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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
グレートジャーニー(玉葱とクラリオン after story)
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日本訪問編④

 リオン博士に続いて上陸したボートには、四人の人物が乗っていた。そのうち二人はアトラスの両親、エリオスとラン。もう一人は見知らぬ小柄な金髪女性……そして最後の一人は、なんと魔王だったのである。


 アンナとアトラスは、近づいてくるボートに眼が釘付けにされ、身動き一つ取れなかった。それもそのはず、何しろそこにいる魔王は、アンナ達が長い苦闘の末に討ち果たした敵だったのだ。


 止めを刺したのは他ならぬアンナで、その時の恐怖も感触さえも、今でもよく覚えていた。そして、その魔王の死を切っ掛けとして、人類は今の明るい太陽を取り戻したのだ。間違いなくあの時、魔王は死んだはずなのだ。


 ところが、その死んだはずの魔王が今ひょっこりと目の前にいるのだ。他の三人に使いっぱしりにされて、ボートを操船して……わけがわからない。


 ともあれ、あれが本物の魔王であるなら、何事も起こらないはずがない。仮に自分が殺されたことへの復讐に来たのであるなら、戦闘は必至だろう。しかし、平和に胡座をかいていた今の二人に、あの強大な魔王が倒せるだろうか……アンナは腰にぶら下げていた神剣ハバキリに手をやり、青ざめながら魔王の出方を窺っていた。


 と、その時だった。


「わああーーーっ!! 王様だ! 我らの王が帰ってきたぞ!!」


 突然、周囲を取り巻いていた獣人たちからものすごい歓声が上がり、緊迫するアンナとアトラスを押しのけて、今まさに上陸しようとしていた魔王を取り囲んでしまったのである。


「わっ、ちょっ……なんだ、おまえら!? 痛いたい!」

「王様! 王様!」「王様が生きてたぞ!」「やったーーっ!!」「王様、私のこと覚えてる?」「キラキラする石をあげた」


 魔王は獣人たちに揉みくちゃにされながら、ボートを下りて浜辺へと上がってくる。


「あー……おまえら、もしかして、いつか砂金を持ってきてくれたメディアの子供たちか?」

「覚えててくれたの!?」

「ああ、よく覚えてるよ。でっかくなったなあ……そうか。あれからもう20年近く経ってる計算だもんな」


 獣人たちは魔王を囲んで和気あいあいとしている。その姿はまるで飼い猫みたいに穏やかであり、普段、アトラスを相手に威圧的に突っかかってくる姿が想像できないほどだった。


 思えば、彼は今でこそ人類に魔王と呼ばれているが、獣人たちからしてみれば、奴隷解放をしてくれた英雄、かつて勇者と呼ばれた人物でもあるのだ。メディアとセレスティアの獣人全てが、王と敬っている解放者なのだ。だから、獣人たちはあの黄昏の間も決して人類には加担せずに、裏切り者と言われながら姿を隠していたのだ。


 アンナたちはお互いに顔を見合わせると、緊張しているのが馬鹿らしくなってきてしまい、臨戦態勢を解いた。あの獣人たちの懐きっぷりを見ていたら、もはや魔王が何かするとは到底思えなかった。


「久しいな、アトラス」

「パパ! ママ!」


 二人が警戒を解いて見守っていると、獣人たちの輪を迂回するようにしてアトラスの両親がやってきた。アトラスは突然の両親の訪問に驚きつつ、二人のことを順番にハグして回った。


「一体全体、どうしたことかしら? パパとママがいるなんて! 私は夢でも見ているのかしらね」

「相変わらず大げさな息子だな。元気そうで何よりだ」


 アトラスの父エリオスは、その強面が壊れてしまったんじゃないかと言わんばかりに表情筋を緩めて、息子の背中をバンバン叩きながら抱きついた。その仕草は見るからに、ものすごく好きだという気持ちが伝わってくる。


「お前のことはいつだって気にしていたんだが、なかなかこっちには来れないだろう? 今回、リオンが探検航海に出ると聞いから、便乗させてもらったんだ。俺たちは暫くここに滞在しようと思ってるんだが、構わないだろうか?」

