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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
342/398

最後の亜人

 レムリアへやってきて1週間が過ぎようとしていた。その間、アーサーは毎日のように大統領に会談を申し込み、彼も快く応じてくれたのだが、それで話し合いがまとまるかと言えば、そんなわけはなかった。


 交渉はアーサーだけがするわけではなく、エリックやマイケル、その他交渉団が各方面に出向いて、大統領以外の手広い人物に粉をかけていたが、しかし、レムリアの人々は頑なにエトルリア大陸との関係を拒み、話し合いは平行線を辿るばかりであった。


 レムリアが協力を嫌がる理由は多々あったが、大まかに3つに分類できた。まず第一にエトルリア大陸に住む人々に対する不信感、第二にレムリアの資源が豊富で他国に頼らず自活出来る状況、そして最後に魔王への同情とリスペクトである。


 信じたくないのだが、レムリアの人々……特に国の重鎮になるほど魔王への信頼感が強いようだった。彼らは元々S&H社の社員であり、まだ平和だった頃のリディアの記憶が根強いのだ。


 そんな具合にアーサー達の交渉が暗礁に乗り上げている一方で、リーゼロッテ達魔法使いは、順調に修行を続けているようだった。人と会うのに忙しくて、魔法使いたちが何をやっているのかはよく知らないが、リーゼロッテの報告によると、やはりアンナの才能が図抜けていて、それを男二人が必死に追いかけてるとのことだった。


 アンナが素直に剣聖の言うことを聞いているのは意外だったが……アクロポリスで剣聖が宣言した通り、アンナは彼女に勝てなかったらしく、それが酷くプライドを傷つけて彼女のやる気を誘ったらしい。剣聖はこの調子ならすぐに自分を超えるでしょうと嬉しそうに語ったが、そうしたら復讐されるんじゃないのかと言ったら、難しそうな顔をして黙り込んでいた。


 そんな感じでアンナが修行に熱心になった代わりに、小さなリリィの相手をしてくれる人が居なくなってしまった。そのせいでよほど寂しかったのか、ここ数日は帰ってくるといつも嬉しそうに飛び出してきては、一日に起きたことを一生懸命アーサーに話してくるのだが、あまりにも内容が無くて気の毒になった。


 もっとかまってあげたいのだが、アーサーも遊んでばかりもいられない。何故か皇王が連れて行けというから連れてきたのだが、せめて同年代の友達の一人でも一緒に連れてくるんだったと後悔した。何しろ、リリィはアクロポリスでもそうだったように、意外と行動範囲が広く、目を離すとどこまで行くかわからないのだ。


 そんなある日のこと、いつものように何も得ること無く、昼食を取りに帰ってきたアーサーは、ホテルの従業員に、朝からリリィが散歩に出かけたっきり帰ってこないと言われてため息を吐いた。案の定、退屈になったリリィがどこかへ行ってしまったらしい。雪深いアクロポリスと違って凍えることはないだろうから、放っておいても多分平気だろうが、アーサーは午後の予定をキャンセルして彼女のことを探しに行くことにした。


 ここのところ、まったく相手をしてあげられなかった自分も悪いのだ。せっかく連れてきたのだから、ちびっ子だからと言って仲間はずれにしないで、いっそ交渉の席に一緒に連れて行ったり、魔法使いたちに仲間に入れてくれと頼んであげればよかったのかも知れない。そんなことを思いながら、彼はホテルを出て彼女の後を追った。


 ホテルの周りは大統領府のある官公庁街で、やけにピリピリしたムードが流れていた。場所が場所だけに元々警官が多かったせいもあるが、リディアの王子がやって来たことで、彼のことを一目見ようと街のあちこちから国民がやって来たものだから、警備が多くなってしまったのだ。


