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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
320/398

ビテュニアにて

 汽車に揺られること半日ほどで、一行はビテュニアに到着した。エトルリア大陸のど真ん中に位置し、イディグナ川とフラート川の落ち合う場所にあるこの大都市は、かつては水上交易の要所として栄えたが、今は鉄道のハブステーションとして機能していた。


 大陸鉄道は結局、イオニア~パドゥーラ間が営業を開始した後、当初の予定通りロンバルディア国境沿いを走る北回り路線が急ピッチで開通し、その後、次々と南部へ拡張していった。散々揉めたくせに、実物を見てしまえばみんなが欲しくなり、後は話が早かったというわけである。


 ビテュニア南部オリエントの大鉄橋を渡り終えて、車両基地も兼ねた巨大なビテュニア駅のプラットホームに入ると、その壮観な光景にアーサーは目を奪われた。故郷、ヴェリアも大都市であるが、ここは桁が違った。ひっきりなしに行き交う人々は何故かみんな早足で、息つく暇も無い感じである。


 駅周辺は新たに開発された新興都市でとにかく建物が大きく、人でごった返していた。アーサーは東西南北思い思いの方向へ歩き去っていく人々が、どうしてぶつからないのか不思議でしょうがなかった。


 それに、自分たちのような奇妙な一行がふらついているというのに、道行く人々は全く気にした素振りも見せずに歩いていくのだ。出発駅ではあんなに目立っていたのに、ここではこんなの普通なのかな? と思いつつ城壁内へ向かう。


 すると一転して、駅前と比べたら大分落ち着いた雰囲気の街では、修学旅行の団体客みたいな大所帯は奇異の目で見られることになった。変な目で見られてホッとするのもおかしな話だが……まあ、これが普通の反応であろう。


 因みに、連れている子供の身なりが粗末だったせいか、奴隷商にでも間違えられたのだろうか、アトラスが声を掛けられるたびに人殺しのような目で睨みつけては追い返していた。


「いやんなっちゃうわ。こんな美人を捕まえて……プンプン」


 唇を尖がらせてクネクネするマッチョに戦慄しつつ、これ以上悪目立ちするのも何なので、一行は適当な広場を見つけると、子供たちをそこへ置いて、アトラスが宿の手配に、そしてランだけが方伯の宮殿へと向かっていった。


 ランはコルフの議員を長く続けているだけあって、方伯とも面識があるそうだが、それでも面会には時間がかかる。その間、この目立つ集団を野放しにしておくわけにはいかなかった。子供たちは野宿に慣れているから宿なんて要らないと豪語していたが、そういうわけにもいかないだろう。


 そんなわけで子供たちとともに置き去りにされたアーサーは、見知らぬ街でボケっと暇をつぶす羽目になった。同じく暇を持て余したアンナが子供たち相手に、いつものようにギターをポロンポロンと弾いていると、路上パフォーマンスと勘違いされて道行く人がチップを投げていった。


 すると、これは小遣い稼ぎになると思ったエリックが、どこからかバケツやらタライやらを見つけてきて叩き出し、マイケルも含めて3人でセッションを始め、気がつけば辺りには人だかりが出来ていた。


 アーサーはそれを遠巻きに眺めながら、自分も何か楽器をやってれば良かったと後悔しつつ、一人寂しくチクチク刺繍を直していると……最近やたらと懐かれた子供たちがやって来て、


「王子ぃ~、遊ぼう~」


 と言うので、


「良かろう、ちびっ子ども。何をして遊ぶんだ?」

「かくれんぼー!」「鬼ごっこー!」「缶けりー!」

「う~む、どれも楽しくて捨てがたいぞ。そうだミックスしてみたらどうだろうか。鬼から隠れつつ、こそこそ缶を蹴るのだ」

「それもう普通の缶蹴りだよね」


 そんな具合にアーサーは、和気あいあいと子供たちを連れて、広場の隅っこで遊び始めるのだった。


 アーサーは生まれと育ちが良すぎたせいか、こういった子供たちが普通に体験する遊びをしたことがなくて、何をやっても面白く感じたのだ。


 空き缶を拾ってきてじゃんけんをして鬼を決め、子供たちは広場のあちこちに散っていく。大概の場合、事前に示し合わせていた子供たちの策略にはまって、アーサーは鬼にされてしまう。


