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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
369/398

日本訪問編⑥

 獣人たちの大歓迎を受けたレムリア探検船団一行は、暫くの間浜辺で揉みくちゃにされていたが、村長のジュリアが獣人たちを嗜めてくれたお陰で、ようやく落ち着きを取り戻した。


 その後、上陸の許可を得たリオン博士は、荷揚げするために一度船団へと戻っていき、残ったエリオスたち4人は、いつまでもこんな場所で立ち話はなんだからと言うジュリアに連れられて、村へ向かうことにした。


 一行は、まずは村の中央にある大きな建物に案内された。他の掘っ立て小屋とは様子が違って、ひときわ立派な建物が何なんだろうかと見上げていたら、間もなくその中から小さな子供たちがぞろぞろ飛び出してきて、ジュリアの背中に隠れるようにして、彼女の腰の辺りにしがみついた。


 子供たちは、いきなりやって来た、見たことのない訪問者たちのことを恐る恐る見上げている。


 ジュリアが、リディアで孤児院を経営していたことを思い出したエリオスが、もしかしてこっちでも孤児院を作ったのか? と尋ねてみれば、


「違うわよ~。この子達には、ちゃんとお母さん達がいるんだわ。私はね、こっちでは孤児院の先生じゃなくて、小学校の校長先生をやってるのよ~」

「ああ、そういうことか。この未開の地でも、子供たちを啓発しようとは見上げた心がけだな。社長が聞いたらさぞ喜ぶことだろう」


 その社長さんなら、すぐ後ろでブリジットと並んでいるのに……なんでそんな不思議な言い方をするんだろう? とジュリアが首を傾げていると、彼女のスカートにぶら下がっていた子供の一人が、えいやっと勇気を出して飛び出してきて、


「おじちゃん、だあれ?」


 子供はまるで高層ビルでも見るかのように、エリオスのことを見上げながら尋ねてきた。エリオスはそんな子供にしゃがんで目線を合わせてやると(それでも少し見下ろしつつ)、あまり難しい言葉を使わないように気をつけながら言った。


「おじちゃんかい? おじちゃんは、校長先生の昔の友だちなんだ。仲良くしてくれるかい?」

「校長先生のお友だち!? すごい! 素敵!」

「そうだろうそうだろう」


 エリオスはにっこり微笑むと、目を丸くしている子供の頭に優しく手を乗せながら、


「あと、そこにいるアトラスおじちゃんのパパなんだ」

「パパのパパなの?」

「……? ああ、アトラスのパパだ」

「パパのパパ?」

「うむ。だから、アトラスの、パパだ」

「パパパパパパパパ!!」


 エリオスが訂正しようとしていると、子供は何が面白かったのか、いきなりそんな奇声を発しながら小躍りし始めた。それを見るなり、ジュリアの影に隠れていた子供たちまでもが飛び出してきて、一斉にダンスを始めた。


 何がそんなに面白いのだろうか? エリオスを囲んできゃあきゃあ言いながら一心不乱に踊り狂う子供たちに翻弄されて、彼がオロオロしていると、その時不意に、そんなエリオスを更に混乱させるような言葉がジュリアの口から発せられた。


「あらやだ。あなた、本当にパパのパパなのよ~。その子たちはみんな、アトラス先生の子供たちなの!」

「……はあ?」


 その突拍子もない言葉がすぐには飲み込めず、エリオスがぽかんとしていると、アトラスが飛び出してきて子供たちに向かって両手を広げた。


「ああっ! マイサンズ・アンド・ドーターズ! パパの愛は無限大よ!!」


 すると子供たちはまたきゃあきゃあ言いながら、次々とアトラスへタックルしていった。アトラスはそんな子供たちをがっちりと受け止めながら叫んでいる。その姿は実に幸せそうで、本当に彼らが親子であることを告げていた。


「アトラス……あんた、まさか!!」


 それを見ていたランの顔はみるみる内に青ざめていき、息子の方へとフラフラと覚束ない足取りで詰め寄ってきた。相変わらず視線だけで人を殺しかねない母の眼光を浴びながら、アトラスは調子に乗りすぎたといった感じに苦笑いして、


「と言っても、残念ながらこの子たちとは血は繋がってないんだけどね」

「そ、そうなのかい……?」

「そりゃそうでしょう? だってほら、この子たち、それなりに育ってるじゃない? 私、こっちに来てからまだ3年しか経ってないのに、まだこんな大きな子供はいないわよ」

「言われてみれば……計算が合わないね」

「アトラス先生は、こっちでは小学校の先生をしているのよ~。いつもお世話になってるんだわ~」


 必死に指を折りながら息子の言葉を確かめている両親に、ジュリアはクスクスと笑ってから、少し真面目な表情に変えて、


「……あなた達は、獣人たちが世界樹から作り出された人造人間だったってことは知ってるわよね~? 私たちは、親に育てられた経験がないの。だから、ほとんどの獣人はせっかく赤ちゃんを授かっても、満足に育てられなかったのよ。それで、私みたいなのが必要だったわけだけど……こっちに来てからアトラス先生は、私を手伝って子育てに困っているママさんたちの支援をしてくれてたのよ」

