つまりはそういうことである
突然、広場で起きた魔法使い同士の戦いに巻き込まれた人々が、パニックになってアーサーたちに向かってきた。アーサーはこの流れにあらがうことが出来ずに、子供たちと一緒に流されていった。
100メートルくらい人波に押し流された彼は、子供たちの機転でどうにかこうにか路地裏に逃げ込むと、人々が通り過ぎるのを待ってから、はぐれてしまった従者たちのところへと急いで戻った。
「エリック、マイケル! 何があったんだ?」
「坊ちゃん、無事でしたか! いや、さっぱりわからないんですけど、この先の広場で魔法使い同士の戦闘が始まっちゃったみたいで……」
「なんだと!? 町中で迷惑なやつらめ……子供たちが巻き込まれる前に、俺達も避難した方がいいな」
「それが……アトラスが向かっていっちゃって」
「大尉が……?」
彼らしくない行動に、アーサーは首を捻った。アトラスは軽薄なおかま野郎にしか見えないが、その実かなり保守的な指揮官だ。他人の喧嘩に首を突っ込むような真似はしないはずだ。
「それが、どうも相手は聖遺物狩りとかいう因縁浅からぬ相手のようでして、あの親子はそいつのことをずっと追っていたとかなんとか」
「なんだと!? つまり、仇討ちの相手を見つけたということか。だとしたら、こうしちゃおれん。俺達も助太刀にいかねば」
アーサーはそういうと、居ても立っても居られないとばかりに、腰に佩いたサーベルで抜刀突撃をしようとし……2~3歩行きかけたところで思いとどまって、マイケルの背負っていた荷物から自分のカービンライフルを抜き出すと、
「子供たちのことは頼んだぞ」
と言って、自分にくっついていた子供をひょいっとアンナに手渡してから、一目散に駆けていった。
「坊ちゃん待ってくださいよ~!」
慌てて従者の二人が彼の後を追いかけていく。
アンナがそんな主従をボケっと見送っていると、彼に託された年少の子がそわそわしながら、
「……王子、死んじゃわないかな?」
と心配そうにつぶやいた。その言葉に周りの子たちも反応し、一斉にアンナの顔を見つめてくる。
彼女はタジタジになりながらも、子供たちに心配をかけまいとして気休めを言おうとしたのだが、その瞬間、アーサーの能天気な顔が脳裏に浮かび……何を言っても嘘っぽいと思って言葉が出てこなくなった。
彼女は腕組みをしてう~んと唸ると、
「十中八九、死んじゃうなあ」
にべもなく言い切った。
***********************************
「黎明を照らす妙なき太陽、中天を焦がす劫火となれ。光の御子たる我が名において命じる。唸れガラティン! その炎で敵を食らい尽くせ!」
フランシスの声とともに聖遺物から猛烈な炎が噴き出した。その熱量はすさまじく、広場のレンガを焦がし、鉄で出来た標識を溶かす。彼の前方で剣をふるっていた鉄仮面が、容赦なく炎に包まれる。
「……やったか!?」
「気を抜くな、フランシス!!」
フランシスの後方で抜身の剣を構えたままのベネディクトが叫んだ。まるでその言葉にこたえるかのように、炎を切り裂いて鉄仮面の男がゆらりと現れた。二人の魔法はさっきから、悉く男の剣によってかき消されている。どうやら男の持つ剣は、魔法を打ち消す聖遺物であるらしい。
「雷神を切り伏せし英雄が佩刀千鳥! この世の全ての理を一刀の下に断ち切れ! 我が血をすすり雷の化身となれ! 雷神降臨! ぬおぉぉおおおおおああああ~~っっっ!!!」
鉄仮面の野太い声が広場に轟くと、地響きでも起きたかのように、ぶるぶると体が震えだす。
男の体がまばゆい光に包まれたかと思うと、バチバチと音を鳴らして電気を飛ばしていた。
