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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
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シルミウム革命

 戦後1年しか経っていないと言うのに、もう動乱が起きてしまったのは残念でならないが、シルミウムで革命が起きたのは、ある意味必然的だったと言わざるを得ない。絶対王政と言う独裁国家であるシルミウムは、少々国民を蔑ろにしすぎたのだ。


 三度に渡るフリジア戦役とシア戦争の賠償を求められたシルミウムは、その支払いのために戦争税を課さざるを得なくなった。それは講和会議での話し合いのお陰で、無理のない計画ではあったが、そんなこと国民からしたらどうでもいいことだった。


 シルミウムはそもそも軍隊が弱く、殆どの戦場で陰謀を巡らせるだけで、直接介入してはこなかった。軍隊を派遣したのは最後のシア戦争だけであり、だからシルミウムの民は、戦争に負けたと言われても実感が乏しく、ただ重税を課せられたようにしか感じられなかったのだ。


 おまけに、方伯に取り入って私腹を肥やしていた商人のせいで国内の経済は混乱したというのに、その商人たちの銀行は何故か真っ先に助けてもらえたのだから、これが理不尽と呼ばずしてなんと言おうか。


 更に悪いことは続いた。


 上の連中が好き勝手やったせいで、国民は生活が苦しくなり、稼ぎが少なくなった一家の大黒柱は出稼ぎに行くしかなくなり、女子供ばかりが国内に取り残されたのだが……


 そんな時、追い打ちをかけるかのごとく、世界規模の冷害に見舞われたのである。


 このところ巷の噂では、太陽の様子がおかしいとか、暗くなったとか、日照時間が減ったとか言われていたが、それを実証するかのように、北エトルリアの各地で、例年とは比べ物にならない規模の不作が確認されたのだ。


 元々シルミウムは作物が育ちにくい土地で、その食料事情はアスタクス頼りと言う面もあった。ところが、このところのアスタクスの食料は北ではなく西の大陸(レムリア)に向かっており、シルミウムはただでさえ不景気なのと、食料不足というダブルパンチに見舞われたのである。


 どんなに従順で温厚な民族でも、食料がなくなれば立ち上がる。黙っていたら死んでしまうのだから当たり前だ。


 切羽詰まったシルミウムの民は、まず貴族たちに食料備蓄の供出を求めた。国内には腹を空かせた女子供が大勢居て、既に餓死者も出ていたのだ。元々、戦争に負けたのも、こんな事態を招いたのも貴族と呼ばれる大商人たちのせいなのだから、彼らが助けるのが筋だろう。だからそれは正当な要求と思えた。


 しかし、この期に及んで事態を把握しきれていなかった貴族たちは、食料を求めて立ち上がった市民たちを弾圧した。貴族とは言っても、元々はシルミウム方伯に取り入って地位を得た商人が殆どで、彼らは国民感情や領地経営と言うものを蔑ろにし、ただ特権を利用して私腹を肥やすことに夢中なだけだったからだろう。


 そんな輩に民衆が、領主としての責務を果たせといくら言ったところで、彼らは商売としてこれをやっているのだからタダで配るのはゴメンだと、供出を拒んだのである。


 そして傲慢な貴族たちに、武力をもって抗議集団は鎮圧され、それを扇動したと言われた民衆のリーダーは逮捕、投獄されたのだった。


 まるで犯罪者の如く追い散らされた国民は、ショックを受けた。その間も餓死者は増え続けており、怯える子供たちは家に引きこもり、中には将来を悲観して焼身自殺を遂げるものまで現れた。


 何も全てを差し出せといっているわけではないのだ。緊急事態だから、必要な物資を提供しろと言っていただけなのに、この仕打ち……


 明日食うにも困り、いよいよ死の危機に直面した彼らは、いつまでもこんな理不尽に黙っているわけがなかった。


 立てよ国民。もはや貴族は頼りにならぬ。民衆は怒りに突き動かされるまま、刑務所を襲撃してリーダーを解放すると、ついに貴族に対抗するために武器を取り、革命へと突入していったのである。


 恐らく、同じような出来事が相次いで起きていたのだろう。革命勢力は国内のあちこちで同時多発的に発生し、やがてそれが合流して大きな潮流へとなっていった。富の再分配を求める革命軍は、あらゆる地方の貴族を襲った。そして、早めに食料の供出をした貴族は助かったが、それでも最後まで歯向かった貴族の中から、ついに犠牲者が出た。


 シルミウム方伯はこの時になってようやく動き出し、魔法兵を中心とした正規軍を派遣して反乱軍の鎮圧を目論んだのだが……もはや後の祭りであった。今更軍隊が出て来たところで、怒りに突き動かされている市民を止めることは出来なかったのだ。


