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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
325/398

宮廷魔術師サリエラ

 アスタクス方伯との会談は、当初、和やかに進んでいた。しかし、途中からアーサーが消極的とも思える手堅い策を口にすると、彼は突如として怒り出し、大声を上げたかと思ったらすぐに意気消沈し、その場に居た者たちを困惑させた。


 ぐったりとしたまま謁見の間から出ていった方伯のことを心配して、アーサーはその場に残ったサリエラに尋ねた。


「侯爵様は何かのご病気なんですか?」


 すると彼女は首を振って、


「いいえ、ミダース様は至って健康であらせられますよ。ただ、それは90歳にしてはと言うことです。主治医には100歳まで生きられると太鼓判を押されているほどなのですが……やはり、何もかも若い頃のままとは行かないでしょう。ふとしたきっかけで体調を崩されがちです。特に、ミダース様は若い頃から激しやすい性格でしたので、血圧が上がりやすく……一度ああなると、暫くはぼんやりしてしまわれて、どうにもならなくなります。それで面会する人数や用件を絞ってるのですが」


 ビテュニアに到着するなりランがアポイントを求めて走っていったのはそういう理由だったのだろう。本来なら、方伯が一番元気な時にセッティングするつもりが、思わぬアクシデントが発生してすぐに会えるようになった。アーサーはそれをラッキーだと思っていたが、そんなこともなかったわけだ。


「しかし、ミダース様が仰られていた通り、時間がないというのは本当ですよ。見ての通り、ミダース様がこのようなご苦労を為されてらっしゃるにもかかわらず、ご公務を代わりになされる後継者がおりません」


 それは後継者になる子供が居ないと言うわけではなく、任せられる人材が居ないということだそうだ。方伯には20人近い子供と100人以上の孫やひ孫がいるのだが、その後継を巡って権力争いを繰り広げているそうで、彼らは自陣営に引き込むために有力者との癒着が酷いらしく、国政を任せることが出来ないそうだ。


 だから方伯が、自分が死んだら人類は敗北するだろうと言ったことは、誇張でもなんでもなく、彼が死ねばアスタクスは分裂し、人間同士で争い始め、後ろ盾を失ったフリジア防衛戦はエルフに突破されるだろうと言うことだ。


「私もこうして宮廷魔術師として召し抱えていただいておりますが、もしミダース様がお亡くなりになられたら、すぐにでも追い出されることでしょう。そうなるともう、この国にエルフについて知り、真剣に考える者は居なくなるはずです」

「サリエラはティレニアの出身と聞いたのだが……」


 アーサーが尋ねると彼女は頷いた。


「はい。アンナの母親と一緒に脱走し、そこにいるランさんに助けてもらいました……尤も、脱走する必要などなかったのですが」

「ティレニアが太陽の制御装置を持っていたとか言う話は本当なのか?」

「それを誰に聞いたのでしょうか……ってランさんしか居ませんね。厳密には違います。我々が管理していたのは、太陽の制御装置ではなく、マナエネルギーを統括する衛星のメンテナンスです。もしくはマナの循環システムの管理者と言ったところでしょうか」


 何を言ってるんだかさっぱりわからない。そんな顔をしていると、サリエラは苦笑交じりに説明を初めた。


 サリエラはアトラスから何かを受け取ると、


「これは前線でエルフがばら撒いていると言われる種子ですが、これには通常よりも多くのマナが含まれています。マナは水に溶けてアルコールに分解されるので、このようにアルコールに触れますと……」


 サリエラがそう言って、種子に酒らしき液体をかけた。すると、みるみるうちに種子が蛍光色に光りはじめ、もやもやと霧が広がるように光の礫が染み出してきた。それはあっという間に謁見の間全体に広がっていき、気がつけばアトラスは雲の上にでも立ってるかのような状態になっていた。


「見ての通り、この種子は見た目に反して大量のマナを内包していて、実はこれがエルフの種子が他の植物と違って急成長するカラクリなんです。植物というものは、土中に含まれた栄養素や水、そして光合成エネルギーによって成長しますが、知っての通り現在、太陽があの通りですから、普通の植物は日照不足による弊害で成長が著しく低下し、結果、大飢饉が訪れたわけです……


