浮かばなかったが、昨晩、例の森の木の葉からマナが飛び出してきたことでピンときた。


「ガッリアの森には、このようにマナを含有してる木と無い木があるっぽいんだ」

「ふーん……で? だったらどうなんだい」

「この、マナのない方の木なら、街中に植えてもエルフが寄ってこないんじゃないだろうか……」

「どうしてそう思うんだい?」


 胡散臭いものを見るような目つきのトーと違い、シモンの父親の方は興味を示した。


「現実問題、ヴィクトリア峰にはエルフが居なかった、すぐ真下の森までは生息していたというのに。殆ど、ただの直感でしか無いんですけどね。で、それを確かめるためにも、今日はちょっと森までに行ってこようかと思って」


 森の入り口で葉っぱを何枚か採集して帰ってくるだけだから危険は少ないと思うが、一日仕事になるから直帰する。だからみんなも今日はそのまま帰ってくれと伝えると、但馬は朝礼を終わらせた。


 シモンの父親には昨晩やったアルコールでのクロロフィルの抽出法を教え、工場の開発陣と共に石鹸に添加してみてくれと伝えた。フレッド君には申し訳ないが、帳簿をまとめながら事務所のお留守番をしてもらい、急用があった場合は工場か農場の大人に指示を仰ぐようにと伝えた。そうこうしてると、


「そんじゃ、今日はオレっちの仕事もねえし、先に上がらせてもらうわ」


 などと不届きなことを言い出す奴が現れたので、首根っこをひっ捕まえて耳元で怒鳴りつけてやった。


「おめえは取引先回って御用聞きしてくんだよ!」

「え~……」

「前から言ってんだろ、個人商店でもなんでもいいから販路の開拓してこい。在庫もダブついてきてるんだから」


 ケツを引っ叩くと、ようやく渋々出て行った。別に給料払ってるわけじゃないから良いのだけど……銀行は何故あんなやつを雇っているのか。謎だ。

 


挿絵(By みてみん)


 リディアの平地は狭く、首都ローデポリスのあるリディア海岸は10キロも内陸に入ると森林と山脈に遮られる。もはやリディアの地には平原と名のつく土地は無いらしく、山脈は西のヴィクトリア峰から東はアーカム山、パトリック山と呼ばれる2つの峻険な高山にまで続いて、更に北東のティレニアと呼ばれる国家まで伸びており、内海の南側を壁のように完全に塞いでいる格好だった。


 そのためリディアより東の海辺には国は無く、フラクタルと呼ばれる海賊頻出海域が延々と続いているのだが、何故ここがフラクタルと呼ばれるかと言えば、峻険な山々が海に突き出た地形ということで、ご多分に漏れずそれはリアス式海岸のようなフラクタル地形を描いているからに違いなかった。


 尤も、その由来をリディアに住む誰に聞いてみたところで、まずまともな答えは返ってこず、みんな何となく昔からそう呼んでいたと答えるのが関の山だった。日本人であれば、すぐにピンとくる名詞であることから、恐らくはここにも勇者なりなんなり、但馬と同じように現代の地球からやってきた何者かの痕跡が見て取れるわけである。


 しかしリディアにしろエトルリアにしろ、これまた地球に馴染みのある名詞ばかりなのであるが、一体誰がこんな名前をつけて回ったのだろうか? 国王の話によれば、エトルリアという名前は千年前から使われているそうだから、そんな大昔から、この世界と但馬のいた元の世界とは関係があると言うわけだ。少なくともその可能性がある。


 千年前って……


 タイムスケールが大きすぎて実感が沸かないが、その千年の間に何があったのか。60年前にこのリディアの地に現れたと言う勇者も、千年前に北方セレスティアに現れた聖女も、恐らくは但馬と同じ力を持っていた。では、但馬と聖女と勇者、現代人がバラバラに飛ばされたのか、それとも千年前の平安時代の人が千年前に飛ばされていたのか、もしくはこの世界は超未来の地球人が開拓した惑星でそこに但馬がタイムスリップしたとか……他にも色々可能性はあるが、この飛ばされた人物とは、自分たち3人だけなのだろうか。


 あの日、アルバイトの面接会場にいた人たちの姿を思い出す。但馬はあの直後から記憶がないのだから、もしかしたら、あの会場にいた全ての人達が、自分と同じような目にあってる可能性もあるんじゃないか。


 もしも但馬と同じように、ある日突然この世界に飛ばされたという人でいるのならば、勇者以外にもわかりやすいサインが残されていてもおかしくはないだろう。しかし残念ながらそういった物は未だに見つかっておらず、今後の研究課題として考え続けていかねばならない。


 この世界はかなりおかしい。変なところで現代人の見えざる手が散見される。何故、そんなことになってしまっているのか、過去を調べてみなければ、もはや気持ちが悪くて仕方がない。


 差し当たって、今、この世界と元の世界とを結ぶ唯一の手がかりは『魔素(マナ)』だった。


 このマナについて調べることは急務である。こいつの謎を解くことが出来れば、元の世界に帰る方法なり、現代につながる何かが見つかる可能性が極めて高いからだ。


 何故なら、もしもこいつが但馬の知っているCPN(ナノマシン)であるならば、恐らくはこれをコントロールしている何かがあるはずだからだ。何しろ物凄く小さなものだから、CPN自体に演算処理能力があるとは考えにくい。これは情報とエネルギーを伝達するだけの媒体と考えたほうが良いだろう。


 ネットワークを利用しているのは但馬だけではないはずだ。恐らくは魔法を使う人間と、エルフも同じものを利用しているに違いない。とすると、複数人が一斉にアクセスしても混乱しない仕組みが無くてはおかしいだろう。最低限の制御装置、もしくはインターネットのサーバに該当するようなものがきっとあるはずだ。


 あと、エルフについても気がかりが増えた。


 聖女リリィがぶっ殺して回ったと言われる種族。見た感じも確かに邪悪っぽくあったか……背が小さくて悪魔みたいな外見だった。そしてえらい長生きだ。


 エルフ……アニメや漫画のイメージから、耳の尖った見目麗しい種族を想像していたが、実際には無表情な界王神様みたいな謎の生命体だった。確か、咄嗟に見たステータス画面には、ミュータントと書いてあった。変異種とか突然変異という意味だろうか。


 例のイルカはエルフのことを古代種と呼んでいた……そして人間が実験動物、亜人のことをキメラと言った。しかし、但馬の鑑定能力からすると、どっちかというとミュータントの方が実験動物だのキメラだのにふさわしい感じがする。ひょっとして(たばか)られたのか? でも何のために? 理由がわからない……


 あとは以前、国王と話した時、彼はマナがあるからエルフは森に住んでいるのだと言っていた……


 確かに、彼らがマナを利用して生活していることは明白だ。しかし、CPNがマナであるならば、それは見えないというだけで、大気中ならどこにでも存在するはずである。


 実際、但馬やブリジットのような魔法使いは森の中以外でも魔法が使えるし、その際緑色のオーラを発する。それは大気中に満遍なくマナが行き渡っている証拠ではないのか。


 だとしたら、どうしてエルフは森にしか住めないのか?


 こいつらには、まだまだ謎が多い。


 せめて会話が通じればなんとかなりそうなものなのだが……殆ど聞き取れもしない謎の言語を口走ってた姿を思い出すと、仮に出来るとしても数世紀は必要だろう。そもそも問答無用で攻撃してくるので、まともな交流すら出来ないのだから。

 

 あいつらから情報を聞き出すということは不可能だろう。せいぜいその生体を観察して、なにかの手がかりを発見するくらいしか方法がない。まずはそのへんから始めよう。


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