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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
329/398

皇国親衛隊

 それからしばらくして、アクロポリスから返事が返ってきた。サリエラが言うには、剣聖は少々戸惑っていたようであるが、アンナが会いたいと言うのであれば断るわけにはいかないと言っているらしい。アクロポリスへ来る日程を教えてくれれば、予定を空けておくそうである。


 そんなわけで剣聖に会いに行くことになったアーサー一行は、早速とばかりに汽車を乗り継ぎ馬橇に乗って、アクロポリスへやってきた。


 ランとマイケルとはビテュニアで別れ、二人はそれぞれカンディアとロンバルディアへ向かった。ランはコルフ臨時政府の元へ戻り、総統とレムリア共和国の協力を取り付けに、マイケルはザビエル大司教を訪ね、カンディアに孤児院の建設をお願いしにである。


 サリエラも言っていた通り、アクロポリスは皇国の首都であるというのに、電話網交通網から隔絶されており、一度市内に入ってしまうと、外の世界から暫くシャットアウトされてしまう。だから、アーサーたちがアクロポリスにいる間に、二人は先回りして別の用事を済ませておこうという算段だった。


 最後の汽車駅を降りてから、およそ20キロ。雪原地帯をゆっくり進む馬橇に揺られていると、やがてアクロポリスを取り囲む巨大な壁と美しい正門が見えてくる。高さおよそ15メートルにも及ぶ石積みレンガ造りの巨大な門が、ゴウンゴウンと重厚な音を立てて開かれると、その壮観な光景に一行は感嘆の息を漏らした。


 城壁内もまた別世界で、世界でも最古の都市の一つとされるアクロポリスの町並みは、どれもこれもおとぎ話から飛び出してきみたいに華やかでごちゃついていた。ハーフティンバー建築の二階が道路に伸びてくるような独特なフォルムが、まるで全ての道にアーチをかけてるように見える。


 城門前広場に降り立ったアーサーは、その町並みの向こう側に見える丘の上に、この雪景色の中でも青々と茂る巨木を見つけた。言われずともわかる、あれが世界樹だろう。アーサーが、そのスケールの大きさに舌を巻いていると、


「この程度でいちいち驚いてたら、城に着く頃には顎が地面にめり込んじゃいますよ。坊っちゃんもボーッとしてないで、荷物下ろすの手伝って下さいよ」


 エリックが馬橇に積まれた荷物をおろしながらぼやくように言った。年長の子供たちがそれに応じて彼の手伝いを買って出る。不思議なものだが、時が経つにつれて、彼らは自然とエリックをリーダーと仰いで言うことを聞くようになっていた。これも軍隊経験が長い彼の年の功なのだろうか。


 アクロポリス入りした一行は、アーサー、アトラス、アンナ、エリック、それから数人の子供たちだった。この頃になると年長の子供たちの一部は、新たな自分の役目を見つけたかのように働き者になっていた。取り立てて何か言ったわけではないのだが、自然とそうなっていったのは、領民にすると言い続けていたアーサーの言葉に自覚が芽生えてきたからだろうか。尤も、子供たちの性格も千差万別で、働き者も居ればグータラな者も居て、そういった子供はビテュニアに置いてきた。他方、年少者達はそういった感覚とは無縁であり、単にアーサーやアンナと別れたくなくて勝手についてきた。


 そんな感じで相変わらず大勢の子供を連れた奇妙な集団だったからだろうか、アーサー達はアクロポリスでも住人たちから遠巻きにされていた。


 従者たちと三人で旅をしていた頃は、どこの街に行っても物売りがまとわりついて来て大変だったのだが、子供たちが一緒についてくるようになるとそういったことがなくなったのは、子供同士の縄張り意識が働いているからだろうか。楽と言えば楽だったが、動物園の珍獣みたいに見られるのは気分が悪い。


