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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
373/398

日本訪問編⑩

 アンナを踏みつけてふんぞり返っていたブリジットは、後からやってきたハルに突き飛ばされると、さっきまでの異常なバランスはどこへやら、よろよろとよろけながら非難がましい顔で振り返った。


「ひどい! ハルさんまで私のことを悪者扱いするんですか!」

「そうは言うけどね。事情を知らない者からすれば、立派に悪役だよ、今の君」

「なら、事情を知ってるハルさんは味方してくれてもいいじゃないですか」

「だから黙って見てたんじゃないか……そしたらネチネチやり始めるからさあ。流石にもう黙ってらんないよ。嫌だ嫌だ、女の嫉妬は陰険で」

「はあ!? 誰が嫉妬なんかするもんですか!」

「そうか? いつもは君から逃げ回ってるリーゼロッテさんが、出掛けにアンナちゃんのことよろしく頼むって言ってきたときは、露骨に不機嫌になってたじゃないか」


 剣聖リーゼロッテはブリジットの師匠でもあるが、実は弟子が復活して以来、稽古をつけてくれとねだる彼女から、ずっと逃げ回っていたのだ。


 別に、負けそうだからというわけじゃない。単に、しつこいからなのだが……自分がリディアで眠っていた間の遅れを取り戻そうと躍起になっていたブリジットは、師匠のそんな連れない態度に不満を募らせていた。


 その鬱憤がアンナに向かったんだろうと指摘されると、図星だったか、彼女はプンスカ怒ってそっぽを向きながら、


「う、うっさいですね。その失礼な口を閉じないと、肛門と繋がることになりますよ!」

「それ、どういう状態なの!?」


 ハルは自分のそんな姿を想像してげんなりしながら、


「つーか、ブリジット。いい加減、彼女にもちゃんと事情を話した方がいいだろう。仮にだけど、もしも君が負けていたら、今頃俺はどうなってたんだよ?」

「うーん……そんなこと絶対あり得ませんけどね。そうですね。あなたを巻き込んだのは、確かに悪かったと思いますよ」


 魔王とブリジットは、アンナを挟んでお互いにぶつくさ言い合っている。


「ねえ、さっきから、あなたたちは何の話をしてるの……?」


 聞いていても、どうにも自分の記憶と噛み合わない会話に、アンナが思い切って尋ねてみると、魔王は申し訳無さそうに苦笑しながら、そんな彼女に向かっておかしなことを言い始めた。


「アンナちゃん。君にはさっき、ブリジットがお母さんのことを追い払ったように見えたんだろうけど、それは勘違いなんだ」

「勘違い?」

「ああ。彼女は君のお母さんに、こっちに来ても但馬波瑠はいないよって、そう伝えたかっただけなのさ」


 但馬波瑠がいない……? 張本人が何を言ってるんだと首を傾げていると、彼は更に奇妙なことを言い出した。


「君やアトラスには俺が魔王に見えるんだろうけど、実は俺は君たちの知ってる魔王じゃない」

「魔王じゃない……どういうことよ?」


 これにはアトラスからも驚きの声が上がる。ハルはそっちの方にも頷いてから、改めてアンナと向き合って、


「俺のエーリス村のハル。君のお父さんが、数年前まで依代にしていた体の、本当の持ち主なんだよ」


 何が何やらわからないといった表情の二人に、ハルはややこしい話だけどと前置きをしてから話し始めた。


 彼の言うことはつまりこういうことだった。


 かつて『魔王』と呼ばれたリディア宰相・但馬波瑠……実はその正体は、超古代文明に生きていた、古代人の生まれ変わりだった。


 およそ千年前、天空より降臨した聖女リリィは、実はその超古代文明に作り出されたAIで、その役目は人間が暮らしやすいよう地球の気候を管理することだった。


 そんな彼女はとある事情で、役割を全うするためには、人間の許可が必要となったのだが……しかし、過酷な環境に適応するためエルフへと進化した人類は、長い年月の果てに理性を失い、千年前にはもう野生動物となんら変わらなくなってしまっていた。


