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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
328/398

ぎゃふん

「雷神を切り伏せし英雄が佩刀千鳥よっ! この世の全ての理を一刀の下に断ち切れ! 我が血をすすり雷の化身となれっ! 雷神……降臨っっ!」


 アトラスがそう詠唱すると共に、世界が急速に色あせていく。さっきまでアトラスと会話を交わしていた兵士は、その親しげな笑みを浮かべたまま固まっていた。


 全身にビリビリと電気が走るような感触がして、思考と全神経を研ぎ澄まされているのを肌で感じた。世界が止まっているのではなく、アトラスの思考が加速しているようだった。


 加速されているのは何も思考だけではない。彼が前方を見据え、あそこへ行きたいと思って一歩踏み出すや否や、彼の視界がぐにゃりと曲がって、体がまるで操り人形みたいに勝手に動き出し……


 ゴオオッッと、耳障りな音がしたかと思ったら、次の瞬間、気がつけば彼は元いた場所から数十メートルも離れた場所に立っていた。それはさっき、彼が行きたいと思った、まさにその場所だった。


 縮地――


 術者が高速移動するために速度を上げるのではなく距離の方を縮めるという神秘の技のことだが、まさにそんな感じである。アトラスは自分で何かをした覚えがない。世界のほうが勝手に折れ曲がっていったのだ。


「おおおおぉぉぉ~~~!!!」


 アトラスの後方……さっきまで彼が居た方から、兵士たちの感嘆の声が響いてきた。改めて振り返ってみれば、そこは50メートル以上も離れていて、それほどの距離を文字通り一足飛びに移動したことになる。恐らく、兵士たちには、アトラスが瞬間移動したように見えたのではなかろうか。


「すげえなあ、アトラス。マジで魔法使いっぽいぞ」

「いや、マジだから。あれ、本物の聖遺物だから」


 エリックとマイケルが頭の後ろで手を組みながらのんきに感想を述べていた。


 時を遡ってアーサー一行が方伯との会談を終えた直後の出来事。アトラスは手にいれたばかりの聖遺物を持って、練兵場へとやってきた。聖遺物は一子相伝、握った瞬間にわかったことだが、エリオスの落としていった聖遺物はアトラスのマナにも反応し、その名を彼に示して彼を所有者と認めたようだった。


 雷切丸千鳥と言う名のその聖遺物は、やけに反りの大きな刀身60センチ程度の短刀で、アンナのハバキリソードよりも少しだけ長い程度のものだった。アンナのそれもそうであるが、チドリも聖書や一般的な神話や伝承では聞いたことのない変わった名前で、来歴が不明なそれがどんな能力を持っているのか名前だけでは判断がつかない。そのため、アトラスはこうして練兵場までそれを確かめにやってきた。


 尤も、エリオスが魔法使い相手に散々魔法妨害スキルを見せてきた手前、恐らくチドリの能力はそれだろうと思っていたのであるが、実際に試してみると、どうも勝手が違うのである。


「ちっ……先程、俺はそいつにやられたんだ。まさか魔法妨害だけでなく、瞬間移動する魔法まで使えるなんて思わないじゃないか。目の前で、あの巨漢がパッといなくなったんだ。信じられるか?」


 頭を包帯でぐるぐる巻きにしたベネディクトの取り巻きフランシスが、悔しそうに地面につばを吐き捨てた。


 聖遺物狩り(エリオス)の襲撃で怪我を負った彼は、医務室でエリックとマイケルから、アトラスがその聖遺物を試し撃ちすると聞いて、医者が止めるのも聞かずにすっ飛んできた。エリオスに負けたことが悔しくて、どうしてもその威力を確かめたかったようだった。


