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他に言うことあるんじゃねえの

 

 但馬が腕組みをし、右のコメカミに指を置くと、目の前にステータスウインドウが表示された。


「うおっっ!?」


 やや緑がかった半透明のメニュー画面らしきものが宙に浮かんでいる。


 ウインドウは大まかに3つに別れており、右の縦長のコラムはメニュー欄とでも言えばいいだろうか? アイテムだの魔法だのステータスだののタグが並んでおり、中央のメインウインドウのような広いスペースに、但馬の名前と顔写真、それからHPだのMPだの、ステータスっぽい数字の羅列があった。他にはレーダーみたいな円があって、中に赤い点がいくつか見えた。


 それらのウインドウの下に横長のメッセージウインドウがあり、


『ACHIEVEMENT UNLOCKED!! FIRST ACCESS

 実績解除!! 初めての訪問

 ..............チュートリアルを開始しますか.[YES/NO]』


 先ほど、頭の中にも浮かんだ文字列が、チカチカと点滅しているのであった。


 何にもない空中に、突然、そんな3Dホログラフィックみたいなものが表示されて、但馬は仰天した。一体全体何が起きたと言うのだろうか。こんなSFみたいな技術、見たことも聞いたこともない。それに……


 見上げれば、月が二つも浮かんでるのだ。


「……マジで、ゲームなの……か? ちょっ……すごすぎんだけど……つーか、最近のソシャゲすげーな、おい」


 軽口を叩いてみたものの、心臓はバクバクと早鐘を打っていた。


 気がつけば、見知らぬ世界に迷い込んでいた。ゲームをやっていたから、ゲームの中の世界かも知れない。なんじゃそりゃ? バーチャルリアリティとかそんなのか? いやいや、あり得ないだろう。


 仮想現実(バーチャルリアリティ)。マトリックスだとかVRMMOだとか、映画や小説の世界では当たり前のように使い古された手法であるが、現実にはそんなものなど存在しない。それこそフィクションの中の仮想技術のはずだ。少なくとも、但馬の知っている現実世界ではあり得ない技術である。


 それに確かにゲームっぽいが、現実っぽいのも確かである。と言うか、もう諦めて現実だと受け入れた方がいい。それくらい目の前の光景はリアルだった。間違いなく尋常じゃない出来事に巻き込まれているようだった。


 しかし、それが何なのかはさっぱり分からない。何が何だかわけも分からず、これから何をすればいいのかも分からない。そして、それに乗っかる以外、他にやれることは何も無いのだ。


「どうしよ……」


 困惑しながら辺りをぐるりと見回した。周囲は相変わらず、今にも落ちてきそうな満天の星と、静かな海辺が広がってるだけだ。振り返れば遠い山脈の稜線に木々がざわめいているのが見えた。足元の白い砂浜には貝殻や流木が落ちていて、空さえ見上げなければ、ありふれた地球上の光景そのものだった。


 他に何が出来るわけもなし、仕方なく彼は再度ウインドウに向き直った。


 手を伸ばせば触れられそうなウインドウに、実際に手をかざしてみると、半透明の画面に手が突き刺さり、向こう側へ伸びていった。どうやら、このウインドウに実体はないようだ。


 だが指の位置を認識しているらしく、メニュー項目の『アイテム』という文字列に触れてみたら、その文字列が明るく光って、続いてメインウインドウが切り替わり、メッセージウインドに新しい文字が刻まれた。


『何も持っていません』


 身も蓋もないメッセージに落胆しつつ、続いて『ステータス』の文字に触れると、最初に出ていた画面よりも詳細な、但馬のプロフィールが掲載された。


『但馬 波留

 ALV001/HP100/MP100

 出身地:千葉・日本 血液型:ABO

 身長:177 体重:62 年齢:19

 所持金:0……』


 出身地、血液型、身長体重……そんなの自分のことなんだから、知ってるに決まっているだろう。それにしても、やけに簡潔なものである。簡潔すぎて意味がないくらいだ。昔、友達がツクールで作ったゲームのステータス画面が、こんな風に全力でプレイヤーのやる気を(くじ)くものだったのを思い出した。因みに所持金は0である。