 案の定、この日も鬼にされてしまったアーサーは悔しがりながら目をつぶって100まで数え、辺りをキョロキョロ見回したのであるが……彼はそこにいた人の多さに絶句した。


 広場は普通の生活道路を兼ねているため通行人が多くて、とてもじゃないがウロチョロ動き回る子供たちを見つけられる気がしなかったのだ。


 今まで前線にほど近い川原や、バラック小屋が立ち並ぶ集落でしか遊んだことがないアーサーでは勝負にならないだろう。


 案の定、彼がおろおろしながら、子供たちが隠れていないだろうかと、狭い隙間やらごみ箱の影やら、側溝の中をのぞき込んだりと、とんちんかんな場所ばかりを探していると、気がつけばあっという間に、


「缶蹴ったぁ~!」


 っと、本丸の缶を蹴られてしまった。


 ギャフンと悔しがるアーサー、それを見て大喜びの子供たち。だが、この時、それがちょっとした悲劇を生んだ。


 子供たちが蹴った缶はふわふわと放物線を描いて飛んでいき、アンナの演奏を聴いていた聴衆の中に吸い込まれるように消えていった……すると、コツンと、身なりのいいマントを羽織った集団の中心にいた男の頭にぶつかった。


 中身の入ってない空っぽの缶が当たったところで痛くは無かっただろう。だから、その男もオヤッ? っとした感じで頭をさすっただけで、さして気にした素振りは見せなかった。


 だが、カラコロと音を立てて地面に転がった空き缶を見つけた取り巻きたちはそうはいかないようだった。彼らは缶蹴りをしていた子供たちの方を睨みつけると、


「貴様らっ! 何てことをするんだ! この缶を当てた者を出せっ!!」


 突如、激高し大声を張り上げて抜刀するのだった。その姿を見て、道行くの人々がぎょっとして振り返る。さらにアンナの演奏が止まると、彼女のギターを聞いていた聴衆が、巻き込まれないように足早に去っていった。


 要領のいい子供はとっくに逃げていたのだが、年少者の子供たちは男たちの形相に怯えてしまい、アーサーにくっついて震えていた。その姿を見て、勘違いしたのだろうか、アーサーを睨みつけて男たちがズカズカと近づいてくる。すると騒ぎの中心で事態を察知したエリックとマイケルが、にこにこと愛想を振りまきながら間に入り、ペコペコと頭を下げた。


「いやぁ~……申し訳ございません。何分、子供のやることですから、どうかお許しください、貴族の旦那様。今後、同じようなことがないように、厳しく躾けておきますから」

「その手伝いを俺がやってやろうと言ってるんだ! さっさとガキを差し出せ。誰に何をしたのか教えてやる」


 よほど頭に血が上っているのか貴族の従者らしき男は話を聞いてくれない。ビテュニアがどういう法を布いているか知らないが、たいていの場合、貴族は優遇されて貧乏人が損をするのが世の習いである。


 男たちの背後で事態を見守っていたアンナの瞳が怪しく光る。このままではまずいと思ったアーサーが、主人として自分が話をつけようと、男たちのほうへ足を向けた時だった。


「……ふむ。やはり、君はエリックではないか? 見覚えがあったので声をかけようか迷っていたのだが」

「え……? あ、あなたは」


 腰を低くしてへえこらしていたエリックが、名前を呼ばれて目をぱちくりさせた。本当に、どこへ行っても知り合いがいる、顔の広い男であると感心するが、この場合は違った。


 栗色のサラサラのロングヘアーが風に靡くと、芳しい香りが辺りに充満した。仕立てのいいロングコートの隙間から覗く長剣の柄には、綺羅びやかな水晶の細工が施されており、彼の高貴さを伺わせた。そしてスラリと伸びた長身と、色白で目鼻立ちがくっきりとして、鼻筋の通った面持ちは、世の女性を釘付けにするほど美しかった。


 その顔には見覚えがあった。寝ても覚めても、嫌でも思い出させられるその顔を見つけて、アーサーはただでさえ大きいその声を張り上げた。


「ベネディクト!」


 揉めていた男たちが一斉に振り返る。


 突き刺さる視線に怯むことなく睨み返すと、男たちはアーサーの姿に動揺を見せた。何故なら、そこに居たのは彼の政敵ベネディクトと、その取り巻きの若い貴族だったのである。