 ところでマナというものの正体が何か、ご存知でしょうか。マナとは植物の光合成を利用して、エネルギーを貯蔵する微粒子のことなんです。水に溶けたマナは地中で植物の根っこに入り込み、光合成エネルギーをちょっと拝借して、夜間に呼吸と共に空中に放出されます。


 そうして空中に漂っているマナのエネルギーを我々は利用して、魔法を使ったりヒールを行ったりしていたわけですが……これ、逆に言えば、マナに蓄積された光エネルギーを使えば、植物の光合成を助けることが出来るかも知れないじゃないですか」

「そ、そうなのか?」


 アーサーが自信なさげに首を傾げる。サリエラは出来の悪い生徒でも見るような目で、苦笑しながら続けた。


「エルフの種子が何故急成長するのかと調査していた私はその可能性を考え、アクロポリスの世界樹でその遺伝子を徹底的に調べました。結果、エルフの種子から育つ植物は、逆に呼吸から取り込んだマナを利用して、成長する植物だったのです。


 また、もしやと思い、マナの製造装置でもある世界樹の葉っぱを調べてみたところ、エルフの種子と同じ遺伝子が含まれていることが判明し、私はそれを特定しました。そして私は、既存の作物の遺伝子操作を行い、空気中のマナエネルギーを用いて成長する作物を生み出すことに成功したのです。


 この発見のおかげで、飢饉により発生する餓死者の増加に歯止めがかかりました。実は、今の人口を支えているのは、この時に作られた作物の……ある意味エルフのお陰なのですよ」


 アーサーはポカーンとしていた。相変わらず何を言ってるのかイマイチ理解できないようである。サリエラはその顔を見て、ため息を漏らしてから、


「まあ、完全に理解する必要はありませんから。簡単に言えば、現在、我々が不足なくご飯を食べられているのは、空気中にマナがあるからだと言うことだけ覚えていてください」

「それなら分かった」

「そして、そのマナを統括するシステムの、制御装置があったのがティレニアの聖域だったのですよ。我々ティレニア人は、太古の昔より、その装置によって太陽の強弱をコントロールしていました」

「……そんなことが可能なのか?」

「可能だったと理解してください。我々は数十年に一度の間隔で、儀式によって太陽活動が弱まらないようにしていました。ところが、今回に限って様々な悪条件が重なってその儀式が遅れ、最後には魔王様が現れて聖域を占拠され、儀式を執り行うことが不可能となってしまいました。そのせいで、太陽があんな風になってしまったのです」


 アーサーは頷いた。全てを理解したというわけではないが、


「噂通り太陽がああなってしまったのは魔王のせいだったわけだな。許しがたい……そんなことをして一体何になるのか」

「わかりません。あの方が何を考えていらっしゃるのか。空気中のマナが減少していくに連れて、森で大人しくしていたエルフは人間を積極的に襲うようになりました。それは森を広げようとする意思もあるでしょうが、枯渇するマナを求めてという理由の方が大きいと思われます」

「どういうことだ?」

「非常に小さくて水に溶けるマナは、ありとあらゆる動植物に入り込んでいます。すると食物連鎖の頂点に立つ人間の体内に濃縮されやすいわけです。魔法使いが魔法を行使する際、緑色のオーラを発するでしょう? あれは体内のマナが反応しているんですよ。人間は、じつはマナの貯蔵庫なんです」


 前線で、兵士がエルフに食われていたという噂が立ったのは、つまりそういう事らしい。森のなかで光合成するようにマナを得ていたエルフは、そのマナが少なくなった影響で、人間や動植物から積極的に取り込もうと、エネルギーの獲得手段を変えたということだろう。


「なんとか空気中のマナを増やす方法はないのか?」

「太陽がああなってしまった以上、以前のようには……それに、マナを生み出す世界樹は、現在、その機能を停止しています。アーサー様は海がぼんやりと光って、マナを放出している場面を見たことがありますか?」


 アーサーは頷いた。それなら、従者の二人と一緒にリディアを偵察に行った時、嫌というほど見た覚えがある。見た目は美しいのだが、陸から発見される恐れがあるため、逃げ回る羽目になった。


