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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
291/398

みんなみんな、死ねばいい

 パシャッ……と、生暖かい血がベッタリ飛び散った。アナスタシアに馬乗りになっていた男は、額に風穴を空けられて、ドッと彼女の上に倒れこんできた。


 男が振り下ろそうとしていた短剣が、ザクっと耳の横で地面に突き刺さる。これが、ほんのちょっとでもズレていたらと思うと……背筋が凍りつくような場面の中で、アナスタシア一人だけが硬直していた。


 乾いた射撃音が辺りに響き渡ると、撃ちぬかれた男の仲間たちは、即座にその場から飛び退った。すると彼らの居た場所目掛けてパパパパパンっと、次から次へと弾丸が打ち込まれる。


 すかさず男たちの中で唯一の弓使いが応戦したが、哀れな弓使いはそのせいで目立ってしまい、返って襲撃者の的にされた。複数の弾丸を全身に受けて血を吹き出すと、弓使いはその場で絶命した。


「きゃああああーーーっっっ!!」


 同じく、銃に撃ちぬかれた馬が暴れだし、乗っていたサリエラが振り落とされて悲鳴を上げた。彼女は地面に叩きつけられると、したたかに腰を打ち付けたらしく、シャクトリムシみたいに地面に這いつくばった。


 男たちはそんな彼女を引っ張って馬車の影に身を隠すと、襲撃者たちの潜む崖の上を見た。襲撃者たちは崖上の草むらに伏せて、崖下の彼らを狙っているようだった。バシバシっと幌が撃ちぬかれ、車輪の外れた馬車がガタガタと揺れる。


「どこのどいつだっ! 出てこいっ! コソコソ隠れやがって、卑怯者め!」


 さっきまで女一人を集団で襲っていた輩のセリフでは無い。だいたい、そう言われて出てくるくらいなら苦労は無いのだが……


 ところが、思ったよりも、その襲撃者は大胆だったようである。


 襲撃者たちは身を潜めていた崖の上から、ヌッと姿をあらわした。太陽を背負っているせいでシルエットしか見えないが、何だか独特な格好をしていて、一人一人が長い錫杖を構えている。


 逆光に目を細めつつ、その姿を捉えたアナスタシアは、アッと息を飲み込んだ。何故なら襲撃者は、1年前にティレニアで見たことのある、山伏の集団だったのだ。


 山伏たちはアナスタシアを襲った男たちに飛びかかると、その重々しい錫杖を叩きつけた。男たちも負けじとそれぞれの武器で応戦し、あっという間にあちこちで乱戦が始まった。


 山伏たちはティレニアの摂家の部下のはずなのに、どうしてサリエラを襲うのだろうか?


 疑問にも思ったが、今はそんなことを考えている場合ではない。逃げるなら今がチャンスと、アナスタシアは自分の上に乗っかってる死体を退けようとした。


 しかし、眠った人は思ったよりも重く感じると言うように、伸し掛かる男の死体が重くて動かない。そんな風に彼女がまごついていたら……ひょいっと、いきなりそれが軽くなって、


「おい……こっちだ。グズグズするな」


 彼女に覆いかぶさっていた死体を蹴り飛ばした男が、アナスタシアに向かってそう言って手を差し出した。


「え……!?」


 アナスタシアは今度もまた戸惑った。どうしていいか固まっていると、男はそんな彼女の手を掴み、苛々した素振りで引っ張り起こした。そしてそのままグイグイと引っ張って、乱戦の続く馬車の側から離れていった。


 アナスタシアはこのまま彼に付いて行っても良いのか正直良くわからなかったが、しかし、怖いとか抵抗する気には全くならなかった。


 何故ならその男もまた、山伏の集団と同様、アナスタシアはよく知っている人物だったのである。


「……トーさん?」

「さん付けはやめろさん付けは。オヤジって言われてるみたいでムカつくんだよ」


 ちっと舌打ちすると、彼は仏頂面を作ってそう言った。


 トーはS&H社の創立メンバーの一人で、かつてのリディア中央銀行から出向してきた社員だった。フレッド君が仕事を覚える前は、金勘定の全てを彼が管理しており、アナスタシアも一時期、彼に仕事を習っていた。