 がっかりしながら、最後に目に付いた『魔法』の文字に触れてみた。すると、


『ERROR:201 実績を解除してください......』


 などという文字が表示されて、画面はうんともすんとも言わない。


 実績なんて言われても……ふとその上を見れば、


『チュートリアルを開始しますか.[YES/NO]』


 とある。もしかして、これのことだろうか? 他にそれっぽいものもないし……こうなっては、もはやまな板の上の鯉である。但馬は迷うことなくYESの文字に触れた。


********************

 

 ステータスウインドウが開いたときのように、突如緑がかった光が踊り出した。それが渦を巻いて一箇所に集中したかと思うと、派手な光のエフェクトと共に、丸っこいキャラクターが何もない空中に現れた。


 丸っこい鼻とでかい口。不恰好な尾びれと背びれ。恐らくイルカをモチーフにしたキャラクターだったのだろうが、頭身の狂いのせいかまるで胎児を連想させて、可愛いというよりグロかった。ゆるキャラを外人が真似して作ったら、気がついたら邪神になっていたといった感じである。やけに迫力のあるヌラっとした光沢のある瞳は、死んだ魚の目をしていた。


『イルカは魚類ではない』

「わっ! しゃべるのかよっ!?」


 もはや何が起こっても驚くまいと思っていたが、突然頭の中に響いてくるかのような声にびっくりした。


『但馬、波留、さん。新世界へようこそ。ボクの名前はキュリオ。見ての通りイルカの妖精さ』

「いや、見てもわかんねえよ。妖精って図々しい奴だな。てか、新世界ってなんだよ。ジャンジャン横丁?」

『それじゃ、早速チュートリアルを始めるよっ♪』

「聞けよ」


 例えそれが化け物であっても、やっと出てきた話の通じる相手に気分が高揚して、但馬の口は滑らかになったが、残念ながら相手は機械かプログラムみたいなもので、意思疎通が出来る感じではなかった。


 少々がっかりしたが、他にしようもないので続きを促す。


『ここはロディーナ大陸西端、リディアの地。君は南方に浮かぶ島国から商船に乗ってやってきた。でも、大嵐に遭遇して船は沈没。船の残骸にしがみ付いて九死に一生を得た君は、三日三晩海をさ迷い、この海岸へと辿り着いたんだ』

「……って設定なの? てか、マジ? ゲームなの? これ。ねえ、ちょっと」

『常夏の国、リディアは豊富な資源を有する夢の国。君は商船の積荷を失い、無一文になってしまったが、新天地で一発逆転の下克上を目指すことにしたんだ』

「国に帰る努力をした方がいいんじゃないか」

『無一文の君が頼れるのは、溢れんばかりの勇気と好奇心!』

「それ、無謀とは言わんのか?」

『そして人並みはずれた豊富な魔力があったんだ』

「魔……力?」


 その言葉を聞いて、ちょっと興味が沸いてきた。


 さきほどから目の前のウインドウにも書かれている『魔法』という文字列。実は、ちょっと気になっていたのだ。


 但馬は同年代と比べると、あんまりテレビゲームはしなかったが、それでもJRPGに毒された日本人である。ゲームといえば剣と魔法のファンタジーを連想するくらいの親近感は持っていた。


「え? なになに? 魔力? 俺、魔法とか使えちゃうの? メラとかホイミとか出来ちゃうの?」

『もちろんさ。君には類稀な魔法の資質があった。新天地への不安はあったけど、君はその溢れる魔法の力を駆使して乗り越えようと決意したんだ。おやおや? 待ちきれないみたいだね。それじゃ、早速試してみよう。Here we go!』

「お、おう! ヒウィゴー!」


 何となく乗せられて、但馬も一緒にガッツポーズした。流されるままに何だかおかしなことになっているが……だが、ぶっちゃけ現在置かれている状況を考えるに、試せるものは何でも試してみるしかないだろう。


