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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第九章
309/398

さぞかし魔王が憎かろう

 しかし、志を高く持つのは良いことだが、中身が伴わなければ意味が無い。14歳の小僧と従者と料理人の三人で、一体何が出来ると言うのだろうか。


 もう主が居なくなって15年も経つというのに、隅々までピカピカに磨かれたカンディア宮殿に入り、無駄にだだっ広い食堂でマイケルの料理に舌鼓を打ちながら、アーサー達は知恵を絞った。


 三人寄らば文殊の知恵と言うが、ろくなアイディアが出ない中、リディアを奪還すると言っても現状すら良く分かってなくてはお話にならなくないか? と言うわけで、まずは今のリディアがどうなっているのか偵察にいくべきだという話になった。


 翌日、早速とばかりに船に乗り込んだ三人は、地元の漁師の案内でイオニア海を縦断し、ガッリア大陸の海岸近くまでやってきた。かつては片道何日もかけていた距離も、今では一日で走破できるくらいになっていた。


 薄暮の中に浮かび上がる、ロードス島のマグマと噴煙が不気味に映った。海岸線が見えるギリギリの位置で船は停泊し、双眼鏡を覗き込んで、まだ遠い陸地を眺める。70年の歴史を誇り、かつて人でごった返していたローデポリスの町並みは廃墟と化していた。城壁は見えないが、ランドマークであったらしき、インペリアルタワーはよく見えた。


 漁師に言わせればロードス島にエルフは居ないが、上陸は無理だということだった。船でこれ以上近づくと、陸から魔法で撃ち抜かれる危険があるそうだ。


「ロードス島にすら上陸出来ないんじゃ、お話にならないっすね」

「どうやって攻めれば良いのだろうか……」


 街を避けてどこかの海岸に上がれば良いようにも思えるが、何しろ相手はエルフである。逆に人工物があるところよりも、見通しのいい海岸線の方が危ない可能性だってある。海岸線に沿って平行に船を動かし、郊外を探ってみるが、どこもかしこも海岸線の近くまで森が迫ってきており、とてもじゃないが近づけそうもなかった。


「昔はこの辺の木々は伐採されて、アスファルトの街道が通ってたんですが……この分じゃ残っててもボコボコでしょうね」

「エルフが植林をしているというのは本当なのだろうか」

「本当だと思いますよ。大分感じが変わったとは言え、森がなければ生きられないのは相変わらずみたいですからね」


 エトルリア大陸に渡ってきたエルフは、大昔とはかなり感じが変わっていた。彼らは種族同士で会話を交わし、連携まで取るようになっていた。元々、他の動物と比べて知能の高い生命体であったが、群れないために各個撃破しやすいのが、人類にとって唯一の救いであったのだが、そのアドバンテージが無くなってしまったのだ。


 植林をするというのも本当で、フリジア防衛線の兵士たちが何をやっているのかと言えば、森が侵食してくるのを銃火器を使って防いでいるのが主な任務らしい。つまり、ガッリア大陸はもう、どこもかしこも森で埋め尽くされていると見て良いのだろう。


「それにしても……日照不足のせいで凶作続きだというのに、どうしてここの森はあんなに青々としているのだろうか」

「それがわかりゃ苦労しませんよ。坊っちゃんが生まれる前と後では、世界がガラリと変わっちゃいましたからね」


 そんな会話をしながら、ふと船の前方を見やれば、海の底から緑色に光る物体がじわじわと海面に向かって上がってきた。それは海面に達すると、パッと明るい光を放ち、ホタルのように飛びかっては空中に消えていった。


 まるで光の絨毯みたいだ。幻想的な光景に目が奪われる。


 これは世界中どこの海でも見られる現象で、原理は良くわからないが、海中に溶けていたマナが放出されるときに起きる現象らしい。その正体はマナであるから、この光自体に害は無いのだが、今は隠密行動中であり、光の加減で船が見つかったら陸から攻撃される恐れがあった。


 漁師が慌てて船を動かすと、アーサーは斜めになった甲板から海に落ちそうになった。グラグラ揺れる船の上で必死に手すりにしがみつく。ムスッとして一言文句を言ってやろうかと、アーサーがよろめきながら顔を上げると、エリックとマイケルが一点をじっと見つめている、真剣な横顔が見えた。


