表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
352/398

カンディア公爵の帰還②

「たてがみを仕舞いし者よ……其は何故(なにゆえ)、力を求める……?」


 その集団の中で最も年を取ってそうな男が、長い眉毛に埋もれた瞳をギラリと覗かせながら、アーサーにそう尋ねてきた。


「力……? いや、俺は力なんか欲してなど……」


 突然の質問に面食らいつつ、返事を返そうとしどろもどろになっていると、ふと、彼は自分の手にクラウソラスが握られていることに気がついた。いつの間にこんなものを持っていたのだろうか? さっきリリィと追っかけっ子していた時は持っていなかったと思うが……


 老人たちの視線が突き刺さる。つい今しがたまで、自分の方が彼らに睨まれて、恐怖を感じていたはずだが、実は丸腰の彼らの中で刃物をもつ自分の方が、この中では一番怖い存在だった。


 彼は慌てて剣を引っ込めると、彼らを安心させるように、


「いえ、これは別に人に危害を加えるつもりで持ってるわけでは」

「ではその刃を誰に向ける? 力を持てば、人はそれを振るわずには居られない。現に今、おまえはそれを手にする前と後で、我らを見る目が変わったと、自分で気づいていたのではないか」

「それは……確かに」

「それは聖遺物だろう。おまえはそれを手にすることで、より多くの命を奪う力を得ることになる。おまえは人を傷つけることを好むか?」

「いいえ、そんなわけないですよ」

「ならば、何故そんなものを欲しがる。そんなものは持たないほうが良いのではないか。力を持たねば、誰も傷つけることはないだろう」

「それでも、俺にはこれが必要なのです。何故なら、俺はエルフに奪われた故郷を取り返さねばならないからです。そしてまた、人々が安心して暮らしていけるような国を作りたい。そのために、この剣の力が必要なんです」

「おまえは人々のためと言いながら、その剣でエルフを殺すのだな。それが人が生きていくために必要なことだから。必要だから殺す。それが人の本質だ。おまえが力を振るう時、それを思い出すが良い」


 その物言いにアーサーはムッと来た。まるで、彼が命を弄ぶ人間のように言われた気がしたのだ。しかしそんなこと言われる筋合いはない。エルフは、放っておけば向こうから人間を襲ってくるのだ。


「そうは言っても、降りかかる火の粉は払わねばならないだろう」


 彼がそう抗議すると、


「そうだろうか。おまえが国を取り返そうとして、リディアに行かなければエルフに襲われる人などいないはずだ。おまえ達は単に、自ら火に飛び込んでいっているだけではないのか」

「いや、エルフは元々人間の生活圏だったティレニアやエトルリア大陸にまで進出してきたんだ。放っておくわけにはいかないだろう」

「ロディーナ大陸はそもそも人が住む土地では無かった。元々エルフが暮らしていた土地を君たち人間が奪ったのではないか。ならば現状も受け入れねばならないのでは」

「そんな昔のことをほじくり返して何になるんだ。人類はもう、千年もあの土地で暮らしているんだぞ? だったらもう、あそこは人間の土地と言っていいだろう。一体、貴様らは何が言いたいのだ、いや、そもそも貴様らは何者だ?」

「エルフじゃよ」


 その問いに答えたのは、目の前の老人たちではなく、アーサーの背後から聞こえた舌っ足らずの少女の声だった。彼はギョッとして目を丸くした。


「そう、その者たちこそ、エルフと呼ばれる者である」

「この人達がエルフだって……? そんな馬鹿な。何を言ってるんだ。エルフってのはもっとこう、青白くって、小さくって……」

「そうじゃの、今はそんな風になっている。じゃが、そもそもあの者らはそなたらと同じ人間じゃった。それが長い年月をかけてあのようになっていった……そう、リズから聞かされておったじゃろう」


 そのどこかで聞いたことのある感じの、不遜な態度にアーサーは振り返った。するとそこには小さなリリィが立っていて、彼のことをニコニコしながら見上げていた。その口調がまるで皇王リリィのようでアーサーが戸惑っていると、彼女はそんな彼のことなどお構いなしに続けた。