 会社が大きくなった頃、いつの間にか居なくなっていたが……どうしてその彼が、ここで山伏たちと一緒にいるのだろうか。その関連性が分からない。


「おまえは……トー! あんたたちっ! 女が逃げるわ、早く追いなさいっ!!」


 トーに気づいたサリエラが叫ぶ。すると、二人が逃げだしたことに気づいた男たちが、一瞬、後を追おうかどうしようか迷ったのか動きを鈍らせた。


 山伏たちがその隙を見逃さず、男たちに強烈な攻撃をお見舞いする。


 その一撃が致命打となって、一人、二人と男たちが倒れていくと、元々最初の銃撃で数を減らしていた男たちは、連鎖的に数的不利が重なっていって、後の形勢は一方的になった。男たちは次々と無力化されて地面に転がされた。


「サリエラ様……御免っ!」


 男たちを排除すると、山伏たちは残ったサリエラを取り囲み、その内の一人が彼女を取り押さえようと飛びかかった。彼女は半泣きになりながら必死に抵抗しようとしたが、体力差はどうしようもないようで、あっという間に制圧された。


「痛いっ……痛い痛いっ! 放してよっ!! 放せっ! くそっ! シホウ家の犬めっ! おまえたち、私ではなくあいつを捕まえなさいよ! 命令よっ!!」


 山伏に羽交い締めにされたサリエラが忌々しそうに叫ぶ。


 山伏たちは、無力化した男たちをロープでふん縛ると、今度はそれを遠巻きに見ていたトーとアナスタシアを取り囲んだ。まるで彼女の言葉に呼応したかのようで、誰が敵で誰が味方かさっぱり分からないアナスタシアが身構えるが……


 トーの方は落ち着き払っており、懐から悠々と紙巻たばこを取り出すと、マッチで火を点け煙を吐き出しながら、面倒くさそうにため息混じりに言った。


「やめとけよ。お前らに情報提供してやったのが誰か忘れたか?」

「無論……貴様の助言には感謝する。しかし、それで我々が仲間になったと思っているのなら、大間違いだぞ」

「そうじゃねえ。そう言うこと言ってんじゃねえよ。お前らに教えてやったことを、俺がここに来る前に、但馬に知らせてないと思ってるのか? もう少し経ったら、あいつ、血相を変えて飛んでくるぜ。その時におまえらがこの女に危害を加えていたとしたら……どうなるかはわかってるんだろうな?」


 トーがそう言うと、山伏たちはお互いに目配せをしあった後、悔しそうに武器を収めた。


 アナスタシアは一体何が起こってるかさっぱり分からなくて、


「先生が来るの? ううん、どうして私が襲われたり、あなたがここに居たり、彼女が捕らえられたりしてるの? シホウ家の犬って、どういうこと?」

「そんな何でもかんでもいっぺんに聞くんじゃねえよ、面倒くせえ」


 トーは、ふぅ~っと煙草の煙を吐き出すと、ゴホゴホとむせ返るアナスタシアに面倒くさそうに言った。


「順を追って説明するぜ? 俺は数週間前、サリエラが聖域から消えたという情報を得て、リディアにやってきたのさ。こんな時期にこいつが姿をくらますとしたら、狙いはおまえしかいねえから、昔の伝を頼って奴の尻尾を掴んだ。案の定、サリエラはおまえを殺すつもりで、リディアに潜伏し、ゴロツキを雇い、今日の襲撃を計画していた。尤も、おまえが離宮から動かなければ、こいつらは何も出来ないはずだったから、様子見だけをしていたんだが……困ったことに、おまえがノコノコと動き出したもんだから、但馬にリークすると同時に、一番身軽だったこいつら衛士に応援を要請したのさ」

「衛士……?」

「聖域を守る戦士だ。元はシホウ家の子飼いだったんだが……今はどこの所属だったかな、忘れちまった。とにかく、こいつらはガブリールに命令されて、消えたサリエラの後を追っていたんだ。放っておいたらおまえが殺されちまうからな」


