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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
282/398

時は流れて

 あの講和会議から1年が経過していた。


 その間世界は、かつてないほど穏やかな時間を過ごし、長く続いた戦争の傷を癒やすかのような、平穏の日々が続いていた。


 敗戦国シルミウムが講和条約を守り、分割での賠償金の支払いを開始すると、間もなくエトルリア大陸南部で、インフラの復旧と大陸鉄道の建設が開始された。


 北から南から次々と労働者や物資が集まってくると、戦争で破壊されたガラデア平原には徐々に活気が戻ってきて、一時期の荒れた停滞期をあざ笑うかのような、賑やかな好景気がまた舞い戻ってきた。


 鉄道建設はまず、先の戦争の激戦地であったイオニア~パドゥーラ間から始まった。イオニアは大陸の端っこで人口も少なく、正直なところ後回しにしても良かったくらいなのだが、何故こちらのルートから先に建設が始まったのかと言えば、理由は大陸鉄道の計画ルートが、その区間以外に決まっていないからだった。


 当初、工事はビテュニアから始まり、ある程度の区間が出来たら、営業しながら延伸していく予定で、イオニア方面は寧ろ後回しのはずだったのだが……何というか人の性というか、いざビテュニアから線路を引きはじめようとしたら、その計画ルートに関して異論が噴出して、全部おじゃんになってしまったのだ。どこぞのリニア計画みたいなものである。


挿絵(By みてみん)


 因みに、その内訳はこうである。


 元の計画ではイオニアとビテュニアをほぼ直線に結ぶために、ロンバルディアとの国境沿いに伸びたイオニア街道に線路を引くつもりであった。だが、言うまでもなく国境沿いなんて、要塞ばかりで都市が殆どないから、もっと都市部を通ったらどうかという提案が出されたのだ。


 例えば、ビテュニアから最初は南進し、コリントスから西に進んでフリジア街道沿いを走るルートなら、大都市のメッセニアを通るし、なおかつ激戦地コリントスのインフラ復旧も兼ねられて一石二鳥と言うわけである。


 確かに理にかなっているのだが、これには元の計画であったイオニア街道沿いの諸侯が猛反発した。というのも、フリジア街道はいわゆる南部諸侯のお膝元で、大陸鉄道はアスタクスが得た賠償金で作るのだから、そこを通るのはおかしいだろうと言うのだ。


 しかしこれには南部諸侯も憤慨した。南部諸侯は確かに戦争中に独立を宣言し、アスタクス方伯とは距離を置いたが、エトルリア皇国から抜けたわけではない。そんな差別的な言われ方をする覚えはないと一触即発になったのだ。


 結局、このゴタゴタが響き、ビテュニア~オリエント間以外の計画は一旦白紙になり、その後、当初の予定通りイオニア街道を通るか、フリジア街道を通るかで計画は中々まとまらなかった。


 最終的には南部諸侯が折れたことにより、聖地パドゥーラ大聖堂を通るように北街道を進む案が浮上し、一旦はそれでまとまりかけたのだが……すると今度はコリントス・メッセニアを通り、まっすぐパドゥーラを目指すか、ヒュライアに寄り道するかで議論になっていた……ヒュライアなんて通るのはただの遠回りなのに、なんでこんな案が出てくるのか。誰が暗躍しているかは言うまでもないだろう。


 そんなわけで計画は遅れに遅れ、唯一誰からも異議が出なかったイオニア~パドゥーラ間だけが、他に先駆けて営業までこぎつけられたというのが、この一年の出来事であった。他の計画が頓挫していて、労働力が集中できたお陰で、およそ8ヶ月という短い工期であったが、既にリディアで実績がある工法が使われているため、今のところ問題なく動いているようである。


 完工式にはアスタクス方伯も出席したそうだが、彼はその時初めて本物の走っている機関車というものを見たらしく、ひとこと……


「……儂らは一体、何と戦っていたのか」


 と側近にぼやいていたそうである。


 また、南部の鉄道計画の他にも、北部でも公共事業は行われていた。


 シア戦争の決戦地、エーリス村にあるダムはシルミウムの砦とそれを潰すために但馬が仕掛けた人工雪崩のせいで、大規模な修繕が必要になっていた。そこに目をつけたS&H社が発電所を売り込んだのだ。


