これは詐欺師と蔑まれ、後にソープ王と呼ばれた男の異世界サクセスストーリー
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高度に発達した科学は魔法どころかギャグみたいなものだよな
但馬波瑠
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北方大陸セレスティア。数千年も続いた小氷河期の間、針葉樹林と深い雪に閉ざされていた大陸は、太陽の活動が活発になり世界の平均気温が高くなるに連れて、人類の活動範囲も広がっていき、雪解けの大地は肥沃な穀倉地帯となって、今ではすっかり世界の食料生産基地に変貌していた。
元々の人口が少なかったことと度重なるシルミウムからの侵略で、一時は人が居なくなってしまった国だったが、数十年前に人が帰ってくると爆発的に人口が増えていったという。
そんなセレスティアは犯罪者や流浪の民が溢れるただの未開の地と思いきや、意外にもレムリアに双肩する先進国家であった。元が勇者の作った国で、戻ってきたのもその頃の人々であり、彼らは過酷な地で生き抜くために、子供たちの教育に、非常に力を入れていたからだ。
そして数十年経った今、セレスティアは国民全てに義務教育が施されており、レムリアに追いつけ追い越せと国を挙げての技術立国を目指していた。その学校教育で習う学問は広範囲に渡り、従って落ちこぼれるとけっこう大変なのである。
「おばあちゃん! おばあちゃん! シャーロットおばあちゃん!!」
そのセレスティアのとある民家の軒先に、小さな少年が駆け込んできた。彼はポカポカと日の差す庭にズザーッとスライディングすると、縁側でお茶を啜っていた祖母にまくし立てた。
「なんだい、騒々しい……どうしたんだい、そんなに慌てて」
「シャロおばあちゃん歴史が得意だったろう!? 俺に教えてほしいんだ。実は赤点取っちゃって、今度の追試を通らなければ夏休みずっと補修になっちゃうんだよ」
「はぁ~……情けない孫だねえ、この子は。よっしゃ、おばあちゃんに任しとき。おばあちゃんは国語算数理科社会なんでもどんとこいのスーパーおばあちゃんなんだよ、まるでコンピュータみたいに!」
「ありがとう、おばあちゃん。でもそれ以上はとある著作権管理団体に目をつけられるから気をつけよう」
「おお、メタいメタい……それで、歴史のどの辺りを聞きたいんだい?」
「うん。リディアの歴史なんだけど、特に魔王様が出てきた辺りからが分かりにくくて詰まってるんだ」
「なんだって、あんた本当に私の孫かい? まさかエトルリアの連中みたいに、未だに魔王様が悪かったなんて思ってるんじゃないだろうね!?」
すると孫はブルンブルンと千切れそうなくらいに首を振った。祖母は魔王贔屓がもの凄いのだ。下手に悪口を言うとチョーパンを食らって3日くらい寝込む羽目になる。
「とんでもない! 魔王様が正しかったのは、このセレスティアじゃ常識じゃないか」
「それじゃ何を聞きたいんだい?」
「うん、魔王様がリディアに現れてからは色々ありすぎてさ、時間もぱっぱか飛んでっちゃうから、よくわからないんだ」
「だから、何が」
「この人、最終的に何歳だったの? 何年間であれだけの偉業を成し遂げたの?」
すると祖母は孫から目を逸らし、だらだらと冷や汗を流し始めた。
「あれれ~? どうしたのかな~? 魔王様フリークなおばあちゃんなら、即答できる簡単な質問だと思ったけど~?」
「うっ……そのへんは色々と難しいのじゃよ。きっと過去の偉い歴史家も把握しきれていないんじゃないかのう~……」
「おお、メタいメタい。そんな急に老け込んだ振りしてないで、ちゃんと答えてよ。お婆ちゃんはいくつくらいだと思ってたんだい?」
「そ、そうじゃのう……おばあちゃんは、メアリーズヒルで殺された時点で26歳だと思ってるんだけど……でも、ホントかどうかはっきり分からないから、ちょっとおさらいのつもりで、リディアの歴史でも振り返ってみようかい」
「うん」