 普段は騒々しい連中だが、今日はやけに大人しい。視線の先を見てみれば、インペリアルタワーの姿が見えた。かつては行政庁として、リディアの政治の中心であったそうだが、今は魔王の根城にされていると専らの噂である。


「そういえば、二人はリディアの出身だったな」

「え? あ、はい」


 アーサーが尋ねると、二人はハッと我に返った感じに頷いた。アーサーは腕組みしながらさもありなんと首肯すると、


「では、さぞかし魔王が憎かろう。早く故郷に帰れると良いな」


 二人は沈黙したまま、今度はじっと海の底を見つめていた。


 結局、そのまま海岸沿いに行ったり来たり、グルグルと街の様子を眺めていた一行は、それ以上どうすることも出来ずに引き返すことになった。出来れば上陸してみたいと思っていたのに肩透かしを食った格好だが致し方ない。せっかく偵察に来たのに何もわからなかったが、その何も分からないということが分かっただけでもマシとしよう。


「そんな強がり言って、結局振り出しに戻っただけじゃないですか」

「魔王の居城をいきなり襲撃するのが無理だと分かっただけでも行幸だろう。次は人を雇って上陸点を探したほうが無難だな。まず、陸に上がれなければ何も始まらない」

「人手がほしいところですけど、先立つものもありませんよ?」

「そうなんだよ。俺はカンディア公爵だぞ。領地だってあるというのに、どうして俺の懐には一銭も入ってこないんだ?」


 カンディア島にはロディーナ大陸唯一の油田がある。コルフ臨時政府の置かれている交易都市シドニアもある。その売却益や土地代が入ってきて、本来ならとても裕福なはずなのだが、何故かアーサーの懐はお寒い状況だった。


 そんなわけでリディア偵察から帰ってきたアーサー一行は、その足でシドニアに金の無心に行ったのであるが……


「領主です。集金に来ました」

「お帰りください」

「ぎゃふん」


 門前払いを食わされて、アーサーはすっ転んだ。だが、何しろ金が無いのだ。このまま引き下がるわけにはいくまい。彼は食い下がった。


「領主に対してなんと無礼な! 賃貸料どころか茶菓子も出さんとは不届き者め」

「お茶くらいいくらでもお出ししますが、土地代は出ませんよ。もう、条約で決まってることなんですから」

「そうなの? しかし、俺には一銭も入ってきてないんだぞ」

「そりゃそうでしょうね」


 行政官曰く、コルフはシドニアに臨時政府を発足する際50年間の地代を一括で支払い、土地代に関しては今後いかなる金銭的やり取りも行わないとの条約を、カンディア公爵の代理であるミラー伯爵家と結んでいるそうである。その時のお金がどのように使われたかは知らないが、月々いくらいくらと入ってくる類のお金ではないそうだ。


「文句があるならミラー伯爵に言ってください。ですが、領主様は次期当主のベネディクト様と揉めてるそうですね」

「むむむ……おのれベネディクトめ」

「石油の売買代金はどうなってるんですか?」


 アーサーが地団駄を踏んでいると、エリックが行政官に尋ねた。


「石油に関しての取り決めは各国首脳クラスが集まって決めてるので、私に言われてもどうにもなりませんよ」

「じゃあ総統に会わせろ。直接文句を言ってやる」

「無理ですよ。それに、文句ならご実家に言えば良いじゃないですか」


 それが出来れば苦労がないのだ。何しろ、その実家から追い出されるような格好で、このカンディアにやってきたのだから。いま戻って金を出せといったところで鼻で笑われるだけで、相手にされないのが落ちである。


 それもこれも、従兄に負けた自分が悪いのだが……


「ええい、忌々しい! 奴め、まさかここまで読んでいて、俺にカンディアを渡したのだろうか……」

「そうかも知れませんね。ベネディクト様は卒が無いですからねえ」

「むきー!」


 癇癪を起こしたアーサーが、子供みたいにジタバタと手足を振り回してると、ため息混じりにエリックが言った。


「まあ、お金が無くては始まりませんからね……土地代、石油代があてに出来ないなら、パトロンが必要です。コルフ総統に頭を下げるってのは、悪い考えじゃないと思いますよ。リディア王家と総統は懇意でしたし、なにより大金持ちですし」