「実は地球上で最もマナを貯蔵しているのは、海水なのですよ。ロディーナ大陸のあちこちにある世界樹で作られたマナは、空気中にどんどんと溜まっていきますが、目に見えないほど小さいとは言え高分子ですから、飽和量があります。最初はふわふわ浮いていたマナも、飽和量に達すると地面に落下し、雨に流され、やがて海に蓄積します。


 こうして海に蓄積されたマナは、空中のマナ濃度が低下すると放出されます。すると現在、空中のマナがどんどん減っているわけですから、海中からマナが飛び出してくるわけですね。


 このお陰で、世界樹がマナを生産しなくなっても、いきなりマナが枯渇したりはしなかったわけですが、逆に言えば、あの光は空中のマナがどんどん減り続けていることを意味しているわけです。


 もし、このままマナが減り続け、やがて海中のマナも使い切ってしまったら、我々人類もエルフも生きることが出来なくなります。植物は枯れ果て、やがて地上から生命は居なくなり、海が凍結し始め、地球は凍結と大噴火を繰り返す不毛の星となるでしょう。それがいつのことかは、はっきりとしたことはわかりません。ですが、現状のままですと、そう遠くない未来にそれは訪れることでしょう」


 海がピカピカと光る光景を思い出して、アーサーはぞっとした。あの時はそれを美しいと感じたものだが、今は到底そんな気分になれなかった。


「だったら早く魔王を倒し、儀式とやらをしなければ……」

「それが……手遅れなのですよ」

「どうして?」

「コルフから脱出した後、私は聖域の様子を調べるためにアクロポリスの世界樹へ行きました。世界樹同士は特別なネットワークで繋がっていまして、遠隔地であっても電話みたいに連絡が可能なのです。それで聖域の様子をこっそりと調べようとしたのですが、困ったことにそれが出来なかったのです。


 もしやと思って、メディアの世界樹の様子も探ってみましたが、こちらの方も反応が無く、おそらくはガッリア大陸にある全ての世界樹が沈黙しているんじゃないかと。魔王様は、どうやら世界樹を潰して回っているようなのですよ」

「なんでだ!? そんなことしたらマナが枯渇してしまうんだろう? そうしたら人間どころか魔王だって生きちゃいられないんじゃないのか」

「私も信じられないのですが、あの方はかつて人類に破壊と混沌をもたらすと宣言しました。どうやら魔王様はそれを本気で実行しようとしているとしか思えないのです」


 アーサーは空いた口が塞がらなくなった。あのエルフの親玉は、人類を駆逐してエルフの繁栄を目標にしているわけではなく、この星を死の星へ変えようとしていると言うのだ。


「どうしてそうまでして、魔王はこの星を破滅に導こうとするんだ?」

「わかりません。あのお方の考えることなど、我々には遠く及びませんから。ただ、一つだけ気になることがあるとするなら、あの方は今の魔王様になられる前に、儀式など無駄だとおっしゃっていたことです」

「無駄と言ったって、現実にこうなっているのだろう? 貴様らは騙されたのではないか……と言うか、さっきから聞いてれば、あの方だとか魔王様だとか……サリエラ、貴様は何か魔王に含むところでもあるのか?」


 先程からサリエラが時折見せる魔王への敬意らしき態度にイライラしたアーサーが責めるように言った。サリエラはその言葉にハッとして、ドギマギした感じの表情を見せたあと、困ったように苦笑してから、


「それは、私はあのお方のことを、ただの悪とは思ってないからですよ。魔王様がああなさるのには必ず理由がある。本音を言えば、あの方がなさることを、私は止めればいいのか、それとも、このまま黙って見過ごせばいいのか、未だに判断付けかねているところなのです」


 アーサーは今度こそ絶句した。魔王討伐の最前線であるこのアスタクスで、方伯の右腕として働いている宮廷魔術師が、実は魔王を倒したくないと思ってるなんて、想像もつかなかった。


 方伯は彼女の気持ちを知っていてそばに置いているのだろうか? それとも知らずに利用されてるのだろうか。だとしたら大変だとばかりに、アーサーがサリエラに食って掛かろうとした時だった。


