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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
294/398

約束を守るために

 アナスタシアが去った後も、但馬はいつまでもその場を動けなかった。頭のなかがグシャグシャで、いろいろ考えているつもりで、その実、何も考えられなかった。二人が言い争いをしているところを見ていた憲兵は、とばっちりが及ぶのを避けたのか、動かなくなった但馬に声をかけるのを諦めて、何食わぬ顔で歩哨をしていた。


 それからどれくらいの時が経っただろうか。気がつけば、いつの間にか夜空には二つの月が昇っていて、人に踏み荒らされていない純白の白浜を青紫に染めていた。もしも太陽が暗くなってるのだとしたら、あれも暗くなってるはずなのだが、天空で夜を照らすあの二つの月は、初めてこの国に降り立った時と同じように、嘘みたいに明るかった。


 だが、異変が起きているのは嘘ではない……但馬がショックで動けなくなってる間も、刻一刻と世界は崩壊へ向けて転がり始めていた。


 但馬は、ふと気配がしたのを感じ、そちらを見やると遠くの方から、馬が駆けて来るのが見えた。やって来たのは憲兵の一人で伝令将校みたいなものだろうか、現場検証に行ったっきりいつまでも帰ってこない仲間を呼びに来たようだった。だが、ただ呼びに来たというよりも、どこか緊迫感をまとっている雰囲気であり……伝令の報告を聞いた憲兵たちは一様に驚き動揺した素振りを見せた後、もはやいつまでも但馬に付き合ってる場合ではないと言った感じに、ソワソワとしながら彼のところへとやってきた。


「閣下。大変申し訳ございませんが、緊急事態です。至急、首都へお戻りください!」

「なんで?」


 相変わらず気が抜けてぼんやりとしたまま尋ねる但馬に対し、憲兵は同情しつつも少しイライラした口調で言った。


「先日の事件以来、森の警戒に当っていた帝国軍歩兵隊が、先ほど森から外へ出てくるエルフを発見したとのことです」

「……エルフが?」

「はい! それも複数箇所同時で、数もバラバラ、報告した部隊は応戦するのがやっとで、後退しながら救援を待っている状況だそうです。このまま行くと、郊外の街に入られる危険性があり、避難誘導が始まってる模様です」

「郊外……」

「はい! すぐそこ、メアリーズヒル周辺でもエルフの目撃情報があり、既に避難勧告が出ています」

「……近いな」


 但馬が他人事のように呟くと、いよいよ憲兵は腹を立てたのか、焦った口調で口角に唾を飛ばしながら言い放った。


「はい! ですから、急いでください! 避難誘導が始まれば、メアリーズヒルから首都への汽車は混雑を極めます。そうなる前に閣下には首都に戻っていただかねば……」


 そうまくし立てる憲兵を手で制して、但馬は長く重苦しい溜息を一つ吐くと、右のコメカミをポンと叩いた。


「本当に、近いな……」

「ですから、先ほどからそう申し上げているでしょう!」


 何をやってるか分からない憲兵が、尚も彼の耳元でまくし立てるが、但馬はもうその言葉を聞いていなかった。


 彼は憲兵を押しのけると……


「え……う、うわぁ~っっっ!!」


 仰天する憲兵の頭の上を一飛びにして、さっきトー達が隠れていた崖の上に飛び乗った。普通の人間には絶対あり得ない動きに、気の毒な憲兵が腰を抜かす。それどころか、彼は更に信じられない光景を目撃した。宰相、但馬波瑠の周囲に魔法使い独特のオーラが立ち込めていたのだ。


 但馬が魔法使いだと言うことは、誰もが聞いたことがある噂だった。だが、実際のところ、一般市民はそんなこと信じちゃいなかった。誰も彼が魔法を使っている場面を見たことが無かったし、おまけに、戦争じゃ何の役にも立たなかったと専らの噂である。魔法使いだなんだと言うのは、よく貴族がやる、箔付けみたいなものだと思っていた。


 ところが、その但馬が今、魔法を行使しているのである。


 しかも、彼はただの魔法使いじゃない。現時点で恐らく世界最強の魔法使いであり、その力はエルフを軽く凌駕する。


 周囲からマナを吸いとった但馬は、もはや緑ではなく金色に輝くオーラをまとっていた。それが一瞬ゆらりと揺れたかと思うと、鋭い閃光と共に……


 ドオオオォォォォーーーーーーンッッッ!!