「しかし総統に会おうと思っても、見ての通り門前払いだったんだぞ?」

「実は、あてがあるんですが……良かったら俺に任せて貰えませんか?」


 こんな貧乏っちい従者なんかじゃ期待は出来ないと思ったが、他に何のあてがあるわけでもなし、アーサーは渋々彼の提案に乗ることにした。


 エリックに連れられて一行はシドニア郊外にある立派な佇まいの家にやってきた。それは周囲の家の中でも一際大きく、なんと大金持ちのステータスでもある自家用車までもが、庭の一角に作られたガレージの中に停まっていた。


 今時こんな贅沢な暮らし、国王でも無ければよほど悪いことでもしてなきゃ不可能だろう。案の定、門扉の隣にはガードマンのためのボックスがあり、三人が近づいていくと、中に居た屈強な男がじろりと睨んできて、アーサーはちびりそうになったが……


「ん……エリックじゃないか! 久しぶりだな。いつこっちに来たんだよ」

「ちわっす。ちょっと用事があって。ランさんいらっしゃいます?」


 ガードマンはやってきたのがエリックだと気づくと相好を崩した。しかし、相手の親しげな態度とは裏腹に、エリックの方はどこかバツの悪そうな顔をしていた。何か事情があるのだろうと察して黙って彼の後を付いて行く。


 玄関から中に入ると、広いエントランスのあちこちに骨董品の数々が飾られていた。数十年前に作られたと言われる初期のカメラや懐中電灯、その他、今の世界になくてはならない革命的な発明品の数々である。これだけのアンティークを集めるとなると、相当の金が掛かったであろうが、一体、この家の主は何者なのかと首をひねっていると、


「それは俺の昔の上司の持ち物ですよ。懐かしいなあ。それ、全部収集品じゃなくって実用品だったんですよ。今となっては貴重な品の数々ですが、奥さんが大事にとっておいてくれたんでしょうね」

「へえ、お前の上司と言うと軍人か。その口ぶりからすると、もしかして死んだのか?」

「……ええ、まあ」


 エリックとマイケルが共に神妙そうな顔で俯いた。どうやら二人共通の知り合いだったようである。アーサーがマズイこと聞いたかなと思ってそわそわしてると、その空気を察したのかエリックが続けた。


「その上司の奥さんがコルフの議員をしてらして、その関係で総統とも面識があったんですよ。だからお願いすれば紹介してもらえるかも」

「ほう、それは助かるなあ」


 まさかエリックにそんな人脈があったとは。アーサーは彼のことを少し見なおした。


 それにしてもこれだけの価値ある品の数々を所有していた男の妻である。さぞかし人が羨むような美しい女性と結婚したに違いない。一体、どんな絶世の美女が出てくるのかなと、期待に胸を膨らませていると……


