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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
331/398

歳の話はするな……

 皇王親子との愚痴のような会談を終えて、アーサーはこの国に蔓延(はびこ)る病巣を知った。


 この国では今、元々は皇王の権威を取り戻そうとして作られた親衛隊がファッショ化し、圧政を敷いているようだった。


 話を聞く限り気の毒ではあったが、そもそもお忍びでやって来た他国のことであるから首を突っ込むわけにもいかず、アーサーは皇王の愚痴にただ相槌を打つくらいしか出来なかった。何しろアーサーが何かを言ってしまったら、本当に国際問題なのだ。


 その空気を察してか、やがてシリル殿下がパンパンと手を叩くと、暗い話はやめようと言って会談は急遽他愛ない世間話となり、お茶を御馳走になったあとすぐにお開きとなった。


 シリル殿下は、逃げてしまったリーゼロッテが捕まるまで時間を潰しててくれと言って、執務室へと戻り、リリィは親衛隊を嫌って大聖堂の方へと行ってしまった。世界樹の周りにはそれを取り囲むようにして、エトルリア聖教の大聖堂が建てられているが、リリィは皇王だけではなく、そこの教主も兼任しているのだ。


 親衛隊は皇王の公務に口出しはするが、エトルリア聖教の信者だらけであるから、教主の仕事には一切口出しをせず、こちらに居たほうが気楽なのだと言って、彼女は去っていった。はっきりそうだとは言わなかったが、どうやら彼女は宮殿ではなく、聖堂にいる時間の方が長そうである。自分の治める国だと言うのに、どこまでも不便な生活を強いられているのは、なんとも気の毒な話であった。


 アーサー達は会談を終えると、城の外で待っていた子供たちと合流した。当初、リリィのはからいで迎賓館に泊めてもらうはずだったのだが、彼らが孤児であることが知れると難癖を付けられて、結局は外に宿を取る羽目になった。


 子供たちはもうみんな綺麗な服を着て、エリックの手伝いをしているというのに、その出自のせいで差別されたわけである。何も楽しくて親に捨てられたわけでも、前線で命を張っていたわけでもないのに……


 宿を探して商店街を歩くと、真っ昼間だと言うのに戸を閉じている店が多かった。元々アクロポリスは世界の中心として、世界樹を巡礼したり大聖堂を参拝する観光客が多かったのだが、国が排他的になったせいで客足が遠のいたのだろう。そんな薄暗い雰囲気のせいか飲食店も閑古鳥が鳴いていて、開いている店は生活雑貨店くらいしかない。


「以前来た時は、こんな事なかったんですけどね。この通りも、多くの店と観光客で賑わってて、もっと自由で楽しかった。いけ好かない国になっちゃったなあ……」


 暗い顔をしてそう言うエリックの言葉が印象的だった。きっと彼には色んな思い出が詰まっているのだろう。


 そんな閑散とした商店街を抜けて、適当に宿を決めた一行は、近所の公園までブラブラ出てきた。何しろこの国に来た理由はただ剣聖に会うことのみだったから、その彼女が見つかるまでは本当にやることが何もない。それで、宿に居ても仕方ないし、せっかく雪国に来たんだから、雪遊びでもしようかと言う話になった。


 平均気温が下がったせいで、フリジアの前線でも雪が降らないことはなかったが、これだけまとまった雪が積もっているのは初めてで、子供たちは大いにはしゃいでいた。雪だるまを作ったり、カマクラを作ったり、雪合戦をしているうちに段々楽しくなってきたアトラスが、ふと余興を思いついて聖遺物を取り出し、瞬間移動をしてみせたら、彼が高速で通り抜けたところにあった雪が舞い上がり、雪のカーテンのようになった。


 何十メートルも舞い上がった雪が粉雪になって降り注ぎ、あっという間に辺りを白く染めていく。視界不良の霧の中、その不思議な光景に子供たちと一緒にキャッキャと喜んでいたら、その霧が晴れた瞬間、周囲を親衛隊が取り囲んでいて、迷惑な遊びをするんじゃないとお説教を食らった。どこまでいっても感じの悪い連中ではあったが、流石に今回ばかりはこちらに非があったので詫びを入れる。