こうして祖母と孫は魔王が現れた頃のリディアの出来事を振り返った。
「魔王様がリディアにいらした時、彼はまだ19歳でした。因みにブリジットは17歳、アナスタシアは14歳だったかな」
「ロリコンだね」
「紙漉きを始めて石鹸を作り、シモンさんが死んでしまったのが、3ヶ月頃。クリスマス休戦が明けて一月といったとこだったはずだよ」
「シモン家は踏んだり蹴ったりだよね、長男は死ぬわ、親父さんも死ぬわ。魔王様になんか関わらなければよかったのに。取り敢えず主要人物を殺しておけば手軽にお涙頂戴できるとでも思ってるのかな」
「……それで、うんこの山に頭から突っ込んだり、カメラを作ったり、発電機を作って街灯を灯したのが9ヶ月目のことだったそうだよ。ここで彼はベテルギウスが無いことに気がついたんだね」
「19歳のガキが発電所なんてそんな簡単に作れるものなの? 夜空には星が沢山あるのに、よく気づいたもんだね」
「……この頃の発電所は今とは全然規模が違うよ。魔王様は宇宙飛行士だったから、星には詳しかったんだよ。それで魔王様は夜空に興味を持って、イオニア海をぐるりと回ってらしたんだ。コルフではその頃、リディア制裁派が台頭していた。その後、リリィ様と剣聖様、タチアナさんとランさんがやってきて、クリスマス休戦のためにメディアに向かった。クリスマスだから丁度一年後ってことだね」
「リオン博士が養子になったのはこの頃だね。博士は魔王様の名誉回復に貢献したレムリアの偉人なのに、なんだか地味な扱いだよね」
「あまり知られてないけれど、彼はメディアの亜人の子供たちと交流してたり、ハリチではS&H社の最年少技師として大活躍もしていたんだけどね……なんて言うか尺の都合で放置されたような感じかな」
「世の歴史家はもっと彼にスポットを当てるべきだよ。俺だったらこんなミスは犯さないのに。あとコピペ乙~! 誰でも書けるだろこんなの」
「じゃあおまえが書けよ!」
いちいち不快なツッコミを入れていた孫は人参を投げつけられながらコンコンと説教された。初めはオッソオッソと連呼していた彼も、燃え上がる炎のように熱い祖母の呟きに諭されて、自分が悪かったと呟いた。
「それでまあ、魔王様がリディアにやって来て、丁度1年後にカンディアとの戦争が起きてしまったんだね。ハンス陛下は故郷を奪還しただけだったんだけど、これが長く続いたアスタクスとの戦争の始まりだったのさ」
「このころのカンディアはアスタクスに臣従していたんだよね」
「そうそう。それでカンディア男爵、いわゆる本家の連中は、ハンス皇帝にカンディアに追い出されるとアスタクス方伯に泣きついたのさ。きっとミダース様は、お家騒動だからあまり乗り気じゃなかったんでしょうけど、この頃はまだコルフを乗っ取ろうとしていたマフィア連中がアスタクスでやりたい放題してたからね」
「そして海賊たちがフリジアの港に逃げ込んだ」
「それが切っ掛けでガラデア平原で衝突が起きたのがおよそ1年半後、魔王様が胃潰瘍で倒れられて、ブリジットを連れてカンディアに療養に行かれたのは大体リディアに来てから3年弱といったところかな」
「じゃあ、この時魔王様は22歳。アナスタシアは17歳か……うーん」
「何か?」
「なんでもございません。結局ブリジットとくっついちゃったしね。それから魔王様はリディアでの出世街道まっしぐら」
「逓信卿になられて国内の産業育成に力を注がれて居た頃だね。そしてブリタニアが発見され、ブリジットは西海会社を興し、そしてついにレムリアが発見された。後の超大国がこの時に見つかって無かったら、最後の戦いで人類が勝つことは絶対になかっただろうね」
「共同出資者だったタチアナが、後にそのレムリアのファーストレディになるとは思わなかったよ」
「……それから魔王様は本来の力に目覚めて、そしてハンス陛下が体調を崩される。ウルフは第二次フリジア戦役が始まってしまってとんぼ返り、皇帝ブリジットが即位し、魔王様が宰相になられたんだよ。後にも先にも、この治世ほど庶民に良かった時期はなかったんだけど……」
