これが王族の暮らしというやつなのだろうか
フラフラになった但馬が王宮に到着すると、最初、門番の近衛兵は物乞いと勘違いして追い払おうとした。エルフ騒動以来、治安が悪化して、こんな場所にまで潜り込んできたのかと腹立たしく思ったようだが……よく見れば、それが泥だらけになった但馬だと気づいて、彼は真っ青になっていた。
開門されると間もなく侍女が飛んできて、何も言わずに両脇を支えてくれた。彼女らはブリジットの忠実な下僕といった感じで、普段は但馬のことを毛嫌いしていたのだが、少しは主として認めてくれたのだろうか。引きずられるように部屋まで連れて行かれると、まるで当たり前のように衣服を脱がされ、いつの間にか全裸にされていた。
なんじゃこりゃあと思いつつ、ぼんやりしていたら風呂に入るかどうか尋ねられたので、入らないことを告げると黙って体を拭いてくれた。
何というか手慣れすぎていてエロいとか感じる以前に、当たり前すぎて逆らう気も起きず、そのままボーッと突っ立ってたら、今度はいつの間にか寝間着に着替えていた。
「リーゼロッテさんは?」
「エリザベス様は陛下と一緒に議会へいらっしゃっておいでです。閣下がいらっしゃらない間、ブリジット様の護衛を買って出ていただきまして、我が主が無茶を働かないよう、ずっと見張っていてくれました。感謝してもしきれません」
なんのこっちゃ? と思ったが、多分、ブリジットが自分もエルフ退治に出るとか言い出したのだろう。即戦力だから出てきてくれた方がありがたかったが、やはりそうなったらなったで、また色々面倒くさいことを言い出す輩が出てきただろう。リーゼロッテも戦況が気になっただろうに……次に会った時にでも礼を言っておこう。
話をしている間も膝が笑っていた。マナを使えばいくらでも動けるのだが、もうここまでくたびれてしまうと、常時金ピカになって目立ってしまうので、町中では使えなかった。それでフラフラしていると、また気の毒そうな顔をした侍女に両脇を抱えられてベッドに寝転がされていた。
普段から使い慣れてるベッドのはずだが、信じられないほど柔らかく感じた。身体がズブズブと沈んでいくような感覚と、羽毛のような柔らかいもので全身を包まれる感じがして、まるで宙に浮いてるような気分であった。体中の筋繊維が熱を帯びているような倦怠感の中で寝っ転がっていると、何かを口に含まれ水差しで押し込まれた。猛烈に苦かったのは、多分サンダース特製の漢方薬か何かだったのだろう。
うめき声を上げる但馬を残して、侍女たちは神妙にお辞儀をすると、そのまま部屋から音もなく出て行った。正直なところ、彼女らがあんなに礼儀正しいところは初めて見た。風邪の時、家族がなんとなく優しいのとはまた違う。これが王族の暮らしというやつなのだろうか……
コチコチと時計の秒針の音が響いている。テラスに集まる鳥のさえずりが聞こえる。日はまだ高く、外は明るいままだが、一人で使うのはもったいないくらい広い部屋の中は薄暗かった。
くたびれきっていて感覚が麻痺していた。戦闘中、何度も意識が飛んでいたというのも本当だった。だが、今こうしてやわらかな寝床の中で眠ろうとしても、眠気は一向に訪れることはなかった。
目をつぶると、アナスタシアの顔が思い浮かぶ。
『あんたとは一緒に居られない』
なじるような、憎悪に満ちた瞳が但馬のことを睨みつける。
『あんたは姫さまを選んだじゃないか』
但馬はハッとなって目を見開いた。
実際にはそんなことは無かったのだろうが、あの時、泣きながら彼を非難したアナスタシアの姿が、強烈な印象となってフラッシュバックするのだ。
姫さまを選んだのはおまえだ。本当なら手に入れられたはずなのに、さっさと諦めて他の女を選んだのはおまえなのだ。今更一緒に居たいなんて言うのは虫がよすぎるだろう。おまえは選択を間違えたのだ……そんなセリフがアナスタシアの声になって頭のなかで何度も何度も反響するのだ。
但馬は間違えた。あの時、彼女に拒否されたからって、その本心を殆ど確認することなく、手に入りやすい女の子の方を選んでしまった。
でも本当にそうなのか? ブリジットを選んだことは間違いだったなんて言ってしまったら、彼女はどうなってしまうんだ。本当に、本心から間違いだったなんて言えるのか。おまえは、ブリジットのことが好きじゃなかったのか?