まるで本当に雷の化身みたいだ。
フランシスは気圧されてたまるかと、手に入れたばかりの聖遺物をギュッと握りしめた。まだ扱いには慣れていなかったが、こうしているだけで力が湧き出るような不思議な感覚がする。
だが、彼が気を取り直したその直後……鉄仮面の姿が彼の視界からパッと消えて……一体どこへ!? と思った時には、すでに男は彼の懐に飛び込んでいた。
「うっ! ぐっ! ぐふぅ……」
みぞおちに強烈な一撃が突き刺さり、体がくの字に折れ曲がる。そのまま成すすべなく吹き飛ばされたフランシスは、まるで水を切る小石みたいに地面を転がった。二転、三転、そしてほとんど初速を殺すことなく壁に激突した彼の額から、血液がシューッと噴き出る。
「フランシスッ!!」
ベネディクトの叫び声は、もう気を失った彼には届かなかった。
無事を確かめるため、駆け寄ろうとするベネディクトの行く手を遮るように、片割れを無力化した黒兜が威圧するように立ちはだかる。
ハッとして剣を構える彼に向かって指さしながら、黒兜は腹の底から響くような低い声で言った。
「改めて問おう。そいつを差し出すか。それとも死か……」
兜の隙間から覗く鋭い眼光が不気味に光る。ベネディクトはごくりと生唾を飲みこんだ。
事の起こりは数分前、突然、上空から目の前の巨漢が現れたことから始まった。王城からの帰り道、偶然出くわしたアーサーたちと別れたあと、その黒兜は道を歩いていただけのベネディクトたちにいきなり飛び掛かってきたのだ。
黒兜はベネディクトを守ろうとする取り巻きに容赦なく切りつけると、人間業とは思えない恐ろしいスピードで、次々と攻撃を繰り出してきた。
恐れをなした取り巻き連中はその一撃で逃げ出し、聖遺物持ちのフランシスだけが残ったが、その彼が魔法を行使するも、黒兜は苦も無くその魔法の炎を切り捨てて、二人に向かって問いかけたのである。
黙って聖遺物を差し出すなら命までは取らないと。
だからと言って、はいそうですかと差し出すわけにはいかない。二人は断固拒否して男と対峙すると、そのまま交戦が始まったが……魔法使いが二人がかりで攻め続けているというのに、信じられないことに目の前の男は苦も無くそれをいなして、たった今見ての通り、逆にフランシスを無力化してしまった。
血を流し、壁にもたれてぐったりとしているフランシスはまだ息があるようだが、その姿を見ただけで、男が脅しのために誇張していってるわけではないと判断がついた。
しかし、ベネディクトは怯むことなく、その黄金の柄に水晶の細工が施された美しい剣を地に構え、男に向かって挑みかかるように言い放った。
「我が名はベネディクト・ミラー。イオニア連邦国、ミラー伯爵家に連なる者である。主君より賜りしこの剣を手放すことは、元より死を意味するまで。お前の問答は無意味だ。四の五の言わずにかかってこい」
男はベネディクトが強がりを言っているのではないかと、確かめるかのようにじっと彼の目を見つめてから、
「そうか……」
と小さくつぶやくと、おもむろに手にしていた刀を無造作に、ポイっと地面に投げ捨てたのである。
そのあまりにも意外な行動に、ベネディクトはポカンとして馬鹿みたいに口を半びらいた。どうして武器を捨てるんだ? と、男ではなく、刀の方に視線を移した、そのほんの一瞬の出来事だった。
投げ捨てられた刀に目をやった瞬間、ベネディクトはたった今、目の前にいたはずの男が視界からかき消えていることに気が付いた。
ハッとして彼は地に構えていた剣を突き出すように正眼に構え直した。
すると、その瞬間……ガキンッ!! ……っと金属同士がぶつかり合う音がして、剣を握った両腕にしびれが走った。