「国内に敵だらけだったんよね」
「そう。それでウルフがやられて、魔王様はブリジットと共にイオニアへ渡ったんだ。この時、二人は付き合いだして丁度1年ほど、季節は真冬の12月だったはずだよ。クリスマス時期じゃないから多分初頭かな。だからこれでまる四年になるはずさ」
「魔王は23歳。その一ヶ月後にヴェリア攻防戦が始まって、更にその三ヶ月後にビテュニア包囲とサンタマリア会談」
「そしてシア戦争だけど、エーリス村が雪解けをしてないことから、時期的に3月か4月といったところかな。シア戦争に勝利したことで講和会議が始まるけど、その間、魔王様は会議の資料作りやセレスティアに行って帰ってと大忙しだったので、3ヶ月から半年くらい時間が経ってるはず」
「セレスティアの亜人達は勇者が死んでから15年って言ってるから、4年半から9ヶ月と考えれば辻褄があうね。その後、魔王様はティレニアにも行くから、この時点で5年の歳月が過ぎたと考えればいいか……」
「そして魔王様はリディアに帰ってきて、宇宙開発と言う無謀な夢を追いかけ始め、それが上手く行かないまま1年が経過した。親父さんを亡くしショックな時に、サリエラが自爆テロを起こして、アナスタシアが彼の下から去ろうとする。それで追い詰められた彼は間違いを起して、最後にメアリーズヒルの地で倒れられてしまったのです」
「可哀想だねえ……これで6年か……うん?」
「なにかな?」
「魔王様がリディアにいらしてから6年が経過したんだよね? 最初19歳だったから、この時彼は25歳……あれれ~、おっかしいぞお~? おばあちゃん、あんた、最初なんつってたかな?」
孫は祖母の周りを、ねえどんな気持ち? いまどんな気持ち? と言わんばかりにトントンと飛び回った。
「きっとちゃんとした歴史家なら、こんな初歩的な間違いを犯すようなことは絶対にないだろう。おばあちゃんだけの勘違いに違いない」
「そ、そうだね~。ひゅ~……ひゅひゅひゅ~……」
祖母はそんな孫を相手に白を切って、鳴らない口笛を吹いていた。孫はそんな祖母を相手にため息を吐くと、
「まあ、いいや。お陰でテストで怪しかった範囲は網羅できたしね」
「これで赤点取ったら承知しないよ!」
「間違えて覚えてたおばあちゃんに言われたくないよ! ……でも、そうだなあ、もう一つ聞きたいことがあったんだけど」
「なんだい? なんでも聞いておくれよ」
「うん。魔王様はそれからおよそ16年後にアーサー王に倒されるわけだけど、その時、二人の女性が目覚めるよね?」
「アナスタシアとブリジットだね」
「アナスタシアの方は、その後、亜人とともにどこかへ行ってしまったそうだけど、もう一人の方はどうしたんだい? まるで始めから居なかったかのように歴史の表舞台から消えちゃったけど」
「ああ、なんだい、そんなことかい」
すると祖母は肩を竦めて言った。
「ブリジットは仮死状態とは言え、生きたまま魔王様に囚われてただろう? それじゃアーサー王は彼女から王権を簒奪したことになっちゃうから、彼女は復活するとちゃんと王権を譲って、目立たないように名前を変えてひっそりと暮らしていたんだよ。今更、王様に返り咲きたいなんて言うはずないだろう? 彼女は最初から嫌がってたんだし」
「なるほどねえ。しかし、最後まで不幸なお姫様だね。恋人を友達に寝取られた上に、最後は日陰者人生だなんて……」
「あんた辛辣だねえ、また人参投げつけられたいのかい」
「め、めっそうもない!」
「彼女なら第二の人生を普通に謳歌していたよ。その後、リディアから出て、他所の国で出会った男性と結婚して幸せな家庭を築いたんだ。そして11人も子供を産んで、沢山の孫にも恵まれたそうだよ」
「え!? マジで!? あんだけ魔王様魔王様言っておきながら、とんだビッチじゃねえか、あのおっぱい」
「おまえは本当に口が悪いやつだね。教えてやるんじゃなかったよ。ふんっ!」
「ごめんごめんって……でも、待てよ……?」