 尤も、それも初日二日目とくらべてだいぶ落ち着きを取り戻しており、今はアーサーがふらりとホテルから出てきても、道行く人々も軽く会釈する程度で通行の邪魔になることはなくなった。仮に何かしようにも、ちょっと見回せば路地の出入り口付近に、黒服サングラスがちらほら見えるものだから、流石にみんな自重しているのだろう。


 アーサーはそんな雰囲気の中、その黒服を呼び止めてリリィがどこへ行ったか尋ねて回った。黒服達は警備に支障をきたすから、出来れば自分たちは居ないものとして扱ってくれと言いながらも、親切丁寧に彼女の行方を教えてくれた。


 それによると、リリィはそれほど遠くには行っておらず、ホテルから出てすぐ隣の大統領府の中に入っていったらしい。大統領府と言っても、元はS&H社の本社だそうで、官邸のある一角を除けば役人や社員が普通に出入りしている複合施設であった。彼女はその出入りの隙きを縫ってふらりと入っていってしまったようだ。


 もしかしてリリィはアーサーを追いかけていたのだろうか? それにしても、何もこの中に入らなくてもいいのに……


 本当なら午後もここに来る予定だったのをキャンセルした手前、入っていくのを人に見られるのはちょっと気まずかった。アーサーは仕方なく裏手に回ると、一般社員の出入り口からコソコソと中に入っていった。


 とは言え、今やアーサーはこの国で最も話題の有名人である。到着した時の歓迎式典や、大統領との会談で、何度も新聞記者に写真を撮られて、一般人にも顔が知られていたので、社員や役人たちとすれ違う度に「えっ?」っと言った顔をされてしまう。


 それじゃバツが悪いので、リリィを探していることも忘れて、彼は大統領府の中の人の居ない方へ居ない方へと歩いていった。だから本当にそれは偶然に過ぎなかったるのであるが……そんな彼が人目を避けて、中庭を通り過ぎて、晴れた日には快適そうなベンチがある広場を横切って、ずんずんと奥へ向かっている時だった。


 ドゴオオオォォーーーーンッッ!!!


 っと、どこからともなく猛烈な爆発音が聞こえてきて、アーサーは咄嗟に近くの茂みに転がり込んだ。


 前線暮らしをしていたせいで、ほぼ反射的な行動だったが……考えても見ればここは前線とは程遠い海の向こうの大陸である。エルフが出てくるわけがない。アーサーは自分の行動に赤面すると、気を取り直して今の音はなんだろうと、辺りの様子を窺った。


 場所が場所だけに、あれだけの爆発音がすれば、普通なら人が集まってきそうなものである。だが、見た感じ大統領府は平穏そのもので、誰ひとりとして騒いでるものは居ない。


 ドゴオオオォォーーーーンッッ!!!


 そうこうしていると、二回目の爆発音が聞こえてきて、相変わらず周囲が落ち着いているところを見ると、どうやらこれは日常的にある現象のようだった。ここ数日、何度も大統領府を訪ねてきているのに、全く気づかなかったのは、これが官邸から遠い場所だからだろうか?


 アーサーが爆発音を頼りに歩いていくと、やがてコンクリートむき出しの武骨な四角い建物が見えてきた。高さは4階建てくらい、広さは練兵場がそのまま入ってしまいそうなくらい大きい、見た感じ工場風の建物である。


 アーサーが開いていた入り口から中を覗くと、すぐ近くでクレーンにぶら下げられた巨大な筒から、ゴオオーーッ……とガスバーナーみたいな炎が吹き出ているのが見えた。筒は床と天井から延びるワイヤーで固定されており、反対側はグニャグニャとスパゲッティみたいな配管が伸びている。何の機械だろうか? と思いながら周囲の様子を探ると、他にもよく聞けばあちこちからチュイーンっと金属を切断するような音や、バチバチと火花を散らして金属を溶接するような音が聞こえてくる。


 そんな光景に目を奪われていると、


 ドゴオオオォォーーーーンッッ!!!