 ところで、今回の目的の一つには、剣聖にアトラスの聖遺物の能力を引き出してもらうことがあったが、偶然ではあるが雪遊びのお陰でそれなりの収穫があった。アトラスの魔法『縮地』は、本当に目にも留まらぬ速さだが、こうして雪が舞い上がるところを見ると、実際に高速移動しているだけで、瞬間移動(テレポーテーション)しているわけではないようだ。もしうっかり、壁抜けでも出来るんじゃないか? と試していたら、今頃ヒラメみたいにぺっちゃんこになっているところである。


 アーサーがその可能性を指摘すると、アトラスは同じようなことを考えていたらしく、やる前に気づけて良かったと真っ青な顔をして礼を言っていた。


 そんなこんなで色々あって疲れてしまった一行は、暫し休憩を取ろうと言うことになり、思い思いに散っていった。子供たちはまだまだ遊び足りないと言った感じに騒いでいたが、少々疲労を感じていたアーサーはベンチに腰掛けると、それを遠巻きに眺めながら街の様子を窺った。


 こうして遊んでいたらそのうちアンナが帰ってくるかなと思っていたのだが、さきほどの騒ぎですぐに親衛隊が飛んできた通り、街の至る所で彼らが忙しなく動いているところを見ると、それはなかなか難しいようだった。


 関わり合いになりたくないから、さっき詳しいことを聞きそびれてしまったが、こうひっきりなしに親衛隊を見かけるのは、恐らく彼らが未だにアンナのことを探しているからではなかろうか。


 アーサーの正体はとっくにバレていて、その連れであるアンナに危害を加えることは出来ないはずなのだが、それでも血眼になって探しているのは、彼らのメンツが立たないからだろうか。実力を誇大広告してる勢力ほど、こういう下らないことに拘るものである。


 まあ、アスタクス方伯が追っても捕まらなかった彼女であるから、万一にもお縄をちょうだいするなんてことはないだろうが、それはそれで剣聖との折衝に支障を来すので悩みどころだった。出来れば、剣聖との会談には彼女も出席して欲しかった。何も喋らなくとも、居るのと居ないのとで大違いだからだ。


 そんなことを考えながら、ぼんやりと物々しい町並みを眺めていると、


「王子~……遊ぼう~……」


 サクサクと音を立てて、アーサーに懐いている年少の子が雪に足を取られながら、よちよちと歩いてきた。


「どうしたちびっ子。みんなと遊ばないのか」


 子供はコクコクと頷いた。大きい子達と遊んでいてもついていけないので、一人端っこの方で雪うさぎを作っていたと言う。そう言えば、アーサーもさっきから見かけないなと思っていたので、ほったらかしにしてしまって悪いことをしたと謝罪した。


「今から遊んでくれるならいい」

「そうか。ならば貴様の好きなことをやろう。おままごとでもなんでも付き合うぞ」


 すると子供は頭を振って、


「あのね~、あっちの方に、王子が好きそうなの見つけたんだ」

「あっちの方?」

「うん」

「なんだろうか……」


 アーサーが手をかざして子供の指差す方を見ていると、子供は案内するからと言って、両手を広げて抱っこしてのポーズを取った。アーサーがひょいと持ち上げると、子供は肩に手を回してギュッと抱きついた後、満足したような笑みを浮かべ、アーサーに抱かれながらあっちの方と指差した。


 彼は少々疲れては居たが、仕方ないと立ち上がり、子供を抱っこしながらサクサクと歩きはじめた。すると、それを見つけたエリックが、


「ひゅーひゅー! 王子モテモテですね~、うらやましぃ~!」

「黙れ、そうやってすぐに茶化すから、貴様はその年で未だに独身なのだ」

「うっ……」


 冷やかすエリックをそう言って交わしつつ、アーサーは子供を連れて公園から出た。


 行き先はどうやら公園の外であるらしい。彼は自分たちが遊んでる間に、この小さな子が公園から出ていくところを見過ごしたことを知って反省した。と同時に、大人に何も言わずに遠くに行っちゃいけないぞと軽くお説教しながらも、指さされるままに先へと進んだ。