「元々、エルフはそなたらと同じ人間じゃった。それが肉体を改造して、今のような化物になってしまった。こやつらはそうなる前のエルフ……いわゆる古代人と言うやつじゃな」


 すると老人たちがリリィの言葉に頷いて答える。


「左様……我らはお前たち以前に栄えた文明の末裔。そしてあのエルフは、そんな我らの成れの果て……おまえがその魔法の力を欲すると言うなら、どうして我々の魔法文明が滅んだのか、それを聞いておくが良い。強すぎる力は身を滅ぼす、いつかおまえたちもそれが分かる日が来るだろう……」


 そして彼らが語った話は、悠久の時の中で幾度も興っては滅んでいった文明の歴史だった。

 

「かつてこの世界は闇に閉ざされていた。宇宙から飛んでくる電磁波の影響で、地上には人が住める土地がなくなり、我らの祖先は仕方なく宇宙に出て、資源を回収するためだけに地球へ降りると言う生活を余儀なくされた。彼らはその状況を打破すべく、地球上にマナをばら撒いた。マナから得られる無尽蔵のエネルギーを使って、困難に立ち向かおうとしたのだ。


 こうして興った魔法文明は、当初上手くいっていた。人々は生活する上で足りない力を、魔法を使って補完し、否応なく襲い掛かってくる天変地異をコントロールし、病や怪我を瞬時に治した。だが、その魔法文明は長くは続かなかった。


 おまえはアンナが使う魔法を見てどう思っただろうか。昔の魔法文明の人々は、実は誰もがあのような力を使えた。それは子供から大人まで関係なく、望めばあれだけの力を誰もが使えたのだ。


 愚かなことだ。我々の祖先は成熟した人類なら、それを制御できると考えたのだが、もちろんそんなわけは無かった。彼らはこの力をピースメイカーと名付けたが、ある日戦争が起こって世界は一夜で滅んでしまった。皮肉にも、平和とは人類が居なくなることで達成されるものだったのだ」

 

「二番目に興った魔法文明はその時の教訓を得て力を制限するシステムを作った。それはレベル制と呼ばれるもので、人々にとって良い行いをする者ほど強い力を使うことが出来るというものだった。そして強い力を持つ者がリーダーとなり人類を引っ張っていけば、今度こそ平和を維持できると考えたのだ。


 だが、そんなものは幻想に過ぎない。悪党にだって悪党なりの理由があるのだ。ただ、人々にとって良い行い、なんてものほど曖昧なものはないだろう。やがてその文明では二人のリーダーが生まれた。誰かにとって良い行いは、別の誰かにとっては最悪の結果だった。


 全人類にとって共通の良いことなんてものは何もなかったのだ。


 そうして人類は二分化され、二つの陣営に別れて争い始めた。お互い、自分たちの陣営の人数を増やせれば、それだけ使える力が増えるから、手を変え品を変え自分の勢力に取り込もうとした……騙し、嘘をつき、殺し、結果、この文明もある日起きた戦争が切っ掛けであっけなく滅びてしまった……」

 

「その後も、幾つかの文明が興ったが、どれもこれも長続きはせず、最後は滅んだ。それはいつも強い力を欲した人間の欲が生み出したものだった。だから最後の魔法文明……我々は欲を捨て、お互いに干渉しあわない世界を作ろうと考えた。


 我々は、木になりたかったのだ。


 自然と一体化し、何者も侵さず、何者にも侵されない。そうして人類は、この星の霊長としての役目を終えればそれでいいと考えた……だが、これも間違っていた。


 人間は何百年も生きれるようには出来ていないのだ。体を入れ替え、代謝を低下させ、何百年も生きられるようにしたところで脳がついてこない。数百年も生きたら記憶が曖昧になり、やがて自分が何故生きているのかすら考えられなくなる。長く生きれば生きるほど生き汚くなり、そして、当初の理念を忘れて争い始めたりする。


 ガッリアの森のような濃密なマナの中で暮らしているのもまずかった。それは体を維持するために必要なことだったが、代謝の低下した細胞が高エネルギーに晒され続け、ある日DNAが突然変異してしまったのだ。それはガッリアの原生林に生きる物に特有の現象で、これが起きた時動物は魔物化する……つまり、お前たちの知るエルフとは、魔物化した人間だったのだ」