 もはや地上の人類からは許可を得られないことを察知した彼女は、一度は役目を放棄して、このまま人類が滅亡するのを黙って見守ろうと考えたのだが……本当にそれでいいかどうか迷った彼女は、最終的にかつて自分が主人と認めた古代人・但馬波瑠に打診しようと考えた。


 ところが、こうして無理やり復活させられた但馬は、ちゃんとした人間の姿で復活することが適わず、生きていくためには依代が必要だった。しかしその依代に精神を写して復活した但馬は、自我同一性のギャップにより記憶を失い地上を彷徨うこととなる。


 それが地上に度々出現していた勇者の正体だったわけだが……


「その、最後の勇者の依代として選ばれたのが俺だったんだ。エーリス村という片田舎で暮らしていた俺は、退屈な毎日に飽き飽きしていて、いつも現状を変えたいと願っていた。その気持ちに付け込まれたんだ。ある日、俺はイルカの声に誘われるままに、熱で浮かされたようにリディアへと渡り、そこで勇者の魂を受け入れた。そして俺の精神は、一旦は消滅してしまったんだが……」


 そんな彼がどうして復活したのかと言えば……彼の代わりにブリジットが教えてくれた。


 話は3年前に遡る。魔王討伐後にリディアで目覚めたブリジットは、自分が愛した人が既にこの世を去っていたと知って、嘆き悲しんだ。暫くは何をすることも出来なくて、呆然と日々を過ごしていたが……


「いつまでも泣いていたって何も始まりませんからね。気が済むまで泣いた後、私はティレニアの四賢者の力を借りて、先生を復活させられないかと考えたんです。


 それでビテュニアの宮廷魔術師をしていたサリエラを訪ねた私に、彼女は言いました。聖女リリィの遺産である4つの世界樹のうち、ティレニアの世界樹は勇者というシステムに深く関与しているから、もしかしてここへ行けば何かわかるかも知れない……


 そう考えてティレニアを訪ねた私たちのことを、今度はトーさんと残りの三賢者が迎えてくれたんです。


 トーさんは元々ティレニアの高家の出身で、勇者……つまり魔王のことでもありますが……彼が存在しなくなった今、ティレニアという国家も必要無くなったので、国を解体するつもりで故郷に戻っていたんです。


 そんな彼が故郷に帰ると、18年前、世界樹で魔王に殺されたはずの賢者たちが復活していたそうです。


 もう勇者を復活させる必要も無くなったので、彼らもお役御免のはずだったのですが、どうやら魔王は自分が討ち果たされた後、律儀に彼らのことも復活させていたらしいのです。


 その魔王を復活させたいという私に、彼らは二つ返事で協力を約束してくれました。ただし問題があって、元々勇者は勝手に復活するものだったから、彼らにも能動的に復活させる方法がわからなかったのです。


 放っておいても、もう勇者は復活しない。ならどうすればいいか?


 彼らは世界樹の力を使えば、肉片から身体を復元することができるだろうと言いました。私にはよくわかりませんが、DNA? とやらを使えば、それが可能だというのです。他に方法もありませんでしたから、私は先生の遺品を彼らに託すことにしました。


 彼らの目論見は成功し、そして魔王は復活したかに思えたんですが……」

「体は確かに魔王のものだったんだけど、その中身は俺だったんだよ」


 ブリジットの言葉を、今度はハルが苦笑いしながら引き継いだ。話をすぐに理解したアトラスが、感嘆のため息混じりに言う。


「ははあ……それで、あなたは魔王だけど魔王じゃないって言ってたわけね。なるほど……あれ? でもそういうことなら、アンナのママにあっちに行けなんて言わなくても、事情を話せばいいだけじゃない?」