 アナスタシアはゴクリと唾を飲み込んだ。


 そうだった。さっきは本当に殺されそうになったのだ。


「どうして私が……? 私を殺してしまったら、儀式が出来なくなるんじゃなかったの? あの人は、儀式をさせたくなかったのかな?」

「いいや逆だ」


 トーは首を振って否定したが、それ以上は何も言わなかった。


「それじゃ、どうしてなの?」


 逆とはどういうことだろうか、サリエラが儀式をしたいと思ってるのなら、何故アナスタシアに危害を加えようとするのか……アナスタシアが重ねて尋ねると、彼は仕方ないといった感じの相変わらずの仏頂面で、


「儀式をしたいが、おまえは応じてくれそうにない。無理矢理連れて行ったら但馬がブチ切れて何をするか分からない……だから、おまえを殺して、別の巫女を作り出そうと思ったんだろう」

「どういうこと?」

「聖女を降霊するための巫女は、この世に常に一人しか存在しない。だから、先代の巫女が連れ去られたあと、それを連れ戻そうとしたこいつらは、勇者に阻止されても、それほど焦っては居なかった。巫女は短命とされ、儀式を行わずにいたとしても、そう長くは生きられない。そして放っておいても巫女が死ねば、また新たな巫女が生まれるはずだからな」


 巫女は短命……アナスタシアの中で何かが繋がった。そう言えば、彼女の母は、あれだけの奇跡の力を持ちながら病弱で、若くして死んでしまった。どんな病人だってたちどころに治してしまえたはずなのに、彼女自身にはその力が効かなかったのだ。


「この女、サリエラ達もただ唯々諾々と勇者に従っていたわけじゃないのさ。こいつらはこいつらで、儀式を行えるチャンスを窺っていた。そうしなければ世界が滅びてしまうと本気で信じている狂信者だからな……だが、目論見は外れた。巫女が死ねば次代の巫女が新たに生まれると思っていたこいつらは、巫女の性質が遺伝するとは考えていなかったんだ。元々、巫女ってのは、世界樹で培養されて生まれる聖女のクローンだからな」


 別の人間の遺伝子が半分入ったアナスタシアは巫女とは別人だ。実際、子供の頃の彼女は魔法の能力も低く、特別な能力を持ってるとは思われていなかった。


「摂家は巫女が死んだ情報までは掴んでいたが、その子供のことは殆ど知らなかった。巫女が死んで、いざ、新たなクローンを作り出そうとしたら失敗して、その時に始めて遺伝のことに気がついた。ところが、それでおまえをさらいに行ったら、父親はおまえのことを隠していたんだよ。身に覚えがあるだろう?」

「え……?」

「おまえは、子供の頃、修道院に入れられていただろうが」


 アナスタシアの中で、また何かがカチリと音を立てて繋がった。


「そう……だったんだ……」


 彼女は腰を抜かしたかのように、その場にヘナヘナと座り込んだ。自分は、捨てられたわけじゃなかったのだ。どんなに、娘が一緒にいたいとワガママを言ってても、自分と一緒に居たら娘が狙われてしまうから、父は彼女を遠ざけたのだ……


 あの苦しかった修道院時代も、その後の救いようのない水車小屋の生活も、全く意味のない神の試練なんかじゃなくて、父の優しさが裏目に出てしまっただけだったのだ。


 アナスタシアは今までのことが全部報われたような気がした。しかし、それに冷水を浴びせかけるかのように、拘束されたサリエラが毒づいた。


「何をいい気になって笑ってるのさ。それじゃあ、あなたの父親は、どうしてあなたを残して死んだのよ? 全部、あなたを守るために、あなたのせいで死んだんじゃない。そう考えもしなかったの?」


 アナスタシアは凍りついた。追い詰められたサリエラは、彼女のそんな姿を見て満足そうに続けた。


「あなたの存在に気づいたティレニアは、当然、あなたの父親を探しに来たわ。そこにあなたが居ないことを知って、そのまま放っておくわけがないじゃない。あなたの父親は、あなたが修道院にいる間に死んだそうね。自殺だって聞いたけど、本当にそうだったのかしら……」