 っと……先程から外まで聞こえていた、一際大きい音が聞こえて、続いてドスンと地響きがした。


 何しろ凄い音だから、アーサーはドキドキしながらそちらの方を見れば、直径は10センチくらいで、長さは物干し竿くらいの筒から、モクモクと硝煙のような青白い煙が上がっているのが見えた。そこから少し離れた場所には、1メートル四方はあるコンクリートブロックが置かれていて、それがパッカと真っ二つに割れている。


 なんだありゃ? と思いながら見ていると、工員らしき男たちがその割れたブロックのところへワラワラとやってきて、何かを熱心に調べてからそれを片付けて、また同じ大きさの新しいブロックを持ってきた。そしてブロックをセットした工員たちがそこから離れて暫くすると、先ほどの物干し竿の横に居た男が何やら操作をしたかと思えば……


 ドゴオオオォォーーーーンッッ!!!


 っと、さっきから聞こえていた音が建物いっぱいに響いた。


 その衝撃に目をチカチカさせながらコンクリートブロックの方を見てみれば、さっきみたいに真っ二つに割れている。アーサーは感嘆のため息を吐いた。間違いない。あの物干し竿みたいな物から飛び出した何かが、あの重そうなコンクリートブロックを吹き飛ばしているのだ。


 するとあれは物干し竿に見えて、大砲並みの威力がある兵器なのだろうか? いや、コンクリートの吹き飛び具合からすると、エトルリアにある並の野戦砲など目ではない。あんな細い砲身で、どうやってあの衝撃を受け止めているんだろうか……


 そんな具合に彼が驚愕に目を丸くしていると……


「大変恐縮ですが殿下……ここは立入禁止となっておりまして……」


 気が付けば彼の周囲を取り囲むように、黒服サングラスが立っていた。


 その人数やピリピリとした空気から察するに、ここはよほど見られたくない場所だったようである。それでアーサーは、すぐにこの場所がレムリアの兵器廠であることに気がついて、しどろもどろになった。


 偶然入ってきてしまっただけとは言え、自分はこの兵器を売ってもらいたくて交渉にやってきたのだ。まるでスパイみたいではないか。彼は慌てて、


「いやいや、違うんだぞ? 人を探していたら偶然にここにたどり着いただけであって……」

「それはわかりましたから」

「いや、本当なのだ。そんな目で見るな」


 そんな具合にアーサーがペコペコと謝っている時だった。


「あ、王子~!」


 その兵器廠の奥から、ひょっこりとリリィが現れて、黒服たちに囲まれているアーサーの元へテクテクと駆け寄ってきた。その手には何かの書類が握られており、彼女はアーサーに飛びつくと、それを彼の顔に押し付けるようにしながら、


「はい。王子が欲しがってたもの見つけてきたよ。だからもう早くおうちに帰ろう。ここは退屈でつまらないよ」


 おそるおそる書類を開いてみれば、そこにはびっしりと数式やグラフが書かれており、その他にも例の機関銃や飛行機のイラストや、それについての記述があちこちに見受けられた。


 一目見てヤバゲな文書を手にしながらアーサーは、


「いやいやいや、違うんだぞ? 俺は別にこの子にこんなもの探してこいなんて……」


 そんな具合に必死になって弁解している時だった。


 オーバーアクションにようやく気づいたのだろうか、物干し竿をいじっていた男がオヤっとした顔で振り返ると、黒服に囲まれてしどろもどろになっているアーサーの姿を見つけて、驚いたような顔をして駆け寄ってきた。


「おや、もしかしてアーサー殿下ではございませんか? わざわざこんなところまで、お越しくださったんですか? ……君たち、殿下が見学を希望してらっしゃるなら、構わないよ」