 と、遅れて強烈な爆発音が轟いた。


 見れば、数キロメートル先に巨大な火柱が立っており、その天変地異もかくやと言わんばかりの爆風が、こんな遠くにまで届いて腰を抜かす憲兵の頬を撫でていった。


 それを呆然と立ち尽くし、眺めていた数人が、爆風に煽られて尻もちをついた。


 但馬はレーダーマップの光点が消えたのを確認すると、何も言わずに崖から飛び降りて、街道ではなく、森へと走っていった。その速度は尋常ではなく、見送る彼らの視界から、あっという間に消え去った。


 あとに残された憲兵隊は呆気にとられ、自分たちの役目を暫くの間、思い出すのも困難なほど狼狽していた。


 但馬はガッリアの森をかすめるように走った。


 彼の目に映るレーダーマップには、森の中で蠢くいくつもの光点が見えていた。


 但馬のレーダーは全ての生き物を映し出すわけではなく、人間や亜人、エルフにしか反応しない。つまりこの光点はそのどれかでしかないのだが、エルフを恐れる人間や亜人が森の中に入ることは滅多にないのだから、今、蠢いてみえる光点の全ては、まずエルフで間違いないと思われた。


 しかし、そう考えたとしても、それはおかしなことだった。普通、エルフは森のなかで殆ど動かないはずなのだ。エルフには縄張り意識のようなものがあって、大体5キロ四方に縄張りが重ならないように、森の中でじっとしている。それがこれだけ動いているところを見ると、何か尋常ではない異変が起きていることは間違いなかった。


 だが、それが何なのかを考えるのは後回しにするしかなかった。どうせろくでもない理由だろうし、それよりも今は、森の中からエルフが出てくることを阻止することに集中したほうがいいだろう。


 場所も悪かった。但馬が現在いる場所は、メアリーズヒルの街のすぐ近くだったのだ。この街の片隅にはジュリアの孤児院があって……そして、アナスタシアが居るはずだ。


 自分はさっき言ったはずだ……


 人類はまだ戦える。人員も装備もある。なんなら、但馬が全部片付けたっていいのだと……


 アナスタシアに、そう約束したのだ。


 彼女が犠牲になるのが嫌で、口からでまかせを言ったわけじゃない。やると言ったからには、やらなくては……


 但馬は森の中に新たな光点を見つけると、それを片っ端から屠っていった。


*******************************


 クロノアは一晩中戦い続けていた。


 以前、リンドス郊外の建設現場にエルフが現れて以降、森の様子を探っていた帝国軍は、大規模なエルフの移動を目撃した。その知らせとともに出動したクロノア率いる銃士隊は、この前の二の轍を踏まないよう、部隊を隠蔽し、念入りに亜人斥候を飛ばし、再三の注意を払いながらエルフに対する奇襲を行っていた。


 何しろ、今回は怪我を負ったらそれまでなのだ。もはやあの時のヒーラーも能力を失い、衛生兵の応急処置だけが頼りなのである。おかしな言い方ではあるが、致命傷を負ったらまず助からない。だから慎重には慎重を重ねねばならない。それは神経がすり減るような辛い戦いだった。


 なのに、エルフは一体だけに留まらなかったのだ。


 報告を受けて最初のエルフを片付けた後、彼のもとにすぐさま、また別の伝令が走ってきたのだ。銃士隊はクロノア隊だけではなく、計5部隊が存在し、各々が独立で動いている。だから戦ったばかりの自分たちではなく、他の部隊のところへ行けと言ったのだが、驚いたことに、その別の部隊も全部出払っていると言うのである。


 つまり、首都近郊に6体目のエルフが現れたというのだ。それは仮に森の中であってもあり得ないことだった。こんな一箇所に固まってエルフが現れたことなんて、今までに一度も無かったのだ。


 嘘みたいな話だったが、嘘と断じて対応しないわけにもいかない。仕方なく新たな敵の元へと向かったクロノアは、部隊を丘の影に隠蔽し、飛ばした斥候が帰ってくるのを待っていたのであるが……その間にも、また別の伝令が走ってきて、最悪の状況を告げるのであった。


 彼は困惑するよりも、絶望した。


 こんなの、人類に捌けるわけがない……


 エルフは次から次へとやってくる。本来なら、森から出てくることすらないはずのエルフが、何故か平原へと飛び出して来て、人間の住処を襲うのだ。そう、まるで奪われた土地を奪い返しにきたと言わんばかりに。


 対応できる唯一の部隊は、奇襲専門の銃士隊のみ。この間みたいに、相手に先に見つかった場合の被害は考えたくもなかった。しかも、自分たちがやられたら後がないのだ。帝国軍はそれでも辛うじてエルフと戦えるだけの能力は有しているだろうが、実際にそうなった時に被害がどれほどの物になるか、はっきり言って想像したくもなかった。


