新大陸のS&H社
圧倒的な火力でもって、エルフを撃退した謎の艦隊。その艦橋の上には玉葱とクラリオンの旗が棚引いていた。それはかつて世界の海を支配したアナトリア帝国の海軍旗であり、その正体は未だに判明していなかったが、エルフに追い詰められた大陸軍を援護してくれたことからしても、人類にとって救いの神になりうる存在だと思われた。
空を飛ぶ兵器と艦隊からの強烈な艦砲射撃を前に、あのエルフが為す術もなく散り散りに逃げていく姿を確認すると、ついさっきまで敗北ムードだった大陸軍は、棚ぼた的な勝利に沸き上がった。
上空を飛び回っていた数機の飛行機は、機銃掃射でエルフを森に追い込むと、最後にフリジア上空で旋回してから海の向こうへ去っていった。恐らく、沖合に浮かぶあの艦隊と合流するのだろう。
アーサー達大陸軍はその飛行機を追いかけるかのように、救世主を迎え入れるべく港へ走った。みんな思い思いに熱烈な歓迎の言葉を叫びながら、彼らがやって来るのを今か今かと待っていた。ところが、飛行機を回収した艦隊はそのまま船首を沖へ向け、フリジアに上陸しようとはせず、さっさとどこかへ帰っていってしまった。
お祭り騒ぎでヒーローの到着を待っていたアーサーたちは、思わぬ肩透かしにポカーンとなってしまった。せめて礼くらい言わせてほしい、いや、そもそもあれは何者なのだ? そんな疑問は尽きなかったが、ともあれ絶体絶命のピンチを乗り切ったのは確かである。その安堵感から、みんな肩を抱き合って、あるものは喜び、あるものは泣き、その勝利に酔いしれた。
アーサーはその光景を胸を熱くしながら眺めていた。まだまだ烏合の衆とは言え、自分が初めて組織した軍である。その初陣が飾れて本当に良かった。それにしても本当に、あの艦隊は何だったのか……? それは意外なところからの情報で判明した。
「……レムリア?」
「ああ、そうだよ。あれはレムリアの艦隊だよ、坊っちゃん」
エルフの撤退後、破壊された城壁の瓦礫を片付けていると、カンディアの方から一隻の船がやってきた。何しろあの戦闘の直後だったから、きっとあの艦隊が帰ってきたのだと思ったアーサーは、フリジア子爵と一緒にそれを出迎えたのだが、残念ながらそれは例の艦隊ではなくてコルフからの船だった。
乗っていたのはアトラスの母ランで、こんな時に突然何の用だろうと思ったら、彼女は防衛に役立つものを持ってきたと言って、とある武器を船から降ろした。
それはあの飛行機が装備していた機銃だった。
複数の砲身を回転させながら弾を発射する、いわゆる重機関銃と呼ばれるもので、連射性能は高いが重すぎるために台車に乗せられたそれを前にして、アーサーは泡を食って、ランにこれをどこで手に入れたのかと尋ねた。
すると彼女は新大陸にある植民地国家、レムリア共和国の名前を出し、
「忘れてるかも知れないけど、坊っちゃんたちがアクロポリスに向かったのと同時に、私もレムリアと交渉しに出かけただろ。正直だいぶ渋られてね……どうにかこうにか、こいつの売買契約だけは交わせたんだが」
なにやら紆余曲折があったようだが……ともかく、重機関銃を手に入れたランだったが、それを大量購入して戻ってきたところで、例の魔王の宣戦布告があり、合流する間もなく戦線があっという間に崩壊してしまった。
フリジアには上陸できず、大陸鉄道も止まってしまって、アーサー達との連絡が取れなくなり、慌てた彼女が契約相手のレムリアに泣きついたところ、例の艦隊を派遣してくれたらしい。
「フリジアまでは商品を運んでやるから、あとは勝手にしてくれと。それで近くまで来たら、あんた達がやられる寸前だったのさ。ジョンストン提督は、あそこに坊っちゃんが居るって言ったら、それじゃ放っておくわけにもいかないと手助けしてくれたんだが……」
「ジョンストン提督! アナトリア海軍の大佐ではないか。じゃあ、あの旗はやっぱりアナトリア海軍を模して掲げていたのか?」
「あ、いや、そうじゃない。そうでもあるんだが……あれはレムリアの国旗なんだよ」
「国旗?」
