これで三人……となると、もう一人
「てめえ、このリーゼロッテさん。どうして逃げやがったんだ。ああん?」
テーブルをガンガン叩きながら、エリックが睨めつけるような視線でリーゼロッテの顔を凝視した。彼の持ってきた懐中電灯の強い光を浴びせられて、彼女は眩しそうに顔を背けながら、
「べ、別に逃げたわけじゃないですよ。眩しいからそれをどけてください」
「人のことボコボコにして、思いっきり逃げてたじゃないですか。いや、さっきのはまだ良いとしても、昼間は城門にリリィ様を置き去りにしていったのは言い訳立ちませんよ。リリィ様泣いてましたよ」
「うっ……何かあったんですか?」
犯人を追い詰めるベテラン刑事みたいにリーゼロッテを詰問するエリックをどかして、アーサーが代わりに答えた。
「俺達がアクロポリス入りしたら、リリィ様が出迎えてくださったのですが、すぐに親衛隊がやってきて誘拐だなんだと難癖つけられまして……リリィ様が抗議していたのですが、あなたが居ないからか言い分をまったく聞いてもらえず、結局、俺達は連行されてしまったんですよ」
「坊っちゃんの身分が確かじゃなかったら、俺たち今頃まだ豚箱ですよ? 来るって分かってたんなら、直前で逃げ出さないでくださいよ」
「う、うーん……」
手芸屋から逃げ出そうとしたリーゼロッテを捕まえた一行は、取り敢えず、どうして彼女が逃げたのかその理由を追求するため、店の中へと連れ戻した。
男には容赦ない暴力を振るうリーゼロッテも、子供には弱かったらしく、しがみついてくる小さな子供を振り払うことが出来ずにオロオロしているところを、いまいち事情が分からないと言った感じのアトラスにとっ捕まった。
彼女はそれでもまだ逃げ出そうとしてキョロキョロしていたが、恐らく一行の中にアンナの姿がないことを見て取ると、どこかホッとした表情をしてから大人しく捕まってくれた。アーサーはきっと、それが彼女が逃げ出した原因だろうと思い、
「剣聖様。もしや、アンナに会いたくなくてこのような行動を?」
「……そうです。あなたのお母様から、アンナが来ると手紙をいただきまして、これも宿命かと彼女に糾弾されるのも仕方無しと思ってはいたのですが……最後の最後で怖気づいてしまいました……リリィ様に迷惑をかけるつもりは無かったのですが」
「そうだったのですか」
「やはり……アンナはまだ私のことを恨んでいるのでしょうか?」
アーサー達は顔を見合わせた。嘘や気休めを言っても仕方ないので、少々気の毒には思ったが、
「正直なところ、彼女をここまで連れてくるのは難儀しました。それでも最後には俺の説得に応じて、一緒に来てくれたのですが……今は親衛隊とトラブルを起こして姿をくらましてしまいまして……」
「そうでしたか……あの子が怒るのも無理はありません。私が、あの子のお母さんを殺したようなものですから……」
「それなのですが……本当にアンナの母親は、魔王に殺されたのですか? ランさんやアンナからもある程度のことは聞いています。ですが、その状況がいまいち飲み込めないのです。何故、魔王は自分の女に手をかける必要があったのか……直接あなたの口から真実を聞きたくて、俺はあなたに会いにやってきました。剣聖様、思い出すのも嫌なことかも知れませんが、10年前に何があったのか、どうか教えて貰えないでしょうか」
アーサーがそう言うと、リーゼロッテは少しぼんやりとした遠い目をしてから、視線を彼から外してすぐ隣に座っていたアトラスの方へ向けた。彼女は、大人でもチビってしまいそうなアトラスの鋭い眼光を物ともせず真っ直ぐ見返すと、どこか優しげに表情を崩して、
「アトラス君ですね。すぐにわかりました。顔はお母さん似みたいですが、どことなくエリオスさんの面影があります」
「まあ、剣聖様にそう言ってもらえると嬉しいわ。私はパパのことはよく知らないの」
「……私はあなたが生まれてすぐ、まだ平和だったコルフであなたに会ったことがあります。あの頃エリオスさんはリディア大使をやっておられて、コルフの友人方に囲まれながら、あなたのことを自慢してらっしゃいました」
「剣聖様はパパともお知り合いだったのね。なら喜んで、実はこの間、死んだと思っていたパパが生きているのを見つけたの。パパは……魔王の手先として人類と敵対しちゃってるみたいだけど、私にはとても優しくて元気そうに見えたわ」