 すると二条(ふたすじ)ほど行った曲がり角に、一件の感じの良い手芸屋が見えた。町外れにあってあまり繁盛してるようには見えないが、大きめの窓に面して、色とりどりの毛糸や布、フェルトの飾りなんかが陳列されていて、品揃えは豊富なようである。


「俺の好きそうなところって、ここかあ。確かに好きだな」


 ビテュニアで古着にアップリケを付けてやる際、手芸屋に連れて行ったのを覚えていたのだろう。


 アーサーは子供を地面に下ろすと、その頭をクシャクシャとしてから、二人並んで店の中へと入っていった。


 店内に入ると店の奥で何かの作業をしていた店員が顔を上げたが、すぐに入ってきたのが男だと知って、冷やかしと判断したのか興味なさそうに元の作業に戻っていった。


 男が手芸に興味があるとは中々考えられないだろうから仕方ないだろう。あまりグイグイ店員に話しかけられるのも嫌いなので、アーサーはこれでいいと黙って店内の陳列を見渡した。


 店内には外から見えた商品の他にも、輪をかけてたくさんの布や毛糸やボタン、それから針やハサミやスピンドルのような道具が所狭しと飾られており、それらで作られた小物やセーターなんかが、展示ではなく売り物として売られていた。


 どうやら手作り洋品店も兼ねているらしく、先程の店員の方をよくよく見てみれば、彼女は実に手早く正確に編み棒を動かし、何かを熱心に編んでいる。恐らく、展示されている商品は彼女が作ったものなのだろう。興味を持ったアーサーが近寄っていくと、子供がテクテクと駆け寄っていき彼女の座るテーブルによじ登るようにして覗き込み、


「わー、すごいね。きれいだね」

「そうだな。見事なメリヤス編みだ」


 アーサーがそう答えると、それを聞いていた店員が二人を交互に見ながら、オヤっとした顔を上げて、


「おや、男の方が入ってきましたので、てっきり冷やかしかと思いましたが、勘違いだったようですね。お客様に対し失礼致しました。何かお探しでしょうか?」

「いや、冷やかしというのは本当だ。ちょっとした暇つぶしで入ってみただけだ、邪魔をして悪かったな」

「手芸に興味がお有りで?」


 アーサーが頷くと、子供が嬉しそうに自分の洋服についていたアップリケを指差して、


「あのねー、これ王子がつけてくれたんだよ」

「あらあら、可愛らしいアップリケですね。どこで手に入れたのです?」


 するとアーサーがもじもじしながら、


「お恥ずかしい話だが、それは俺の手作りなのだ。もっと可愛いのを付けてやると言ってるのだが、ちびっ子はこれを気に入って、ずっと付けてくれてるんだ」

「まあ! 恥ずかしいなんてとんでもない。これなら十分商品になりますよ……あなたからはただならぬ手芸愛を感じますね」

「貴様もだ、店員さん。店に展示されているこれらの作品を見て、唸らぬ手芸家はいないぞ」


 二人はフッフッフッと互いに不敵な笑みを浮かべると、ガッチリと握手を交わした。そんな二人の真ん中で、子供は店員が編み続けていた編み棒を指差し、


「これ不思議。どうなってるの?」

「これですか? 毛糸一本をこうやって少しずつ編んでいって、一枚の布のようにするんですよ」

「洋服ってこうやって出来てるんだ」

「はい、基本的にはそうですよ。もっと細い糸を織り機で編むと、普段着ている服の生地になります……お嬢さんも編み物(これ)に興味がありますか?」

「うん……」


 そう言って指をくわえている子供を見て、アーサーは編み物を教えてやったらどうだろうかと思った。この子は大人しくて、先程子供たちがみんなで雪合戦をしている間も、隅っこで一人で雪うさぎなんかを作っていた。


 そうして目を離していたすきに、退屈していつの間にかこんな遠くまで歩いてきてしまったのだ。あまりうろつかれて何かあってからでは大変だし、熱中できる趣味があれば、そんな遠くに行ったりしなくなるだろう。編み物ならアーサーでも少しは教えられるし……彼はそう思い、