『ACHIEVEMENT UNLOCKED!! FIRST MISSION

 実績解除!! ステータス画面を出してみよう』


 そんな風に考えてると、また、目玉に直接書き込まれたかのような文字列が浮かんだ。そしてウインドウのメニュー欄にある『魔法』という文字列がチカチカと点滅し始めた。どうやら、実績解除なるものが成されたらしい。


 点滅している、これを押せばいいのだろうか? 但馬は相変わらず狐に鼻をつままれたような気分で、周りをソワソワと見回した後に、その文字に触れた。


「……ポチッとな」


 すると先ほどはエラーコードを返したそれが問題なく開き、そして今度はメインウインドウにずらずらと大量の文字列があふれ出すのであった。


「うわっ……なんじゃこりゃ」


 迦具土・甕星・禍津日・須佐之男・遠呂知・御左口……etc、etc……読めそうもない漢字が、このあとも画面を埋め尽くすほど、ずらずらと並んでいる。文字化けか。それとも中国語かと、よく見れば読めなくもないものもある……って言うか、案外読める。あれえ?


 戸惑っていると、キュリオが続けた。


『魔法は信仰によって全世界15種38分類に分けられるよ。それらがプレイヤー一人ひとりにユニークな体系を構築するんだ。だから、みんなが共通の魔法を使うことは殆んどない』

「ふーん……そうなんだ。ところでさあ、ここってどうなってんの? マジでゲームの世界なの? バーチャルでリアルなの?」

『使い方はいたってシンプルさ。使いたい魔法をタッチして、現れた呪文を詠唱すればいいだけ、簡単だろう?』

「……まあな」


 相変わらず人の話を聞かない邪神なんだか悪魔なんだか……と、少々ムッとしながらも、言われたとおり、彼はとりあえず一番上にあった『迦具土』なる文字にタッチした。


「……なになに……えー、高天原(たかまがはら)豊葦原(とよあしはら)……ってこれ、読むの?」

『魔法は呪文の詠唱を持って完成するのさ。それは神様への祈りなんだ。自分にはない奇跡の力を手にするんだから、神様には感謝しないとね。だから恥ずかしがらず、大きな声で唱えよう。さあ、それじゃ早速やってみようよ。Let's practice!』

「……詠唱短縮とかないの? ショートカットキーとか」

『さあ、それじゃ早速やってみようよ。Let's practice!』


 魔法には興味あったが……しかし、これを読まなきゃならないのか。


 呪文と言うか、祝詞(のりと)と言うか、中二病的な詠唱に、但馬は少々尻込みしたが、他に方法がないらしい。魔法とかもういいから、戦士にジョブチェンジ出来ないか……と言っても聞きゃしないだろうし……彼は仕方なく読み上げた。


「えーっと……高天原、豊葦原、底根國(そこつねのくに)。三界を統べし神なる神より産まれし御子神(みこがみ)よ、()(いにしえ)より来たれり、万象を焼き尽くす業火なれり、天を穿(うが)て、なぎ払え迦具土(カグツチ)


 抑揚の無い、棒読みが夜空に響いた。しかし、何の反応もない。


 あれ? おかしいぞ……


「……なぎ払え迦具土」


 全く反応が無いので、仕方なくもう一度最初から読み上げた。但馬はなんだか別の意味で心臓がドキドキしてきた。


「おーい、なぎ払っちゃえYO! 迦具土!!」


 三度やっても静寂が場を支配していた。


 言われたとおりにしてみたは良いものの、うんとも寸とも言わない結果に戸惑い、但馬は嫌な汗がだらだらと背筋を流れ落ちるのを感じていた。


 キュリオなるイルカの化け物はまるで動じることなく、相変わらず死んだ魚のような目をしたまま、ふらふら空中をさ迷っていた。さっきまで少し黙れよと思わなくも無かったが、今は何か喋って欲しくて仕方ない。