今ならはっきりと分かる。但馬は、アナスタシアのことが好きだった。でも、ブリジットのことだって好きなのだ。どっちかを選べと言われたら、きっと自分は決められないくらい悩んだに違いない。でもあの時は、一つしか選択肢が無かったのだ。だからあっちを選んだ。でも、そんなの言い訳だ。どっちかしか選べないなんてことは、元からそうだったんだから、選んだ自分のただの言い訳なのだ。
身体が泥沼にでもハマるかのように、ズルズルとベッドの中に落ちていく……そのまま地面に埋もれて、窒息してしまいそうだった。但馬は胸をかきむしると、乱暴に布団を跳ね飛ばして、そのままゴロゴロと転がり地面へと落っこちた。
硬い床にゴチンと頭を打つと鼻の奥で鉄の匂いがした。もしかしたら血が出てるのかも知れないが、確かめるのも億劫だった。但馬はそのまま膝を抱えてうずくまり、ベッドに背を持たれて嗚咽した。
ほんのちょっとでも油断するとこれだ……人間なんだから、5日間も寝ないでいられるわけがないだろう。エルフと戦ってる最中、何度も眠気は襲ってきたが、その都度、但馬は悪夢に苛まれていた。
目をつぶれば、あの光景が蘇るのだ。
アナスタシアが但馬を非難する。
アナスタシアが但馬の元から去っていく。
但馬にはもう、彼女を止めることは出来ない。止めなければ、彼女は死んでしまうと言うのに、情けない自分は、金縛りにでもあったかのように、それを見送ることしか出来ない。
あれからもう5日も経ったのだ。あのまま彼女がティレニアに向かったとしたら、今頃どの辺りにいるのだろうか……コルフにはもうとっくに着いてることだろう。一昔前だったらきっとまだ海の上あたりで、死ぬ気になって追いかければ、まだ間に合ったかも知れない。だが、今となっては海上交通は劇的に早くなっていて、かつて一方通行だった海流の縛りもなくなっているのだ。他ならぬ、自分がそうしてしまったのだ。彼女を死へ送り出す13階段を、自分で作ってしまったようなものなのだ。
但馬は頭をガンガンと叩きつけた。目をつぶっても、耳を塞いでも、アナスタシアの姿が消えない。あの日、あの瞬間の彼女が、但馬の心の奥深くに焼き付いてしまって、離れない。
だって忘れられるわけないだろう。あんなに好きだったんだ。触れたら消えてしまいそうな儚げな彼女の気を引きたくて、一生懸命馬鹿を演じて、必死になってお金儲けして、本当なら自分一人が生きていくのもやっとだと言うのに、色んな物を背負い込んで、友達の彼女だと思ってたから手を出せるわけもない。誰に感謝されるわけでもない。それでもやっと笑ってくれたってだけで、どうしようもなく嬉しかったのだ。
じゃあ、どうして別の女を選んだんだ。アナスタシアが自分のことを好きなんてことは、誰の目にも明らかだったじゃないか。自分だって気づいていただろう。だから手を出そうとしたんだろう? あの時の彼女が、少しおかしかったことも、気づいていたじゃないか。もっと時間をかけて、彼女の気持ちを解きほぐしていけば良かっただけじゃないか。どうして他の女に告白されたからって、ホイホイそっちを選んじまったんだ。
でもそんなこと仕方ないじゃないか。ブリジットのことだって好きだったんだ。ブリジットのことだって好きだった。それでもアナスタシアを選んだと言うのに、その彼女から拒否されたのだ。そんな時、ブリジットに好きだと言われて、嬉しくないわけないだろう。
付き合いだけで言ったら、彼女の方が長いのだ。何しろ、リディアで初めて出会った相手が彼女だったのだ。水車小屋に連れて行ってくれたのも彼女だ。彼女が居なければ、アナスタシアと出会うきっかけすら無かったんだぞ。気が優しくて可愛くって、仲の良さでいえば、ずっとこっちのほうが上だった。一緒に馬鹿もやった、会社だって興した。それになにより、陛下のお孫さんで、大切な女の子だったのだ。そんな子が、まるで子犬みたいに自分のことを慕っていて、勇気を出して愛の告白をしてくれたのだ。これを選んでしまったことが、そんなに悪いことだったのだろうか。