孫はそう言うと、一つ二つと何かを指折り数えだした。どうしたのかな? と祖母が首を傾げて見ていると、彼はそんな彼女の顔を覗き込みながら、不思議そうに尋ねた。
「11人って言うと、シャロおばあちゃんと一緒だね……って、チョッ!? あぶねっ!? なんでばーちゃんキレてんの!?」
「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」
セレスティアの空に孫の悲鳴が轟く。11人の子供に恵まれ、30人以上の孫に囲まれた、ちょっと数字を数えるのが苦手なお婆ちゃんは、今日も楽しい毎日を過ごしている。彼女が生涯で唯一愛した、最愛の伴侶と共に。
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見上げれば夜空には、2つの月が昇っていた。
空が白く埋め尽くされてしまうのではないだろうかと思うくらい、夜空には無数の星が輝いていた。
そしてその宝石箱をひっくり返したかのような、星々の散らばる夜空の向こうには、大星雲をバックに満月が浮かんでおり、そして振り返るように見上げた中天の程近くに、また別の下弦の月が静謐な光を湛えているのだった。
但馬波留は目を覚ますや否や飛び込んできたその光景に、あんぐりと口を開いた。
と、その時、月のせいでまるで真っ昼間のように明るい空に影が差した。彼に覆いかぶさるように、金髪の小柄な女性がじっと彼の顔を見つめている。彼女は但馬が目をさましたのを確認すると、恐る恐ると言った感じに尋ねてきた。
「……先生。あなたは、ご自分が誰だか分かりますか?」
彼は夢でも見てるんじゃないかと、一度目をつぶりなおし、それから改めて目をパチクリ開けてみたが、どうやら夢ではないらしい。
女性の背後には初老の巨漢と、殺人鬼みたいな目をした女性が並び、更にはその隣ににこやかな笑みを浮かべながら佇む貴公子然とした男が居た。周囲から木々のざわめきが聞こえてきて、冷たい空気が鼻にツンと突き刺さる。彼は金属製の無機質な台の上に乗せられており、その周りをゴテゴテとした機械類が埋めている。その機械から長いコードが伸びていて、どこへ続いているのか確かめてみたら、それは一際大きな木の下にある遺跡へとつながっていた。
いや、持って回った言い方はやめよう。
ブリジットとエリオスとランとクロノアが、但馬を見下ろして立っている。
但馬はそれを確認すると、何の余韻も感じさせないくらい素早く上体を起して頭を抱え、長い長いため息を吐きながら言った。
「台無し」
「え!? 先生、やっぱりまだご自分に何が起きたか分かってらっしゃらないんですか? どこか痛むところはありませんか? ご気分が優れないのですか? お腹がすきましたか? それともお水でも持ってきましょうか」
「いや、そうじゃない。そうじゃないって……ブリジット」
但馬が彼女の名前を呼んだら、ぱっと花が咲くように、彼女の顔が綻んだ。エリオスとランが奇跡でも目撃してるかのように目を丸くしてお互いに頷き合っている。
但馬は言った。
「いやあ……だってさあ、俺、死んだよね? 多分、今度こそ本当に死んだと思うんだけど」
「はい! 完膚なきまでに死んでました! もう、グッチャグチャです!」
「くっ……状況報告ありがとよ! 俺も今回はかなりガチ目に死んだと思ってたんだ。って言うか、そのためにあんなことしたんだし。マジで俺、なんで生きてるの? またなんかループしちゃってるわけ?」
但馬はそう言いながら自分の体のあちこちを触ったり、両方のこめかみを叩いたり、眉間に皺を寄せて周囲のマナを探ったり、取り敢えず考えうる限りのことをしてみた。しかし、もう魔法的なものは何も感じられない。
彼が戸惑っていると、クロノアがにこやかな笑みを絶やさず近づいてきて、彼に手鏡を渡しながら言った。
「閣下。まずはご自分の姿をご覧になってください」
「ええ?」
但馬は受け取った手鏡を見ながら、たっぷり30秒くらい、首をひねりながら考え込んでしまった。そこにあったのは、どう見てもよく見慣れた自分の顔である。角も生えてないし、目玉が3つに増えたりもしていない。