下から突き上げるような衝撃で上体を起こされ、彼はたたらを踏んで後方へと数歩後ずさる。
一体何が起きたのかと思いきや、目の前にいたはずの黒兜の男が、いつの間にか死角からベネディクトに迫ろうとしているところだった。男は手に金属製の警棒を持ち、ベネディクトを下から突き上げようと忍び寄ってきたところを、咄嗟に構えを変えた彼の剣に阻まれたのである。
ベネディクトは冷や汗をたらした。完全に不意を突かれていた。あのまま何もしていなかったら、今頃意識不明か、下手したら即死していたかも知れない……
そんな妄想にゾッとすると同時に、しかし彼はそこに好機を見出した。
黒兜は攻撃を交わされ、態勢を崩している。
剣を捨てた今なら、魔法が通じるはずだ。
「鉄馬の智将が振るいし、純潔の名を冠する魔剣。我は友を穢し死をも恐れぬ猛将となりて、すべてを平らに洗い清めたもう。オートクレール! 幾千幾万の血を浴びて、美しく染まる薔薇となれ!」
周囲に立ち込めた蛍光色のマナが、その瞬間、鋭い刃となって黒兜の男を襲った。
かまいたちのような剣風が前後左右から男を覆う様に飛び交い、土煙を上げてあっという間に男の姿は見えなくなった。だが本来なら血しぶきが上がり、そこに薔薇の花が咲き誇るはずのそれは、男の姿を隠して逆に術者の視界を奪ってしまった。
ベネディクトは驚愕した。
「何故だ!? 何故魔法が効かない?」
男はさっき聖遺物を投げ捨てたはずだ。ベネディクトは確かにそれを見た。まさかフェイクだったのかと、焦った彼が視線を外した時だった。
ドスッ……と、腹部に衝撃が走って、ベネディクトは吹き飛ばされた。
「ぐぁっ! げはっ……」
彼はきりもみしながら倒れると、ゲボゲボと胃の内容物をまき散らした。涙で視界がぼんやりとする。ボディの急所を突かれて体に力が入らなかった。なんとか反撃しないと殺される……そう思うのだが、息をすることさえ困難ではどうにもならない。
ベネディクトは力なく地面に転がっている。男はそんな彼にとどめを刺そうと、手にした警棒を振り上げた。
するとその時……
パァァァ~~~ンッッ!!
……っと、乾いた銃声が広場にこだました。
瞬間、黒兜が咄嗟に警棒を振るう。
キンッ……とライフルの弾が弾かれて、後方へと飛んで行った。
ベネディクトが銃声のした方を見ると、そこには長身の目つきの悪い男がライフルを構えて立っており、
「あら、やっぱり……魔法は効かなくっても、こっちは普通に効くみたいね」
おかまみたいな口調でそう言うと、間髪入れずに第二射を黒兜にお見舞いした。
黒兜はこれを嫌って後ずさると、放り投げた聖遺物を回収し、じりじりとアトラスとの間合いを測るように動き始めた。
その隙に、どうにかこうにか息が出来るくらいに回復したベネディクトが、自分の腰のホルダーに差していた拳銃を抜き放ち、男に向かって引き金を引く。
「……くっ!」
完全に油断していた男の腕に当たって血飛沫が舞った。
「聖遺物狩り、今日こそは逃がさないわよっ!? ママが来るまで、持ちこたえて見せるっ!」
アトラスはそう言い放つと、これを好機とライフル射撃を繰り返した。だが、単発式のそれでは射撃の間に隙がありすぎた。
不意を突かれた男ははじめこそその射撃に翻弄されるように防戦一方であったが、一旦、落ち着きを取り戻したら、高速攻撃が可能な彼にはあくびが出るような単調な攻撃にすぎなかった。
「キャッ!」
装填の隙を突かれたアトラスが、瞬間近づいた黒兜に蹴り飛ばされる。
どうにか防御姿勢を取った彼は、吹き飛ばされながらも、再度射撃を行うために態勢を整えようとしたが、そうはさせじと男の第二撃が迫ろうとした。すると……
パァァ~~ンッッッ!