 ダム修繕のための調査の結果、雪解け水を集めてかなりの水量を誇るエーリスダムならば、相当の電力が得られるであろうことが分かり、山間部に高圧電線を張り巡らせて、アクロポリスまで運べば、年間を通して安定的な電気が供給出来そうだったのだ。


 講和会議でのプレゼンが効いて、電気に興味を持っていた皇国はこれを受諾し、発電所の建設と電線の敷設を行う費用を、皇国はその運用益で支払うという覚書を交わした。こうしてS&H社は、ついにアクロポリスへと進出したのである。


 尤も、エトルリア大陸への進出自体は南部で実績があり、既にフリジアやミラー領などで火力発電所が稼働していた。また、南部最大の都市フリジアでは電話網が形成されつつあり、リディア~コルフ電線の工事と平行して、フリジアとコルフも電話線でつなごうと言う計画がたてられていた。


 エトルリア皇国も徐々に蒸気と電気の時代に突入しつつあるのである。


 他方、リディアは植民地開拓がいよいよ盛んになっていた。


 但馬が戦争に駆り出される前に発見されたレムリア大陸オーストラリアでは、ボーキサイト鉱山があちこちで発見されており、それを西海会社から買い取った但馬が、本格的に鉱山開発を行い始めたのだ。


 レムリア大陸は人類未踏の地であったが……ぶっちゃけてしまうと但馬にはどんな場所か、既に正体が分かっていたから、危険が少ないと判断した彼が、ボーキサイト採掘拠点を作るという名目で急ピッチで街を作り、大量の移民を移住させていたのだ。


 因みに、ジュリアの孤児院の子供たちの親も、今ではそこに居を構えており、刑期が明けてもレムリアに留まり、いずれは子供を呼び寄せたいと考えているようだ。


 そして、そのレムリアよりも先に発見されたブリタニア(NZランド)では、銀山が相次いで見つかった。これらの鉱石はメディアの鉱山と違って質が悪かったが、今となってはその精錬は造作も無いことであり、海外植民地に銀山を発見したとの知らせが国中に広まると、またメディア金山の時のような一攫千金を狙う男たちが海を渡っていった。開発はまだ始まったばかりであるが、上手く行けばアナトリア帝国はトリエルを超える貴金属産出国となるだろう。


 一方、植民地経営の煽りを受けた格好で、ガッリア大陸の開拓は少々停滞気味となっていた。


 元々、森林伐採には大量の人員が必要な上、ガッリアの森ではエルフ狩りと言う危険がつきまとう。海外に安全な植民地を得た今、人手不足もさることながら、その危険を犯すメリットが薄れてきたのだ。そのため、元々はガッリアの森を突っ切ってメディアまで街道を通す計画は白紙に戻され、首都近郊と街道沿いの森林を切り広げるという方向にシフトしていた。


 その結果、ローデポリスを中心に街がどんどんと広がっていき、首都はリンドスと改名し、今では50万都市へと発展していたのである。


 その港にはひっきりなしに貿易船が出入りし、ロードス島には海を見守る大きな灯台が新たに作られ、イオニア海を照らすシンボルとなった。因みに、内海交易は、リディア~コルフ電線の敷設を見越して質、量ともに増えては居たが、元々やり尽くした感があって最近では頭打ちになっていた。


 代わりに外洋交易が伸びてきており、当初のハリチ~ロンバルディア航路の他にも、ハリチ~レムリア~ブリタニア~イオニアと言う、3つの大陸を時計回りに回る航路が開拓され、エトルリア大陸からは食料などの物資が……新大陸からは貴金属や鉱石が送られるという交易路が興って、かつてはエトルリア大陸の僻地と呼ばれたイオニアは、現在非常に潤っているようである。


 また、但馬の領地であるハリチは、その外洋交易の始発点となっており、3000人しか居なかった人口もどんどん伸びつつあった。尤も、住む土地が少ないのは相変わらずなので、山の麓を舐めるように街が広がっていったのだが……そこに、面白い人物が越してきた。