「そうだったのか。偉いぞ、アトラス!」


 エリオスは誇らしげに息子の背中をバンバンと叩いた。アトラスも実に鼻が高そうである。


 しかし、話にはまだ続きがあった。


「ところで、獣人男性はみんな無愛想というか、ぶっきらぼうな子たちが多いでしょう? 対照的にアトラス先生はすごく優しいからモテちゃって、相談に乗ってる内に次から次へとポコポコと生まれてきてしまって……ここじゃなくって、別の場所にある保育所には彼の子供たちが居るんだけど、そっちも案内したほうがいいわよね?」

「アトラスーーーっっ!!!」

「いっ、痛い痛い!! ママ! やめてよっ!!」


 まさかの持ち上げてから落とすというゴシップ紙みたいな展開に、母親のランが怒り狂ってる。エリオスは息子がボコボコにされている姿を見ながら、


「え? それじゃなんだ? 結局、アトラスの子供が……本当に俺の孫が居るというのか?」

「ええ、それも10人以上も」

「10人……」


 そのあまりの数の多さに、ランはめまいを覚えてくらくらしている。エリオスも一瞬気を失いかけたが、すぐに気を取り戻すと、制裁を加えている妻を制止して、


「ま、まあ、いいじゃないか。それくらいで」

「何言ってるんだい、エリオス!? 今のうちにこの子の性根を叩き直しておかなければ、間違いが起こってからじゃ遅すぎるんだよ!?」


 間違いならとっくに起きているじゃないかと思いつつも、これ以上母を刺激しないよう、エリオスは努めて冷静に、


「こうなってしまったのも、アトラスが親身になってお母さんたちの相談に乗ってあげた結果なんだろう。その優しさは誇りこそすれ、非難できまい。それにもし、不誠実であるなら、やつはとっくに村八分になっているはずだ。そうなっていないんだから、ちゃんと男として責任を取れているというわけなんじゃないのか。そうなんだろう? アトラス?」

「もちろんよ! 私はこの子たちを愛し、何不自由なく暮らしていけるようにすると誓ったわ」

「そうか。なら俺たちがとやかく言う筋合いはないだろう。アトラスはもう独り立ちした男なのだ」

「う、うーん……」

「それに、ラン。ここは人間社会じゃないんだ。一夫一妻ではないんだし、彼を裁くような法もないんじゃないか?」

「ええ、その通りよ。獣人社会は弱肉強食。一人の男子が、複数の女子と子供を作るなんてザラにあるわ。その逆もだけど」


 ランは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、やがてため息をつくと脱力しながら、


「はあ~……まいったね。まったく、あんたは……息子のことになると本当に甘いよね。十何年もほったらかしてたくせに」

「むぅ……それについては済まなかったが、事情が事情だったんだ。許せ」

「あーん、許しちゃう。アトラス、パパだーいすき!!」


 アトラスがまるで子供みたいにエリオスに抱きつくと、それを見ていた子供たちまでもが面白がってエリオスに飛びついてきた。あっという間に子供たちに団子状に群がられて、ギューギューと押しくら饅頭の中心になってしまったエリオスの顔が真っ赤に染まる。


 遠巻きにやりとりを見ていたブリジットは、そんな幸せな光景を見て微笑を浮かべながら、同じように隣で微笑んでいる彼に言った。


「エリオスさんも、すっかり孫に甘いお爺ちゃんみたいになっちゃいましたね」

「いや、大使時代からあんなもんだったよ」

「そうなんですか?」

「うん。コルフに行った時も凄かったよ。リディアにいた頃も、リオンとは仲良しだったし、実は子供が可愛くて仕方ない人なんだろうね」

「へえ、意外でしたねえ……」


 ブリジットは指を甘咬みしながら、何か悪巧みでもするような顔をしている。


「それにしても、獣人社会は重婚OKなんですね……なら私たちもこっちに移住するのもありですかね」

「おいおい、まさか彼女と重婚しろって言い出すつもりか?」

「ハルさんだって、あっちにいるよりは気楽でしょう?」

「そりゃまあ、そうだけどさあ……」

「なら協力してくださいよ」


 ブリジットとハルが誰にも聞かれないよう、顔を近づけて不穏な会話をこそこそ続けている時だった。ふいに、そのハルの顔がブリジットからギュンと遠ざかっていった。


「わっ! ちょっとちょっと、なに!? なんなの!?」


 自分で後退していきながら、ハルが素っ頓狂な悲鳴をあげる。


 ブリジットは、突然どうしたんだろう? と思いながら彼の姿を目で追えば、バランスを崩して手を振り回しているハルの背後に、黒目黒髪のアナスタシアに良く似た少女がいて、彼の腕を強引に引っ張っているのが見えた。