っと、またどこからか射撃音が聞こえてきて、
「大尉、無事か! 助太刀に来たぞ……って、ベネディクト!? ええい、なんだか知らんが、とにかく助けるぞ。お前たちっ!」
「合点承知!」「ひゃ~! 修羅場じゃないっすか」
見れば広場の入り口で、アーサー達主従がライフルを構えていた。
「あんたたち……助かったわっ!」
アトラスはその隙に態勢を立て直すと、ゴロゴロと転がるようにして男から離れると、ライフルに弾を装填した。
この間に持ち直したベネディクトも、ピストルで援護射撃を開始する。
これで5対1……劣勢となった黒兜は、忌々しそうに距離を取った。
「黒兜の狙いは聖遺物よっ! 奪われないように回収しちゃって!」
アトラスが壁にもたれかかって気絶しているフランシスを指さして叫んだ。
その言葉に反応したエリックとマイケルが、射撃をしながら彼の元へと向かう。すると黒兜はそうはさせじと彼らに襲い掛かろうとし……
パンッ! パンッ! パンッ!
……っと、至近距離から連続射撃を食らって、たまらず地面を転げてそれから逃れた。
信じられないことだが、その広場の中で一番有効な射撃を行っていたのはアーサーだった。
彼は前線で口を酸っぱくして言われた通り、狙いはほどほどにして、とにかく素早く再装填することを愚直に繰り返していた。それがこの間、エルフに追い詰められたことで、何かが覚醒したように研ぎ澄まされていたのだ。
だからよほど目立ったのだろう。
男はアーサーの射撃から距離を取ると、物陰に隠れて5人の射撃の隙を窺った。
そしてその瞬間が訪れるや否や、
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~っっっ!!!!」
気合の雄たけびを上げて、それこそ弾丸のような素早さでアーサーへと飛び掛かってきたのである。
しかし、射撃に集中していたアーサーは気づかない。
「坊ちゃん!」
従者たちの叫び声で、ようやくトランス状態から我に返ったアーサーは、黒兜が自分に迫ろうとしていることに気づいて泡を食った。回避したくとも、どうすればいいかわからない。あたふたと慌てる彼に、魔の手が迫る……
と、その時だった。
「高天原、豊葦原、底根國……」
広場にふわふわと漂っていたマナが、奔流となって彼の目の前に収縮される。
「薙ぎ払えカグツチ!」
マナは一点に集中すると、高温の炎となって爆散し、今まさにアーサーに飛び掛かろうとしていた黒兜に襲い掛かった。
アーサーの背後には、抜身の短刀を構えたアンナが立っていた。彼女は子供たちにお願いされて、アーサー達の様子を見に来たのだ。その彼女の魔法によって、アーサーは絶体絶命のピンチから脱したかに見えた……。しかし、
「アンナ! その男には魔法が効かないのっ!!」
炎の中から何事も無かったかのように男が飛び出してくる。黒兜はそのままアーサーを叩き伏せようと迫りくる。
彼女はアトラスの叫び声に一瞬戸惑いを見せたが、
「……あっそう」
とつまらなそうに呟くと、
ガキンッ!!!
