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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
355/398

降下作戦

 リディア沖上空を旋回していたタスマニア号は上陸地点の攻防をハラハラしながら見守っていた。


 飛行船には、アンナ、リーゼロッテ、アトラス、フランシス、その他、エリックとマイケルを含む近衛隊を中心とした精鋭100名余りが搭乗していた。地上ではリディア奪還に向け強襲揚陸艇が上陸作戦を開始したが、実は本命は空の上に居たのである。


 タスマニア号は戦闘には参加はせずに、空挺部隊を空輸する任務を帯びていた。


 世界唯一の巨大飛行船であるタスマニア号は、水上機と違いかなりの重量を運ぶことが出来たため、空爆をしようという案も出されたのだが、そうしようにも的が大きすぎて下から狙われる心配があり、結局、戦闘が激しい間は陸には近づけなかった。


 対空兵器というものが存在しない世界で、一方的に攻撃が可能なようにも思えるのだが、いざやってみようと思ったら、案外魔法使いなら普通に狙えてしまったのだ。これではエルフの跋扈する森の上を飛ぶなんて怖くてできない。


 そこでタスマニア号は後方に控え、戦況が傾き次第、決戦部隊を投入する空挺作戦を考えたわけである。因みに、考案したのは意外にもエリックとマイケルだった。彼らはハリチに居た頃、リオン博士とグライダーでよく遊んでいた経験があり、空から滑空して目的地に降りることが出来ないかと考えたのだ。


 ただ、それをするにはタスマニア号同様、降下部隊が狙い撃ちされないように、エルフを掃討するのが先決で、ウルフ率いる上陸部隊はその役目を負っていた。上陸地点を直接ローデポリスにしなかったのは、魔王の魔法を恐れたのもあるが、エルフを市街地からおびき出す狙いがあったのだ。


 問題はそうしておびき寄せたエルフを、精鋭を欠いた上陸部隊だけでどうやって片付けるかであったが……リディア奪還作戦を始めようとしたとき、土壇場になって魔法に目覚めたアーサーはまさにその任務にうってつけの人材だったのである。


 目覚めたばかりでまだその実力は未知数だったが、剣聖をして天才と言わしめたアーサーは、ただ威力という点だけで言えば、すでにアンナに匹敵していた。残念ながら詠唱なしではまだ魔法が使えなかったため実戦向きでは無かったが、単にエルフを一網打尽にするというだけならそれで十分だった。


 そうして地上に置いてきたアーサーの魔法の威力は、上空から見ても凄まじいものがあった。第一撃で上陸地点の周囲数キロを焼け野原にした彼は、第二撃でローデポリスまで続く森を数十キロも一直線に割ってみせた。


 その馬鹿げた威力に勇気づけられた兵士たちは恐れを知らずに果敢に森へと切り込み、森のあちこちで戦火が迸っていた。戦況は完全にこちらの勝勢である。


 それをパラシュートを装着したまま甲板から見下ろしていたフランシスは、


「……なんなんだあれは。俺は夢でも見ているのか」

「流石、みんな憧れの王子様ね。初めて会った時はただのションベン垂れだったくせに」

「そんなこともあったなあ……思い返せば何かの冗談にしか思えないですね」

「あの時、坊っちゃんに手をだそうとしたホモは今頃恐々としてるんだろうか」

「寧ろ嬉々としてるんじゃないかしら?」


 男どもがそんなしょうもない無駄話を続けていると、そこへ乗務員が駆け込んできて報告した。


「ローデポリス上空の偵察機から入電! 市内に敵影無し! 市内に敵影ありません! 西区駐屯地、降下地点も無人です!」


 それをじっと目を瞑ったまま黙って聞いていたリーゼロッテの目が開かれる。


「了解しました。アトラス、フランシス、無駄話はやめなさい。これより我らは死地に入ります」


 彼女のその言葉を聞くや否や、甲板で降下の時を待っていた近衛兵達が黙って整列しはじめる。魔法使いたちはその先頭に立ち、師匠の言葉を待った。


「知っての通り、フリジア防衛戦、ハリチ、そして今、眼下に見えるこのリディアでも、人類はエルフを押しています。もはや人類の勝利は揺るぎないでしょう。我々人類は、ついにエルフを打ち破る力を身に着けたのです。にも関わらず、各地ではエルフが未だに組織的な抵抗を続けています。これはエルフを束ねる者がいるからに違いありません。


 この上は是非に及ばず、魔王を倒す必要があります。我々はこれより、魔王城への急襲をかけるべく、敵地のど真ん中に降下します。そこに退路は無く、魔王を倒す以外に我々が助かる見込みはありません。だから今、あなたの隣に立つ仲間が倒れても、もう決して振り返ること無く突き進みなさい。我々は決死隊なのです。


 ここを下りたらもう誰の命令に従うこともなく、ただ任務を遂行しなさい。目的は単純かつ明快です。切り札たるアンナを魔王の元へ送り届けること。それを最優先事項とし、後は各自の判断に委ねます。最後に、私はあなたがたと一緒に逝けることを誇りに思います。神に感謝を。以上」