 アナスタシアの顔がみるみると青ざめていった。それじゃあ、今まで事業が失敗して死んだと思っていた父親は、彼女を守るために死んでいったというのだろうか……


 果たしてその答えは、それよりもっと意外なものだった。


「あなたの父親は殺されたのよ! そこにいる、シホウ家の人間の手によってね!」


 羽交い締めにする山伏の手を乱暴に振り払い、忌々しそうにサリエラが指を突き立てた。その指先は、アナスタシアの背後を向いていた。


 アナスタシアが恐る恐る振り返る。


 タバコをくわえたトーは美味しそうに最後の一吸いすると、投げ捨て靴の裏でもみ消し、ペッと唾液を地面に吐き出した。


 そのふてぶてしい態度は、それが本当だと告げているようだった。驚愕するアナスタシアが、地面に這いつくばりながら後退る。


 サリエラはケラケラと、高らかに笑った。


「あんたの周りはあんたのせいで死人だらけよ。あんたが儀式をすることを嫌がったせいで、まず父親が死んで、今度はあんたの幼なじみの父親が死んだ。それどころじゃないわよ。このままいけば、世界中の人があんたのせいで死んでしまうわ」

「私は……関係ないじゃない! 親父さんの死には関係ない!」

「……まだそんなことを言ってるの? あんたは自分の異変に気づいてるはずよ。あんたがヒール魔法を使えれば、彼は死ぬことはなかった。そのヒール魔法の衰えも、あんたが儀式をしないせいで、太陽光が弱まってるせいじゃないっ!」


 サリエラの言葉が、アナスタシアに突き刺さる。


「あんたのせいで、太陽が弱まり、あんたのせいで、世界中のヒーラーは奇跡の力を失った。そのせいで、この一年間、どれだけの命が喪われたというのか。それだけじゃないわ。太陽の異変は森の木々の生育にも影響して、マナの量が変化したせいでエルフが森から出てくるようになった。あんたは知らないだけで、既にこの国でも被害が出ているはずよ。あんたのせいで、大勢の人が迷惑して、大勢の人が死んでいるんだ!」


 容赦なく浴びせられる言葉に、アナスタシアは完全に硬直した。思い当たるフシはいくらでもあった。噂だって飛び交っていた。彼女はそれを気にしながらも、但馬に聞けば分かるだろうと、それ以上考える事はしなかった。


 そのせいで、親父さんは死んだのか?


 それを知っている但馬はアナスタシアに何も言えず、苦悩し続けているというのか?


「全部、全部、あんたのせいだっ!!」

「その女を黙らせろっ!!」


 突然、横の方から怒鳴り声が飛んできて、振り返れば、怒り心頭の但馬がサリエラを睨みつけていた。いつの間に現れたのだろうか、ショックで硬直するアナスタシアはまったく気づかなかった。


 但馬が連れてきた憲兵隊がサリエラを拘束しようと歩み寄ると、山伏の集団がどうしたら良いのか判断に迷ったように、彼らの前に立ちはだかった。


 そんな一触即発の空気が漂う中、


「やめとけ、但馬と揉めることは、ガブリールから禁じられてるはずだ」


 トーがボソッと呟くと、山伏たちは手にした錫杖をおろし、憲兵隊に道を譲った。


 しかし、憲兵の一人がサリエラを拘束しようと近づくと、今度は彼女が狂ったように大暴れしだして、男たちはみんな手がつけられなくなった。


「近寄るんじゃないわよ! あんたたちなんかに触られたくないわっ!」

「大人しくしろ! 言いたいことがあるなら、詰め所で聞いてやる。連行しろ」

「触るなって言ってんでしょーーーっっっ!!!」


 彼女は絶叫すると、めくらめっぽう腕を振り回した。その鋭い爪が憲兵の肌に食い込んで鮮血が舞う。同時に、彼女の爪も剥がれてどっかに飛んでいった。そのあまりの剣幕に憲兵もたじろぎ、彼女を遠巻きに取り囲む。


「私は何もしゃべらない! 私は誰にも捕まらない!」


 サリエラは絶叫しすぎて掠れる声でそう叫ぶと、羽織っていた自分のローブを脱ぎ捨てた。


「あんたたち全員、ぶっ殺してやるーーーっ!!」


 するとその下には見たこともない素材で出来た、身体のラインが出るようなベストを着込んでいた。そのベストをぐるりと取り巻くように、筒状の何かが括りつけられている。変わったところは形や素材だけではない。その胸の辺りには、金属製のプレートのような物が取り付けられており、鈍色に光るその表面で、赤く光る文字が点滅しながら何かの数字を刻んでいた……