っと金属がぶつかる音が聞こえて、次の瞬間、アーサーの目の前で、アンナの短刀と黒兜の警棒が交差していた。
方や超重量級の巨漢、方や華奢な少女、まるでルール無視のスポーツみたいな、あり得ない組み合わせである。ところがこの二人が互角にやりあっているのだ。
アンナは男の警棒を剣で受け流すと、その反動を利用しくるりと体を一回転させて反撃した。自分の攻撃の逆を突くその攻撃に、男はなすすべもなく切り刻まれるかと思いきや、これまた巨漢とは思えないような敏捷さで、彼は体をよじって避けると、半回転した勢いを乗せた重い一撃をアンナに浴びせた。
するとまた、キンッ! ……っと甲高い音が響いて、まるでワルツを踊るかのような、円を描く動きで二人の武器が何度も何度もぶつかり合った。
その速さは信じられないほど高速で、アーサーは目の前で繰り広げられているというのに、二人の剣さばきが残像となって、ほとんど見えていなかった。
黒兜は巨漢らしからぬ俊敏な動きで、とにかく手数が尋常じゃなかった。それをアンナは円運動で軽くいなしていく。二人の攻防は芸術的とさえ感じられるほどで、いつの間にかアーサーはそれに見とれていた。
しかしいつまでも続くかに思えた攻防は、間もなく優劣が付き始めた。
見た目ではどう考えても巨漢の方に軍配が上がりそうなその攻防は、意外なことに徐々にアンナの方へと傾いていった。
男はそのスピードを発揮するために、圧倒的な膂力でもって反動をねじ伏せているのに対し、アンナの方は流れに逆らわず円運動で力を分散していた。
一撃でも当たれば、アンナの華奢な体なんか吹き飛んでしまっていただろう。だが先に力尽きたのは、重い体を尋常でない速度で動かし続けた黒兜の方だった。
アーサーは、初めはまったく見えなかった二人の攻防が、いつの間にか目で追えるようになっていることに気が付いた。黒兜の動きが鈍くなってきたのだ。
そして彼がそのことに気づいた次の瞬間……
ガッキンッッ!!
……っと、これまでにない鈍い音が鳴り響いたと思ったら、男のかぶっていた黒兜が宙へ舞った。アーサーは思わずアンナが男の首を跳ね飛ばしてしまったのかと思うくらいの早業だった。
カランカラン……
と、黒兜が地面に転がり音を立てる。
砂ぼこりを巻き上げながら、一陣の風吹いて男の髪がなびいた。
その黒兜の下から出てきた顔は、この筋骨隆々な巨漢に似つかわしい厳ついもので、歴戦の勇士を思わせるような精悍な顔つきをしていた。
男は自分の兜を跳ね飛ばしたアンナの顔をじっと見つめて、ほんの一瞬だけ表情を緩めた。それはまるで好敵手を見つけて微笑んでいるようにも、または自分の娘でも見ているかのようにも思えて、アーサーは思わずハッとなった。
さらに彼はあることに気がついた。
聖遺物狩りはエルフに襲われない……だからその正体は亜人ではないかと言われていたはずだ。でも今、目の前にいるその男は、どう見ても人間そのものだったのだ。
では、人間であってもエルフに襲われないような者がいるというのだろうか? そんな話、聞いたことがない。大体、どうして彼はエルフに交じって人間と戦い、聖遺物を集めていたのだろうか……追い詰められてるのは人類の方なのだ。そんなことをする理由はないだろう。
さらに、困惑するアーサーとは比べ物にならないほど輪をかけて、尋常でない驚きを見せる者が現れた。
「そんな……まさか……ありえないっ!!」
それはアトラスでも、ベネディクトでも、ましてやアンナでもない。
「エリオスさんっ! あんた、エリオスさんなのかっっ!? どうして……どうして、あんたが生きているんだっ!!」
従者のエリックとマイケルが、何故か突然取り乱し、驚愕の表情を浮かべて、聖遺物狩りに向かって叫んでいた。
アーサーは彼らがどうしてそんなに驚いているのか最初はわからなかったが、彼らに続いてアトラスが、
「パパ……やっぱり、ママが睨んだ通り、あなたはパパだったのね!」
こう叫んだことで全ての事情を察した。アトラス親子が何故聖遺物狩りを追いかけていたのか……つまりはそういうことである。
男は縋り付くようなアトラスの声に、
「ちっ……」
っと舌打ちすると、バックステップでアンナの剣を交わし、信じられない跳躍力で屋根の上まで飛び上がった。そして、
「待って! パパッ! パパァァァ~ッッ!!」「エリオスさん!」「エリオスさーんっ!!」
必死に叫ぶ三人に一瞥もくれることなく、屋根の上を一目散に逃げていった。
広場にはアンナが跳ね飛ばした彼の黒兜と、聖遺物が取り残されていた。聖遺物狩りが聖遺物を落としていくなんて、まるであべこべな話であったが……持ち主を失ったその刀は薄暮の世界の中で、妙に人の目を引き付けるような、静謐な光を放っていた。