 ブリジットはその姿を見た瞬間に、それが誰だか分かって、パッと表情を輝かせながら、


「おやおや? あなたはもしかして、アンナさんですね! (アーサー)から話は聞いています。いやあ、お会いしたかった!」


 ブリジットはそう言って手を差し出しながら近づいていったが、アンナはそんなブリジットを拒絶するかのように、パンとその手を乱暴に払って、


「近づかないで」


 ブリジットがキョトンと首を傾げている。アンナはそんな彼女のことを苦々しそうに睨みつけている。ハルは突然始まってしまった女性同士の対立に挟まれ、オロオロしながら、


「ちょ、ちょ、ちょっと、アンナちゃん? 君、いきなりどうしたの?」

「魔王、あなたは黙ってて……」

「いや、黙ってろって言われても」

「そっちの……金髪……」


 アンナはハルの言葉を無視してブリジットのことを睨み続けていたが、そのくせ、自分が睨んでる相手が誰だか分かってない様子でまごついている。


 それを見てブリジットが再度一歩前進し、にこやかに挨拶をしようとするが、


「はじめまして、アンナさん。私はアーサーの叔母に当たる、ブリジットと申しますが……」

「そんなの知らない……いいから、あなたはさっさと村から出ていって」

「……はい? えーと、私何か気に障るようなことでもしましたかね?」


 ブリジットが、まさかいきなりの拒絶に困惑していると、アンナは苦々しそうに続けた。


「あなたが誰だか知らないけど……魔王は……魔王は私のお父さんよ。今すぐ別れてくれない」


 その言葉を聞いて、その場に居た全員が固まった。どうやらアンナは、ブリジットが、母から父を奪った悪い女なのだと勘違いしているようだった。


 流石に、全ての経緯を知っているハルは、それはないんじゃないかと慌てて否定しようとしたが、


「ア、アンナさん? 君、それはただの勘違いというか。わりと洒落にならないというか……」

「あなたは黙っててって言ってるでしょう。それで、どうなの? 別れるの?」


 アンナは止めようとする父の声を無視してブリジットに再度迫った。


 ブリジットは最初、どうして自分がそんなことを言われているのか分からずオロオロしていたが、次第に状況を理解してきたのか、段々と剣呑な雰囲気を纏って来たかと思いきや、突然、クックックッとまるで悪役みたいに笑いだし、


「へえ……私に、お父さんと、別れろ、ですって? ふふ……うふ……うふふふふ……もし、言う事を聞かなければ?」

「力づくでも言うことを聞かせる」


 アンナはそう言うなり、腰にぶら下げていた父の形見(生きてるけど)であるハバキリソードを抜き放った。その光沢のある独特な波紋が光を反射して美しく輝く。


「……クソ生意気な小娘ですね。いいでしょう。かかってらっしゃい」


 その切っ先を向けられたブリジットは、不快どころかかえって愉快そうに、不敵な笑みを浮かべたかと思いきや、彼女と同じように腰に佩いていた刀を引き抜き正眼に構えた。


 その顔は遠目にはとてもにこやかに見えたが、よく見れば目は血走っていた。


「ちょっとちょっと!? お二人とも!? 私のために争わないで!?」


 一触即発の雰囲気の中、二人の間に挟まれていたハルが止めようとするが、無駄と知ってか完全に腰は引けていた。


「やれやれ、姫殿下もまだまだお若い……ラン、校長先生。子供たちを避難させるのを手伝ってくれ」


 エリオスに至っては、最初から二人を止める気はサラサラないらしく、子供たちの避難を優先している。そんな父の態度を見て、アトラスが慌てて彼に告げた。


「待ってよ、パパ! どうして止めないの!? アンナはああ見えて結構強いわよ? 知ってるでしょう?」

「まあ、大丈夫だろう。姫様もまさか殺しはしまい」

「そうじゃなくって!」


 アトラスは、ブリジットが勝つことを前提に話している父に戸惑いつつ、その勘違いを早く正さねば大変なことになるとばかりに叫んだ。


「アンナはまだハバキリソードの力を引き出せるのよ! 聖遺物(アーティファクト)を持たない人間が勝てるような相手じゃないの!」


 そんなアトラスの声が広場に響いた瞬間だった。周囲の何もない空間から蛍光色の光が集まってきて、アンナの体を覆うようにまばゆいオーラが立ち込めた。


「高天原、豊葦原、底根の国……」


 彼女の詠唱を受け、空中から集められたマナが凝縮し、今まさにブリジットへ放たれようとしていた。しかし彼女はそんな状況にも動じること無く、まるでかかってこいと言わんばかりに、地に根を張る大木であるかのように微動だにしなかった。


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