「しかし、リオン博士……」

「大統領は殿下に全ての行動の自由を認めているはずだ。別にここを見られたところで、大した問題はないんだよ?」


 リオン博士と呼ばれる男性がそう言うと、黒服達はお互いに顔を見合わせてから、渋々と言った感じに一礼して去っていった。


 アーサーは、多分大統領に告げ口されるんだろうな……とそれを見送ってからバツが悪そうに振り返り、改まって男性に礼を述べた。


「いや助けてくれてありがとう博士。でも本当にここに来たのは偶然なのだ。あなた方の研究を盗みに来たわけじゃないんで、それだけは信じてくれないか」

「ええ、分かってますとも。そこに居るリリィちゃんに、それを渡したのは私ですから」

「え、そうだったのか?」

「大統領との交渉に難儀しているようですね。別に、ここで見られて困るようなものはありませんが、危ないから勝手に入っちゃいけないよと言って、お土産にそれを渡しただけです」


 そう言って彼は、渡した資料をもっとよく見ろと言ってきた。


 さっきは慌てて大変なものを手にしてしまったと思っていたが、よくよく見てみればそれはただのマニュアルやカタログに近いもので、大したことは書かれていなかった。


 その最後のページには彼の内線番号が書かれており、何かわからないことがあったら、気軽に電話してきてくれと書かれている。どうやら、今エトルリアの前線にある機関銃を発明したのは彼らしく、それがちゃんと戦場で運用されているのか気になっていたようだ。


「私は作ったら作りっぱなしですから、それがちゃんとエルフに通用するのか気になっていたのです。レムリアにはエルフが居ませんからねえ……」

「なんと! あれを作ったのはあなただったのか。本当にありがとう、リオン博士。あなたの発明品のお陰で、多くの人々が救われた。あなたは我々の救世主だ」

「いや、救世主だなんてとんでもない。私はすでにあったものを組み立てただけです。それに……あれはまだまだ欠陥品みたいなものですからねえ」


 そう言ってため息をつく彼を見ていると、どうも謙遜で言っているわけではなさそうだった。とても信じられないアーサーは目を丸くして、


「あれが欠陥品なんてとんでもない。俺たちは防衛線を突破され、為す術がなかった。それがなんとかなったのは、あれのお陰なのだぞ?」

「欠陥品ってのは言いすぎでしたかね……」

「何がそんなに気に入らないんだ?」

「それは……ガトリングガンを触ったことがあるならご存知でしょう。あれはとんでもなく重い」


 確かにその通りだ。台車が無くては動かすことも出来ないから、前線では固定して使っている。基本的に大砲と同じ運用法なのだが、それがエルフに通用するは弾幕兵器だから、命中精度を気にしないで良い点にある。その辺のことを彼は欠陥と言っているのだろうか。


 アーサーがそう尋ねると、博士は首を振って、


「そうですね、運用が限られるのもそうなのですが……一番の問題は、あれは重すぎて今の飛行機に載せると、他に何も載せられなくなってしまうことなんですよ。今のエンジンで、あの大きさの機体を飛ばすには、せいぜい積載量は700キロがいいところなのです。それはパイロットや燃料も含めますから、機関銃を載せてしまうと本当にいっぱいいっぱい、あの飛行機は相当無理して飛ばしているのですよ」

「そ、そうだったのか……」

「あれは分速200発の速度で弾を撃ち出し、広範囲にばらまくことで目的に当てるわけですが、現状だと1000発も載せれば限界で、すると交戦時間は5分間が限度。これでは戦闘にならないでしょう? せっかく高所を取れると言う利点があるのに……だから根本的にあれの重量を減らすか、もっと別の兵器に切り替えていかねばならない」

「そ、そうだな……」


 興奮して早口に喋るリオンを相手に、アーサーはタジタジになりながら相槌を打つのが精一杯だった。彼はそんなアーサーの様子など気づきもしない感じで、更に自分の言いたいことをべらべらと喋ると、先ほどから彼が弄っていた物干し竿を指差し、