 彼女のその奇妙な姿を見ても、その場に居る殆どの者たちは意味が分からず、首を傾げるだけだった。


 そんな中で但馬一人だけが、何故か大慌てになって、彼女を拘束しようと取り囲んでいる憲兵達に向かって叫ぶのだった。


「ヤバイ! その女から離れろ! 早くっ!」

「え……しかし、閣下」


 ベストに括りつけられた筒状の何か……赤く点滅しながらカウントダウンされていく数字……これを見ただけでも現代人ならピンと来たはずだ。


 サリエラは、自爆しようとしている。


 但馬はそう判断すると、地面に転がっているアナスタシアの方目掛け、泡を食って走りこんできた。そのあまりに必死な形相に身をすくめるアナスタシアは、彼にひょいと持ち上げられ、脇に抱えられるようにして連れ去られた。


 その姿を見てまずトーが逃げ出し、尋常でない何かを感じた山伏や憲兵隊が後に続いた。


「どうせ、ここで失敗したら、私に帰る場所なんてないわ。聖域から出た摂家の者は殺される……だいたい、もうあんな場所になんて戻りたくなんか無いわよ!」


 涙でグシャグシャになったサリエラの顔が、太陽に照らされテカテカと光る。女を捨てたかのような醜い姿をさらけ出しながら、そして彼女は呪いの言葉を絶叫した。


「代わり映えのしない毎日、代わり映えのしない面子。生まれてからずっと同じ場所で拘束されて、外に出ることが許されない。ただ儀式のためだけに生きて、好きでもない男たちと共同生活をするだけの人生なんて、誰が耐えられるっていうのよ! あいつら……気持ち悪いんだよ! 他に女が居ないからって、色目使いやがって……あいつらが想像の中で私を犯してるんだと思うと虫唾が走る。あんな場所、もう一秒足りとも居たくないのに、それでも私はあそこ以外で生きることが許されない。私、いくつになったと思ってるのよーっ! いつまでこうしてなきゃいけないのよ! こんな不公平なことがある!? それなのに、巫女は外の世界でのうのうと生きやがって。みんなに注目されてチヤホヤされいい気になりやがって。死ねばいい。そう! 世界のために死ねばいいんだわ。代われるものなら、私が代わってやりたいくらいだわ! なのに拒否しやがって。おまえの役割をちゃんと全うしろよーっ! 私だって我慢してるのよ! どうせみんな死ぬんだ! そいつが儀式を拒否し続ければ、どうせみんな死んじゃうんだ! 私は先に行って待ってるわよ! せいぜい最後まで足掻きなさい。そして死ねばいい。みんなみんな、死ねばいいんだわっ!」


 気でも違ったかのように大暴れするサリエラを見て、職業意識の強い憲兵隊の何人かが、尚も暴れる彼女を取り押さえようと飛びかかった。但馬はすぐに離れろと叫んだのだが、職務に忠実な彼らは言うことを聞かずに、サリエラを取り押さえることに必死になった。その瞬間……


 ボンッッ!!!


 っと、強烈な爆発音が辺りに響いて、肌に突き刺さるような爆風が鼓膜をビリビリと震わせて通り抜けていった。


 ザー……っと、土砂降りのような音がして、文字通り本物の血の雨が降った。人間は血液の詰まった水風船みたいな物だと、その場にいる誰もが思い知らされた。


 爆心地には両手がもがれた首なし死体が立っていて、それに縋り付くように何人もの焦げた死体が、まるで棒倒しのように群がっていた。


 トンッ!


 っと、乾いた音が聞こえたかと思ったら、サリエラの頭が地面に落っこちた音だった。それは二度、三度とバウンドし、コロコロとアスファルトの上を転がって、やがて彼女は地面にキスをした状態で止まった。


 アナスタシアは、彼女の叫びが今も耳にこびりついて離れなかった。


 サリエラの爆ぜたその体の中には、本当に爆発しそうな何かが、ずっと詰まっていたのだろう。その恨みつらみ、憎しみが誰に向いていたのかは明白だ。


 アナスタシアは彼女の剣幕を思い出し恐れを成すと、腰を抜かして地面にへたり込んだ。もう、立ち上がれそうになかった。


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