「ねえ、先方さんと約束はどうなってるのかしら。待ち合わせにまだ時間があるなら、先に宿を取って荷物を置きにいかない?」


 アトラスがそう言う。


「そうだな。別段、いついつまでに行くとは決めてないんだ。宿を取ってから、城を訪ねてみようか」

「それじゃ、私がひとっ走り行って探してくるわ」


 そんな風に二人が会話している時だった。


「これこれ、そこの子、待つが良い」


 会話を遮るように、凛として威厳のある女性の声が響いた。


 アーサーたちが声の方へ振り返ると、そこには僧帽を目深に被った小柄な女性が立っていた。全身が黒一色の修道服に包まれて、腰に綺羅びやかな鞘に収められた剣を佩いていなければ、物語に登場する古の魔女と勘違いしそうな出で立ちである。


 そんなどことなく不思議な雰囲気を漂わせた彼女が、ザクザクと雪を踏みしめながら、アーサーたちの元へと歩いてくる。一体誰だろう? と思って眺めていたら、女性はアーサーの前まで歩み出ると、かぶっていたフードを上げて顔を晒した。


 アーサーはその顔を見て、ハッと息を呑んだ。


 風にサラサラと揺れる黒髪と、形の良い卵型の頭。目をつぶっているが美しく整った顔立ちは、まるでアンナの生き写しのようである。


 ……いや、アンナが歳を重ねたら、こんな感じになるんじゃないかと言ったほうが正しいだろうか。もしも二人の背の高さが違わなければ、間違いそうなくらい瓜二つの人物がそこに居た。


 この人は何者か……? どうしてアンナとそっくりなのか? アーサーがぽかんとしていると、女性はマイペースに、


「宿など取らずとも、城の部屋がいくらでも空いておるぞ。近頃は外から客も来ぬで、迎賓館が埃を被っておると侍女が嘆いておった。おお、そなたがアーサーか。ふーむ……父親に似て剣の才能はないようじゃが、魔法の方は見どころがあるのう。母親似か。いつか立派な魔法使いになれるじゃろう」

「え!? ……それは本当か? と言うか、いきなり出てきた貴様は、一体何者だ……?」


 驚いてアーサーが問いただすも、女性はあくまでマイペースで、今度はアトラスの方に顔を向けながら、


「そっちの子は……なんと、あの巨人の息子であったか、さぞかし大きく育ったことじゃろう、どれ、こちらにおいで」


 と言いながら、自分の方からアトラスに近寄っていって、きっと頭をなでるつもりで背伸びをしたがまるで届かず、苦笑いしながら彼の厚い胸板をぺちぺちと叩いて愉快そうに言った。


「ほっほー! そなたは大きいのう。背伸びをしても頭に手が届かぬぞ。父上が生きておられたら、さぞかし誇らしく思ったろう」

「あら、嬉しいわ。ありがとう……ところであなた誰? 私のパパの知り合いなの? もしそうなら喜んでちょうだい。実はパパったら生きてたのよ! この間、ビテュニアで見つけたのっ」

「なんと? そうかそうか、あの男、生きておったか。殺しても死にそうにない感じじゃったしのう。それはさぞかし嬉しかろうて」


 女性はそう言ってまるで自分のことのように喜んだ後、ふと首をかしげるようにして、今度はアンナの方へと向き直り、


「おや……そなたは……ふむ。余は目が見えぬが、そこから漂う雰囲気だけで只者ではないと分かるぞ。そなたがアンナじゃな」


 そしてアトラスの時と同様、彼女の方からアンナのところへとテクテク歩いていって、その頭の上に手を乗せて愛おしそうに微笑むと、今度は両手でペタペタと彼女の顔を確かめるように撫で回した。