「まあ素敵! いくらでも居てちょうだい! 実は、パパとママに紹介したい子達がいるのよ」

「おやまあ、そうなのかい? あんたからそんな話が聞ける日が来るなんて……達?」


 てっきり、いい人が出来たのだと思った母のランが口を開きかけたが、相手が複数いると聞いて勘違いと思ったのだろうか、すぐに口を噤んでしまった。


 アンナはその姿を見て、慌ててその勘違いも勘違いであることを伝えようとしたが、それよりも先に、息子と話していたエリオスが彼女に気づいて話しかけてきた。


「おお、アンナも久しいな。見違えるくらい綺麗になった。君はどんどんお母さんに似てきたな」

「……どうも……ありがとう」

「そんなに緊張しないでくれ。以前は敵同士だったが、本音を言えば、俺だって君のお母さんのことは実の娘のように思っていたんだ。だから君とは戦いたくなかった」

「……そうなの?」


 エリオスは申し訳無さそうに表情を歪ませながら頷いて、


「一時期は同じ家で暮らしていたからな。俺たちは家族みたいなものだった。いや、いつか本物の家族になるんだと思っていた。社長と、君のお母さんとは……」


 彼はそう独りごちるように呟いてから、ふと思い出したように振り返ると、


「そうだ。今日は彼も来ているんだった。君とは色々あったが、紛れもなく、彼は君の実のお父さんなんだ。よかったら話しかけてやってくれないか?」


 エリオスはそう言って獣人たちに囲まれている魔王を指さした。


 どうして良いかわからないアンナがまごついていると、アトラスが会話に割り込んできた。


「そんなこと言われても、いきなりじゃ怖いわよ。ねえ、パパ? 魔王は、本当にもう私たち人類に危害を加えようとは思ってないの?」

「アトラス……彼が魔王となった経緯はある程度知っているのだろう? 元々、彼はそんなことをするような男じゃないんだ。今回だって、実を言えばまた人類のために陰ながら協力してくれているというのに、ババを引いても恨み言一つ言わん。だというのに、お前にまでそんなことを言われたのでは不憫でならんぞ」

「そ、そう……なんか知らないけど、パパがそう言うなら平気なのね」

「さあ、アンナ。お父さんに声を掛けてやれ」


 アトラスが引っ込むと、エリオスがまた話しかけてきた。そう言われても、心の準備が出来ていなかったアンナはドギマギしながら、獣人に囲まれている魔王の姿を目で追っていたら……


 と、その時、父娘の視線が不意に交錯した。


 瞬間、アンナはパッと彼から目を逸らして、


「そ……そうだ! お母さんに知らせなきゃ!」

「あ! ちょっと、アンナ!」


 彼女は大事なことに気づいたと言わんばかりに飛び上がると、アトラスの制止を聞かずに一目散に村の方へと駆けて行ってしまった。


 その後姿があっと言う間に小さくなる。エリオスはため息混じりに首を振ってから、フッと笑みを浮かべて、


「やれやれ……まあ、こんなことになるんじゃないかと思っていたが」

「よかったら私、連れ戻してくるけど?」

「いや。どちらにしろ、アナスタシアにも知らせねばならん。今は彼女が帰ってくるのを気長に待とう」


 彼はそう言うと懐かしそうな目をしながら、


「まったく、ああいうところは本当に、若い頃の社長そっくりだよ。しかし、不思議なものだな……血は繋がってないというのに……」

「……え?」


 アトラスは一瞬、聞き間違えたかと思って父の顔を見返したが、彼は村へと駆けていくアンナの背中を懐かしそうに見つめるばかりで、返事をしてはくれなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?復活したタジマはオリジナルの日本人の姿とばかり思ってましたが、最後のタジマハルの容姿だったのですね
[一言] あー 体は別物だもんね
[一言] ラストの一言に一瞬ビックリしたけどすぐ納得した うん、確かに血は繋がってないわ
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