「ああ、国旗と言うか、社旗って言ったほうが正しいのかも知れないな……あの国はリディアからの避難民が、S&H社の資本を元に興した国なのさ。つまり、あれはS&H社の私設軍隊だ」
「S&H社!」
アーサーは飛び上がって手を叩いた。その名を聞くのは歴史の授業が最後だった。かつてリディアにあったと言われる国営企業で、次々と新たな兵器を生み出し、帝国の版図拡大を助けたと言われる大企業のことである。
「いや国営企業じゃなくて私企業なんだけどね……」
「あの会社が残っていたのか……それにしても不便な新大陸で、あれだけの軍事力を誇る国が存在したとは……どうして今まで知られていなかったんだろうか? ともかく、これは行幸だぞ。元リディア人が作った国なら、リディア奪還を目指してると言ったら手を貸してくれるに違いない。あの空飛ぶ兵器さえ手に入れば、今度こそ魔王にだって勝てるはずだ!」
するとランは渋面を作って、ボヤくように、
「だと良いんだけどね……」
「何か問題でもあるのか?」
「相手は商人でシビアな上に、ちょいと訳ありでね……まあ、口で説明するより、直接会って話して見てくれないか。今、シドニアに古い友人が遊びに来ている。実はレムリアの大統領夫人なんだが……」
「なに? だったらすぐにでも会いに行こう。待たせては悪い」
「いや、すぐに居なくなるわけじゃないんだし、こっちの方を優先しな。エルフを追い返したとは言え、奴らが完全に居なくなったわけじゃないんだから、早くこのガトリングガンを前線に届けないと、大変なことになる」
ランの言葉に従って、アーサーは後ろ髪を引かれながらも、大逆転を伝えるためにビテュニアへと急いで戻ることにした。自然と沸き上がってくるウキウキする気分が抑えきれなかった。
野戦ではエルフに太刀打ちできず、尻尾を巻いて逃げ帰るしかなかったアスタクスの兵士たちは、フリジアで孤立したはずの大陸軍が意気揚々と帰ってくる姿を見て仰天した。
フリジアは完全にエルフに包囲されており、陥落するのは時間の問題で、せめて脱出のための船を用意しようと、イオニア国や沿岸の都市と連絡を取りあっていた最中だったのだ。
ビテュニアでリリィの副官として陣頭指揮を取っていたサリエラは、アーサーの無事にほっと胸を撫で下ろしつつ、彼らがどうして助かったのかその経緯を尋ねた。
すると大陸軍の兵士たちは口々に自分たちが見たレムリアの超兵器と、それに為す術もなく追い散らされ、逃げ惑うしかなかったエルフの姿を声高に喧伝し、ランが持ってきた重機関銃を褒め称えたのである。
レムリア艦隊から発進した飛行兵器がこの機関銃を積んで、空からエルフを一方的に攻撃すると、奴らは為す術もなく逃げていった。その勇姿を夢のように語る大陸軍兵士の姿に、エトルリアの人々は喜びの声をあげた。
何しろ、つい最近ボコボコにされた相手である。人類はその最終防衛ラインを突破され、もう背後には首都しか残っていなかったのだ。ここを抜かれたら最後と、悲壮な決意で女子供まで動員して塹壕を掘っていた矢先、強力な兵器が出てきたとあったら喜ばないわけがない。
そして早速とばかりに、前線に配備されたその機関銃は実際にその有効性を示してみせた。
大陸軍がビテュニアに凱旋がてら、各地に届けておいたその兵器が、偵察のようにふらりと現れたエルフを、ものの見事に蜂の巣にしたのである。
最大分速200発の連射機能を持つレムリアの機関銃は、とにかく単位時間辺りに大量の弾をばらまくことに特化した兵器であり、命中精度を犠牲にしている代わりに威力が高い。それをなんとなく敵の居る方に連射するので、当たれば大概のものは吹き飛ぶ。エルフの防御魔法も例外ではなかったと言うわけだ。
実際問題、大砲の弾に当たればいくらエルフでも防御しきれないのは昔から知られていた。なのに大砲が前線で運用されてなかったのは、その命中精度が低かったからである。ところが、この兵器はその命中精度が低いことを逆手に取って、高威力の弾を大量に撃ち出すことだけを考えて作られたらしい。数撃ちゃ当たるの精神である。