 アンナはまるで鏡でも見ているような錯覚を覚え、呆然として為されるがままに立ち尽くしていた。女性はひとしきり撫で回したあと、満足そうに言った。


「……父親の才能を多く受け継いでおる。しかし、顔の方は母親似じゃな。アナスタシアと同じ懐かしい香りがする。余の母上が生きておられたら、きっとそなたのことを気に入ったじゃろうに、あと数年でも長く生きられればのう……」

「あなた……誰? お母さんのことを知ってるの?」

「げえええええええーーーーっっっ!!!!」


 するとアンナの疑問の言葉を遮るように、エリックが突然素っ頓狂な声を上げた。


「リッ、リッ、リッ……リリィ様!! どうしてあなたがこんなところに!? って言うかお供の一人も連れずに駄目じゃないっすかっ!!」


 その言葉に、アーサー達は目を丸くした。事情を知らない子供たちだけが首を傾げている。リリィは突然大声を上げたエリックの方を見て、非難がましく言った。


「ぬぅ……なんじゃ騒々しい。耳がキーンとなったぞ。おや……そなたは確か、エリックじゃったか、いつも勇者と一緒におった。懐かしいのう」

「あ、はいっ! 覚えててくれたのは嬉しいんですけど、本当にこんな場所に一人で来ちゃ駄目じゃないっすかっ!」


 慌てるエリックにアーサーが尋ねる。


「おい、エリック。貴様この方が皇王(リリィ)様だと、本気で言ってるのか? いくらなんでもこんな町外れに、この国の一番えらい人が、一人でぶらついてるわけがないだろう」

「いやだから、こんな町外れに一人でぶらついてるから、驚いてるんじゃないですか! 何かあったら大問題ですよ! 俺たちで宮殿までお送りしますから、せめてお顔を隠してくださいよ」

「おお、そうじゃった」


 エリックに言われてリリィはフードを目深に被り直した。


「そなたらが来るのが待ちきれず、こうして迎えに来たところだったのじゃが……もちろん、最初は一人では無かったのじゃぞ? ちゃんとリズがおったのじゃが、ところがあの者が急にお腹が痛いとか言い出して、余を置いてどっかに行ってしまった。それで一人になってしまったのじゃ。心配をかけたなら許せ」

「許すも何も……リーゼロッテさん、なにやってんだ、あの人は」

「大方、アンナと顔を合わせづらくて逃げ出したのじゃろうて。お二方から手紙が届いてから、ずっとそわそわしっぱなしで鬱陶しいったらなかった。あれは、ああ見えて繊細で傷つきやすいからのう……」

「ずぼらで無責任にしか思えませんが。そうですか。それじゃあ、今度は俺たちで護衛しますから、出来るだけ目立たずに真ん中に寄ってもらえます?」


 と言って、エリックが彼女の体に触れたまさにその瞬間だった。


「そこまでだっ!!!!」


 ドドドドドドドドッ……!


 っと、大勢の足音が響いてきて、突然、アーサーたち一行は青い軍服を身にまとった集団に取り囲まれた。見たことのない制服に、山高のベアスキン帽を被ったその集団に、ライフルの銃口を突きつけられたアーサー達は驚いて手を上げた。


「怪しい奴らめ! 手を頭の後ろに組んで、その場に膝立ちになれっ! 早くしろ!!」

「な、なんだなんだ、貴様らはっ!」

「言われたとおりにするんだっ!!」


 そう言われてライフルのストックで頭を小突かれたアーサーが、抗議しようと振り返ると、途端に四方八方から銃口が向けられて言葉を失った。問答無用と言うことだろうか。しかし、アーサー達は何もしていないのに理不尽すぎるだろう。


 手に入れたばかりの聖遺物に手をやりながらこちらを見ているアトラスと目が合う。どうする? やるか? 着いてそうそう騒ぎを起こすのは本意ではなかったが、わけも分からず制圧されるわけにもいかない。