 そもそも、シルミウム軍は勘違いしていた。実は、革命軍はろくな武装もない一般市民ではなく、訓練された者達だったのだ。その正体は、先のシア戦争の際に、他ならぬシルミウム軍がオクシデントを制圧するためにかき集めて訓練した、民兵だったのである。


 この銃を装備した民兵に、魔法兵は殆ど無力だった。銃の最大の利点はなんといっても、訓練さえすれば人を選ばないところであろう。その道徳的な善悪はともかくとして、撃ち方を教えてやれば子供にだって扱え、いくらでも替えがきく。


 対して、魔法兵は貴族の一子相伝であり、術者が死んでしまうとそれっきりと言うデメリットがあった。確かに魔法兵は強力ではあったのだが、それは勝ち馬に乗っている時だけで、敗勢になると真っ先に逃げるしかない。魔法兵はコストが高く、一人やられるだけで、とんでもない損失を生むからだ。


 いくらでも替えがきく軍隊と、一人死んだだけでも大騒ぎする軍隊とでは、どちらが強いかは言うまでもないだろう。


 魔法兵が役に立たないとようやく気づいたシルミウム方伯は、慌てて傭兵を雇って事態の収拾を図ろうとしたが、時既に遅すぎた。


 革命軍は各地の備蓄倉庫を襲撃し、専横商人の私財を奪い、これを国民に分配した。食べるものが無く、死にかけていた国民たちは、もはやシルミウム方伯ではなく、食料を提供してくれた革命軍の方を支持した。そんな民衆を吸収しながら膨れ上がった革命軍は、数十万の大群となり、首都へと一直線に進軍したのである。


 逆にあっという間に求心力を失ったシルミウム方伯は、当てにしていた取り巻き連中にも見捨てられ、首都から逃げ出すことしか出来なかった。怒りに満ちた国民たちが方伯の断罪を声高に叫ぶ中、彼は尻尾を巻いてこそこそと自分の居城から抜けだしたのである。腐敗した政府は、国民だけでなく、国王すらも守ってはくれなかったのだ。


 さて、こうして命からがら逃げ出したシルミウム方伯であったが、革命軍が黙って見逃してくれるわけもなかった。それでも天上人を害するのは気が引けるからと、逃亡を見逃そうと言う声もあったのだが、誰かが責任を取らねば収拾がつかず、結局は追手がかかって国をあげての山狩りへと発展した。


 そもそも宮殿暮らししかしたことがなく、取り巻きの商人に上手く乗せられていただけの彼では、見つかるのも時間の問題だった。逃亡の馬車は流石に一国の主のものだけあって、悪目立ちをしすぎて追跡が容易だった。馬車はあっという間に補足され、彼の護衛たちは懸命に戦ったが力及ばず、ついにシルミウム方伯とその家族が馬車から引きずり出される事態となった。


 哀れ、方伯は一族郎党皆殺しに遭いかけたが……


 ところが、そんなピンチに颯爽と現れたのは、驚いたことに長年の宿敵アスタクス方伯だったのである。


 彼はシルミウムで動乱が起きるやいなや、オクシデント地方に駐留させていた手勢をシルミウム海峡へと派遣した。そして革命から逃れて来る難民や、貴族の亡命を受け入れながら、シルミウム方伯の救出を実行したのである。


 ビテュニアからシルミウム海峡までは、軍隊を動かすだけでも一月以上はかかるはずだった。しかも普通に考えれば、軍隊が動くのは知らせを受けてからでなければおかしいので、もっと遅れるはずなのだ。


 そのアスタクス軍が海峡を抑え、更には海を渡って北エトルリアに入っていたことを知った革命軍のリーダー達は驚愕した。シルミウム方伯を追い出しはしたけれど、革命軍はまだまだ烏合の衆であり、今アスタクスに攻められたらひとたまりもないのだ。


 この預言者じみたアスタクス軍の動きに警戒した革命軍は、その侵攻を恐れて各地の略奪をやめ、軍を首都に集めて防御を固めた。


 尤も、実はアスタクス方伯の狙いはその暴動の鎮圧であり、シルミウムを攻めることではなかった。故に、目的を達した彼はそれ以上は侵入せず、革命軍に使者を送って敵意がないことを示し、


「これ以上の略奪をやめ交渉の席につくならば、革命軍をシルミウムの正当な後継者とみなしても良い」


 と伝えた。


 革命軍のリーダー達は、あまりにも手際の良い相手に、最初は罠ではないかと警戒していたようだが、略奪を続ければそれはもはや反乱軍でしかなく、皇国の敵と見做されたら勝ち目がない。結局は彼の要求通り、交渉の席につくことにするのだった。