ともあれ、これさえあれば、エルフの数を効果的に減らせるので、大攻勢であってももはや怖くない。ランがレムリアから持ち帰った100丁ほどの機関銃が前線に配備されると、その有用性はエルフの脅威に怯えていた人々を安堵させた。そしてレムリアの名前はあっという間に浸透し、コルフ共和国は唯一国交がある国として大いに株を上げた。
それにしてもアーサーも同じことを考えたが、これだけの軍事力を誇る国が海外にありながら、その存在が全く知られていなかったのは何故だろう。何か深い事情でもあったのだろうかと、それなりに立場のある者たちは警戒したが、一般人達はそんなの関係ないので、ただその新しい兵器の恩恵を享受し、エトルリア大陸ではレムリアフィーバーが起こった。
彼の国は信じられないことに空飛ぶ兵器すら持っているのだ。この兵器にエルフは為す術もなかったらしい。一度は人類滅亡という最悪のシナリオまで考えていた人々は、レムリアというヒーローが現れたことに酔いしれたのである。
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「……協力できない?」
「はい。我々レムリアは大陸の揉め事に関与するつもりは一切ありません」
重機関銃が前線に配備されてから暫くたち、新たな防衛線を築いた人類は次の段階へと進もうとしていた。一度追い詰められたことで結束を固めた人類は、それまでのエトルリア大陸からのエルフの排除という消極的な策ではなく、魔王討伐という積極策へと論調がシフトしていた。
先の大襲撃が魔王によって引き起こされたことは明白であり、また、その動きが指揮された軍隊そのものであったことから、これを操る魔王こそが人類の最大の脅威であることに人々は気付かされたのである。ただでさえ強いエルフ、個を相手するのと、集団を相手するのとでは段違いなのは言うまでもない。
ただ、こちらから打って出ていって先制攻撃を仕掛けるには、強力な艦隊か、あの空飛ぶ兵器が必要である。フリジアから帰ってきた大陸軍の証言はすでに語り草となっており、人々はその両方を持っているレムリアの参戦を心待ちにしていた。
アスタクス方伯はそんなレムリア参戦を目的として、大陸軍首領アーサーに交渉を命じた。アーサーはこれを受け、大統領夫人が滞在中だというシドニアへ急いだ。
しかし、ランという仲介者が居るのだから簡単だろうと楽観視していたアーサーは思わぬしっぺ返しを食うことになる。コルフ臨時政府に滞在していた大統領夫人タチアナ・ロスは、レムリアの参戦をはっきりと拒絶してきたのである。
「拒否……するだと? 魔王が人類を滅ぼすと言ってるのに?」
「はい」
「も……もう、揉め事なんていう状況ではないんだぞ? このところの大攻勢で、信じられない数の人間がエルフに殺されたのだ。それを知らないわけではあるまい」
「もちろん。ジョンストン提督から聞いております。彼が見るに見かねて手助けしたとも」
「そ、そうか……もしかしてレムリアは海軍国家で、陸上戦力が無いんだな? だったら、兵器を売ってくれさえすれば、魔王と戦うのはこちらがやるからそうしてくれないか。すでにそれだけの兵力を用意してあるんだ、あとはそれに見合う兵器があればなんとかなる。アスタクス方伯も金に糸目は付けないとおっしゃっている。いくらでも吹っかけてくれてかまわないぞ?」
「お金の問題ではないのですよ。我が国からこれ以上の兵器の供与はいたしません。ガトリングガンがあれば、防衛だけはなんとかなるでしょう。あれだって渡したくは無かったのですよ? ですが、あれがなければ、あなたがたは戦えないというから、仕方なく……」
そう言うタチアナの視線が冷たくて、アーサーはプライドを挫かれた思いがした。だが、自分のプライドなどこの状況で気にしてる場合ではない。彼はもの凄い忍耐力でそれを我慢すると、冷静に話を続けた。
「だったら、あのジョンストン艦隊を貸してもらえれば、それだけでもいいのだが……?」