「ア、アーサー様……」


 取り巻き連中が、ばつの悪そうに顔を背けた。どいつもこいつも、ヴェリアに居た当時は、いずれミラー家の当主となると言われていたアーサーに尻尾を振っていた連中であった。当てが外れて、今はベネディクトに取り入っているのだろう。


 裏切り者共を前に、はらわたが煮えくり返る思いでアーサーがぎりぎりと奥歯を噛みしめていると、ベネディクトの前に立ちはだかるように、一人の男が歩み出た。ベネディクトの学生時代の同級生で、今は彼の右腕と呼ばれている男である。


「これはこれはアーサー様。カンディア公爵ともあろうお方が、このような平民どもが集まる雑踏で何をしておいでで? 聞けば、カンディアに入ってからは一度も領地を顧みることなく、各地を遊び歩いてるそうではありませんか。領民はさぞかしがっかりしていることでしょうね。尤も、その領民がいればの話ですがね。はっはっはっはっは!」

「黙れモブ男! 俺は決して遊び歩いていたわけではないぞ。お前らごときに馬鹿にされたまま終わる俺ではない。今は各地を巡り、着々と家来を集めている最中だ。すでにたくさんの知己を得た。いずれお前らなんかけちょんけちょんにしてやるから待っていろっ!」

「モブッ!? くっ……まあ、いい。ふんっ! そんなことおっしゃっておいでですが、それではそのガキどもはなんです? 見れば先ほどからあなたのことを心配そうに見つめているようですが……」


 言われてハッと我に返る。さっきまで遊んでいた子供たちが、アーサーの腰にしがみついて怯えていた。彼らは自分たちに累が及ぶと、アーサーの影からパッと離れた。きっと、自分たちが一緒に居たら、迷惑がかかると思ったのだろう。


「そのみすぼらしい姿といい、躾けのなってない様子といい、こいつら町の浮浪児か何かじゃないですか? どこをほっつき歩いてるのかと思えば、そんな薄汚い浮浪児なんかを連れまわして……そんなんじゃ、ミラー家の名まで汚してしまいますよ。恥を知りなさい、恥を」

「なんだとこの野郎……」


 アーサーは子供たちが委縮するのを見て怒髪天を突いた。自分が侮辱されるのもムカつくなら、自分の仲間が馬鹿にされるのはもっとムカつく。彼はマントを翻すと、こいつどうしてくれようかと言わんばかりの啖呵を切った。


「見てくれだけで人を判断するなぞ、貴族の風上にも置けぬ卑劣漢めっ! おまえこそ恥を知れっ! こいつらは俺の未来の領民だ! その領民を侮辱する行為は、我がカンディア公爵家の名を侮辱するに等しいぞっ! 今すぐこいつらに謝るか、さもなくば決闘を申し込むっ!」

「領民? このガキどもが……? 言うに事欠いて、何を馬鹿なことを。こんなガキ相手に王様気取りとは、焼きが回ったものですね。それに、決闘……? はははっ! これはこれは、口だけは威勢がいいアーサー様らしいジョークですね」

「誰が口だけだっ! 俺はこう見えても前線でエルフと戦ってきたんだぞっ! 昔と同じだと思うなよ。おまえなんかけちょんけちょんの木っ端微塵にしてくれる!」

「ほう……それは楽しみですな。いいですよ、望むところです。いつでもかかっていらっしゃい」

「ムキーッ!!!!」


 怒りにかられたアーサーは、腰に佩いていたサーベルを抜き放った。それを見てモブ男も優雅に剣を抜き放つ……


 すると、周囲からどよめきが起こった。まるで見る者の体温を奪っていきそうな冷たい光を放つ刀身は、明らかに人の手では作り出せない光を放っている。途端に、彼の周囲に緑色のオーラが漂った。となると、これは聖遺物(アーティファクト)だろうか……?