 剣聖の演説が終わるとその余韻も無く慌ただしげに乗務員が駆け込んできた。


「降下準備整いました! 今ならいけます!」


 動いてる物体から飛び降りるタイミングは、そう何度もあるわけではない。リーゼロッテはその言葉を聞くやすぐに隊員たちを振り返り、一言叫んだ。


「降下ー!」


 次の瞬間、船尾の柵が開き、レールを伝って続々と兵士たちが飛び降りていった。


 リディア上空で開いた落下傘の花は、そのままゆっくりと着実にリンドス市外へと下りていった。風はほぼ無風に近く、流される心配もない。隊員たちは落下傘を操作しながら、西区駐屯地の練兵場を目指した。建物の密集した市内には、他に目立った広場はなく、せいぜい王宮か、魔王城の真ん前にある中央公園くらいで、流石にそこに降りていくのは勇気がいった。


 必然的に降下地点は限られていたのだ。だからもし……魔王が降下作戦を予想していたら?


 タスマニア号から飛び降りた降下部隊が、順調に落下を続け、間もなく駐屯地へと着地しようとしていた、まさにその時だった。


 タタタタタタタンッッ!!


 っと、乾いた銃声がこだまし、最初に降り立とうとしていた隊員の落下傘に穴が開いた。隊員は錐揉みしながら地面に落下していった。


 銃声はそれだけにとどまらず、駐屯地の建物の中から、木々の間から、次々と上空の降下部隊に向けて撃ち出されていた。間もなく着陸態勢に入ろうとしていた隊員たちは泡を食って応戦しようとするが、空の上では何も出来ず、乱気流にでも吹かれたように続々と列を乱して、目的地を外れあっちこっちに落ちていった。


 まだ上空数百メートルのところに居たリーゼロッテは、異変に気づくと自分の落下傘の縄を切って自由落下した。そして地面にぶつかる寸前に予備の落下傘を開き、地面に向けて思い切り魔法をぶちかまし、強引に着地した。


 下から狙い撃ちをしていた敵兵は、彼女のそんな非常識な行動に戸惑い、空へと向けていた銃口を彼女の方へと改めた。リーゼロッテは迫りくる銃弾の雨あられを苦もなく切り捨てると、その弾道から襲撃者の位置を特定して、一目散に突撃していった。


「なっ!?」


 そして次の瞬間、建物の影に隠れていた襲撃者の姿を確認して、彼女は驚きの声を上げたのだった。


 何故なら、そこに居たのはエルフではなく、人間や亜人の兵士だったのである。


 駐屯地に設けられたあちこちの銃眼から、銃口だけが突き出され、彼女に向けて一斉に火を吹いた。リーゼロッテは戸惑いを隠しきれずに、銃撃を避けるために後退すると、隠れている襲撃者たちに向かって叫んだ。


「一体、あなた達は何者です!? どうしてこのエルフが跋扈するリディアで、人間が我々を襲うのですか!?」


 するとその声に答えるべく、銃撃が途切れ、一人の男が建物から姿を現した。


「人と人が争うなんざ、何も珍しいことじゃないだろ……有史以来、よくあることだったじゃねえか」


 建物から出てきた男……トーはつまらなそうにそう言うと、自分の靴の裏でマッチを擦って、タバコに火を点けた。そんな彼に呼応するかのように、建物内に潜んでいた人々が続々と姿を現した。


 一部の人間はトーの子飼いの部下らしく、ティレニアの衛士のように山伏のような法衣を着ていたが、あとは思い思い服を着ていて、見るからにただの寄せ集めの集団にしか見えなかった。よく見れば亜人の姿が多く見受けられる。


「トー!」


 リーゼロッテに続き、着地したエリックとマイケルがその姿を見つけて大声で叫んだ。彼はそんな二人の方をちらりと眺めてから、


「何も難しいことじゃねえ。おまえら人間ではなく、エルフに勝って欲しいやつだって世の中にはいるのさ。特に、人間に虐げられた亜人はな。レムリアの人間だって魔王を崇拝していただろう」

「それはただの破滅思考だろう。エルフが勝ったからって自分たちが安全になるわけじゃない。亜人の人たちもよく聞いてくれ! 先生が何を考えているのかは分からないが、このまま黙っていたら空の太陽が本当に沈んじまうかも知れないんだぞ。そしたらみんなお陀仏なんだ」


 エリックが叫ぶ。するとトーは煙を肺の深いところから吐き出してから、


「いいじゃねえかそれならそれで。人間どうせいつか死ぬんだ。今を我慢して自分を殺す必要はねえ。大体、人間どもは但馬が間違っていると言うが、おまえたち人間の方が正しいって、そんなこと誰が決めたんだ? 神様か、キリスト様か、そんなもん居やしねえ。だったら、自分の信じたい方についたっていいだろが。エリック、マイケル、おまえたちだって、本当はそうだったんだろう?」