 って言うか、これであってるんだよな、間違ってないよな? 呪文を何べん読み返しても合ってるし、そもそも間違ってるなら『ふっかつのじゅもんがちがいます』くらいのアナウンスがあって然りである。


 不親切なインターフェースにイライラする。


 こちとら初心者なのだ。もう少し初心者にも分かりやすく作れないものなのか? こんな3Dホログラフィックみたいな技術があるのなら、それっぽい魔方陣なりエフェクトかけたらいいのに、どうしてそうしないのだろうか。


 その発想に思い至るや否や、但馬は、はっとして周囲を見回した。


 そうだよ、普通ならそれくらいして当然だ。だと言うのに何も起こらないのは、もしかしたら、その辺の草むらにカメラを構えた人が隠れ潜んでおり、「ねえ、どんな気持ち? いま、どんな気持ち?」とか言いながら飛び出してくるタイミングを見計らっているからでは無かろうか。


「違うんだ! 違うんだよ! 俺は決してそんなんじゃないからっ! そんなんじゃないんだってば!!」


 但馬は()け反り、誰にともなく言い訳しつつ、真っ赤に染め上がる自分の首を絞めながら、ギャンギャン騒ぎ始めた。


 しかし、そんな彼などお構い無しに、


 キィィィーーーーン……


 という耳鳴りのような音と共に、突如、何も無い空中に小さな光点が生まれた。


 その光点を中心に、周囲から緑の蛍光色の光が渦巻くように集まってきて、徐々にそれは大きくなっていく。


 なんだこれ?


 米粒くらいの小さなそれを指でつついてみようかと、但馬が一歩近づいてみたら……


「うわっ! まぶしっ!!」


 それは突如としてまばゆい光を放ち始め、急激に膨らみ始めるのだった。


 まるで直射日光をガン見してる時のような、目を焼かれそうな恐怖を覚えた彼は、咄嗟に目を閉じて地面に伏せた。


 本能のままの行動だったが、それが正解だった。


 いまや小さな太陽と言っていいほどの眩い光を放ったその光球は、やがて人の頭大にまで膨らみ膨張を終えると、今度は周囲の草木を振るわせる振動と鼓膜を破らんばかりの大音響を響かせて、海岸から海に向かって一直線に飛び立っていった。


 真っ白な砂浜に、砂の波紋が広がった。


 まるでキャンプファイアに頭から突っ込んだような、猛烈な熱風が肌を焼いた。


 喉が焼かれそうな程の息苦しさに、口を塞ぎ、耳を塞いだ。


 薄目を開けて光の行方を追うと、それはもの凄いスピードで沖合いへと突き進み、やがて水平線の向こうへ消えたと思ったら……


 ズドォォーーーーン!!!


 という盛大な音と共に、遥か沖合いに光の柱を打ち立てたのであった。


 煌々と、まだ宵闇に染まる夜空が白く染まる。


 それは紛れも無く、天空を焼き尽くすほどの業火だった。


 両耳を塞いだまま、唖然と見守る但馬の元に、やがて爆風が届いた。


 彼は容赦ない暴風に吹き飛ばされ、砂浜を二転三転して、顔面から着地した。


 砂を噛んで立ち上がる。


 ザアアァァーーーー……


 と、スコールのような水しぶきが降り注いで、砂に塗れた彼を洗い、シャツがぺたりと肌にまとわりついた。


 沖合いでは、まだ水蒸気のような水しぶきが立ち込めており、そこへ背後の山の上にいつの間にか登っていた太陽の光が差し込んで虹を作り、その美しい光景は、まるで映画のワンシーンを見ているような気分にさせた。


『ACHIEVEMENT UNLOCKED!! MAGIC CAST

 実績解除!! 初めての魔法』


 そして、能天気な声が頭の中に響くのである。


『Congratulations! やったね! これで君も、一人前のマジックキャスターの仲間入りさ』


 他に言うことあるんじゃねえの……


 但馬はドン引きしながら、半透明で緑色した丸っこい奴を振り返った。


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