「ひぃ~! 殺されるっ!」


 家の奥から殺人鬼みたいな目をしたマッチョなおばさんがやってきた。


「やあエリック久しぶりだねえ……なんだい、この失礼なガキは」

「お久しぶりです。すみません、ちょっと黙らせますね」


 腰を抜かしたアーサーは左右からボコボコにされて昏倒した。


 そのまま応接室に引きずられていった彼は、借りてきた猫のように椅子の上で小さくなっていた。ランはそんな彼の顔を遠慮なしにジロジロと舐めるように見回してから、


「……で、こいつは何者なんだい? 男のくせにふわふわの細い金髪と、どことなくふてぶてしい顔つき……なんだか、見覚えがあるような気がしてるんだけど」

「お察しの通り、ウルフ様とジル様のご子息、カンディア公爵アーサー様です」


 するとランは殺人鬼みたいな目を丸くして、


「へえ! こいつは驚いた! ヴェリアに住んでるって聞いてたけど……って、カンディア公爵? なんでまたそんな古臭い肩書を名乗ってるんだい」

「実はそれなんですけど」


 蛇に睨まれた蛙のようにがちがちになったアーサーに代わって、エリックがここに至る経緯をランに話して聞かせた。


 後継者争いで負けたこと。ミラー家を追い出され、カンディアに飛ばされたこと。復讐のためにリディア奪還を目指していること。でもお金がなくて困ってること。


「なるほどね。それで総統にパトロンになってもらおうと?」

「そういう事です」


 ランは目を閉じて考える素振りを見せてから、アーサーに向かって尋ねた。


「話は分かった。しかし仮に私が総統を紹介して、運良くお金を手に入れられたとして、お前はその金を使って具体的に何をしようってんだい?」

「え……? そんなの決まってるじゃないか。まずは武器と兵隊を揃えて海をわたり、ガッリア大陸に橋頭堡を築き、エルフと戦い魔王を倒し、リディアを奪還するのだ」


 するとランはゲラゲラと笑った。


「馬鹿馬鹿しい。そんなのうまくいく訳ないだろう」

「なんだと?」

「考えても見ろ、金のために命を掛ける奴なんか、まず居るはずないぞ。死んだら元も子もないんだからね。おまけに、お前が相手にしようとしてるのはあのエルフだ、まず集まらないね。まあ、報酬を弾めば、よっぽど切羽詰まった奴なら、ちょっとは集まるかも知れないが」

「そうだろう?」

「だが、そういう奴らは勝ち目がないと分かった時点で逃げ出すだろうよ。彼らの目的はあくまで金であって、勝敗は関係ないんだ。初めから死ぬ気で戦う気なんてさらさら無いだろう」

「いや、それならリディア奪還の暁には、成功報酬を出すと言えば必死になって戦ってくれるんじゃないか?」

「本当に勝ち目があるならね……ところで、おまえは人を殺したことはあるかい? 修羅場をくぐった経験は?」

「え……」


 ランの鋭い目が、じっとアーサーの瞳の奥を捕らえた。その途端、寒くもないのに身体がブルブル震えだした。少しは慣れたつもりで居たのだが、どうやらそれは勘違いだったようだ。アーサーはランの冷たい目に睨まれた時、言いようの知れぬ恐ろしさを感じるのだった。


「その様子だと無いだろうね。ましてや、エルフと戦ったことすら無いだろう。なあ、おまえ、エルフと戦った経験がない指揮官に率いられたとして、一体誰が勝利を確信できると思う?」

「それは……」

「おまえが何を言ったところで、おまえのために、命を掛ける者なんて誰もいない」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。アーサーは何か言い返そうとするのだが、口を開こうとすると涙が出てきそうな気がして、逆に奥歯をぎりぎりと噛み締めた。だから目でじっと睨み返して抗議した。自分は、こんなことで終わる玉じゃないんだぞと、憎悪に煮えたぎった目でランの瞳を睨みつけた。


 すると彼女はふっと和らいだ表情を作って、


「ふぅ……まあ、いじめるのはこの辺にしといてやろうかね。カンディア公爵は昔のよしみさ。その息子のお願いを聞いてやるのは当然のこと。ただ、さっきも言った通り、お前はまだ未熟なんだよ。総統を紹介してやったところで、いい結果は何も得られないだろう。だから、まずは私を納得させてご覧。もしかしてお前なら、リディア奪還の夢を見られるかも知れないって、そう思わせておくれ」


 そう言いながら、彼女はペンと便箋を取り出すと何やら書き始めた。どうやら、紹介状のようらしい。


「フリジア防衛線で私の息子が指揮官をやっててね、人手不足で年中義勇兵を募ってる。紹介状を書いてやるから、そこへ行って、一体でも良いからエルフを倒してみな。とは言え、いきなりじゃ難しいだろう。まずは仲間を増やすんだ。あそこには吟遊詩人(ミンストレル)と呼ばれるエルフ狩りのエースが居る。若いくせに、既に何十体ものエルフを屠った強者だそうだ。そいつを仲間に引き込むか、なんなら家来にしてみせてくれ。そうしたら、総統だろうが方伯だろうが、いくらでも紹介してやるよ」


 彼女はそう言って紹介状を押し付けると、まだ自分の不甲斐なさにプルプルと震えているアーサーの背中をぽんと叩いた。


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