視界が歪む。水の中の景色みたいに、じんわりとぼやけてよく見えない。
もう考えるのはよそう。
考えたところで、あの時にはもう戻れないのだ。但馬は選択を間違えた。アナスタシアは但馬の元を去った。いや、但馬がどうとかそんな問題でもない。彼女は、世界を救うために、自ら犠牲になろうと決めたんじゃないか。
ティレニアの摂家のいうことは正しかったのだ。世界は危機に瀕していて、巫女が儀式をしなければもう抑えられない。まずヒーラーが力を無くし、次いでエルフが暴れだした。このまま放っておけば、エルフが森から出てくる数は増えていく一方だろう。今回はリンドス周辺だけだったが、ヴィクトリアやハリチで同時に騒ぎが起こったら、もう但馬だけでは抑えきれない。
冷静に考えれば答えはとっくに出ていたのだ。但馬のもとには今や数十万都市に成長したリンドスの街があり、世界は工業化時代に突入し、民主主義の萌芽も出始めている。もしも太陽がなくなったりしたら、これらの人口をどうやって支えていくと言うのか。今更、この世界をチャラになんか出来ないだろう。
世界を救うのか、アナスタシアのことを救うのか……そんなの答えは決まってるじゃないか。どんな馬鹿にだって分かるだろう。少なくとも、アナスタシアは冷静にそれを判断していた。なのに、自分はいつまでグジグジと考え続けるのか。
胸が苦しくて死にそうだ。鼻で息が出来なくて、口で呼吸するたびにシャクリ上げては喉が詰まった。頭が割れるように痛かった。それでも、どんなに自分が苦しんだところで、世界は救われない。自分はせいぜいエルフを駆逐することしか出来ない。
こんなことでどうするのか。アナスタシアが犠牲になって世界が救われたあと、彼女にこの世界を託されたのは自分なのだ。もう二度と、彼女みたいな悲しい存在が生まれないように、今度こそ本当に宇宙を目指し、この世界の構造を変えるんだ。
もう立ち止まっては居られない。彼女の犠牲に応えるために、自分はこれからの一生をかけて、この世界を守り続けねばならないのだから。
眠れなくてもとにかく横になろう。気絶でもなんでもいいから、少しでも疲れを癒やして、明日はまたエルフを倒しに行こう。今、自分が求められてることを、精一杯やり遂げよう。そうしたらきっと、また平和が戻ってくる。
それは彼女がこの世から居なくなってしまったことを意味するのだろうが……それが人類再生の狼煙なのだ。
トントン……っと、部屋のドアがノックされた。
ほんの少しだけ開いたドアの隙間から、ブリジットが顔を覗かせた。多分、但馬が帰ってきたという知らせを聞いて、議会から飛んできたのだろう。
侍女から但馬が眠ってると聞かされた彼女は、起こしちゃいけないからこっそり寝顔だけでも覗こうと、薄く開いたドアから部屋の中へと体を滑り込ませた。
そして、背中でドアを閉めながら、ベッドの上にいるはずの但馬の姿を探したら……
「……先生!? どうかなされたんですかっ!?」
但馬はベッドの上には居らず、そのベッドのすぐ横で、地べたに座って膝を抱えていた。薄暗い部屋でよく見えなかったが、その顔が涙に濡れているように見えた彼女が小走りに近づいて確かめると、
「大変! すぐに誰かを呼んできますッ!」
濡れているのは涙だけではなく、額から流れる血も混じっていることに気がついて、ブリジットは大慌てで人を呼びに行こうとした。
しかし、そんな彼女の手をパシッと掴むと、但馬は強引に引き倒し……
「キャッ……って、先生?」
「なんでもない。なんでもないから……暫くこうさせて」
自分の膝の間にすっぽり彼女を引き寄せると、ギュッとその小さな体を抱きしめた。