 彼は忌々しそうに、それからちょっと羨ましそうにしながら、アトラスに言った。


「マルチスキルの聖遺物があるとは話に聞いていたが、実物はなかなかお目にかかれないからな、せっかく手に入れた珍品を大事にするが良い」

「それがおかしいのよ……」


 そう言いながら、アトラスが右に左に首を傾げつつ歩いてくる。


「何がおかしいんだ? おまえの性癖のことか」

「失礼な貴族様ね、その包帯でぐるぐる巻きの頭をハグしちゃうわよ……そうじゃなくって、魔法妨害? の方の魔法の使い方がわからないのよ。縮地の方は握った瞬間にすぐに理解できたんだけど……」


 すると側でそれを聞いていたエリックが言った。


「ああ、それなら思い当たる節がある。リディア王家のクラウソラスもマルチスキルの聖遺物だったけど、長らく複数の力があるとは知られてなかったそうだぞ。それをたまたま遊びにきていたリーゼロッテさんが気づいて、ブリジット陛下にやり方を教えてくれたらしいよ」

「もしかして、ある程度の実力が必要と言うことかしら……?」

「どうだろう。実力なら陛下も、そのお父様も、十分なものを持っていたはずだから、何か特殊な才能が必要なのかも知れない。リーゼロッテさん……あの人も大概イカれた人だったからなあ……」


 しみじみというエリックに対し、アトラスは眉をハの字に曲げて困ったように、


「剣聖様ならわかるかもって言われても、その剣聖様の居場所がわからないじゃない。それじゃ困るわ」

「そうなんだよなあ……あの人、ホントどこ行っちゃったんだろうね。まさか、死んじゃいないだろうけど……」


 練兵場に集まった男たちは剣聖の居所に頭を悩ませた。


 ところがどっこい、それは意外なところから情報がもたらされたのであった。


************************************


『拝啓母上様。ここビテュニアは寒い日が続いておりますが、そちらはお変わりありませんか。ご無沙汰しております。いつまでも便りを送らなかった親不孝をお許し下さい。先日ビテュニアでベネディクトと再会したところ、母上様が私の手紙を待っていると伝えられ、取り急ぎ筆を執った次第。思えば家を出てから半年あまり、多忙にかまけて故郷を振り返ることも出来ませんでしたが、この飛ぶように過ぎ去りし日々を無事過ごせたのは、ひとえに丈夫な体に産んでくださいました母上様のお陰。不肖この私、一日たりと母上様の御恩を忘れた日はございませんでした。従者のエリックとマイケルも変わりなく、元気に毎日を過ごしております。初めは頼りないと思っていた二人でしたが、蓋を開けてみればその才能は多岐に渡り、私を助け、今や欠かせぬ家来として仕えてくれています。彼らを推挙してくれた母上様の慧眼に感服するとともに、その愛をひしひしと感じている所存です。さて、突然ではございますが、この度私はリディア奪還を目指して兵を挙げることになりました。母上様は驚かれるかも知れませんが、私もリディア王家に連なる男子として、現在の魔王に蹂躙されし故郷に対し忸怩たる思いを抱いておりました。本来であれば真っ先に母上様に相談すべき事柄かとも思いましたが、いつまでも実家に迷惑を掛けていてはカンディア公爵の名折れ、私をヴェリアから追い出した連中をぎゃふんと言わせられるような成果を上げて、必ず母上様の元へ帰ることをお約束しますので、どうかご心配なさらぬようお願い申し上げます。今は行方不明の剣聖様に、我軍に参加していただきたく、その行方を追っているところです。これが終わり次第、一度カンディアに軍を結集し、来るリディア奪還の日のための決起集会を行うつもりでおりますから、その頃にでもまたお会い出来たらと存じております。それでは長くなりましたが、これで筆を置きたいと思います。母上様に置かれましては、いつまでも健やかであらせられますようお祈り申し上げます。敬具』