 アーサーは一瞬そう思ったのだが、


「これっ! やめぬかそなたら! これは余の客じゃぞ」

「皇王様はお下がりください」

「ええいっ! 聞き分けのない奴らめ! 余の命令が聞けぬのかっ!!」


 リリィの様子を見るからに、どうやらこの集団はこの国のれっきとした兵士のようだった。


 ならば揉め事を起こすのは得策ではないだろう。アーサーは肩を竦めてから、言われたとおりに手を頭の後ろで組むと、不承不承膝を折った。それを見て、仕方ないと言った感じでアトラスとエリック、他の子供たちが真似する。


 ところが、年少の子供たちはその意味が分からなかった。ただ大勢の大人たちに突然怒鳴られて、よほど怖かったと見える。更に何も悪いことをしていないアーサーたちが膝を折ると、それがショックだったのか、えーんえーんと大声で泣き出してしまい、兵士たちを苛立たせた。


「おいっ! そこの子供を泣き止ませろ」

「子供は泣くのが仕事だぞ。こっちだって、おまえらの仕事に付き合ってやってるんだから、これくらい大目に見ろ」

「ちっ……反抗的なテロリストめ」

「誰がテロリストだ……って、おいっ、こらっ! やめろっ!!」


 すると兵士は苛立たしげに泣いている子供の方へズカズカ歩いていき、怯えてアンナにしがみついてた子供を、蹴り上げるようにして引き剥がそうとした。その瞬間……


 ゴッ!!!


 っと石でもぶつかりあうような鈍い音がしたかと思ったら、たった今、子供を蹴り上げた兵士が錐揉みしながら飛んでいった。


「貴様っ! 何をするっ!!」


 慌てて他の兵士たちが駆け寄ってきて、アンナを取り囲もうとするが……言うまでもなく、それは彼女の怒りの炎に油を注ぐようなものだった。


「どうもこうもない……」


 ギラリと鋭い眼光が兵士たちを捉える。すると周囲から、尋常でない量のマナが彼女を中心に集まってきた。その濃密なオーラに戸惑いながら、兵士たちはなおも彼女を止めようとしたが、彼女は抵抗するなら射殺する、の言葉にすら一切怯むこと無く睨み返すと、


「ただでさえ、こんなところ来たくなかったのに。こんな嫌な思いまでさせられるなんて……許せない」

「おい、アンナっ! 落ち着け!」

「うるさいっ! 私はもう知らない。後はアーサーたちで勝手にやって!」

「貴様、抵抗するつもりか!?」


 明らかにアンナの様子は尋常じゃないのに、この期に及んでトンチンカンな事を言いながら、兵士が彼女のことを拘束しようと不用意に近づいていった。その瞬間……


高天原(たかまがはら)豊葦原(とよあしはら)底根國(そこつねのくに)……」


 アンナの詠唱と共に、周囲が業火で吹き飛ばされた。


 それは一瞬で周辺の雪を溶かし、兵士たちの山高帽だけを見事に焼き払った。そして彼女は、水浸しの地面で尻もちをついている兵士たちを尻目に、信じられない跳躍力で建物の屋根から屋根を飛んでいった。まるで、いつぞやの聖遺物狩りのようである。


 それをポカーンと見つめる兵士たちと対象的に、リリィが一人で凄い凄いと喜んでいた。エリックが頭を抱えている。アトラスがやれやれと肩をすくめた。これで彼女は、晴れてお尋ね者である。


 そんなわけで、アーサー達はアクロポリスに到着するや否や、兵隊の詰め所に連行されることとなった。アンナが逃げてしまった手前、仕方ないので大人しく従ったのだが……リリィの証言もあるし、当初はすぐに解放されると思っていたのに、その後彼らは長い間拘束される羽目となる。


 何故ならこの皇国親衛隊なる集団は、その名前の響きとは裏腹に、皇国を衞ったりなんかしない、それはおかしな集団だったのである。そうとは知らぬアーサー達は、留置場の檻の中でいつ釈放されるのかと、のんきに構えていたのであった。


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