「そうですか……やはり、エリオスさんも生きてらしたのですね」
アーサーはリーゼロッテのつぶやきを聞き逃さなかった。彼は二人の会話に割り込むようにして言った。
「剣聖様。エリオスさんも……と言うことは、他にも死んだと思っていたのに、生きていた人物に心当たりがあるんですね?」
「ええ……」
「……もしやそれは、クロノア中佐のことではありませんか?」
その言葉に、エリックが素っ頓狂な声をあげる。
「何を言ってるんですか、坊っちゃん! 俺は確かにあの人が殺されていたのを目撃しているんですよ? そんなこと絶対にあり得……あり得……まさか、そんな……あり得ないですよね?」
エリオスとクロノアの最期を見届けたと言っていたエリックは、初めは反射的にそんなことはありえないと思ったようだった。だが、そう口にしている最中に、エリオスが生きていたことを思い出したらしい。尻切れトンボに声が小さくなっていき、逆にそれを確かめるかのように、リーゼロッテの顔を自信なさげに窺った。
すると彼女は落ち着いた表情でゆっくりと頷くと、
「そうです。アーサー様は中々どうして、察しがよろしいですね」
「そんな馬鹿な……」
リーゼロッテが肯定するのを見届けると、エリックは腰を抜かしたと言わんばかりに、力なく椅子の背にぐったりともたれかかった。アーサーはそんな彼を尻目に、自分の予想が正しかったことに満足すると、
「やっぱりか。俺は別にエリックのことを疑っていたわけじゃないんだ。寧ろ信用できるおまえが絶対に死んでいたと言う、キャプテンの父上が生きていたのだから、同じく殺されたと言われている人が生きててもおかしくないだろう? 根拠といえばそれだけだったが、どうやら間違いなかったようだ」
そして剣聖がリディアから逃げ帰ってきたという理由……隠居して世間に姿を晒さなくなった理由がそこにあるのでは無いかと踏んでいた。
アーサーが幼いころに母から寝物語に聞かされた話の中で、剣聖とクロノア中佐との逸話があった。二人は同じ上司のもとで切磋琢磨しあいながらも、いつしか愛し合うようになっていったというのだ。
実際にはそれはジルの創作に過ぎず、二人の仲はそこまで艶っぽいものではなかったのだが、クロノアが彼女を愛し、リーゼロッテがそんな彼のことを気にしていたのは本当だった。
だからもし、死んだと思っていた彼が生きていて、なおかつ彼女の前に立ちはだかったとしたら、いくら無敵の剣聖であっても動揺するなという方が無理だったろう。アーサーはもしかして、それが彼女が姿を隠した理由ではないかと思った。
しかし、それはほとんど正解に近かったが、完全ではなかった。
アーサーはまだ見落としていたのである。死んだと思っていたのに生きていたのは、実はエリオスとクロノアだけではなく……
「……エリック、辛いかも知れませんが正直に答えてください。あなたは二人が殺されていたのを見て、自分も殺されると思い、意識がない社長を置いて逃げ出しましたね?」
「……はい」
「その時、その場にいたのはあなた達だけでは無かったのでは? あなた達が逃げようと言ってるのに、一人だけ残ると言い張りクーデター軍に殺された……」
「まさか……トーが生きてるんですか!?」
「そうです。私は帝国崩壊後、フリジアで彼と再会しました」
リーゼロッテがそう肯定すると、エリックは今度こそ力が抜けてしまったように椅子の背もたれからズルズルと滑り落ち、床に転がった。彼は喜んで良いのか悲しんで良いのか、どうすればいいのか分からない感じで、目を見開き口をパクパクさせながら百面相をしていた。
よほどショックだったのだろうか、アーサーは気の毒にも思ったが、今は話を続けるのが先決だろう、
「俺はよくわからないのですが、そのトーって人は? 何者なんですか」
「トーはリディア人ではなくてティレニア人……簡単にいえばスパイです。魔王がリディアに現れた頃から、二重スパイとして国内の諜報活動に従事していて、S&H社に在籍していた縁で、島流しにされる魔王と行動を共にしていました。彼もまた、魔王を慕う一人だったのですよ」
「スパイ! そうか、スパイか!」
リーゼロッテの説明に、アーサーが興奮気味に声をあげた。これで話が繋がった。彼女が何がそんなに気になるのかと尋ねてきたので、アーサーは軽くこれまでにあったことを説明し、