 そんな絶望的な戦いを続けていた彼らに畳み掛けるかのように、また別の絶望的な報告が入ってきた。


 西の方から、猛烈な魔法を唱えつつ、森の木々をなぎ倒しながら近づいてくる、新たなエルフが発見されたと言うのだ。


 そのエルフは森の中で時折信じられないような火柱を上げなら、徐々に徐々に、首都へと向かって来ているようだった。その爆風は凄まじく、森から数キロ離れたメアリーズヒルの建物のガラスが吹き飛び、大勢の怪我人が出るほどだった。


 明らかにヤバイものが近づいてきてるのは明白なのだが、いつ火柱が上がるかわからないため、亜人の斥候も森に近づくことが出来ず、それがどんな個体によるものであるかはわからないらしい。報告を聞いているだけで目眩がしそうな相手である。


 これが首都に到達するまでに食い止めねばならない……銃士隊で最も経験があるクロノア隊が、それを迎え撃つことになった。彼は絶望的な気分で敵の進行方向から合流点を割り出し、そこに部隊を配置すると、じっと身を低くして、相手がやって来るのを待った。


 エルフが現れたら、まずは自分が囮になって相手をしなければならないのだ。だが、話を聞いている限りでは、とてもそんなものに太刀打ちできる気がしなかった。あのリーゼロッテですらどうであろうか……


 彼女の顔が目に浮かぶ……


 愛を告白してから、時折ギクシャクしつつも、お互いの距離を縮めてきた。最近では以前のように二人きりで話を出来るくらいにまで戻り、もう一押すれば、次のステップに進めるんじゃないかと、淡い期待を抱いていた頃だった。自分は、またあの愛する人の元へ帰ることが出来るのだろうか……


 クロノアは頭を振った。


 こんなことを考えていたら、悪い予感が実現してしまいそうだ。きっと彼の上司である但馬ならこう言うことだろう。フラグが立つと。


 クロノアの表情がフッと和らいだ。少し緊張していたが、おかしなことを考えたお陰で、ほぐれてきたようだ。


 あの独特な言い回しをする上司は現在、その西の方へと行っているはずだった。夕刻、何者かがリディアに侵入し、彼の家族を襲撃しようとしたらしい。こんな非常事態時に迷惑な話だが……もしかして、それとこれとは何か関係があるのだろうか?


 そんなあり得ないことを考えていると、前方で何者かの影が揺れた。


 クロノアは聖遺物を構え、腹の底まで浸透するかのような、長い深呼吸をした。血液が全身を廻り、活力がみなぎってくる。


 大丈夫だ。自分はちゃんと落ち着けている。


 彼は自分にそう言い聞かせると、エルフと対決するために、低い構えのまま一目散に駆け出した。


 だが……


「クロノア。俺だ」

「え!?」


 奇襲の一撃を相手に叩きつけようとした、すんでのところでクロノアはたたらを踏んだ。自分が切りつけようとしている相手が何者か、ぎりぎりのところで分かったのだ。勢い余ってゴロゴロと転がる。


 その転がってきた男をひょいっと飛び越えてから、但馬は振り返って手を差し伸べた。まるで、彼が飛び込んでくるのが初めからわかっていたかのような動きだった。


 こんな場所にどうして但馬がひょっこりと現れたのだろうか? クロノアが驚いて目を丸くしていると、但馬はそれを引っ張り起こしてから周囲をぐるりと見回し、呟くように言った。


「……あそこに狙撃手が隠れて居るのか」


 クロノアの走ってきた方角を見ると、地面から突き出すいくつかの不自然な膨らみが見えた。多分、あれがアルミの籠を被った狙撃手なのだろう。但馬はほっぺたが引きつるのを感じた。


 但馬もエルフと同じなのだ。電磁遮蔽された狙撃手を、彼は察知することが出来なかった。彼のレーダーにはクロノアがぽつんと立ってる姿しか見えておらず、お陰でもう少しで、うっかり間違えてクロノアを攻撃するところだったのだ。


 クロノアの居場所が森ではなく平地だったのと、他のエルフと進行方向が逆だったのが幸いした。但馬が冷や汗を垂らしていると、同じように泡を食ったクロノアが、


「閣下! このような場所にお一人でいらっしゃるのは危険です! すぐに街にお戻りください」

「あ、いや……」

「我々が出動していることで、既にお気づきかと存じますが、この間のようにエルフが平野部に出没しました。そして現在、こちらの方角に向かってきている個体がおり、ここで迎撃しようとしていたところなのです。さあ、巻き込まれないうちに早く……」