 カンディア・ゲーリック家である。いや、元カンディア家と言った方が良いだろうか。


 講和会議でカンディアの領地を皇国に召し上げられた後、元カンディア家の面々はリディア王家に恭順の意志を示し、改めてアナトリアの爵位を得た。


 こんなの、放り出したほうが後腐れが無さそうなのであるが、貴族社会というのは思った以上に村社会のようで、それだとリディア王家に便宜を図ってくれたエトルリア皇国の面子が立たなくなるので、リディア王は寛大な姿を見せなければならないのだそうだ。


 野生動物の世界でも同族殺しというのは嫌われる。だから、これはある意味致し方無いことだったろうが、内憂を抱えるという点では賛成しかねる但馬は、それだったら自分ところで見張っておくからとハリチの近所に彼らを転封させた。


 カンディア家はリディアへ上陸直後、早速とばかりに但馬に挨拶をしに来て、一見してネイサンほどわだかまりはないように見えたが……シロッコに調べさせたところ、やはりというべきか、但馬は相当恨まれているらしい。


 カンディア家はリディア王家に並々ならぬ対抗心を抱いていたが、外から見ればリディア繁栄の最大の功労者は一目瞭然であり、おまけに当主となったネイサンが但馬を恨んで死んでいったことで、逆恨みされているようである。


 なんだか本当に損な役回りであるが、権力を得るというのはきっとそういう事なのだろうと、但馬は最近では諦めつつあった。


 というのも、リディア国内での彼の評判は、海外ほどは良くないのである。


 これは、このまま順調に行けば、王家に但馬の血が混じるということで、直系男子を重んじる保守層が嫌がっていることと、やはり金持ちに対するヤッカミが大きかったろう。戦争で但馬が殆ど役に立たなかったと言う噂が立つと、それ見たことかと鬼の首を取ったように喜ぶ輩があちこちに見られた。


 また、反安倍……もといアンチ巨人みたいなものだろうか、反但馬勢力は明らかに国内で形成されており、但馬が憎けりゃ袈裟まで憎いと言った感じに、何を言っても文句しか言わない集団がボチボチ出はじめて来た。


 もしかすると、少々長く権力の座に留まりすぎたのかも知れない。大臣時代から好き放題やらせてもらっていたのもあるし、今となっては、紛れも無く但馬は自他ともに認めるリディアのトップなのだ。


 だがこれをやめるわけには行かない。本当ならさっさと後進に席を譲って、政界を引退して工房にでも引きこもりたいところなのだが……但馬には今、目的があり、この地位にしがみついておく理由があった。


 ティレニアの摂家が言うことが確かならば、近いうちに太陽に異変が起こるかも知れない。その時、人々を導くためにも、リディアのトップに君臨し続け、科学技術を発展させ、ゆくゆくは宇宙を目指すのだ。


 しかし、長く続いた戦争が終わってから1年。講和会議の平和宣言の記憶も薄れてきた頃、そんな彼の無謀な挑戦をあざ笑うかのような出来事が、北エトルリア大陸から始まった。


 ある日、敗戦国シルミウムで国民が暴動を起こした。


 元々、陰謀により戦争を引き起こしたシルミウム方伯に大義名分はなかった。それどころか、殆どの国民はエトルリア南部で起きていた戦争に、自分たちが関与していることすら知らされていなかったのだ。そんな方伯への不信感と、長引く不況が国民を苛立たせていたのである。


 シルミウムの国民たちは考えた。


 国民は何も知らされず敗戦の責任だけを負わされ、生活が逼迫している。そのくせ、中央では相変わらず腐敗が相次ぎ、方伯の取り巻き商人たちによる専横が続き、終いにはこの不況を招いた銀行だけが国から援助されているのだ。こんな不公平が許されるだろうか。


 この新紙幣というのもいただけない。どういう仕組みか分からないが、戦勝国から押し付けられたシステムが自分たちにとって良いもののわけがない。金銀を召し上がられ、代わりに配給の札を配られてるみたいじゃないか。


 中央は腐っている。周りは敵国ばかりだ。これを怒らずして生きていると呼べるのだろうか? 立てよ国民! あの肥え太った豚どもに鉄槌を下してやるのだ!


 そんな呼びかけとともに始まったシルミウム貴族への抗議集会は、やがて暴動へと発展し、ついに反乱へと変わっていった。鬱憤が溜まりに溜まった国民が、ついに怒りを爆発させたのである。


 シルミウム革命である。


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