 

「我々は最初、エルフを殺すというおまえを非難したが、訂正しよう、あれは我々が意図して生まれた生き物ではない……人間性を失い魔物化して彷徨うゾンビみたいなものなのだ。だからそれを駆除しようとする人類を、我々は責めることが出来ないだろう。


 ただ、強い力を持ち続けたがためにあれが生まれたということだけを、教訓として覚えておくがいい。この地上にはかつて、幾つもの魔法文明があり、そして滅びた。魔法は人間には過ぎた力だ。これを使い続ける限り、やがて人間はその力に振り回され、いつかあのような怪物を生み出すかも知れない……」


 アーサーは頷いた。


「わかりました。魔法が危険だということは、俺にも理解できます。でも、具体的にどうすればいいのでしょうか。聖遺物狩りみたいに、世界中の聖遺物を集めて破棄すればいいんでしょうか?」

「それは魔王を倒せば分かる」

「……魔王を?」


 唐突に出てきたファクターにアーサーは面食らう。

 

「あれはそのために生まれた。その能力、その使命、その行動理念も、全て奴を倒せば分かるだろう。だがそれを我々が口にするのは憚られる。我らは全ての責任をあれに押し付けてしまったのだから」

「それは知っているけど教えることが出来ないってことですか?」


 彼らは沈黙を保った。


「……そう、ですか。どちらにせよ、人類がエルフと戦い続ける限り、俺は魔王のもとへ行かないわけにはまいりません。行って、その使命とやらを直接尋ねてみることにしましょう。しかし、あなた方は魔王を倒せとおっしゃいますが、もし俺が魔王の理念とやらに共感し、彼を倒したくないと思ったらどうすればいいんでしょうか?」

「おまえがいいと思ったら、それでいい。だが結局、おまえは戦うことになるだろう。事実が変わるわけじゃない」

「それはエルフと人間が相容れないのと同じことなのでしょうか。もし可能なら、彼だけを助けることは出来ないんでしょうか」


 彼らはまた沈黙した。


「……わかりました」

「たてがみを仕舞いし者よ……そろそろお別れだ。我らはまたこのガイアの意思に溶け込もう。我らは大地の木々となりて、いつもおまえたちを見守っている。自然を愛し、自然に生きるが良い。人はこの世のすべてを手に入れたつもりで居るが、本当はこの世の全てに生かされているだけだ。大地に感謝を……」


「大地に感謝を!」


 そして彼らは次々にこの地球への感謝を口にしてから、まるで風に吹かれて割れるシャボン玉のように消えていった。後に幾ばくかのマナのオーラを発し、それが世界に溶け込む頃、辺りにはもう誰も居なくなっていた。キャンプファイヤーの火がバチバチと爆ぜる。それだけが彼らがここにいた証拠だった。


 アーサーは右手にクラウソラスを持ち、その火を見つめながらぼんやりと佇んでいた。頭の中ではさっきの彼らの言葉が巡っている。強い力、魔法の力は人を化物に変えるだろう。力があれば人は争わずには居られないのだ。何千年も、何万年も続く歴史がそれを証明している。アーサーがこれを手にした瞬間、戦いは避けられなくなるのだ。


 それでも彼はそれを手放すことは出来なかった。この力をもってリディアを奪還する。それは古代人の成れの果てエルフを殺し、魔王の意思を挫くことだ。自分だけが正しい力を振るえるなどと傲慢なことは考えられなかったが、彼はただ人のためだけにこの力を使おうと心に誓った。


「覚悟は決まったか、少年」


 彼の背後から、幼い舌っ足らずの声が聞こえた。彼は振り返ると、いつも一緒にいるその少女に向かって恭しく頭を下げた。


「あなたは皇王様……いや、もしかして、本物の聖女様なのでしょうか。俺をこの不思議な空間へ連れてきたのも、あなたの仕業なんですか?」

「余は何もしておらぬ、ガイアの意思に導かれ、そなた自らがアヴァロンのゲートをくぐり、この深層世界へやってきたのじゃ。彼らは魔王に立ち向かおうとするそなたに、この地球の命運を託そうとして現れたのじゃろう。余は、その手助けをしたに過ぎん」