「聖遺物狩りが何故神出鬼没なのか、もしかして手引している人間が居るんじゃないかと考えていたのだが、どうやら当たりだったようです」
「そうですね。トーはそう言う諜報活動が得意ですから……恐らく、何食わぬ顔で人の生活に溶け込んでいることでしょう」
リーゼロッテは淡々とそう言ってから、改めて本題に入ると言わんばかりに、アーサーたちの顔を見回してから続けた。
「これで三人……死んだと思っていた人物が生きていました。となると、もう一人、同じように復活した人がいてもおかしくないと思いませんか」
「そうか! ブリジット陛下だな!? まさか、陛下が生きていらっしゃると言うのですか!」
「いいえ、違います」
勢い込んで言うアーサーを制するように、リーゼロッテは頭を振った。そして彼女は、奇妙なことを言い出した。
「ブリジット陛下はこのあと行方不明となりましたが、死んではいなかったのですよ。実は、この時に死んでいたのは社長……魔王・但馬波瑠の方なのです」
「な、なんだって?」
アーサー達は顔を見合わせた。エリックに至ってはもう何がなにやらお手上げだと言わんばかりに、目尻に涙を浮かべていた。
「魔王が死んだ……? それじゃあ、今いるあれは一体……申し訳ないが剣聖様、話がさっぱり分からない」
「ええ、そうでしょう……私もさっぱり分かりませんでした。ですからこれから私が話す奇妙な話を最後まで黙って聞いてください。おそらく信じられないことだらけでしょうが、私も説明したくともどう説明して良いのかわからないのです」
そうして彼女が話し始めたリディア崩壊時の出来事は、本当にアーサーには理解不能な出来事のオンパレードだった。ランやエリックから聞いていたことですら眉唾で、初めは受け入れるのに苦労した。だが、そんなものはまだ序の口だったのだ。
「私とブリジット陛下はあの日、偶然城の外へ逃れていて、クーデター勢力が社長を狙っていることを知りました。陛下は社長の身を案じると、一も二もなく駆け出しました。私と近衛兵団がそんな彼女の後に続きます。しかし、私達がようやくメアリーズヒルの街にたどり着いたときにはもう手遅れで、社長は息を引き取っておられました。社長の遺体は執拗に切りつけられており、目を背けたくなるようなその遺体に陛下は取りすがると、悲嘆に暮れて涙を流されておられました。私は死んでまで尊厳を踏みにじられたその姿に憤りを感じ、もはやクーデター勢力を人とは思わず皆殺しにすべく剣を抜きました。近衛兵の士気も高く、私たちは次々と残党を狩っていきました……」
しかし、そんな時だった。
怒りに任せて敵を切り刻んでいた彼らの背後で奇妙なことが起こった。但馬の死体に縋り付いて泣いていたブリジットが何かをつぶやいたかと思うと、突如として周囲のマナが今までに見たこともないような光を発し、辺り一面を真っ白く染めたのである。
まばゆい光に視界を奪われたリーゼロッテたちは、目を細めてそれが収まるのを待った。そして、ようやく目が開けられるようになると、そこにはかつての但馬が見せたような、金色のオーラをまとったブリジットが立っていた。
彼女の纏うオーラは明るく金色に輝き、背中から吹き出るマナの奔流が、まるで天使の羽のように伸びていた。ブリジットの目は虚ろで、焦点があっておらず、暗く濁っていた。そして顔の筋肉が弛緩してるかのように、彼女は完全に表情を無くしており、体の方も明らかに脱力しきった感じで、一体どうやって立っているのだろうかと思うくらいだった。
いや、実際に彼女は立っては居なかった。よくよく見てみれば、その足元がゆらゆらと風に揺れていて、どう見ても地に足がついていないのだ。
何が起きたかは分からない。だが良からぬことが進行しているようだと感じたリーゼロッテは、ブリジットを助けるために彼女に近寄ろうと一歩を踏み出した。
その瞬間……バチンッ! っと、まるで電気が走るような鋭い痛みが走り、彼女は見えない障壁に弾き飛ばされていた。
一体何が起きたのか? 尻もちをつきながら尚もブリジットを止めようとしたリーゼロッテだったが、それは叶わなかった。次の瞬間、さっきまで表情を失っていたブリジットの顔が、突如として怒りのそれに変わったかと思えば、
うおおおぉぉぉーーーーーんんっっっ!!!!