彼女の大きな胸が締め付けられる。但馬の指が肩に食い込んで、痛いくらいだった。驚いて抗議の声をあげようと思ったが、すぐにそんな気はなくなった。なんだか知らないが、但馬の身体が震えていて、怯える子供みたいだったからだ。
「先生、何か、怖い夢でもみたんですか?」
「……そうかも知れない。でも、こうしてると落ち着くから」
「はあ……こんなことで良ければ、いつでも、いくらでもいいですけど。本当に誰か呼ばなくてもいいんですか?」
但馬はブリジットを抱きしめたまま、無言で頷いた。
ブリジットは抵抗をやめて、但馬に体を預けた。その感触が分かった彼は、改めて彼女を膝の間に抱え込むと、後ろからギュッと彼女を抱きしめた。ブリジットの肩に乗せられた顎が、グイグイと動くたびに、彼女の耳元で彼の息遣いが聞こえる。こんな風に甘えてくるのはちょっと珍しいと思って、彼の顔を覗き込もうと横を向いたら、強引に唇を奪われた。
舌と舌が絡み合い、ピチャピチャと水が滴る音が静まり返った部屋の中で響いた。
但馬は真っ赤になったブリジットの唇を吸いながら、ふわふわして柔らかい彼女の髪の毛を愛おしそうに撫であげた。キスするたびにほっぺたにそれが触れてくすぐったい。
これからは、この子と2人で生きていくんだ……
アナスタシアの犠牲の上に、この世界はもうじき救われる。そうしたら、世界はまたアナトリアを中心に回り出し、この子が皇帝として君臨する。但馬は彼女を支えて帝国の版図を広げ、世界に冠たる大帝国を築きあげるのだ。
アナスタシアのいなくなった世界で、自分はこの子のためだけに生きて、この子のためだけに死ぬのだ。だから、その証が今は欲しかった。
但馬は恍惚とする彼女から唇を離すと、抱きしめた腕をそのまま絡めて彼女の両脇を抱え上げ、ベッドの上へと転がした。何が起きてるか理解出来てないのだろうか、ベッドの上で上気した表情のまま、ブリジットがポーッと但馬のことを見上げている。但馬は両手を彼女の顔の横につくと、そのまま覆いかぶさるようにして、彼女の唇を再度ついばむように奪った。
チュウチュウとネズミが鳴くような音が響く度に、彼女の身体がビクビクと震えた。但馬が半開きになった彼女の足の間に膝を突っ込んで、慌てて閉じられた太ももを軽く撫でると、アッと吐息のような声が漏れた。
但馬はその悲鳴をも飲み込むように唇を奪うと、そのまま体重をのせるようにして下腹部を押し当て、残った手で少々強引に胸を揉みしだいた。下着を強引に押しのけ、先端のコリコリとした突起を探す……
「え!? ちょ、ちょっとまって、先生?」
「ブリジット……好きだ」
「え!? あ、はい! 私も好きですけど……ちょっと、あんっ!」
戸惑う彼女の抵抗を奪うかのように、但馬は彼女の瞳を覗き込みながら何度もキスをした。やがて、押しのけようとして肩に触れた彼女の手が止まる。但馬はそれを確認してから、服のボタンに手を伸ばそうとするが……
「ちょ……ちょ……ちょっと待った!」
それが彼女のスイッチになったのか、グイッと肩を押しのけられて、但馬はフラフラとベッドの上に転がった。
「先生、ちょっとその、強引と言いますかなんと言いますか」
「どうして……ブリジット。抱きたいんだ」
「ええっと! その気持ちは嬉しいと言いますかなんと言いますか……すっごく光栄なんですけど、今はちょっと」
「今じゃなきゃ駄目なんだ」
「ええ!? そ、そうなんですか……う~ん……でも、今は国も緊急事態ですし、私もその、心の準備と申しますか、勝負の準備と申しますか……よりにもよって、今日みたいな可愛くない下着の時は……」
「可愛いよ、ブリジット」
「はうゎっっ!」
ゆでダコみたいに真っ赤になったブリジットの肩を抱くと、但馬は再度彼女の唇に唇を重ねた。ブリジットは目を白黒させながら、それを受け入れたが……
「やっぱ……だめえーーーっ!!!」