「アヴァロン……?」

「大層な名をつけておるが、ただの機械じゃよ。滅亡した中に、レベル制を敷いて魔法を制限した文明があったじゃろう。その文明では、人にとって良い行いとはなんであるか、その基準を作るための仕組みが必要じゃった。それで全ての人間の記憶を平均化して、誰にとっても良い最大公約数的なものを見つけ出そうとした。まあ、無駄だったんじゃがな。その仕組みが今でもこの世界で生きておって、彼らはその中に自分の記憶を留めておいたのじゃ。いつか現れる勇者に、希望を託すためにな」

「希望……俺は結局、何をすればいいんでしょうか」

「そなたはそなたのままで良い。難しく考える必要はないじゃろう。そなたの世界はそなたが作り、誰になんと言われても、変えようがないのじゃから」

「……難しいですね」

「物をそのまま見るということは時に難しく感じるやも知れぬ。しかし、その裏に潜む真理は不変であるから、恐れずそのまま受け入れれば良いのじゃ。そなたは、その魔法の力を得て何をしたいと思っておった?」


 アーサーは何千何万という人の運命を変える力を得た。彼がその気になれば、破滅も栄光も思いのままだろう。だが、実際のところそんな力を得て、具体的に何がしたいのかと問われると、やりたいことなど何もなかった。何か、人の役に立つような、凄いことが出来ないだろうか。これさえあればなんだって出来るような気がする。だが現実は、魔王が残した手稿のように、彼には人々を導くための知識が根本的に欠けていた。


 だから何か立派なことを言いたいと思うのだが、彼の口からはどんな言葉も出てきやしなかった。ただ、今、目の前にある現実に、立ち向かおうとする意思だけがそこに残されていた。リディアを奪還する……そして、


「俺は、ただみんなが仲良く暮らせる国が作りたいだけなのです」

「ならば答えは出ておるじゃろう。そなたはしたいようにすれば良いのじゃ」

「そうかあ……」


 彼はクラウソラスを両手に持ち、天を突き刺すように高々と掲げた。天井は、彼がいまだかつて見たこともない青空が広がっており、眩しい太陽を受けてその剣先がキラリと光った。


 彼は尋ねた。


「ところでリリィ様? 俺はここからどうやって帰ればいいんですかね? って言うか、あの時の勝負はどうなったんでしょうか。確か俺の目の前に、高エネルギーを纏ったクラウソラスが迫ってきていたような……」

「ならば、今もそのまま、そなたに迫りくる最中じゃろうて」

「……は?」

「ここは深層世界。事象の境界面……まあ、夢の中みたいなもので、外の世界とは時間の流れ方が違うのじゃ。故に、そなたが元へ戻ろうとしたら、もと来た時間へ戻るだけじゃ」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!? それじゃあ、俺が目を覚ましたら、いきなり剣が目の前に迫ってくるんですか? そんなの避けようもない。人生終了じゃないですか!」

「自分から突っかかっていったくせに、何を今更……それに、そなたはもうそれを手にしているではないか」


 アーサーは両手に握られている長剣をハッと見る。


「外の世界に戻っても、それと同じように掴めばよろしい」

「いや、でも、外の世界ではこれは俺じゃなくって、目の前の男が握ってるんじゃないんですか?」

「ならば奪い取ればよかろう」

「そんな無茶苦茶なあ……」

「ふぅ~……仕方のない小僧じゃのう」


 リリィはため息をつくと、やれやれとお手上げのポーズをしながら、アーサーの隣へと歩いてきた。そしてちょいちょいと指を曲げて彼にしゃがむように指示すると、その顔にそっと手を添えて、戸惑う彼のほっぺたに口づけをした。