っと、まるで獣のような……もしくは機械が発するような、キンキンとする耳障りな雄叫びを上げ、ブリジットは信じられない速度で飛び上がった。
「それから先はもうなんと形容して良いものか……陛下は聞き取ることすら困難な奇妙な音を発しながら、クーデターの残党を始末し始めたのです。本当に何が起きていたのかさっぱりですが、彼女が腕を一薙ぎするたびに、あちこちで血柱が上がったかと思うと、人の首がポンポンと飛んで行くんです。私たちは動けませんでした。動いたら殺されると、本能的に恐怖を感じていたのかも知れません。しかし陛下はそんな私達の恐怖を知ってか知らずか、正確にクーデター勢力だけを狩り尽くすと、まだ足りないと言わんばかりに更に大きな雄叫びを上げて、首都の方角へと飛び去っていったのです」
取り残されたリーゼロッテと近衛兵達は、唖然とするよりも寧ろ慌てふためいた。何が起きたかわからないが、今のブリジットをあのまま放っておくわけにはいかない。どうすれば元に戻るかもわからないが、とにかく彼女のことを追いかけようと、彼らは泡を食って駆け出した。
しかし、彼らがローデポリス市街まで帰ってきた頃には、事態は別の意味で深刻になっていた。森からエルフが現れ、市街に入り込み、市民たちがパニックを起こしていたのである。
エルフから逃れようと海に飛び込む人々、無残にも殺される人々……助けようにもエルフ相手に戦える戦力も無く、皮肉にも逃げ惑う市民たちが邪魔になってどうしようもなく、出来ることはせいぜい彼らを町の外へと誘導するくらいだった。
そうこうしてる間に、ブリジットは王宮を取り囲んでいたクーデター勢力の指揮官を皆殺しにすると、逃げ惑う人々には見向きもせずに、森の方へと飛び去っていった。
リーゼロッテは彼女を追いかけたかったが、今となっては剣聖と呼ばれる彼女であっても、単身で森へ入っていくなど自殺行為に過ぎず、この時点で彼らは皇帝を追うのを諦め、逃げ惑う市民を一人でも多く助けようとその目的を変えた。
こうして人々を誘導して首都リンドスを脱出した彼らは、時折迫りくるエルフを撃退しつつ、一路ハリチを目指した。ローデポリス市街も製鉄所も壊滅的な被害を受けており、リディアから脱出する船があるのは、もうそこしかなかったからだ。
非戦闘員を誘導しつつ300キロもの距離を歩きつづけるのは困難を極めた。それでもヴィクトリア山に差し掛かると、エルフは山を迂回してまで襲ってこなくなり、だいぶ楽になった。リーゼロッテと近衛隊は避難民を新大陸へとピストン輸送しつつ、街道を警備しブリジットの行方を探った。しかし彼女の行方は杳と知れなかった。
そんな時、嫌な噂が実しやかに流れ始めた。
アナトリア帝国最後の日、王宮を取り囲むリディア軍を攻撃していた宰相の姿を目撃したという市民が続出したのだ。
リーゼロッテは言うに及ばず、近衛兵の誰もが、クーデター軍を攻撃していたのが誰かを知っていた。混乱する街の中で自分の目で確かめもしたのだ。ところが人々の間では、その事実がねじ曲がっている。おまけに、あの時、城を取り囲んでいたのは王権の簒奪を目論んだクーデター軍ではなく、いつの間にかエルフから皇帝を守る正規軍になっていたのだ。
返す返すも人は都合の悪い真実より、信じたい嘘の方を信じるように出来ている。
あの時のブリジットは金色のオーラを纏い、誰が見ても異常な身体能力を発揮していた。空を飛んでいるようにさえ見えた。いや、実際飛んでいた。まるでエルフのようだった。だから遠目に見て、それが皇帝ブリジットであると気づけなかった者が居ても仕方なかったかも知れない。だが、一定数はそれが誰であるかとちゃんと理解していたはずだ。
ところが、この噂が流れると、誰もがあの時の人物は宰相だったと言い張るようになったのだ。みんなこの非日常的な生活の中で、これ以上おかしなことを認めたくなかったのだろう。
近衛兵の意見は割れた。