「店員さん、こうして出会えたのも何かの縁だ。毛糸と編み棒を貰おうか。この子に買ってやるならどれがいいだろうか」

「まあ、でしたら最初はかぎ針がよろしいでしょう。少々お待ちください、取ってまいります」


 そう言って店員は店の中から適当にかぎ針と毛糸を3玉持ってきた。そしてテーブルの周りに椅子を並べると、二人を座らせ、やり方を教えてあげると言って実演しはじめた。


 アーサーは教えてもらう必要など無いのだが、隣に並んで一緒にやってると子供が嬉しそうにしていたので、何も言わずにそのままレクチャーを受けていた。


 店員は簡単なくさり編みから親切丁寧に教えてくれて、子供が間違えるたびに、優しく直してくれた。


 そうこうしているうちに、段々と子供も編み方のコツが分かってきたらしく、ミスが少なくなっていくと、三人は言葉が少なくなっていった。


 黙々と毛糸を編んでいると、店内の柱時計から聞こえるカチコチと規則正しい音がやけに響いて、まるで別世界にいざなわれているかのようだった。ストーブの上に置かれたヤカンがシュンシュンと音を立てて、お湯が湧いたことが分かると、店員が紅茶を入れて戻ってきた。


 三人は膝の上に編みかけの毛糸を置き、紅茶を飲んでほっと一息ついていると、店員がふとおかしそうに笑いながら言った。


「こうしているとリリィ様の子供の頃を思い出しますね。丁度そこのお嬢さんと同じくらいの時期に、編み棒と格闘してらっしゃったことを覚えております」

「……店員さんは皇王様とお知り合いなのか?」

「ええ、お城勤めをしていたもので……リリィ様は目がお悪いと言うことで、部屋の中で出来ることをと思い、手探りでも出来る編み物を教えて差し上げたのですが、中々器用に編んでらっしゃいましたよ。まあ、目が悪いと言っても、殆ど健常者と同じくらい動き回れるお方ですから、すぐに飽きてしまわれたのですが……」

「へえ、ならば今度会った時にでも尋ねてみよう」

「……お客様もリリィ様とお知り合いなのですか?」


 店員が訝しげに聞いてきた。アーサーはさも当然のように言ったが、普通に考えて、ただの観光客が皇王と対面することはあり得ない。


「いや何、ちょっとした用があって、こっそりとこの国にやって来たのだが、実は俺はこう見えても貴族なのだ。先程宮殿で挨拶をしてきたところなのだよ」


 すると店員は信じられないと言った感じで、露骨に探るような目をアーサーに飛ばしてきた。嘘は言っていないので、彼が自然体でそれを受け止めると、


「……言われてみれば、そのマントはとても仕立ての良いものですね。あまり見かけないデザインですが……いえ、寧ろどこかで見たことあるような……」

「うむ。今となってはこのマントを羽織っているのは、世界広しと言えども俺くらいのものだろう」

「そうなのですか?」

「ああ、何故なら、これは亡国リディアのもの。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はカンディア公爵アーサー・ゲーリック。リディア王家に連なるものなのだ」


 アーサーが自己紹介をするや否や、店員がガタガタと態勢を崩してテーブルに置いてあったティーカップをひっくり返してしまった。途端に紅茶がぶちまけられて、彼女がせっかく編んでいた生地が濡れてしまった。