 サリエラに掴みかからんばかりに勢い込んだアーサーの肩を、ランがガッシリと掴んで引き止めた。


「まあ、待て、坊っちゃん」

「何故止める」

「お前は魔王を悪だと一方的に思っているからビックリしてるんだろうが、物事の本質は一面的なものではないぞ。実を言えば私も、ここにいるエリックとマイケルも、サリエラと同じように魔王のことをただの悪だとは思ってない」

「な……なんだって!? そんな馬鹿な話があるかっ!!」


 冗談を言っているのだろうかと、アーサーは驚いて振り返ったが、従者たちはランの言葉に動揺する素振りを見せず、さも当然と言わんばかりに頷いた。これまで、この3人で魔王討伐のために奔走してきたと言うのに、なんだか裏切られた思いがしたアーサーが、何を言っていいのか分からずプルプル震えていると、ランは掴んだ彼の肩をポンポンと慰めるように叩いてから、


「しかし、そもそもあの男は魔王なんて呼ばれるような男じゃなかったんだよ。魔王としての存在がでかすぎて、為政者としての側面は完全に過去のものにされちまったが、本来なら、あの男にこんなことが出来るわけがない。坊ちゃんには、いつか話さなければならないと思っていた。だから簡単に説明しよう。どうしてあの男が魔王になっちまったのか」


 そうして語られた15年前の出来事は、アーサーにはまったく寝耳に水の事ばかりだった。


 エリックとマイケルは、実は魔王の友達で、魔王がリディアを襲撃したと言われているその日は、彼と一緒に居たらしい。そして、魔王が首都襲撃のためにメアリーズヒルに集めたとされる軍隊は、実は魔王一人を殺すためだけに集められた兵であったという。


 魔王に殺されたと言われている皇帝ブリジットは、実は逆に魔王を助けるために駆けつけただけであり、この時、魔王の従者であるアトラスの父とクロノア中佐も殺害され、エリックとマイケルは命乞いをして逃げ出し、ずっとそれがトラウマとなっていた。


 その後、魔王は千人からなる軍隊を退けることに成功するが、代わりに仲間の殆どを失い復讐の鬼と化したらしい。そして彼は残党を狩るために首都へ引き返した。


 残党とは言っても、そもそもそれは帝国の正規軍のことであり、その首班がやられていたため、実はこの時、首都リンドスは防衛能力を失っていた。そして運の悪いことに、時を同じくして、エルフの再襲撃が起こったのである。


 実は、魔王はこの時、エルフをけしかけたりなんかしていなかったのだ。


「生き残った人々の証言をつなぎ合わせてみると、魔王とエルフの襲撃は別々に起こったことだったんだよ。まず、怒り狂った魔王が宮殿を占拠していたクーデター軍を蹴散らし、そして軍隊が居なくなったところに、運悪くエルフの襲撃が起こったんだ。


 その日、リディアは朝から何故か街の様子が物々しくて、嫌な空気だったらしい。すると突然、宮殿がクーデター軍に占拠され、街には戒厳令が敷かれたようだ。町の人達は出歩くことを禁じられ、家の中で大人しくしているしかなかった。これからどうなってしまうのかと不安になっていた矢先、外から魔王が帰ってきて、単独で軍隊と戦い始めたらしいんだ。


 すでに、メアリーズヒルでの戦闘で、最高指揮官を失っていたクーデター軍は、復讐の鬼と化した魔王の前に為す術無く、強力な魔法で蹴散らされた。そしてクーデター軍に参加していた将校の全てが魔王によって血祭りにあげられ、上官の命令に従っていただけの軍人は散り散りに逃げていった。


 こうして、リンドスから一時的に軍隊が居なくなったところに、運悪くエルフの再襲撃が起こったんだ。実はこの日のおよそ1ヶ月ほど前にも、リンドスはエルフの大襲撃に見舞われていた。この時、絶体絶命のピンチを救ったのは魔王だったんだが……もはや魔王に、この街を守る理由なんて無かったんだろう」


