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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
354/398

リディア上陸作戦

 人類とエルフの最後の戦いが始まろうとしていた。アーサー王の戴冠式後、改めて出陣式を行った大陸軍およそ20万の軍勢は、軍団を三方面に分けてそれぞれ進軍することとなった。


 アーサーがリディア奪還に向けて軍隊を集めた当初は、最終的にせいぜい数万の軍勢が集まればいいと考えていたのだが、気が付けばそれがあれよあれよという間に膨れ上がり、こんなに大所帯となってしまった。すると今度は逆に戦力が過剰であると判断せざるをえなくなったのだ。20万もの兵が渡海するには、リディアは遠いうえに狭すぎる。


 そこでカンディア公爵ウルフを加えた参謀本部は、彼の情報を元に新たに軍を編成し直した。まずハリチに前線補給基地を作るための工兵部隊を中心とした第一軍団、フリジア防衛線との連携と後方支援を担当する第二軍団、そして最終決戦を見据えた、ジョンストン艦隊を主軸とした強襲揚陸能力を備えた第三軍団である。


 軍団を三つに分けた参謀本部が基本に据えた戦闘ドクトリンは、エトルリアの大人口と、レムリアの有り余る物量を活かした包囲殲滅戦であった。


 参謀本部は、人類にあってエルフにない最大の利点は、その人口にあると考えたのである。


 エルフと言う生き物が、この世にどのくらい居るか、正確なところはよく分かっていない。ただ、リディア王国が拡大期に調査したエルフの生態から推測すると、恐らくガッリアの森全体でも30~40万体くらいだろうと言われている。


 対して人類は15年前の混乱でその数をかなり減らしはしたものの、それでも南北エトルリア大陸だけで5~6千万の人口は未だに生存しているのである。


 その昔、銃が一般に普及する前は、エルフと人間の彼我の戦力差は1対100でも絶望的とされていた。だが、現在の最新装備であれば、これが1対10以下にまで肉薄するのである。ここまで実力が迫ってきているのであれば、人類が物量でゴリ押すことは十分に可能であろう。


 そこで参謀本部は現在の戦線に最大限の人員を投入し、決戦を仕掛けることにした。例えば、仮にフリジア防衛線に400万の兵力を集中することが出来れば、計算上ではエルフは全ての個体をフリジアに集めなくては勝てなくなる。すると、ガッリア大陸の方は相当手薄になり、魔王城を攻めやすくなると言う寸法だ。


 実際には、人類にとっても未経験なそんな大戦力を、満遍なく前線で運用しきるのは不可能に近く、またフリジア戦線は山を攻めることになるから、そう単純には行かないだろうが、それでも人類の持てうる戦力をここに集中すれば、かなりのエルフを引きつける事が可能だろう。これと同時に、ハリチの大陸軍が動き出せば、魔王が対応に苦労することは間違いない。


 人類とエルフの差、その人類の利点にはもう一つ、指揮官の差があった。


 確かに、エルフは以前と比べて団体行動を始めたり、連携を取り始めたりして、より強敵となった。おまけにそれを指揮しているのが、先の大戦で連戦連勝を重ねた魔王であるのだから、生半可な戦力では勝ち目が無いだろう。だが、いかんせん魔王は一人しか居ないのだ。


 対して、人類の方は指揮官が無数に存在し、大隊、中隊、小隊と、細かな軍隊の運用が可能である。おまけに電話線さえ通じていれば、広大な戦場の全てで連携が取れるのだ。


 大陸軍参謀本部はこれらの利点を踏まえ、フリジア防衛戦を束ねるアスタクス方伯に作戦を打診、了解を得て実行に移すことにした。物量で押せば、いつかエルフは対応しきれなくなり、最後は押し切れるはずだ。その予想は概ね正しかった。


 そして出陣式から1ヶ月後、大陸軍第一軍団はヘラクリオン港からハリチへと出港、ついに人類は魔王との最終決戦へと動き出したのである。


 ハリチに上陸した第一軍団は、カンディア公爵ウルフの情報通り、まったくエルフの襲撃を受けること無くザナドゥ離宮へ到達。高原に布陣する。ガッリア大陸に拠点を設けるのは良いが、カンディアとの連絡をどうするかという問題があったが、それは飛行船タスマニア号の存在が解決した。