「それで、あの無反動砲を作っているんですよ」

「無反動砲?」

「ええ。あれはあの大きさで、重量50キロにも満たないものですが、その威力は大砲に匹敵する。しかも、射撃時の反動が無いから、人間が肩に担いで撃つことが可能なのです」

「な、なんだって!?」


 リオンの言葉を要約すれば、人間が肩に担げる大砲を作っているということになる。そんなことが可能になれば、今までの戦場が激変することは間違いないだろう。それなのに、目の前の男はその仕組みを喜々としてアーサーに語って聞かせるのである。


「台車に乗せた大砲を撃つと、ドンッと跳ね上がって後方に動くでしょう? あれは砲弾を撃ち出したあと、それと同じ衝撃が大砲に伝わるからですが……じゃあ、両側に穴の空いた筒の中に、弾丸・火薬・弾丸の順で詰めて火を付けたらどうなるでしょうか? 逆方向に飛んでいく弾丸がお互いの反動を相殺して、筒に伝わる衝撃が無くなります。衝撃を吸収する必要がないなら、筒は発射時の衝撃に耐えられればそれだけで良く、その分軽くすることが出来ます。後方に同じ威力の弾が飛んでく事になりますが、空の上なら後ろを気にすることはないので、これなら飛行機に搭載しても弾数が稼げるし、運用が十分に可能でしょう?」

「なるほど、射撃時の反動を利用するのか……」


 アーサーは感心すると、自分の愛用している銃を取り出し、


「実は俺も前々から気になっていたのだ。俺の持つライフルも射撃時の反動で、薬莢が遊底に張り付く。俺はこの力を利用して、薬莢を取り出す手間を省けるんじゃないかと色々と試していたんだが……これが応用出来ないかな」

「どういうことですか?」


 問われると、アーサーは実際に自分のライフルを撃って見せ、まだ衝撃が残ってる最中に中折式の遊底を開き、ブルブル震えながら空薬莢が落ちてくるのを見せた。リオンはそれを見て感心しながら、


「そうか……噴出するガスを抑えるために薬莢にはその衝撃が全部伝わっている……なら遊底をバネで押さえつけて反動でスライドするようにしておけば、排莢の手間が省ける……いや、バネの仕掛けをもっと工夫すれば、排莢だけじゃなく装填も可能なんじゃないか……もしかして、ガトリングガンなんて、始めから作る必要なんてなかったのでは……?」


 リオンはそんなことをブツブツつぶやきながら、近くにあった机の上に取り出したノートに、何かを書き入れることに没頭し始めた。もうアーサーのことなど忘れてしまったかのような集中っぷりには戸惑ったが、彼の以前から抱えていた疑問がリオン博士の何か役に立ったのなら良かったと、邪魔をしないように黙って側の椅子に腰掛けた。


 やがて、アーサーとリリィが退屈しのぎにあやとりをしていると、リオンがハッと我に返り、ようやく元の世界に戻ってきたと言わんばかりに、


「失礼しました……お客さんが来ているというのに、つい」

「気にしないでくれ。俺の言葉が何かのヒントになったのなら良かった」

「ヒントどころじゃありませんよ。これは大発見だ……」

「そうか。あの機関銃や飛行機を発明した博士の役に立てたのなら光栄だ」


 アーサーがそう言うと、リオンは一瞬だけ目を丸くしてから、バツが悪そうに苦笑しながら、


「いえ殿下、あれを発明したのは私じゃありませんよ?」

「え? そうなのか?」


 そして博士は、ポカーンとしているアーサーに向かってとんでもないことを言い出した。


「ええ、あれを作ったのは私の父……そう、今は魔王と呼ばれている方です……」

「な、なんだって!?」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね……」


 そう言って彼が被っていた帽子をとると、そこにはまるで猫みたいな耳がぴょこぴょこと動いており、


「私はリオン・但馬、魔王の息子にして、この国に残った最後の亜人です。殿下におかれましてご機嫌麗しく、今後ともお見知りおきのほどを」


 アーサーは度肝を抜かれて、思わず一歩二歩とよろけるように後退った。亜人……かつてエトルリア大陸にも居たとされる、人間と獣のハーフのような人類は、アーサーが生まれた頃にはもう大陸から居なくなっており、彼は亜人を見たのはこれが初めてだったのだ。