 魔王はエルフに襲われている人々を尻目に、街から去っていったという。それは彼からすると当たり前の行為だったかも知れないが、しかし人々は理不尽に彼のことを恨んだ。


 彼ならエルフを退けられただろうに、自分たちを見捨てて逃げたのだ。いや、もしもクーデター軍がいれば、もしかしたらエルフを撃退出来たかも知れないのに、あいつがそれを排除した。もしかしたらエルフをけしかけたのは、魔王だったのではないか。きっとそうに違いない……


「そんなバカな! それじゃあ、魔王はエルフ襲撃の濡れ衣を着せられたとでもいうのか!?」

「状況から判断すると、その可能性が高い。と言うか、おそらく間違いないだろう」

「いや、そんなの信じられるか……俺は生まれたときから、魔王は絶対悪だと聞かされて育ったんだぞ? 俺に限らず、周囲にそんなことを言っているものは居なかった。大体、貴様らの言うことはおかしいではないか。どこの世界に千人からなる軍隊を一人で退けられる人間がいると言うんだ。もしも居たとしたら、そんなのエルフが化けてるとしか思えんだろう」


 すると従者の二人がゲラゲラと笑いだした。彼らはひとしきり笑ったあと、涙目になりながら続けた。


「だから前にも言ったじゃないですか。本当のことを言ったところで誰も信じてくれやしない。人間、信じがたい真実と、それっぽい嘘が並んでたら、後者の方を信じてしまう。人間である宰相が千人の武装した軍隊を一人で退けるよりは、エルフである魔王がエルフを従えて人々を襲ったという方がまだ信じられるから」

「……貴様ら、本気でそんな寝言を言っているのか?」

「じゃあ、坊っちゃん。例えば、アンナちゃんの魔法を見て、どう思いました……?」


 言われてアーサーはハッとなった。彼女の魔法を始めてみた時、彼女さえ居ればエルフに勝てると……人類は救われると思ったではないか。


「魔王はアンナちゃんより強いですよ」


 腰を抜かしそうになってフラフラとした彼の体をランが支えた。アーサーは自分の従者たちの言葉に絶句しながら、額から流れる汗を拭いつつ、どうにかこうにか絞り出すように声を出した。


「そ、そんなやつと、一体、どうやって戦えば良いと言うのだ? 大体、それが本当なら、魔王と戦うことは意味が無いのではないか。彼もそんなこと望んじゃいないだろうし」

「それは分かりません」


 アーサーたちのやり取りを横で聞いていたサリエラが、その柔和な表情を崩さずに淡々と続けた。


「魔王様が濡れ衣を着せられたことも事実ですが、その後リディアを占拠し続け、エルフを操ってることもまた事実なのです。そして今回、魔王様の重臣たるエリオス様が、我々人類から聖遺物を奪っていたことも判明しました……魔王様が、人類に仇なしていることはもはや疑いの余地もありません。


 ただ何故、あのお方がそうせざるを得なかったのか。どうしてこんな面倒なことを行っているのか。


 魔王様が手を抜いていることもまた明白なのです。何故なら、もしも魔王様が本気で人類に破滅と混沌をもたらそうと言うのなら、とっくにそうなってなければおかしいのですから」


 文字通り一騎当千の魔王が、エルフを従えてやってくる……考えるだけでも悪夢である。だが、彼はそこまではしていない。


「我々の目的は魔王様が何を考えていらっしゃるのか、行ってそのお考えを改めて頂くことなのです。そして願わくばそのお怒りを鎮めていただき、エルフを排除して、リディアを奪還する……そのための軍を挙げると言うのであれば、アスタクス方伯の名において、いくらでも支援するとミダース様は考えておいでです」


 齢90を越えるアスタクス方伯は、その寿命が間近に迫っている。


 海の底から浮かび上がってくるマナが尽きれば、この世界は闇に閉ざされるだろう。


 猶予は殆ど残されてない。アーサーの元にはろくな戦力もなく、彼自身もこれといった取り柄もない。


「アーサー様。どうかご一考を。アンナを仲間に引き入れた貴方様は、我々の最後の希望となるでしょう。少なくともミダース様は、そう考えておいでです」


 そんなサリエラのセリフを、アーサーはどこか他人事のように聞いていた。


 魔王討伐も、リディア奪還も、これまで幾度となく口にしてきた言葉だったが、今このときほど空々しく感じることはなかった。


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