 タスマニア号は高速を活かしてハリチ~カンディア間を5時間で結び、無理をすれば一日に二往復が可能だったのだ。更にレムリアでは無線が一般化しており、それで連絡を取り合えば、よほどの緊急用件でない限りは事足りた。


 ヴィクトリア峰は元々の植生でマナの木が少なく、エルフの棲息には適さなかったようで、また麓の入江は天然の良港であり、上陸地点としては最適の場所と言えた。第一軍団5万はこれといった妨害もなくここに物資を運び込むと、周辺の森を切り開くために部隊を展開、山に拠って平野部に進出し始めた。


 ヴィクトリア峰周辺は山の上同様にエルフが少なかったが、それでも最初の接触で隊員がエルフを撃退すると、その個体が周辺の仲間に応援を呼んだのか、間もなく大規模な交戦が始まった。


 自動小銃と軽機関銃、そしてエルフの魔法を妨害する無反動砲によるチャフ散布は有効で、無理をすればまだ陣地を広げることは可能であったろう。だが、消耗を避けたい第一軍団は、進軍をそこまでで止め、塹壕陣地を構築して防戦に努めた。軍団の目的は、可能な限り旧都リンドスからエルフを引き剥がせればそれで良いのだ。


 時を同じくして第二軍団はカンディアからフリジアへ移動、イオニア艦隊を海岸線に展開し、本隊がアスタクス軍と合流を果たすと、まもなく方伯の号令でフリジア防衛線全域で大侵攻作戦が始まった。


 追い詰められた人類がついに本気を出したお陰で、この作戦にはほぼ理想と言える400万の人員が投入された。尤も、そのせいで指揮系統が若干麻痺状態に陥り、部隊運用は決して褒められたものじゃなかったが、それでも圧倒的な物量を背景に、各地で連戦連勝を重ねた人類軍は、徐々にフリジア防衛線を狭めていった。


 とはいえ、前線を押し込むには、森をどうにか更地にしなければならず、それにはエルフを掃討した後に木を切り倒すか、山火事でも起こすしかない。字面にすれば簡単そうだが、実際には大変難しく、包囲網は確実に押し込んでいたとは言え、その速度は非常に遅々としたものだった。


 第二軍団に配属されたイオニア艦隊はそれを海から支援し、海岸線に向けて焼夷弾を打ち込んだり、要請に応じて森林上にチャフをばら撒いたりする作業に従事していた。だがその最たる任務は情報収集にあった。


 エルフは森の中を移動するから、その森の中に実際どれだけの数が潜んでいるのかが窺い知れない。空から調べてもさっぱりなので、前線で戦ってるだけでは、ちゃんと作戦通りにガッリアからエルフをおびき出せているのかどうか、それが分からないのだ。


 それが唯一確認出来るのは、ティレニア半島からエトルリア大陸に渡ってくる際、エルフがアドリア海を通る瞬間であり、イオニア艦隊は森を攻撃しつつ、それを確認していたのである。


 結果は上々で、人類軍が前線で激しい攻撃を続けている間、半島からは絶えずエルフが現れてはエトルリア大陸へと渡っていった。魔王は前線をガッリアに下げはせず、戦線の維持を選択したのである。


 攻防は二ヶ月以上も続いた。連戦で疲弊した兵士が倒れ、毎日無数の死者が後方へと運ばれる。未だかつてないほどのエルフの死体が積み上がり、山火事は毎晩空を赤く染めていた。


 そして、エルフの数が徐々に減ってきて、ハリチの第一軍団が、そろそろ防衛も限界に近いと報告してきた時、ついに参謀本部は第三軍団をぶつける本命の作戦を決断したのである。すなわち、リディアへの強襲揚陸作戦である。


 タスマニア号との無線連絡の中継基地として、イオニア海を巡航していたジョンストン艦隊は、作戦決行の知らせを受けると、一路メアリーズヒルへ針路を取った。首都リンドスから30キロほど離れたその街は、前回のリディア奪還作戦時の上陸地点で、カンディア公爵率いる王国近衛隊によって最低限の陣地の維持がされていた。


 第三軍団を率いるウルフは水先案内人としてその陣地への上陸を果たすと、間もなく、周辺を掃討するために斥候を放った。第一陣の上陸こそスムーズに行えたが、あの魔王がこんなわかりやすい動きを見逃してくれるわけがないだろう。恐らく、安心したところで奇襲が来るはずだ……彼はそう考えたのだ。