ドン……っと、突き飛ばすように但馬を押しのけると、彼女はベッドから逃げだした。
ドサッとベッドの上に投げ出されるように転がった但馬は、何のダメージも受けなかった。
だけどもう、立ち上がれる気力は無かった。
ブリジットはそんな彼の表情に気づく余裕もなく……
「あわわわわ……先生に求められることは、とてもとても嬉しいんですけど、本当に今日は駄目と言いますか、また今度……」
「……今度って……いつ?」
「そりゃあやっぱり……私達が結婚してからといいますか、そうっ! 婚姻前の男女がこんなふしだらな事をしては、世間に顔向け出来ませんよ。その、こういうことをしたら、やっぱりあれが出来ちゃいますし、結婚前の皇帝が妊娠とか流石にちょっと……」
「じゃあ結婚しよう、今すぐに」
「わー! わー! わー! めちゃくちゃ嬉しいんですけど、とにかく駄目ぇーっ!」
ブリジットは叫ぶようにして言うと、持っていた枕をボンッと但馬にぶっつけた。それは彼の顔で跳ねてから、ベッドを飛び出し、床へ転がった。
そんなの痛くも痒くもないだろうに、但馬は顔を伏せてじっと動かない。ブリジットは恐る恐る、
「先生……? どっか、打ちどころでも悪かったんでしょうか?」
すると但馬はゆっくりと体を起こし、いつものように柔和な表情を作ると、
「ううん……全然。ごめんよ、ブリジット。確かに急すぎたかも知れない」
「え? あ、急ってこともないんですが……はい」
「いいんだ。ちょっと嫌なことがあって、君に甘えていたんだと思う」
「……嫌なことって?」
「それもいいんだ」
但馬はそう言って手を差し出した。ブリジットがなんだろう? と思いながらその手をにぎると、彼はブンブンとそれを上下に振ってから、満足そうな顔をして、布団の中へと潜っていった。
「えーっと、先生?」
戸惑いながら彼女が声をかけるが、返事は返ってこなかった。
ブリジットは、不貞腐れちゃったのかな……? と思いもしたが、但馬が疲れていることも確かだろうから、それ以上邪魔をしないようにと、おやすみなさいを言ってから、抜き足差し足して部屋を出て行った。
そしてまた入ってきた時のように、後ろ手にドアをバタンと閉めてから、彼女はその場にズルズルと腰を下ろすと、
「きゃー! きゃー! きゃー!」
……っと顔を真赤にしながらさっきの感触を思い出しては、悶絶して床をバタバタ転がった。
すぐにハッとして周囲を見回し、誰も見ていないことを確認してから起き上がると、乱れた衣服を整えてから、ニヤニヤしながら回廊をスキップしていった。
彼に、あんなに求められたことは初めてだった。付き合い始めてからも、エッチないたずらはするくせに、肝心のことは絶対に避けていた。一緒に暮らすようになっても、間違いがあってはいけないからと言って、一番遠い部屋を選んでいた。もしかして、性欲が無いのかと思っていたが、そんなことは無かったのだ。
本当は、あのまま彼に身を委ねても良かったのかも知れない。けれど、あの瞬間、ハッと義姉の顔が過ぎったのだ。妊娠中の彼女が男子を産めば、後継者問題が解決される。そうすれば但馬の負担も減るかも知れないと思ったら、ここが我慢のしどころだと思えてきたのだ。
「義姉さんにはなんとしても男の子を産んでもらわなければ……そしてその暁には、やってやって、やりまくるぞー!」
ブリジットは男らしいセリフをつぶやきながら、拳を宙に突き上げた。ハッとしてキョロキョロ辺りを見回してから、今度こそ何事も無かったかのようなすまし顔を作って、いそいそと自分の部屋へと戻っていった。
顔は澄ましていたけれど、心の中にはウキウキとする未来を抱いていた。
しかし、そんな未来はもうやって来なかった。
その晩、但馬は誰にも見られることなく、王宮から姿を消した。そしてもう二度と、この場所に戻ってくることは無かったのである。