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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
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エリオスの息子アトラス

 アーサーとアンナが友だちになってから数日が過ぎた。


 魔王討伐という目的が一致するので、それまで共闘するという約束を交わした二人は、前線を離れて新天地を目指すことにした。ここ、フリジア戦線は完全に膠着状態に陥っており、巻き返しの目処がまったく立ちそうにない。ここで粘っていても、魔王討伐など夢のまた夢なのだ。


 それにアーサーがここ暫く前線で戦って感じたことだが、今の人類はエルフの侵攻を食い止めるのが精一杯で、とても押し返す力は無いようなのだ。また仮に、今後新兵器などが出てきて、エルフと対等以上に戦えるようになったとしても、おそらくエトルリア大陸からエルフを追い出し、ガッリア大陸に封じるところまで行ったら、人々はそれ以上求めないのではなかろうか……


 それは多分、正しいだろうと思われた。何しろ、リディア建国までおよそ1千年間、人類の生息圏はほぼエトルリア大陸に集約され、今と殆ど変わらなかったのだ。ならば、ここでどんなに頑張ったところで、ガッリア大陸にあるリディアを解放することは出来ないと言うことだ。


 となると、別のアプローチを図らねばならない。どんな方法があるかは今のところ漠然としたアイディアすらないが、それを考え、新たな可能性を見出さねば早晩行き詰まるだろう。場合によっては、当初アーサーが考えていたように、リディアに直接乗り込んでいくというのも良い方法なのかも知れない。


 あの時はただの考えなしの無鉄砲だったが、少なくとも今は、アンナだけなら魔王城に到達出来る可能性はあるからだ。何故なら、彼女が言うには、彼女の母親と剣聖は、その昔魔王に直接戦いを挑んだと言うのだ。先例があるのなら、やってやれないことはないはずである。


 アンナは嫌がるかも知れないが、行方不明となった剣聖を探し、そのへんのことを詳しく聞いてみれば、なにか道が開けるかも知れない。そのための情報収拾を始めるためにも、ここを離れて、もっと動きやすい拠点を定めた方がいいだろう。


「でも坊っちゃん、アンナちゃんに子供たちの面倒見るって言っちゃったんですよね。具体的にどうするつもりなんですか?」


 アーサーが自分の考えを従者たちに明かすと、マイケルが首を傾げながら尋ねてきた。彼は度々食事の面倒を見てあげていたせいか、子供たちに懐かれていたから、それが気がかりなのだろう。


「それならアンナを仲間にしたら、あのコルフ議員が総統に口を利いてくれることになっていただろう?」

「ランさんのことですか? はい、そうですね」

「まず総統に会い、金を借りて、ヘラクリオンの再建を目指そうかと思う。子供たちは当面は宮殿で面倒を見るが、働ける者から領民として働いてもらおう」

「リディア奪還の兵隊を集めるんじゃなかったんですか?」

「今はもう考えてない。金で兵隊を集めたところで無駄なことが分かったからな。悔しいが、あの小母さんの言うとおりだ。勝ち目のない戦に人はついてこない。来たとしても詐欺師だけだろう。それよりもまずは自分の地盤を盤石にし、領民を増やしてその中から志を共にする仲間を募ったほうが良い。命をかけるに値する、信頼の置ける仲間が増えれば、自ずとリディア攻略の糸口も見えてくるだろう」

「はあ~……坊っちゃんがまともなことを言っている」

「それにしても、気長な計画になりましたねえ……何年かかるんだか」


 エリックとマイケルが茶化すように、げっそりとした表情で言った。多分、これから何年も、アーサーに振り回される未来を想像したに違いない。しかし、当のアーサーはそんなこと欠片も気にしちゃいない様子で、


「そんなことも無いだろう。俺達は既にアンナという切り札を手に入れたのだ。後はこの切り札を、最高の形で切れるお膳立てを考えればいいだけだ。エルフという脅威から目を背けている人が多い中、例え少数派でも真剣に人類の未来のことを考えている者たちも居るだろう。彼女の力と、俺達が真剣であることがわかれば、そういった人たちが力を貸してくれるに違いないのだ」

「そう上手くいくでしょうかねえ……」

「何を言ってるんだ。信頼の置ける仲間とは、お前たちも含まれているんだぞ?」

「……え?」

「エルフに立ち向かい、命を賭けて子供を救っただろう? 俺が集めようとしているのは、そう言う人たちのことだ。ほら、それなら簡単に見つかりそうじゃないか」


 彼が自信満々にそう言い放つと、最初、従者の二人はポカーンと口を開けてから、やがて肩を竦めて苦笑交じりに言うのだった。


「坊っちゃんは、良い王様になりますよ、きっと」


 そんなこんなで、これからの方針を決めた三人は、大尉(キャプテン)のところへ挨拶に向かうことにした。思えば義勇兵が人手不足だったとは言え、アンナをナンパしに来ただけの怪しげな男三人を、追い返したりもせずに、よく面倒見てくれたものである。