「いや、だから、それは俺だ」


 クロノアの言葉を聞いてピンときた。今、但馬はクロノア達に、エルフと間違えられて殺されかけたところだったのだ。盛大に魔法をぶっ放しながら、森を駆けていたのだからそれも仕方ないだろう。


 対して、クロノアは眉を顰めた。目の前にいる、自分の上司が何を言ってるのかイマイチ理解出来ていないようである。


 但馬は肩をすくめると、


「エルフ発見の知らせは憲兵隊から聞いている。俺はメアリーズヒルの近くに居たんだが……またかと思って策敵したら、丁度近くに一体居たから、そいつを殺って……他にも森から出ようとしているのを手当たり次第に殺ってきた」

「……閣下が?」


 但馬が只者ではないことは気づいていた。その剣の腕前も、相手をしてくれないから正確なところは分からないが、リーゼロッテの上をいくことは知っていた。本人が悔しそうに語っていたのだから間違いない。親戚であるリリィから、但馬がエルフを倒したことも聞き及んでいた。


「魔法ぶっ放しながら来たから勘違いしたんだろう。さっきから炎を吹き上げていたのは、あれは俺だ」


 だが、いくら強いとは言っても、自分の想像はまだ人間の範疇にとどまっていたようだ。実際にはそんなレベルではなくて、さっきまで自分が絶対に勝てないであろうと絶望してた、炎を吹き上げるエルフこそが……そう、エルフとしか思えないような相手こそが、但馬だったのである。


「あれを……閣下が?」

「そうだ」

「エルフを、倒してきたと……?」

「焼き殺すのが一番手っ取り早いからな」


 何食わぬ顔でそう言い放つ但馬に、クロノアは身震いを感じた。違う違うとは思っていたが、ここまで桁違いだったとは……


「……隊長! なにやってんですか!」


 但馬の前で棒立ちしているクロノアを見て、射撃体勢のまま待機していた彼の部下たちが焦れてきたようだった。彼らはまだ、近くにエルフが潜んでいると思っているのだ。


 クロノアはハッとして、自分たちが今何をやっていたのかを思い出した。


「射撃中止だ! 全員、武装を解除していい」

「……はあ!?」

「エルフの脅威は去った。なんと閣下が片付けてくれたらしい」

「……はあ!?」


 自分たちの隊長がイカれてしまったのかと言わんばかりの胡散臭そうな目つきをしながら、隊員は戸惑っていた。クロノアがギロリと睨みつけて、


「いいから、武装を解除しろ! 誰に銃口を向けていると思ってるんだっ!」


 と叫ぶと、隊員たちは慌てて偽装のための網を取り外し、ライフルを下ろした。しかし、彼らはまだ半信半疑といった感じで、不安そうな目で自分の上司をチラチラ見ていた。


 その気持ちはクロノアにも分かった。彼だって未だに信じられないのだ。森を通り、エルフを倒しながら、ここまで歩いてきたなんて。しかも、あのエルフ相手に、魔法で勝負を挑み、打ち勝つなんて……そんな人類が本当に居るのか?


 しかし、そんな彼の戸惑いを知ってか知らずか、但馬はなんてこともない、落ち着き払ったトーンで話し続けた。


「森の中はおかしなことになってる。まるでエルフの大移動みたいに、あいつらが森の外目掛けて歩いてきやがるんだ」

「閣下はそれを確認なさったのですか?」

「ああ、大体は。それで森の外へ出ようとしてる奴を、目につくものから順に、片っ端から倒してきたんだが……そっちの方はどうなってるんだ?」

「そっち……とは?」

「リンドス周辺の森からもエルフが出てきてるんだろう? それがどうなってるかと聞いている」


 ぼんやりとしていたクロノアはハッとして、


「そうでした! 銃士隊が総動員で対応しておりましたが、次から次へと出てくるエルフを相手に、追いつかなくなってきています。ヒーラーが役に立たなくなってしまったせいで、慎重にならざるを得ず……」


 そんな時に但馬がやってきたものだから、きっと今頃、首都近郊の攻防は苦戦を強いられているはずである。


 但馬はクロノアの話からそれを理解すると、チッと一つ舌打ちをして、


「こっちも似たような状況か。多分、片付けても片付けても、次から次へと湧いて出てくると思うぞ。なんだか森の奥から玉突きみたいに、押し出されてる感じなんだ」

「それではキリが無いではありませんか。一体、どうしたら……」

「どうしようもこうしようも。倒すしか無いだろう」


 但馬が平然と言ってのける。


「幸か不幸か、相手は自分から森の外へと出てこようとしている。これは、待ち伏せ戦術が得意なこちらにとっては好都合だろう。森の外縁部に亜人斥候を集中的に投入し、エルフの予想進路上に銃士隊を伏せさせろ。森から出てきたところを、ズドンだ。それでなんとかなるはずだ」