 ……さて、言うまでもなく、これら一連の行動は但馬の入れ知恵であり、彼は1年前に行ったシルミウム国内の調査から、近いうちに革命か、それに近い何かが起きる可能性を予見し、アスタクス方伯に助言していたのである。


 やはりと言うべきか、シルミウムの国民はトリエルや勇者の影響で子供たちの教育が行われており、その子供たちが現在労働年齢となって国を支え始めていたのだ。その教育された国民が、中央の腐敗に気づけばいつまでも黙っているわけがなく、戦争もあって疲弊している最中に衝突が起これば、国家転覆もあり得ると考えたのだ。


 本来なら自然に起こった市民革命に、血縁でもなんでもない他国が介入する筋合いはない。但馬も帝国に飛び火しないかぎりは、黙殺するつもりであったが、いかんせん時期が悪すぎた。


 元々、シルミウムは戦争の賠償金の支払いでこうなってしまったのであるが、その支払いが滞るとアスタクスの景気にも、ひいては世界経済へも影響が出てしまうからである。シルミウム革命が長引き、無政府状態が続けばそういう事が起こりうるのだ。


 だから、革命が起こってしまったのならそれならそれで、もう諦めて速やかに政権を奪取してもらい、新政府に賠償金の支払いを継承して貰ったほうがいいだろう。


 国内の混乱の原因が、その賠償金の支払いであるから、当然、最初はゴネるだろうが、しかし理論建てて説得すれば受け入れる可能性は十分にあるはずだ。


 何しろ、賠償金の使い道であるアスタクスの巨大インフラ投資は、シルミウムの景気対策にも一役買ってるのだ。シルミウムの民が、いくら不満を持っていても、それで食いつないでいたのもまた事実なのだ。


 シルミウムの民は、このことが理解できるくらいには知的なはずなのだ。だから、シルミウムに生まれた新リーダーたちとじっくり話しあえば、解決の糸口は必ず見えるだろうと、但馬はアスタクス方伯に入れ知恵をしたわけである。


 タフな交渉にはなったが、アスタクス方伯はシルミウムの新政府との合意を取り付けた。


 アスタクス方伯は合意を受けると皇国へ働きかけ、シルミウム方伯の領土を召し上げ、北エトルリアの地を天領とした。


 そして新たなシルミウム政府は議会を招集し、シルミウム方伯からの国の継承を宣言、シルミウム自治領としてスタートを切ったのである。


 それにしても……もしも革命があのまま続いて、群衆がシルミウム方伯を殺害していたら、一体どうなっていただろうか。


 少なくとも皇国は、国の重鎮たる伯爵を害されたことで、新政府と相容れるわけにはいかなかっただろう。


 当然、シルミウムは新国家として独立するしかなくなり、周囲を敵国に囲まれた状態で、何の経験も持たない新政府は国家運営をスタートしなければならなかったはずだ。


 また、なんやかんや長く続いた国のトップを害した政府では、国民のコンセンサスが取れたとも思えず、恐らくはそのままなし崩しに内戦状態に陥ったのではなかろうか。


 そのような危機を回避できたのは、全てアスタクス方伯の機転の賜物であり、彼は後々、畏敬の対象としてシルミウムの民に絶賛された。自治領が発足した当初は、アスタクス編入も考えて良いのではないかという声も上がるくらいだった。


 しかし、彼はそんな声を一笑に付すと、


「儂は何もやっとらん。あの生意気な宰相に指図されて、賠償金が惜しかったから、仕方なくやっただけのことじゃ」


 と不機嫌そうに吐き捨てたと言われている。


 この、方伯の言葉足らずのセリフは、巡り巡って、シルミウム革命に但馬が暗躍していたと言う噂になり、世界各地を飛び交った。世界一の大商人が、また何かの陰謀を巡らせていたようだと……


 もちろん、彼にそんなつもりはなかったし、そもそも陰謀を巡らせたことすら無かったのだが、人の噂ほどいい加減で、そして怖いものもない。リディア国内では、このやたらと頭の切れる若い宰相のことを危険視する勢力が徐々に増えていた。


 そして、事態は新たな局面へと向かおうとしていた……


 アナトリア帝国のトップとして、長らく君臨して居る彼を、なんとか蹴落とそうという派閥がいつの間にか形成されていたのである。


 しかし、但馬はもっと別のことに気を取られていて、国内のそんな動きに気づかずにいた。一刻も早く宇宙へ到達する手段を得ようと、自分の足元が揺らいでいるのにも関わらず、そんなことばかり考えていたのである。


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