『前略アーサー様。あなたから突然手紙が来て母はビックリしました。ベネディクト様は真面目だから、社交辞令を真に受けてしまったのですね。久しぶりにあなたの率直な考えを聞くことが出来て嬉しく思います。ですが、挙兵の件なら知っていましたよ。母はランさんとよく電話でやり取りしてますし、この間なんて2時間もお話しちゃった。それからあなたに仕送りを届けるたびに、エリックとマイケルから報告を頂いてもいますので、母のことなど気にせず頑張りなさい。アンナさんによろしく。そうそう、エリザベス様を探しているのですか? 彼女なら母の文通相手です。なんなら、あなたが会いたがっていたと伝えておきますよ。返事が返ってきたら、そうですね、サリエラ様にでもお伝えしますから、無駄にうろちょろしないでちょっとお待ちなさい。それではお元気で。かしこ』


『拝啓母上様。ぎゃふん』

 

************************************


 挙兵のための各種折衝を行ってる最中、アーサーが故郷の母に手紙を送ったら、思わぬ返事が返ってきた。なんというか灯台下暗しというか、今一番会いたい相手、剣聖の居場所を知っているというのである。


 まさか、ずっと一緒に暮らしていた母が剣聖と文通してるなんて思いもよらなかったアーサが、脱力して周囲に漏らしたら、サリエラまでとんでもないことを言い出した。


「剣聖様でしたら、私も手紙でやりとりしてましたよ?」

「な、なんだってー!」

「そ、そんなに驚かれなくても……10年前のエルフ討伐軍に参加なされた方ですから、報奨金とか年金とか、その後の援助を行っているんですよ。それに剣聖様はアンナのことを気にしておられたので、その件について手紙でやり取りしていたのです」

「だったらなんで今まで黙っていたのだ。剣聖ほどの戦力の行方を知っていたのであれば、まず真っ先に俺に言うのが筋じゃないのか」


 アーサーがサリエラの気の利かなさを愚痴るように糾弾すると、彼女はムスッとした顔でこう返した。


「彼女は隠居なされた身ですよ? もう戦うのが嫌で身を隠してらっしゃるのに、私が勝手に紹介するわけにはいきませんよ。そりゃ、聞かれたら答えましたけど」

「う~む……」


 考えても見れば確かに、他人の秘密をベラベラ喋るようなやつでは信用できないし、これで良かったのだろう。最終的には、探しているということを伝えたら、教えてくれたのだし……


「すまなかった。そもそも、母が文通相手と知らなかった俺が、あなたを責める筋合いは無かったようだ」

「構いませんけど。それじゃあ、私からも剣聖様にはアーサー様のことをお伝えしておきますよ。ただ……何しろ手紙ですからねえ。返事が返ってくるまで多少の時間がかかるかと」

「そう言えば、今時文通なんて珍しいな。直接電話で話したらどうなんだ」

「アクロポリスとビテュニアは電話線が繋がってないんですよ。その直前までは繋がってるんですが……だから、アクロポリスにいらっしゃる剣聖様のことも、あまり世間に知られてなかったのでしょう」

「なに? なんでそんなことになってるんだ。電話線を引く程度ならそこまで面倒な工事も必要ないだろうに」

「今の皇国議会は、何でもかんでもアスタクスのすることにケチを付けたがるんですよ。こちらの文化が伝播するのをすごく嫌がります」

「ふーん……侯爵様の影響力を警戒してるのだろうか」

「市民の方々は不便でしょうにね。鉄道だって、景観を損ねるとか豪雪地帯だからとか、色々理由を付けて未だにアクロポリスまで延伸してないんですよ。市内に入るためには、鉄道を降りたら馬を使うことになります」

「そりゃまた面倒くさいな」


 アーサーは目を丸くして口をポカーンと半開きにした。ベネディクトがアーサーを追い出したみたいに、皇国もアスタクス方伯の影響力を嫌って排除してると言うところだろうか。


 イオニアやカンディアからは遠いのであまり気にしたことは無かったが、両国はかつてはシア戦争の際に天領オクシデントを助けたり、戦後は一緒に平和宣言をしたりと蜜月関係だったはずだ。


 それがどうしてこんなことになってしまったのか、間もなくその理由を知ることになるが、この時のアーサーは首をひねるばかりで、さして気にもとめていなかった。


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