「えーっと……これは何を?」

「なに。ただのサービスじゃ。そなたは、余が何者かをすぐに察したくせに、そんな自分に向けられている感情には疎いの」

「……?」

「少年よ。そろそろお別れじゃ。そなたがここから離れれば、もう余と会うことは二度とあるまい。だから最後に福音を授けよう」


 そう言って彼女は剣を持つアーサーの手にそっと自分の手を重ねて、真っ赤になっている彼の胸にほっぺたを預けながら、愛おしそうに呟いた。


「剣よ、汝のあるべき姿に帰れ。この世の闇を打ち払う光となれ。チェンジフォーム」

「ちぇんじふぉーむ……何を言って……」


 と、アーサーが言い終わるよりも前に、その異変は起きた。


 カタカタカタカタと、突然、アーサーは地震のような揺れを感じた。驚いて周囲を見渡すが、周囲は最初に見た通り白い霧に閉ざされ落ち着き払ったままであり、キャンプファイヤーの火も、湖の水もまったく微動だにしない。


 彼は気づいた。揺れてるのは地面じゃなくて自分の方だ。そしてその震源は、自分の持つ剣であった。


 やがてガタガタと音は大きくなり、剣を持つ彼の手がブルブルと震えた。まるで生き物のように揺れ動く剣を取り落とさないように、必死になって押さえつけていると、それは周囲からマナを集めてまばゆく輝き出す。


 アーサーはその猛烈な光を直視しないように顔を背け目を細めた。しかし、驚いたことにその光は、彼が目をつぶっても明るさを保ったまま、どんどんと世界を白く染めていった。


 そんな白く染まっていく世界の中で、彼は段々と意識が遠のいていくのを感じた。覚醒が近いのだ。慌てて、リリィに最後の挨拶をしようとしたら、その彼女の声が頭の中に響くように聞こえてきた。


「悪を滅ぼしこの世を照らせ。そなたがこの世界の救いになるのじゃ。そしてあの可愛そうな我が主を、今度こそ助けておくれ」


 アーサーはそんな彼女のつぶやきを聞き届けると、ぷっつりと意識が途切れるのを感じた。

 

****************************


「トゥアハー・デ・ダナンッッ!!」


 灼熱の炎を纏ったクラウソラスが、今、アーサーに迫ろうとしていた。彼は何を思ったのか、突然自分のサーベルを投げ捨てると、その迫り来る剣に向かって手を伸ばした。


 それを傍で見ていたジルは、もはや我慢の限界と言った感じに叫び声を上げた。


「いやあああああああぁぁぁぁぁ~~~~っっっ!!!!!」


 耳をつんざく女性の悲鳴が辺りにこだまする。


 クラウソラスがアーサーに触れると、その剣が纏っていたオーラが火花のように弾け、瞬間、爆発した。


 目もくらむような閃光が二人を包む。それを目の当たりにしたジルは半狂乱になって叫んだ。厳しいことを言っても、やはり彼女はアーサーの母親なのだ。


「いやああっ!! アーサー! アーサー! なんて酷いことをっっ……!! お館様。いくらなんでもあんまりです。ここまですることは無かったんじゃないですか!?」

「救護班を呼べっ! 宮殿だ」「坊っちゃん! 坊っちゃん! 聞こえますか、アーサー様っ!!!」


 彼女に続いてすぐさまエリックとマイケルが動いた。彼らは真っ青になって押しとどめていたアンナとアトラスを脇に退けて、一目散に剣を交えていた二人に向かって駆け出した……駆け出して……すぐ、その動きを止めた。


 空転した足がたたらを踏む。


 倒れ込みそうな前傾姿勢のまま、彼らは目を丸くした。


 今、目の前で信じられない光景が繰り広げられていた。


 灼熱の炎を纏って迫りくるクラウソラスを、アーサーが真剣白刃取りの格好で受け止めていたのだ。


 これには剣を振り下ろしていた男も驚愕して、空いた口が塞がないと言わんばかりに目の前のアーサーを凝視していた。


 二人はそのまま彫像のようにビクリとも動かず、周囲の人たちは時間が止まったかのようにそれを見守っていた。


 そして最初に動いたのは、男の方だった。


 男の振り下ろした剣は未だにマナをまとって灼熱に輝いており、それを握っているアーサーの手が焦げもしないのは不思議であった。二人はそんな光り輝く剣を握りしめながら対峙していたのだが……ところがあろうことか、先にそれから「痛いっ!」と言って手を離したのは、技を仕掛けた男の方だったのである。