 エリックとマイケルはお互いに顔を見合わせた。


「……確かにそうかも知れない。俺達はあの日、おまえを置いて逃げたことをずっと後悔していた。先生が生きていると知った時から、いつか彼とも分かり合える日が来ると信じてた。でも今は違う。俺たちには共に戦う仲間があって、守らなきゃならない王が居る」

「ああ、そうかい。なら俺たちは戦うしかねえな」


 トーはそう言ってタバコを吐き捨てると、手を振り下ろして仲間に合図した。途端にまた銃撃が始まり、降下中の落下傘に為す術もなく穴が空けられていく。このまま降りていっては撃ち落とされるだけなので、まだ空中にいた兵士は着地点を変えてリンドスのあちこちに散らばっていった。


 エリックとマイケルが叫ぶ。


「なあ、トー! 考え直してくれよっ! 俺達が戦うことなんてないじゃないか」

「おまえらこそ考え直せよ。本気でおまえらあの但馬に勝てる気でいるのか? エルフ相手にいい気になってるみたいだが、あれはエルフなんかとは根本的に違うんだぞ。おまえらが行ったところで、万に一つも勝ち目はねえよ。見ろ、そこにいるエリザベスなんか、足がすくんでいやがるじゃねえか」


 リーゼロッテの眉根が歪む。彼女がここにいるのは、恐怖を克服したからではない。その役目をアンナに託すためだった。そんな他人任せな自分に嫌気が差すが、それでもここまでやってきて、やらねばならない相手も居た。


 彼女は奥歯を噛みしめると、黙ってその侮辱に耐えていた。すると、そんなトーの言葉に反発する声が聞こえた。


「師匠を馬鹿にされては黙ってらんねえ……貴様、覚悟は出来てるだろうな。この剣聖が一番弟子、フランシス様が相手してやるよ!」


 フランシスはそういってリーゼロッテの前にずいと進み出ると、銃弾飛び交う建物に向けて、ゴウっと巨大な火の玉を飛ばした。直撃した駐屯地の厚い壁がガラガラと崩れ落ちる。中に潜んでいた敵兵達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していった。


 魔法使いの登場で、敵の動きが変わった。彼らは直撃を避けようとバラバラに逃げ、より身を潜め、予め作っていた塹壕へと移動する。


 彼はそれを確認すると、長期戦を覚悟した。そして、すぐ隣で同じように剣を抜いた相棒に叫ぶように言った。


「アトラス! ここは俺たちに任せて先に行け! 師匠とアンナを頼んだぞ」

「何言ってるのよ? 私だってやれるわ!」

「馬鹿野郎、最優先事項を思い出せ」


 言われてハッと思い出す。この作戦の目的は敵の殲滅ではない。アンナを魔王の元へ送り届けることだった。それを思い出したアトラスは苦々しそうに頷くと、


「死ぬんじゃないわよ」


 と言って、二人を連れて駆け出した。


 フランシスはその背中を狙い撃とうとする敵に果敢に切り込むと、わざと目立つように広い練兵場のど真ん中に進み出て叫んだ。


「ほら、雑魚どもが、どっからでもかかってこい! もし俺に傷一つでもつけることが出来たなら、金貨100枚くれてやらあ。格の違いってもんを教えてやるよ。土下座するなら許してやってもいいんだぜ」


 するとトーがカラカラと笑いながら、


「弱いやつほどよく吠えるよなあ、小僧。仲間は市街に散らばっちまって、ここに残ったのはお前と、エリックとマイケル、後は足手まといの怪我人だらけ。絶望的すぎて頭おかしくなっちまったのか?」

「口が臭えんだよ、おっさん。貴様は何を勘違いしてやがるんだ。俺が誰だか知らないなら教えてやる、俺は剣聖の一番弟子フランシス! 世界で大体二番目に強い男だ。人数ばっか多くても、エルフも魔法使いもいないお前らが、俺に勝てると思ってんのか」


 その言葉にトーはニヤリとした笑みを浮かべると、


「誰がここに魔法使いが居ないなんて言った?」

「なにっ!?」


 王宮に潜む敵兵は少なく見積もっても数百人。散らばってしまった降下部隊の全員を合わせてもこちらが劣勢だった。この状況を覆せるのは、フランシスという魔法使いが居るからだったが、もし相手にも魔法使いがいるというなら、話はだいぶ変わってくる。


「高天原……豊葦原……底根國……」


 どうせハッタリだろうと思いたかったが、そんな彼の目の前でマナのオーラが収束していくのを見て、フランシスではなくエリックとマイケルが仰天して叫んだ。


「なっ……馬鹿なっ!」

「トー、おまえっ!?」


 驚愕する二人めがけて、巨大な火柱が襲いかかる。


 フランシスは咄嗟になって彼らの間に割って入ると、自分の魔法をぶつけてそれを相殺した。


 エリックとマイケルが驚愕のあまり腰を抜かしている。


 トーはそんな二人を見て愉快そうに笑うと、


「さあ、殺りあおうぜ。時間はまだまだたっぷりあるんだ。おまえら全員、祭りに乗り遅れるなよ!」


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