「……あ、あれ?」
しかし、そうやって矯めつ眇めつ鏡を覗き込んでいたら、彼は妙な違和感を覚えた。いや、違和感が無いのが違和感だったのだ。彼は手鏡の中の自分の顔をマジマジと見つめた。それは確かに見慣れた自分の顔には間違いないが、エーリス村で産まれたハルの顔ではなく、1万年前に宇宙の果てで死んだはずの、但馬波瑠の顔だったのである。
但馬は仰天して、今度こそ夢なんじゃないかと、自分の顔をペチペチ叩きながら目を丸くした。ほっぺたがジンジンと痛む。
「え、なにこれ? どうして俺、1万年前の体に戻ってるの? もしかして、俺が生き返ったんじゃなくて、お前らが死んじゃったとか!? ここは天国!? えー、そりゃねえよ……ちゃんとみんな助かるようにって、俺、頑張ったはずなのに!!」
但馬がそう喚いていると、クロノアたちはハッとした顔つきで何かに納得するかのようにお互いに頷き合っていた。わけがわからなくて、とにかく事情を話せとせっつこうとしたら、バフっと但馬の胸にブリジットが飛び込んできた。
「良かった! 先生……先生なのですね!? もし失敗してたらって思うと私……」
柔らかい感触がして、但馬は押し倒される。彼女が顔を埋める肩口がグズグズと涙に濡れていく。むにゅっと大きなおっぱいが押し付けられ、但馬は妙に冷静になってきた。この感触、どうやら本当に生き返ったみたいだぞ? そんな具合に、彼が現実に引き戻されていると、泣き崩れるブリジットに代わって、クロノアが話を続けた。
「良かった、本当に閣下なのですね。いかんせん、我々はあなたの本当の姿を知りませんでしたので、閣下自身にそう言って貰わなければ確認しようが無かったのです」
「……ああ、なるほど。って納得してる場合じゃない。マジでどうしてこうなった? 死人が生き返るなんてそんなありえないこと……」
目の前でエリオスとクロノアがにこやかに立っている。
「……まあ、稀に良く有ることだけど。俺の体なんて残ってなかっただろう。てっきり、また別の誰かを乗っ取っちゃったのかと思ったんだが」
「いいえ、残っていたんですよ」
「……なんだって?」
「我々にはよく分かりませんが、サリエラ様がおっしゃるには、彼女は閣下と同じ遺伝子を持ち、昔の姿を拝見したこともあったらしいです。それでここ、セレスティアの世界樹に記録が残っていないかとやって来たところ、閣下が我々を復活させた時に使用したとされる施設との通信方法が、まだ残されていたそうで。その中に閣下の生前のご記憶も大事に取って置かれたようなのです」
「あ……ああ~……」
但馬はクラクラと目眩がする気がして、手で顔を覆った。彼はブリジットに憑依して復活した際、まず自分の分身である4人を消そうとしたが、アナスタシアに抵抗されサリエラだけは助けてしまった。そしてもはや不要の世界樹の遺跡を壊しまくったが、エトルリアとセレスティアの遺跡は、まだ近場に人類が残っていたから手付かずでおいていた。
セレスティアの世界樹はその名が示す通り、最初期に月面基地との連絡を取るためにリリィが建てた施設だった。それは他の世界樹と違って、マナの制御システムであるリリィ本体以外にも、あらゆる月面の施設との連絡手段が残されていたのだろう。但馬は発狂して死ぬと、毎度記憶をリセットされていたはずだ。それをどこから引っ張ってきたのかと言えば、同じく月面に存在する第二文明の遺産、アヴァロンである。
なんてことはない。エリオス、クロノア、トーと同じ方法で、自分は生き返らされたようだ。しかし……あれだけのことをやったと言うのに、生き返っちゃうだなんて……
「台無しだよなあ……」
但馬がとほほとうなだれてると、クロノアが怪訝そうに顔を覗き込んできた。但馬はそんな彼の顔を見て、ふと気がついた。
「……あれ? クロノア、おまえ、その目はどうしたんだ?」
「はい。これもサリエラ様が幹細胞がどうだとか言い出して、この施設に到着した後に、よくわからない方法を使って、ぱぱっと治してくださったのです。大昔の医術は本当に凄いですね」