「そういうわけにもいかなかったんだよ。あのまま、アナスタシアがこっちに来てたら、俺は但馬波瑠のふりをして、彼女と話を合わせなければいけなかったんだ。そうする約束だったからな」

「約束……約束って、誰とそんなのをするっていうのよ?」

「そりゃもう、本人だよ」

「本人って……どういうこと? 魔王復活は失敗に終わったのよね?」

「いやいや、最近の若い人はせっかちですね。失敗したからって、ハイおしまいってすぐに諦めるわけないじゃないですか。もちろん、成功するまで続けましたとも」


 ブリジットがでかい胸を張ってドヤ顔を決めた。


 アトラスとアンナは、眉間にしわを寄せ深刻な顔をしながらお互いの顔を見合わせ、恐る恐るといった感じに尋ねた。


「もしかして……それじゃ魔王は本当に復活してるの?」

「もちろんですとも! じゃなきゃ、こんなところに来てないで、今もあっちで足掻いているとこだと思いますよ」


 ブリジットはフフンと得意げに鼻を鳴らした。この島で暮らしている住人に向かって、こんなところとは酷い言い草であるが……ハルはそんな彼女に釘を刺すように、


「まるで自分の手柄みたいに言ってるけどね。君は特に何もしてないだろう?」

「うっ……うるさいですね」

「君がわんわん泣くから、みんな手を尽くしてくれたんだろうに。ちゃんと感謝して欲しいね」

「わ、わかってますよ! だから何度もお礼を言ったでしょう?」

「とにかく、魔王は復活したのね? どうやって復活したっていうの?」


 言い争っている二人の間に、焦れったそうにアトラスが口を挟む。ハルは肩を竦めて、


「復活した俺は但馬波瑠じゃなかったけど、一時期は彼に体を貸していたからね。彼の記憶が残っていたのさ」

「あなたに、魔王の記憶が……」


 ハルは頷いて、


「そう。それによると四賢者の体は、実は本物の但馬波瑠の遺伝子から作られていたから、彼らがいれば実物を復活させることも不可能じゃなさそうだったんだよ。更に天空の人工衛星リリィには、古代人たちの遺伝情報が全部記録されていたから、そこを探せば彼のDNAも見つかりそうだった。


 天空のリリィは機能を停止したとはいえ、通信が途絶したわけじゃなかったから、俺たちは今度はセレスティアへ向かい、世界樹を調べまくって、そしてついに本物の但馬波瑠を復活させたというわけさ」


 こうして復活した但馬は、生前、婚約者であったブリジットに対する不義理もあり、その責任を取って今度こそ本当に結婚して、セレスティアに所帯を構えた。


 しかし、自ら死ぬつもりでいたわけだから、いきなり復活させられても、暫くの間は呆然としていて何も手がつかないようだった。


 ブリジットとエリオスは、自分たちが身勝手に復活させたせいじゃないかと、そんな彼のことを心配していたのだが……そこはそれ、元々リディアで巨万の富を得たような男だから、金儲けの話を見つけると、その内勝手に元気になっていったらしい。元気が無かったのも、多分、セミリタイア後の燃え尽き症候群みたいなものだったのだろう。


 一方でエーリス村のハルの方はといえば、およそ四半世紀にも亘る長い空白期間の後に、いきなり復活させられたところで、故郷に帰ってももう彼のことを知る人は少なく……逆に魔王としての顔の方が売れてしまっていたから、どこへ行っても大騒ぎされ、日常生活もままならかった。


 それもこれも、但馬が調子に乗って、ホログラムまで使って魔王の顔を全世界に宣伝したせいである。


 そんなわけで、彼も故郷を捨てて、人が少ないセレスティアに移り住み、今は但馬の下で世話になってるらしい。食客と言うか、居候みたいな扱いだが、嫁さんが間違って復活させちゃったわけだから、そりゃ責任を取らないわけにもいかないだろう。