 驚愕するアーサーに対して、リリィの方はことの重大さが分かってないらしく、リオンの頭でぴょこぴょこと動く耳を見て、物珍しそうに手を伸ばした。彼がしゃがんで頭を差し出すと、リリィはそっとその耳を撫でるようにして触り、はぁ~っと感心したようにため息を吐いた。


 そんな優しい光景を見ていたら、いくら珍しいからと言っていつまでも驚いていたら相手に悪いと思い、アーサーはゴクリとつばを飲み込むと、


「すまない。亜人と会ったのは生まれて初めてだったから、少し驚いてしまったのだ」

「構いませんよ。悪気がないことは分かりますからね」

「そ、そうか……それにしても……」


 アーサーはその驚きを頭の中から追い出すように、ブルブルと首を振ると、それよりももっと気になることを尋ねた。


「あの機関銃も飛行機も、あなたの発明では無いというのは……」

「本当ですよ。あれを作ったのは、私ではなく父・但馬波瑠です。正確に言えば、作ったというより、それに必要な理論と設計を残していたのです」


 リオン博士が言うには、但馬は彼が不敬罪で拘置される直前まで、日課のように自分の持てる知識の全てを一冊の本にして残していたらしい。但馬手稿と呼ばれる未完の技術書は、エルフに占拠されたリディアから脱出する際、博士が持ち出したもので、新大陸に逃れてきたは良いものの、難民だけでどうやって生きていけばいいのか分からず、途方に暮れていた人々を大いに助けた。


 しかし、こうして落ち着きを取り戻したリディア難民たちであったが、生活が安定してくると、但馬手稿のあり方について意見の食い違いが出始め、貴族と平民に別れて争いが起きた。


 丁度その頃、エトルリア大陸の方へ逃れたリディア貴族は、カンディアの領有でミラー伯爵家に敗れ、その巻き返しのためにレムリアを欲したのだ。


 これに激怒したのがタチアナで、彼女はカンディア・レムリアの双方で陰謀を巡らせる貴族たちを排除するべく、レムリアの人々を説得した。人々は何かにつけて国の危機を理由に挙げては横暴に振る舞う貴族に嫌気が差していたこともあり、彼らはS&H社社長フレデリック・ロスを初代大統領として、但馬手稿を守るために、リディア王家から独立した新国家レムリア共和国を樹立した。


 こうして悪しき考えを持ったリディア貴族は殆ど居なくなったが……


「しかし父が手稿を残したのは、人類同士が争うためではありませんでした。彼は人類が魔法なしでもエルフと戦える能力を有することを願っていたのです。それが人間同士のクーデターなどというただの権力争いで、志半ばで理不尽に殺された……父が、人類を憎んだとしても仕方ないのではないでしょうか……


 だから我々はこの力を人間と争うことに使うのはやめようと、リディア貴族を追い出した後、もう大陸に関わらないようにしたのです。父の残した技術で、父を攻めるのはおかしいじゃないですか……例え今、エルフを操っているのが彼だとしても」


 人類が追い詰められているのは確かだが、先に魔王を追い詰めたのは人類の方だ……数日前に大統領が言っていた言葉が身に染みる。彼らはこの15年間、魔王の残した技術を頼りに生きてきた。


 そしてまさか、魔王討伐のために自分たちが喉から手が出るほど欲しがっていたものまでもが、魔王が作ったものだとは思いもよらず、アーサーは何も言えなくなった。


 そして、レムリアにやって来たアーサーは何も得るものがないまま、日数だけがどんどんと過ぎていったのである。


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