 案の定、放った斥候の一部隊が間もなく交戦を開始すると、上陸のために多数の兵士を乗せて海上を進んでいた強襲揚陸艇に向けて、森から魔法が放たれた。第一陣が上陸した最初から、とっくに森にはエルフが潜伏していたのだ。


 攻撃を受けて為す術もなく沈没する揚陸艇、それを避けて上陸を急ぐ他の艇、それらは広範囲に広がってバラバラに上陸地点を目指していたから、一網打尽は避けられていた。


 それを各個撃破しようと水際作戦に切り替えた魔王率いるエルフ軍は、上陸地点を取り囲むように展開し始めたが、その移動の隙きを見逃すわけもなく、艦隊から発進した水上機が森への砲撃を行う。


 あちこちで魔法と銃弾が飛び交い、焼夷弾が雨のように降り注ぐ。メアリーズヒルの海岸はたちまち炎に包まれ、突き刺さる砲撃の雨あられで針のむしろになっていった。上陸部隊とエルフの力は拮抗しており、一進一退の攻防が続いている。しかし、エルフの魔法攻撃を防ぐチャフがばら撒かれると、一転して大陸軍側が優勢となり、海岸に続々と兵士が上陸成功し始めた。


 電波妨害作戦は、ラジオ放送が開始され無線通信を行い始めていたレムリアならではの発想だったが、これがエルフに有効だと気づいた頃から、戦況は人類側に優勢に傾いていった。エルフにはこれに対抗する手段が殆どなく、空に舞った銀紙が地面に落ちるか、妨害されていない他のエルフが空にばら撒かれたそれを焼くかするまで、エルフの軍勢は完全に麻痺状態に陥ったのだ。


 フリジアやハリチではこの作戦で一定の戦果を上げており、だからここでも同じようにエルフを撃退できるはず……上陸部隊の誰もがそう考えていた。そこに油断があったのかもしれない。


 その時、狙い撃ちを避けて広範囲に伸び切った上陸地点の端の方で、パパパパパッ……っと、機関銃の音が聞こえて血しぶきが舞った。第二陣の上陸部隊にはまだ機関銃は配備されていなかったので、何の音かと首を傾げた指揮官は目を疑った。


 電波妨害により魔法が使えなくなったエルフが、森の中から機関銃を撃ちまくっていたのである。


 あのエルフが、まさか機械を使うとは思いもよらず、上陸部隊はあっという間に混乱に陥り、劣勢に立たされた。その機関銃の出処は気になったが、なんてことはない、そもそもレムリアの重機関銃自体、魔王の残した手稿が原典だったのである。


 魔法の詠唱妨害はされても人間の魔法使い同様に身体強化だけは出来るエルフは、重機関銃の重量を物ともせずに振り回し、火力で劣る上陸部隊を蜂の巣にした。前線では長らく機関銃が重すぎて固定して使っていたが、実は魔法使いであればそれを担いで軽快に移動が出来たのである。


 第一陣の上陸地点で指揮を取っていたウルフは、その運用方法を見て舌を巻くと同時に、すぐに相手が誰であったかを思い出した。


 相手は世界最強の魔法使いにして、先の大戦で常勝を続けた戦略家でもある。もはや、こちらの動きを察知して、防備を固めていたことは疑いの余地もなかった。しかし、だからこそ、彼はここに勝ち目が眠ってると考えた。カンディア公爵ウルフこそが、最も魔王を信頼し、彼の戦術を高く評価していたからだ。


 思い出せ。但馬の戦術は、寡兵であれば奇襲を狙い、劣勢であれば回り込む。同数であれば分断し各個撃破を狙い、優勢であれば全軍で押す。


 エルフの軍勢がこちらを力押ししているところを見れば、相手が何を考えているのかがわかる。魔王は魔法で強化されたエルフの方が、火力が優勢であると判断しているのだろう。そこが狙い目だった。


 何故なら奴は知らないのだ。人類最強の兵は、今や剣聖でも魔王の娘でもない。


「アーサー王を呼べ」


 手旗信号が沖に停泊する強襲揚陸艦に送られると、すぐさま一隻のボートが発進した。上陸地点の部隊はもはや退路は断たれたとばかりに、乗ってきた揚陸艇を倒すとそれを防塁にして、背水の陣をしいて上陸地点の維持に努めた。