『事情の知る自分たちがちゃんと真実を国民に告げるべきだ』『しかしそれは王室にとって不名誉な事でしかなく、国民の不安を煽るだけに過ぎない』『だが、あの気の毒な宰相にこれ以上泥をかぶらせるわけにはいかないだろう』『そうは言っても死人に口なし、真実を話すのは自己満足に過ぎない』『それよりも今は国民の結束を最優先すべきだ……』
結局、意見はまとまらず、近衛隊は分裂した。人の口に戸は立てられないため、但馬の名誉を回復しようとしたものも居たが、誰もそんな話は信じちゃくれなかった。
リーゼロッテも真実を正すべきと考えた一人で、彼女の場合は今は何を言っても無駄だろうから、ブリジットの方をどうにかしようと考えた。最後に見た彼女は明らかにどうかしており、あのまま放っておくわけにはいかない。正気にさえ戻れば但馬のことを愛していた彼女であるから、彼に着せられた汚名をすすぐ努力をしてくれるに違いない。
ところがそんな彼女の期待とは裏腹に、皇帝ブリジットは次々と逆のことをやり始めた。ティレニアにエルフをけしかけ、コルフを襲撃し、終いには但馬の名前を使って、全人類に宣戦布告したのだ。
突然……主要な都市のあちこちに、見たこともないような未来の技術を駆使して、ホログラムとして現れた但馬は、人類に破滅と混沌をもたらすと宣言した。しかしそんなことはあり得ない。何故なら、彼は死んでいたのだから。ならばこれをやっているのはブリジットのはずだ。どうして、彼女が元とは言え恋人の名誉を更に傷つけるようなことをするのだろうか。
リーゼロッテはブリジットを追いかけた。彼女の現れたコルフやティレニアを調べ、彼女が居城としていると言われるローデポリス・インペリアルタワーへなんとか近づこうとした。
しかし、個人の力では遠く及ばず、彼女は何の成果も得られないまま5年の歳月が過ぎようとしていた……
そんな時、フリジア戦線でエルフを押し返そうとしていたアスタクス方伯が決戦を呼び掛けたのである。彼の呼び掛けに、身勝手な人々は殆ど呼応しなかった。だが、リーゼロッテはこれが最後のチャンスと、それに応じた。
「それで10年前の出来事につながるのですね……? アンナを説得し、彼女の母親をその魔王討伐軍に参加させたという」
「そうです。私は彼女を見つけ、ブリジット陛下を説得するように協力を求めました。今更責める気はありませんでしたが、こうなった原因の一つには彼女のこともありましたから。特に、コルフでブリジット様に襲撃された際、彼女の抵抗がサリエラ様の命を救ったという話を聞いて、絶対に彼女の力が必要だと考えたのです」
それはビテュニアへ向かう最中、電車の中でランにも聞いた。彼女らはコルフが襲撃された際、ティレニアの四摂家を匿っていたせいで、何故かブリジットに襲われたというのだ。
あの時はどうして皇帝が現れたのか、わけがわかなかったがこれで話が繋がった。
「それじゃあ、アンナの母親を殺したのは、魔王ではなくて……皇帝陛下だったのですか。コルフで一度は見逃してくれたが、二度はなかったと……」
「いいえ、そうじゃないんです」
リーゼロッテは頭を振った。
「私は最初に言いました。帝国最後の日、死んだと思ったのに生きていたのはエリオスさん、トー、クロノアの3人だけではありません……社長もまた生きていたのですよ」
しかし、当時、そんなことは思いもよらない彼女は、ブリジットを正気に戻すつもりでフリジアから船に乗った。魔王討伐軍はイオニア海を渡り、リディアの海岸へ上陸する。討伐軍は小規模とはいえ精鋭で、エルフの攻撃を受けながら、どうにかこうにか最強の戦力であるリーゼロッテをインペリアルタワーまで送り届けることに成功した。
そして彼女は見届けることになるのである。死んだと思ったら生きていたクロノアにボロボロにされながらも、どうにかこうにかたどり着いた謁見の間で、但馬波瑠がアナスタシアを刺し殺す場面を……