「まるでギャグみたいですよねっ! つーか、おまえ、あれだけ啖呵切って目ん玉潰したくせに、治しちゃってどうすんだよ。おまえも十分台無しだよ」
「え? そうですか……? でも目が見えないと不便ですし」
「くっ……そのサリエラはどうしたんだ。あいつにはちょっと言ってやらねばならないことがある」
するとクロノアは貴公子面で苦笑しながら、
「サリエラ様は今、家内にデトックスがどうとか言われて追いかけられてるところでして……よろしければ、私が呼んできましょうか?」
「え? あー……うん。そうね。そうしてくれる? あと……」
但馬は彼の言葉の中に、なんだか聞き捨てならない言葉を発見し、引きつった笑みを浮かべながら、首だけのお辞儀をしながら言った。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます。それでは、家内をつれてまいりますね」
いや、奥さんじゃなくてサリエラを連れてこいと言ったのだが……もしかして、ワイフを自慢したいのだろうか。まあ、いいけど……但馬がため息を吐いていると、残っていたエリオスと目があった。
このおっさんとは本当に長い付き合いだ。ただただ苦笑いしか出てこなかった。二人は当たり前のように会話を始めた。
「エリオスさんも元気そうだね」
「まあな」
「トーの奴はどうしたの?」
「あいつはティレニアで王様の真似事をさせられているぞ。冗談じゃないからさっさと民主化してこっちに合流すると言っていた。民主化に当たっては、ロレダン総統が面倒を見て下さるだろう」
「エリックとマイケルは?」
「エリックはカンディア公爵ご夫妻に仕えている。マイケルはヘラクリオンに飯屋を出したぞ。あいつらはあれが天職だろう。社長の事は告げずに別れてきた」
「そっか」
「S&H社はフレッドに任せておけばいいだろう。リオンも居るしな」
「タチアナさん、思ったよりもずっとやり手になったよね。フレッド君より、よっぽど政治家に向いてるよ。つーかあの国のフィクサーは彼女なんだろうかね……そういやランさん、そっちは議員の仕事はもういいの?」
「そんなもんとっくにやめちまったよ。もうティレニアに義理を果たす必要も無いし……それよりおまえ、私達のことなんかより、もっと身近に気にしなきゃいけない子がいるだろう? 優しい言葉の一つくらいかけてやれよ。私たちは邪魔しないからさ」
そう言うと、ランはエリオスに目配せをして、二人はウインクしてから去っていった。腕を組んで立ち去る二人の後ろ姿は、まるで新婚夫婦みたいに仲睦まじい。但馬はそんな二人を見送ると、自分の胸の中でグズグズと鼻を鳴らしているブリジットの頭を撫でながら言った。
「あー……ごめん」
最初に出てきたのは謝罪の言葉で、他には何も思い浮かばなかった。
「ホント、ごめん。色々と、ごめん。迷惑かけた……あと……」
ブリジットが顔を上げる。真っ赤に泣き腫らした目尻から、大粒の涙が流れ落ちた。但馬はポリポリとほっぺたを引っ掻くと、
「浮気してゴメン」
「ホントですよ~……」
彼女は但馬の胸ぐらを掴むと、ボロボロと涙を流している。但馬は怖気づいて目を逸らしたいのを必死に堪えながら、
「君のことが嫌いになったわけじゃなかったんだ。ただ、俺は二人の女の子を同時に好きになることが出来なかった。あの時は切羽詰ってて、彼女を追いかけなければ居なくなってしまう。それが悲しくて……だから安易に彼女を選んでしまった。それはもちろん、彼女のことが好きだったからなんだけど……
だけど、君のことも好きだったんだ。だから、あの時は別れるしかなかった。そうしないと浮気になってしまうから……本末転倒な話なんだけど。それで君を傷つけて、とんでもないことになっちまって、自業自得だとも思ったけど……そんな君に命を繋いでもらえたから、今の俺がここに居られる
だから、虫がいいと思うけど、最低だと思うんだけど、言わせて欲しいんだ」