 今、アーサーが白刃取りする剣が灼熱に輝いている。それはいつの間にか周囲からマナを集めてその輝きを増しており、どんどんと蛍光色の光を纏って、やがて目もくらむような白い一本の光の剣になった。


 アーサーはその剣を放り投げ、宙に躍らせると、くるくると回るその剣を空中でキャッチして、力強く握りしめた剣を高々と天に向かって掲げた。


 そして彼は叫んだ。


 何故か知らないが、頭のなかに浮かんでいたその名を。


 一心に叫んだのである。


「エクス……カリバアアアァァァァァーーーーーーーッッッ!!!!」


 カッと光が弾けるように、周囲に光線が降り注いだ。剣から発せられる無尽蔵の光は、周囲を覆い尽くした後、それではまだ足りないとばかりに天へと上り夜空を真っ白く染めていった。その光景は凄まじく、信じられないことに、夜だと言うのに空が昼間のように明るく照らされ、先ほどまで見えていた宝石を散りばめていたような夜空をただ真っ白に染めていった。


 何事か? と式典のパーティの出席者たちが、我も我もと窓から顔を覗かせる。中庭にはアーサーの仲間たちと、古めかしい鎧を纏った王国近衛隊が、彼を取り囲んで円を描いていた。彼はその中心で光り輝く剣を掲げながら、天に向かってまるで空を真っ二つに割ろうとでもしているかのように、無尽蔵のエネルギーを放っていた。


 そんな世界を覆い尽くさんばかりの熱量を発した剣は、やがてアーサーの手の中でエネルギーを出し尽くしてぱったりと静まると、打って変わって周囲は静寂に包まれた。誰もが目を離せない、そんな厳かな雰囲気の中で、アーサーは光を受けて冷たく輝く幅広の大剣を両手でガッチリ構え、地面で腰を抜かしている男に向けて突き出した。


「俺の……勝ちです」


 男は自分が今まで何をやっていたのか忘れていたといった感じに、呆然とそれを見届けていた。しかし数瞬の後にハッと思い出したかのように目を見開くと、


「参った……おまえ……本当に、俺の息子か?」


 と、他人事のように呆れた素振りで呟くのであった。


 それを聞いていたジルがプクーっとほっぺたを膨らませる


 そしてアーサーは剣を引っ込めながら、やっぱりと言った感じにパッと顔をほころばせた。


「やっぱり、父上……父上なのですか!?」


 ウルフはそんな息子の態度にバツが悪そうな顔をしながら、そっぽを向いてポリポリとほっぺたを引っ掻いた。ああそうだ、おまえのお父さんだと言うだけのことが、何故か照れくさくて出来そうもない。


 そんな彼が地面に座りながら、渋面を作ってると、アーサーはそんな彼の照れなどお構いなしと言った感じに、剣を投げ捨て両手を広げて、一直線にダイブした。


「父上ーっ!!!」


 死んだと思っていた父親との出会いに感動が堪えきれず、涙を流してアーサーが抱きつく。


「うわっ、こらっ、やめんか……恥ずかしい」


 ウルフはそう言って、彼にすがりついてわんわん泣いている息子を引き剥がそうとしたが、そんな彼を押しとどめるかのように、ジルは二人を包み込むように抱きしめた。


「恥ずかしいことなどあるものですか。私たちは家族なのですよ」


 その言葉に観念したかのようにウルフは苦笑をすると、自分に縋り付いてべそをかくアーサーの頭をくしゃくしゃと撫でた。するとまるで癇癪をおこした子供みたいに、アーサーの声は一段と高くなって、夜空へと溶けていった。


 空にはまた、宝石を散りばめたような星々が煌めいている。そんな夜空が涙を流しているかのように、いくつもの流星が流れては消えていった。


 こうして、カンディア公爵家は15年ぶりに再会した。


 アーサーは数万の大軍を率いる大陸軍の長にして、リディア王家の聖剣を継承する当代一の魔法使いとなった。その権力も実力も絶大なものであり、もはや彼が王の中の王であることは疑いの余地もない。だが、その正体は、未だに父母が恋しい、15歳の少年であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。よろしければ是非!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