「そ、そうか……! エルフが森を出てきてから対応しては、遅すぎるんですね!?」

「俺はこのまま森の中を進み、外縁部に溜まっているエルフを一掃して回る。首都を中心に、反時計回りに進むから、お前たちは反対側から出てくる奴らを警戒しろ」


 但馬はそう言うと、冷や汗を垂らすクロノアの肩をポンポンと叩き、全く抑揚のない声で、当たり前のように言った。


「大丈夫だ。俺たちはやれる。既に何体ものエルフを屠ってきたんだろう? 自信を持て」

「は……はいっ!」

「……月が一つ沈んだか。少し暗くなってきた……明日の昼頃には合流できるかな」


 但馬はそう呟くように独りごちると、またノシノシと何事も無かったかのように、森の方へと歩いて行った。


 事情を知らない銃士隊の一人が、無謀なことをする彼を慌てて止めようとする。


 すると……


 スー……っと、彼の周囲にホタルのような淡い光が溢れだし、それがどんどんどんどんと集中しだして、やがてとんでもない量のマナのオーラを纏った彼が、彗星のように尾を引きながら森へ入って行くのだった。


 隊員たちは唖然と見送る。


 ドオオオォォォォーーーーーーンッッッ!!!


 ……っと、前方の森から信じられない熱量の火柱が立ち昇った。


 森が爆風を受け止めてくれているというのに、それは尚も熱いまま、銃士隊の面々に叩きつけられた。


 隊員たちは腰を抜かした。


 エルフを倒しに来たはずが、何故か但馬がひょっこり現れて、危険だと言ってるのに森の中に入っていって、戸惑っていたらこれである。あの、度々目撃されていた、異常な火柱は、彼が引き起こした魔法だったのだ。


 噂は噂でしか無いと思っていた。だが、彼は本物だったのだ。あの、神に匹敵すると言って過言でない、天をも焦がす爆炎は、味方が発したものだったのだ……


「……勝てる……勝てるぞ!!」


 誰かの叫び声が聞こえた。まるで波のように、その声が次々と伝播していく。


 気がつけば、さっきまで悲壮な目つきをしていた銃士隊の誰もが、キラキラと目を輝かせて、喜びの雄叫びをあげていた。


「おまえたち! 気が早いぞ! 状況はこちらに優位に傾きだしたが、まだエルフの脅威が去ったわけじゃない! 味方はまだ戦っている! まずは、他の銃士隊と合流し、作戦の変更を伝える。その後、我々は森に張り付いて、出てくるエルフの掃討を行う。俺達が食い止めなければ誰が食い止められるのか! 気を引き締めろ!」


 そんな隊員たちの気を引き締めようとして、クロノアが大声で叫ぶと、隊員達はハッと襟を正して装備を整え隊列を組んだ。


 街道の脅威は去った。だが、エルフが一掃されたわけじゃない。今は一刻も早く首都の仲間と合流して、出てくるエルフを食い止めるのだ。


 銃士隊は隊伍を組んで一目散に元来た道を戻っていった。クロノアはその殿を進みながら……ふと、途中で立ち止まり、但馬が消えた森の方に向かって、深々とお辞儀した。


 さっきまでは、絶望しかないと感じていた。次々と現れるエルフを前に、いつか自分も力尽き、リディアは地獄と化すのではないかと……


 だが、但馬がひょっこりと現れて、軽く二つ三つの方針を授けただけで、いつの間にかそれが逆転していた。


 みんな誤解しているが、これが彼の力なのだ。戦力差だけで言えば10倍に比する強敵を前にして臆することもなく、縦横無尽に駆け抜けた但馬波瑠の力なのだ。戦場で役に立たなかったなんて噂は、ただの何も知らない素人のヤッカミでしか無い。彼が勝てると言うのなら、その戦場は必ず勝てる。


 クロノアはまた振り返ると、その勇気と誇りを胸に、今度こそ隊員たちの後に続いて首都を目指した。


 ……しかし、クロノアのそんな希望とは裏腹に、森の中の但馬はと言えば……


「……動かなきゃ……動き、続けなきゃ……俺が、全部片付けるって約束したんだ……」


 彼の悲壮な呟きは、誰の耳にも届かなかった。


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