「ご冗談を。あれこそが我が国最大の軍事力、それを他国に貸し出すなどあり得ません。アーサー様。ランさんは私の命の恩人です。それに、あなたの叔母様は私の一番大切な友人でした。だからこんなこと言うのは、大変心苦しいのですが……率直に申し上げまして、甘いんじゃありませんか? 情に訴え掛ければ、なんでも都合よく進むと考えていらっしゃるのであれば、それは大間違いです。我々、レムリアからエトルリアの人々に言えることはただ一つ、ご自分のお尻はご自分でお拭きなさい。もしくはお母様に拭いてもらいなさい」
その辛辣な言葉にアーサーは思わずカッとなった。さっきから下手に出ていたら言いたい放題、一体どう言うつもりであろうか。金に糸目はつけないと言ってるのに、さらなる譲歩を引き出そうとしてるのか。それとも、アーサーをいたぶって優位に立とうとしているのだろうか。この世界の危機に、新興国が自分たちを大きくみせようとしているだけなら許せないと、アーサーは怒りを噛み締めながら言った。
「こちらがお願いする立場だと言うことはわかっている。だがいくらなんでもその言い草はない、他人事すぎないか……今は人類が一丸となって魔王と戦おうとしている時ではないか。あなた方が何を考えているか知らないが、それに水を差すようなことをして、本当に人類が滅亡したらどうするのだ。俺達がやられたら、次は貴様らだぞ」
「おっしゃるとおりですね。そのために我々は自衛手段を用意していました。魔王が現れたのは15年前、人類に破滅を与えると宣言したのもその当時。なのに、エトルリアは今まで何をしていたのですか? 我々は我々だけで戦えますよ?」
タチアナは、流石外交を託されただけあって、一歩も引くこと無く鋭い視線を浴びせかけてきた。どれだけの修羅場をくぐったのか知らないが、最初に感じた柔和な女性という印象とはかけ離れた迫力に、アーサーは思わず怯んでしまった。
「我が国には、トリエルからの難民がおります。彼らが何故我が国にやってきたか、ご存知ですか? 彼らはエルフに襲われたわけではなく、人間に襲われたのですよ。ある日、シルミウムの無法者たちが国境を越えてきて、亜人は虐殺され、鉱山は爆破され、泣く泣く住み慣れた土地を離れなくてはならなくなったのです。魔王が人類を攻めると宣言しているにも関わらず、人間が人間の国家を滅ぼしたのです。その時、あなた方は何をやってらしたのですか」
アーサーは言葉を無くした。まったく、何も言い返せなかった。ぐうの音も出ないとはこのことだ。
「魔王に攻められるのはエトルリア人の自業自得でしょう。同胞と争い、本当の脅威から目を背け、備えようとしなかった。そんな人達が、いざ自分たちがやられそうになったから助けてくれと言ってきたところで、信じられますか? 大変だからと言って助け合えますか。仮に私達が協力して、大陸の方々に兵器を分け与えたとしましょう。それで魔王を倒した後、あなた方は何をなさるつもりでしょうか……今度は我々を滅ぼすつもりなんじゃないですか……? はっきり申し上げまして、あなた方は信用できない。ガトリングガンの提供さえ、我々としては抵抗があったのです」
タチアナが大陸に向ける不信感は根強く、また説得力のあるものだった。兵器は人間を守る力と言うだけではない。邪なものが使えば、人間を傷つける道具にもなりうる。そのことを、彼らは心のそこから理解しているのだ。
「あなた方、エトルリア人は間違えたのですよ。猶予は十分にあったのです。なのに何もしなかったのですから、もうロディーナ大陸なんて放棄すればいい。我々も鬼ではありませんから、難民がくれば受け入れてあげます。ただし我が国は他国を裁きませんが、我が国の法に従って無法者は裁きますよ。特にかの国の無法者は、我が国に近づいただけで海に沈めてやるとお伝え下さい」
殺伐としたタチアナの言葉が耳に痛かった。やがて話し合いは一方的な非難に変わっていき、アーサーの説得ははっきりと失敗に終わった。彼らは大陸の貴族社会にうんざりしているのだ。彼らの立場からしてみれば、エトルリア大陸の人々は傲慢にしか思えないのだろう。
今のアーサーは、この不信感を払拭する言葉を持ち合わせていなかった。