 海の上からやってくる男がどれほどのものかはエルフにはわからなかっただろう。だが、物々しく防備を固める陣地を見てそこに何かがあると思ったのか、森からの攻撃は一段と激しさを増した。


 そんな中、船速だけを求めたスピードボートに乗って颯爽と上陸したアーサーは、父ウルフのもとへと駆けつけた。


 彼はその父の要請を受けると、腰に佩いていた幅広の大剣を抜き、おもむろに部隊が作った防塁の上に飛び乗った。


 瞬間……海岸を覆い尽くす朝もやのように、周辺が薄っすらと霧がかって見えた。


 エルフの軍勢は防塁の上で無防備に立ち尽くす彼に向かって容赦なく銃撃を浴びせた。しかし、その銃弾は彼に届くこと無く、彼の前で蛍光色の障壁が弾ける火花のように現れると、飛び交う銃弾をことごとく弾き飛ばした。


 その時、エルフたちはようやく気づいた。突然、海岸がうっすらと視界不良になっていたのは、霧が立ち込めていたのではなく、周辺から膨大なマナが彼を中心に集まってきて、見る者全てに錯覚を起こさせていたのだ。


「聖杯に導かれし円卓の騎士たちよ。我に力を、我に勇気を、我に艱難辛苦を与えたまえ。我が聖剣はあらゆる困難を打ち砕き、炎を纏いて鋼を断ち、闇を切り裂く光とならん」


 詠唱が始まると彼の体は真っ白な光に包まれ、聖剣は直視できないほどまばゆく光り輝いた。


「轟け雷鳴。唸れ疾風。舞い踊る炎は灼熱の業火となりて、王を阻む敵を灰燼に帰せ。我が前に道はなく、我が後に道は続く。誉れある王道、とくと見よ! エクス……」


 気が付けばそれは海岸だけではなく、周囲数キロにも及ぶガッリアの森自体がまばゆい光を放っていた。それはかつてヴィクトリア峰の麓で、一夜にして森を焼き尽くしたと言われる謎の発光現象と似ていた。


 人々は今、歴史の出来る瞬間を目の当たりにしていたのである。


「カリバアアアアァァァァーーーーーーッッ!!!」


 アーサーはもはや構えもなく、ただその剣をバットのようにスイングした。切っ先が風を切ってビュンと音を立てると、次の瞬間、周辺の森が瞬時に溶け落ちるように吹き飛んでいた。


 森に潜んでいたエルフのことごとくはその一撃で瞬時に掻き消え、もはやどこにも見当たらない。爆音が轟き、衝撃波で人々は吹き飛び、沖に停泊する艦隊までもがグラグラと揺れた。周囲数キロにも渡って炎が舞い上がり、たった今まで鬱蒼と茂っていた森は跡形もなく消え去り、そこには炭化した森そのものがまるで溶岩の吹き溜まりのように赤熱している。


 この、たった一撃で、上陸地点に潜んでいたエルフの軍勢は一網打尽にされたのであった。


 上陸部隊は森に潜んでゲリラ戦を仕掛けられることを一番嫌っていたが、もうその心配はないだろう。


 アーサーは防塁から飛び降り、ローデポリスの方向に向けて、ブンッと何気なく剣を振り下ろした。光線が一直線に伸びて森を焼く。その瞬間、森の中でガサガサと音がして、何かが逃げていく気配がした。


 恐らくエルフの残党だろう。これを掃除しながら、首都までの道を確保しなければならない。


「アーサー王に続けっ!」


 アーサーが一歩を踏み出すと、誰からともなく声があがった。兵士たちは鬨の声を上げると、我先にと森へ向けて駆けていった。アーサーはそんな兵士たちに追い越されつつ、ゆっくりと歩きながら上空を見上げた。


 リンドス上空に、タスマニア号が今差し掛かろうとしていた……


 次の瞬間、その船体から複数の影が次々と飛び降りていくのが見えた。それは暫く自由落下を続けた後、ローデポリスの真上でパッと落下傘が開き、無人の街へと下りていく。


 アーサーはその光景を真剣な目で見つめながら、誰ともなくつぶやいた。


「剣聖様、頼みます……退路は俺が必ず開きますから……」


 彼はそう言うと、腰だめに剣を構えたまま、一目散に森へ向かって駆け出した。王に従い、無数の兵士たちが自動小銃を構えて突撃していく。リディア上陸作戦は、こうして人類側が初戦を圧倒して始まった。


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