 なんつーもんを抜きやがるんだ、こんちきしょう……っと思いながら、アーサーは冷や汗をかいた。そういえば、エルフと戦った時はサーベルじゃなくて、自分はライフルを使っていた。だからやっぱりライフル勝負にしないかと、彼が声を発しようとしたときだった。


「こんな往来で、よさないか二人とも。皆が怯えているではないか」


 厳かな口調で、事態を見守っていたベネディクトが口を開いた。


「フランシス、聖遺物をこのようなことに使うのは、もってのほかだろう。そして我がミラー家があるのはカンディア公爵の御威光あっての賜物。その恩義を忘れて、公爵様のご子息を愚弄する真似は騎士の名折れだぞ」

「はっ! 申し訳ございませんでした」

「そしてアーサー。君が領地をほったらかしにして歩き回ってるのは事実だ。何をしていたか知らないが、お祖父さまからお預かりした領土を守る気がないのなら、カンディア公爵の名も捨てて、野に下るんだな」

「ふんっ! 何をしていたか知らないのであれば、黙っていろ。余計なお世話だ」

「君がそうしている間に、このフランシスは聖遺物を手に入れた。君が知らない間にも、みんな着々と力をつけているのだぞ。いつまでも、君のための席が用意されてると思うんじゃない」

「なんだと……?」

「ビテュニア侯はエルフとの決戦のために、いま若い力を求めていらっしゃる。候が集めておられた聖遺物を開放し、その使い手を探しているのだ。このフランシスは此度の拝謁で見事聖遺物に選ばれ、来るエルフとの最終決戦では先陣を賜る所存だそうだ。君はその時、いったいどこで何をしてるつもりだ?」


 アーサーは口ごもった。自分だってアンナや大尉を仲間に引き入れ、エルフと戦うつもりでいるというのは簡単だ。だが、その時、自分はどこにいるのか……聖遺物を扱えない彼は、今のままではライフルを担いで、彼らの後塵を拝するほかない。


「こんなところで、子供相手に遊んでいる場合ではないぞ」

「う、うるさいなあ……だから、こいつらは領民だと言っているだろう! 遊んでるんじゃない。領民を集めて、カンディアを大きくするために各地を回っていたのだ」


 ベネディクトはため息をつくと、やれやれと首を振った。暫くぶりに見た従弟が、誰とも知らぬ浮浪児を集めて、それで国を作るなどと言っていたら、誰もがこういう反応になるだろう。しかも、彼は本気でそう言ってるのだ。


 アーサーはなんとか言い返してやろうと思うのだが、何の言葉も浮かばなかった。そんな風に彼が地団太を踏んでいると、ベネディクトはもう彼には用はないと言わんばかりに周囲をキョロキョロ見回して……


 彼の背後で腰に差した剣に手をやるアンナをチラッと見てから、エリックとマイケルの方へ向き直り、


「君たちの姿を見かけたから、もしやと思い、声をかけるタイミングを窺っていたのだよ……元気そうでなによりだ」

「みっともないところをお見せして」「元気だけが取り柄みたいなもんですからねえ」


 一体、誰の話をしてるんだと突っ込みたい気持ちを飲み込んで、アーサーはフンっとそっぽを向いた。すると従者たちは苦笑しながら、


「でも坊ちゃんもまあまあ頑張ってらっしゃいますよ。ホントにまあまあって感じですけど」

「そうか……ところで、こちらの女性は……?」

「坊ちゃんのおっしゃる領民ですよ」


 ベネディクトは、ほうと目を丸くした。そしてアンナの顔や身なりをジロジロとみてから、


「お嬢さん。先ほどは素晴らしい演奏をありがとうございました」


 と言って、懐から金貨袋を取り出し、その中からチップを出すのかと思いきや、袋ごと彼女に押し付けた。


 それを嫌な奴から施しを受けたと感じたアンナは、ムッとして一旦は突き返そうとしたが……


「これはあの子供たちに……アーサー! カンディアはミラー家にとっても大事な土地。領民には、もっといい服を着させてやらないか」


 ベネディクトが、周囲で不安そうにやり取りを見守っている子供たちのことを見ながらそう言うと、彼女はおとなしく袋を受け取った。


 そして彼は自分の取り巻き連中を連れて、優雅に去っていった。去り際、フランシスが振り返り、アーサーに向かってベロベロバーとやってくる。アーサーはそれを見ながら、きぃきぃと怒鳴り散らしては、従者たちに羽交い絞めにされるのだった。


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