「それでまあ、今回、大将が世界一周するっていうんで、一緒についてきたんだ。あっちに残っていても、野良仕事くらいしかやることがないからなあ……大将と違って、マン兄さんの方は容赦なくこき使ってくるから、逃げ出してきた」

「はあ~……あなたも大変なのね。見た目が魔王だからって、警戒して悪かったわ」

「いいよ別に」


 アトラスがハルの身の上に同情していると、それまで黙っていたアンナが近づいてきて、そんなハルのことをマジマジと見上げながら、おずおずと言いにくそうに口を開いた。


「じゃあ、あなたは……私の本当のお父さんじゃなかったの?」


 その瞳が実に残念そうに見えたから、不意を突かれたハルは黙りこくってしまった。実を言えば、記憶を継承している彼からしてみれば、アンナは娘のように可愛かったし、本物か本物じゃないかと問われれば、それも難しい問題なのだが……


「いや、そいつが本物だ」


 ハルが返事に窮していると、そんな二人の横からいきなり知らない声が聞こえてきた。その声にアンナが振り返ると、そこにはまた見知らぬ男が立っており、エリオスとブリジットに向けて軽く手を挙げながら近づいてきた。


 どことなく見覚えがある相手に、誰だろう? とアンナが記憶を辿っていると、ハルが彼のことを「トー」と呼んだ。それで思い出したが、確か彼はエリオスと共に魔王の最後の下僕として立ちはだかった男だ。


 その彼が言う。


「おまえの母親と心が通じ合っていたのは、確かにあっちかも知れないが、遺伝子的には間違いなくそいつがおまえの実の父親だ。記憶もある。だから父親と呼んで間違いない」


 どこからともなく現れたトーは、ズカズカと広場に入ってくると、タバコに火をつけて美味そうに煙を吐き出した。ブリジットが迷惑そうな顔を向けるが、彼は涼しい顔で話し続けた。


「日本に来る前、探検船団はここを素通りするはずだった。だが、そいつがどうしてもおまえに会いたいと言ったんだ。但馬はそいつにでっかい借りがあるからな。それで嫌がるあいつを連れてくることが出来たのさ。感謝してやれよ」


 その言葉を聞いて、アンナが改めてハルの顔を見つめると、彼はバツが悪そうに視線を逸らしてしまった。照れているのか、罪悪感があるのか、その表情からは読み取れなかった。


「じゃあ、今その魔王の方はどこにいるの?」


 アンナが尋ねると、トーは吸っていたタバコの煙をむせ返るように吐き出しながら、クククッと小さな笑い声をあげて、


「今、あっちの方でお前の母親と会ってるところだ。野郎、本気でスルーするつもりだったからな。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してやがった。おまえらにも見せてやりたかったね」


 トーは愉快そうに笑っている。どうやら、ブリジットに追い払われたアナスタシアは、首尾よく但馬と再会出来たようである。


 それは良かったのだが……アンナはちょっと混乱し始めた。もし自分の実の父親が目の前にいるハルだとしたら、今、自分の母と会っている男は自分にとって何なのだろうか? その男と母が密会しているのを、黙って見過ごしてもいいものだろうか。


 そんな風に思っていたら、目の前のハルもどこか気もそぞろと言うか、落ち着かない顔をしているように見えてきた。そしてブリジットの方も、どことなくソワソワしているように感じられる。


 アンナとハルはお互い気まずそうに見つめ合ったまま固まっていた。二人共、お話をしたいのに、どんな言葉も出てこないといった、そんな感じである。


「うちと違って、なんか複雑なことになってるわね」


 そんな二人のやり取りを遠巻きにしながら、アトラスは小学生並みの感想を述べていた。


 ちなみに、その彼の子供たちは、今おじいちゃんと楽しそうに遊んでいた。こっちの家族の方は、何の障害も無さそうである。


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― 新着の感想 ―
[一言] 過去の話のハルは但馬関係なく結構賢そうで優しそうな感じだったから復活して嬉しい アンナ的には複雑だが...
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