但馬はそう言うと、じっと彼女の目を見つめながら、歯を食いしばって言った。
「俺は今でも君が大好きだ。これが偽らざる本心です」
するとブリジットは掴んだ但馬の胸ぐらを、バフッバフっと前後に揺さぶり、顔を真っ赤にして、挑むような目つきで、彼のことを睨みつけた。
但馬の背筋をゾワゾワとしたものが駆け上がり、彼は血の気が引いていくのを感じて、自然と背筋が伸びていった。
「ごめん、そりゃ怒るよな」
「当たり前ですよ!」
そりゃそうだと思った彼は、顔を真っ赤にして怒る彼女に対し、煮るなり焼くなり好きにしてくれと頬を差し出した。しかし、そんな彼の決意とは裏腹に、
「アナスタシアさんとだけ浮気してずるい!」
「……え?」
「アンナさんみたいな可愛い女の子まで作って貰って、ずるいですっ!」
「え~……」
「だから今度は、私と浮気してくださいっ!!」
耳がキンキンするような大声が森林にこだまする。その声に驚いたのか、森で眠っていた鳥たちが、一斉に飛び立っていった。パタパタと羽ばたきの音を追いかけていたら、白い月に薄っすらと雲がかかった。多分この絶叫を、どこかで仲間たちも聞いてることだろう。
「私もアンナさんみたいな素敵な子供が欲しいです。でも、ちゃんと産めるかわかりませんから、だから数で勝負ですよ。先生にはこれから、毎年赤ちゃんを作ってもらいますからね。私が満足するまで、一生です!」
「えーっと、ブリジットさん?」
但馬は引きつった笑いを浮かべた。
「大丈夫! 100人くらい作ったら、一人くらい当たりが出ますって」
「そんな、食玩じゃないんだから……つーか、そんなに産んだらブリジットの体が壊れちゃうだろ」
「いいですよ、そんなの。だってもう、私は一度あなたに体を差し上げた身ですから」
その通り、メアリーズヒルで彼女が但馬の命を繋いでくれた。だから今の彼はここに居る。
「だから今度は、先生が私にこの世に一人しか居ないあなたをください。そうじゃなきゃ、浮気したこと、一生許してあげませんからね!」
涙のしずくが弾けて飛んだ。キラキラ輝く宝石みたいだった。その大粒の涙にどれだけの価値があるだろうか。但馬はそれが零れてしまわないように、指でそっと拭った。
彼女の小さな体を抱きしめる。そっと優しく、でも情熱的に。この女の子と出会えてよかった。産まれてきてよかった。どんなに辛くっても、生きてきて良かった。
「わかったよ、ブリジット。ありがとう。俺の全ては、もう全部君のものだ」
「絶対に絶対ですよ。約束ですよ?」
ブリジットのおっぱいが彼の胸に押されて圧迫される。振り返れば、いつも隣に彼女が居た。彼はその感触を楽しみつつ、愛しい彼女の髪の毛を、丁寧に何度も何度も梳きながら、彼女だけに見せる甘ったるい声で、いたずらっぽく言うのだった。
「もちろん、約束する。もう一生、君のことを手放したりしない。でも、最後に一つだけ言わせてくれないか?」
「……なんですか?」
「実は俺、大きいおっぱいより、小さいおっぱいの方が好きなんだ」
「ぎゃふん」
これは詐欺師と蔑まれ、後にソープ王と呼ばれた男の異世界サクセスストーリー。
(玉葱とクラリオン・TRUE END?)
という訳で、まる二年に渡るこの連載も今日で終了です。割烹に何か書こうかなとも思ったんですが、疲れちゃって今は何も考えたくないですね。ラストの方、マジで毎日1万字くらい書いてたんで、洒落になんなかったっす。宣言通り感想欄開けときますが、私はパンツマンさんほど寛容ではないんで、ソフトにお願いしますね。ぶっちゃけ、もう書き終わった小説なんて、何言われても良いんですけどね。まだ書くかどうかすら何も考えてないですが、次あるなら半年後くらいですか。やばいくらい積ん読と積みゲー溜まってるんですよ、こいつらを消化しなきゃ何も始まりません。では、だらだら書きすぎて鬼が大爆笑してそうなんでこの辺で。マジで疲れました。折角ですし最後も偉人のありがたい言葉で締めましょうか。こんな小説にまじになっちゃってどうするの。良いお年を