 彼のお陰でアーサーは最低限の戦闘のイロハを学ぶことが出来、現実を見据えて考えることも出来るようになった。従者たちとの信頼関係も結べ、アンナという友達も出来た。


 だから礼をしたいから、お尻の処女以外なら何でも言ってくれと言うと……


「もう! 私はホモじゃないって、何回言えば分かるのよ」

「そんなこと言われても、違いがさっぱりわからないのだが……まあいい。それよりも本当に世話になったな。お前には感謝してもし尽くせないぞ」

「別にいいわよ、そんなの。私も楽しかったから。あんたたちのお陰で、ここ暫くは美味しいものが食べられたしね。可愛いアップリケも付けてもらえたし」

「それはヴェリアの工房が母上とコラボした取っておきなのだ。大事にしてくれよ。ところで……アンナを連れて行ってしまうのは申し訳ない。ここの戦力が大幅に落ちてしまうだろうが、大丈夫だろうか」

「元々、あの子は義勇兵じゃないわよ。ただのイレギュラーだったんだから仕方ないんじゃないかしら。寧ろ、子供たちを連れて行ってくれる方が有り難いわね。やっぱり、戦場に子供が居ても良いことないもの」


 種拾いなんかは普通に兵隊が拾えばいいだけなのだから、子供たちに任せていたのは、施しを与えるただの口実に過ぎなかったらしい。前線のどこへ行っても、案外そんなものなのだそうだ。


 15年前に世界が変わってしまってから、孤児は増える一方で救済が追いつかない。働かざるもの食うべからずとなると、どうしても前線に流れてきてしまう。そのまま大人になって義勇兵になった子供も多いそうだ。そして、つい先日の出来事みたいに、一番犠牲になりやすいのも、また子供だった……


 大尉はそんなことを滔々と語ってから、おもむろに話題を変えた。


「あんたたちはこれからどうするの?」

「一旦、ヘラクリオンに帰って出直すつもりだ。まずは領地で領民を増やしながら、リディアに渡る方法を探ろうと思ってる」

「あら意外、まともな方法を考えるようになっちゃったのね」

「現実的な選択だ。子供たちを養うための収入が必要だからな」

「それなら、マイケルに頼めばいいじゃない」


 すると突然、大尉がわけのわからないことを口走り、話の矛先を向けられたマイケルが目を丸くしながらブンブンと手を振った。


「いやいやいいや、あんた何を言い出すんですか。急にそんなこと言われても、あんなに大勢養えませんよ……俺達、坊っちゃんから給料貰ってるわけじゃないんですよ?」

「なにっ!? そうだったのか?」

「あんた、お母様からの仕送り以外に収入ないじゃないか。普通にお母様から頂いてますよ」


 マイケルとアーサーがそんな世知辛いやり取りをしていると、大尉がやれやれといった感じに首を振ってから、


「そうじゃなくて、ロンバルディアの大司教様に力を貸して欲しいとお願いに行けばいいじゃない。あの方は孤児の救済になら、必ず尽力してくれるでしょう」

「ああ、そうか……その手があったなあ。って、俺が神父(ザビエル)様と知り合いだって言いましたっけ?」


 マイケルは首をひねっている。アーサーは二人が何の話をしてるのか分からなかったが、


「お前に何か当てがあるなら、頼れるものは何でも頼ろう。ロンバルディアと言ったか? ならば鉄道を使ったほうが早いが……しまったな、それだとフリジアとは逆方向だ」

「あら、フリジアに何か用事でもあったのかしら」

「いや、用事という程でもないのだが……元々、俺達はフリジアに居るランの息子とやらの世話になるはずだったのだ。もしかしたら、母親から連絡が行ってるかも知れん、挨拶くらいはしておいた方がいいと思ってな」

「あら、その必要はないわよ」

「なに? 何故、おまえがそんなことを……」


 もしかして知り合いなのだろうか。もしくは、前線には他の部隊との連絡用の電話が張り巡らされているので、それを使えと言うことかも知れない。尤も、顔くらいは見せたほうが良いと思っていたので、そう言われても断るつもりだったが……


 しかし、アーサーの予想に反し、大尉から返って来た答えは、まったく想定外のものだった。


「だって私がその息子だもん」


 アーサーは余りに想定外過ぎて、きょとんとして声が出なくなった。従者の二人に至っては、目が点になっている。


「私の名前はアトラス。偉大なる父エリオスの息子、アトラス・ヘイリオソン。あんたたちが来ることをママから聞かされて、フリジアからずーっと様子を窺っていたの。あの子に変なことしたら、即ぶっ殺すつもりだったけど……まあ、及第点ね。良かったわ、あなたがいい男で」


 大尉……改め、アトラスがそんなネタばらしを得意げに語る。アーサーは生唾をゴクリと飲み込むと、そんな彼に抗議の一つも言ってやろうと口を開きかけたが……


「ええええええええぇぇぇぇぇぇ~~~~~!!!!」


 それはうるさい従者たちの絶叫にかき消されたのだった。


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