「これはいかん! 早くしみ抜きを」


 アーサーが急いでそれを取り上げて店員に叫ぶと、彼女はオロオロとしながらも、


「え、ええ……そうですね。水を汲んでまいります」

「早くしろっ! ……って、おい、店員さん! そっちは台所じゃなくて店の外だろう?」

「井戸に水を汲みに行こうかと……」

「さっき思いっきり、そこの蛇口からヤカンに水を汲んでいたではないかっ!」

「うっ……男のくせに細かいですね。禿げますよ」


 そんな具合に店員が全男性人口の三割がたを敵に回すようなことを口走った時だった。カランカランと音が鳴って、店の扉が開かれた。


「あ! いたいた、坊っちゃん。探しましたよ、いつまでたっても帰ってこないから、子供たちがお腹をすかせてますよ」

「おお、エリックではないか。すまんな。つい店員さんと話が弾んでしまい」

「また手芸屋ですか……坊っちゃんの裁縫趣味にも困ったもんだ……って、あれ?」


 エリックが肩を竦めてやれやれとお手上げのポーズを見せながら、すぐ目の前にいる店員の方を向いた時だった。彼は目をパチクリさせながら、店員を指差し、


「あれえ~? リーゼロッテさん!? あんた、リーゼロッテさんじゃないですかっ! お久しぶりです……じゃないっ! こんなところにいやがったのか! あんたのせいで俺たちは……って、ギャアアアアアアアーーーー!!」


 エリックが店員の名前を連呼するや否や、その店員が一切の躊躇を見せずに彼の目に指を突っ込んだ。痛みにのたうち回る彼を尻目に、店員はアーサーに向かって愛想笑いをしながらお辞儀をしてみせると、


「私はそんな名前じゃありませんよ。それでは、少々お水を汲んでまいりますので」


 と言って、優雅にその場から去ろうとした。


 あまりの出来事に思わずスルー仕掛けたが……リーゼロッテとは剣聖の愛称のはずである。すると彼女がかの高名な剣聖なのだろうか。語り継がれる物語の中の剣聖と、目の前の彼女の印象が全くつながらない。


 アーサーが困惑していると、痛みに耐えながら悔し涙を流しつつ、そのエリックが連れてきた子供たちに向かって叫んだ。


「おまえたちっ! その女を捕まえろ! 化物みたいなもんだから手加減は無用だ」

「誰が化物ですか、失礼ですね……」


 そう言いながら、四方八方から飛びかかってくる子供たちを火の粉でも振り払うかのように交わし、アトラスの突撃すらも軽くいなして、終いには信じられない跳躍力を見せて、彼女は迫りくる子供たちの頭の上を飛び越えて去っていった。


 子供たちが唖然とした顔で彼女の後ろ姿を見送っていると、ようやく目が開けられるようになったエリックが、


「くっ……どうして逃げるんだ、あの人は。くそう、この手だけは使いたくなかったんだが……」


 ダラダラと汗を垂らしつつ、実に苦々しそうな声でつぶやいた。


「逃げんじゃねえよ、この五十路っ……」


 その瞬間、アーサー達は信じられない光景を目撃した。


 たった今、優雅に立ち去ろうとしていたリーゼロッテの姿が掻き消えたかと思えば、ゴウっと凄まじい風が走り抜け、店の前で寝転がるエリックの元に、まるでダンプカーでも突っ込んできたかのような衝撃が走り……


 ドオオオオオォォーーーンッッ!


 っと音を立てて、エリックが紙切れのように吹き飛んだ。その衝撃で、2~3メートルくらい上空に吹き飛ばされたエリックに、更に残像のような影が近づいたかと思えば、最初の一撃ですでに目を回していた彼のみぞおちに強烈なエルボーが叩きつけられた。


「あうぐぁはっ! へべべべ……っ!!」


 まるで人間をやめてしまったかのような奇妙な悲鳴を上げて昏倒するエリックの胸ぐらを掴み、リーゼロッテはラン親子すら裸足で逃げ出しそうな鬼の形相で言った。


「歳の話はするな……」


 ゴクリ……その場に居た全ての子供たちが引きつけを起こしたように固まった。アトラスの指が小刻みに震えているのは寒さではなく、間違いなく恐怖によるものだろう。たまたま通りがかっただけの通行人が腰を抜かしている。


 そんな中、アーサーと一緒に居た年少の子供がトットットっと近寄っていくと、エリックに馬乗りに跨っていたリーゼロッテによじ登るようにおぶさって、その肩をぎゅーっと抱きしめ、


「エリック、捕まえたよー!」

「あっ、これ……放しなさい。放して?」


 子供にしがみつかれた彼女は、それを振り払うことも出来ず、オロオロとその場で立ち尽くしていた。


 地面に転がるエリックは気絶していて暫く起き上がれそうもない。


 アーサー達はそんな光景をまるで動物園のライオンでも眺めるような心境で呆然と見つめていた。


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