そして二人の逃避行が始まる
勇者病の正体を探る旅はひとまずの終わりを迎えた。但馬はここ、ティレニアの世界樹で、自分が1000年前から繰り返し、誰かの脳を乗っ取ってさまよい続けていることを知った。それはあたかも『巫女』と呼ばれる聖女リリィのクローンと同じようで……そして、その巫女は儀式の後、意識を聖女に乗っ取られた末に、発狂して死ぬことを知らされた。
つまり但馬も、もしかしたら、そのうち頭が狂って死ぬかも知れないのだ。
そんな事実が判明しただけでも、全身が震えてくるくらいにショックだと言うのに、巫女という存在の救いようのない末路は、彼の神経を更にそばだたせた。
巫女と言うのは、アナスタシアの母親のことだったのだろう……?
だったら、今代の巫女と言うのは、アナスタシアなんじゃないのか?
但馬は自分の想像に吐き気がした。アナスタシアがもし、なんだか知らない儀式の果てに、但馬のこともみんなのことも忘れて、全く別人になった挙句に、最期は発狂して死ぬなんて……そんなの耐えられるだろうか?
苦しみ悶える彼女の叫び声が、幻聴として頭のなかで木霊する。
助けて、助けてと、必死に痛みに苦しむ彼女の声が頭の中で乱反射して、脳みそをグチャグチャに掻き出そうとしているかのようだった。
耳をふさいでもその声は消えない。頭がガンガンと痛むのは、その胸の苦しみに耐え切れず、自分が拳で叩きつけてるからだけではなかった。
「ご決断を」
四摂家と呼ばれる青年たちが但馬に迫る。
この儀式をしなければ、太陽は燃え尽きて人類は滅びてしまう。本当は25年前にやるはずだった。もう時間の猶予はない。だから、早く儀式を行わなければならない。
早く、アナスタシアを自分の知らない何かにしなければ。
早く、アナスタシアが発狂して死ななければ。
この世界は滅びて、みんなが死んでしまうのだ。
「そんなこと、出来るわけがないだろう!」
但馬が叫ぶように言うと、ガブリールはやっぱりこうなったかと言った感じに天を仰いだ。だから彼は、先代である勇者が儀式は不要だと言った理由を、但馬に思い出して貰いたかったようであるが……こうなってはもう、思い出す、思い出さないという問題ではない。
とにかく、何か言わなくては……但馬が震える声で何かを言おうとした時だった。
ポ~ン……
っと機械音が聞こえて、モニター画面に被さるようにして、何かがポップアップした。文字は但馬にも読めるもので、何かの結果らしきものが書かれているのは分かったが、詳しい内容までは分からなかった。
だが、なんとなく嫌な予感がする。
「あれは、何だ?」
但馬がアナスタシアを抱きしめるように、彼らから距離を話して問うと、
「解析結果が出ました」
紅一点のサリエラが、冷徹なまでに平静な声で言った。
「失礼ですが、入室してすぐに、彼女の生体スキャンをさせていただいておりました。結果、彼女は99.89%の精度で巫女と断定されました。儀式はすぐに行なえます。ご決断を」
ズガンっとハンマーで側頭部を殴られたような気分だった。実際、但馬はその場に立っていることが出来なくなって、何も無いところでフラフラとたたらを踏んで転げそうになった。
慌ててアナスタシアが彼の体を支えるが……彼は肩を貸そうとする彼女を荒っぽく振り払うと、逆に自分の背中に背負うように隠してから、サリエラに向かって言った。
「なんでそんな勝手なことを……!」
「今までのお話を聞いていたらおわかりなのでは。こんな話をしていても、巫女が居なければなんの役にも立たないでしょう。操作すべき装置は、遥か天空にあるのです。巫女が操作する以外は、誰もそこへ行くことが出来ない」
「だからなんだ! なんで俺に断りもなく、勝手なことをしたんだ! そんなことをする相手と仲良く出来るわけがないだろうがっ!」
「あなたはこの世界を滅ぼそうと言うのですか? このまま放っておけば、遅かれ早かれ太陽は燃え尽き、地上は暗闇に閉ざされます。そうなってからでは遅いのですよ? そりゃ、あなたにとっては大切な人かも知れません。ですがたった一人の犠牲で人類の全てが助かるんですから、そうしない道理はないでしょう! ……いいえ、たった一人のためにおよそ1億の人間が巻き込まれる、今の状況の方がおかしいんです!」
「サリエラ!」
ズケズケと言いたいことを言い放つ彼女に対し、ガブリールが慌てて止めようとしたが、その時はもう遅かった。
「ふ……ふ……ふっざけるなぁ~っっ!」
その場に居た者達は、自分の血の気が引いていくことを否が応でも感じた。まるで炭酸水の泡のように、視界に白い靄がかかったかと思うと、急に猛烈な風が吹き荒れて、ガブリールたちは壁に吹き飛ばされた。
「ぐぁっ!」「ぎゃぁ~!」
同じく、吹き飛ばされそうになったアナスタシアが、床に倒れ伏しながら見上げると、
「先……生……!」
目を血走らせた但馬が真っ白い光に包まれていた。
光は彼を中心に渦を巻くように凝縮されると、太陽を凌駕するほどの眩い光の礫となって、彼の頭上で輪っかになって回っていた。
背筋にゾクゾクとするものが走る。アナスタシアは思った。
まるで天使みたいだ……
一体、その光の正体が何なのか、初めアナスタシアには分からなかった。でも、暫くするとその光が、自分やガブリールたちの体から奪われるように放出されていくのが見えて、彼女はその正体が分かった。
それはマナだ。但馬は、周囲にあるマナを全て吸い取っていたのだ。
折しもここは世界樹の中で、エネルギーは無尽蔵というほど蓄積されている。彼はその全てを奪い去ると、未だ足りないと言わんばかりに、周囲のあらゆる生命体からもマナを吸い寄せていたのである。
「お許しを……どうかお怒りをお鎮めください、大御所様!」
体のマナを抜かれてパッタリと気絶した他の三人の中で、ガブリールだけが最期まで抵抗していたが、それも長くはもたなかった。
視界に白い靄がかかる中、ガブリール達はパタパタと倒れていく。アナスタシアがそれを呆然と眺めていると……
バタバタバタッ!
っと、足音が聞こえて、振り返れば力が抜けた但馬が踏ん張りきれず、よろけて生体ポッドに倒れこんでいるところだった。
ドンッと肩をぶつけた彼が、苦痛に眉を歪める。
ボコボコボコ……っと、ポッドの中の肉塊から水泡が上がる。
そのおぞましい姿に、背筋が凍りつくような悪寒を感じた。
この遺跡でなされていることは……狂気だ。
聖女リリィが何者かだったなんて、そんなことはもう、どうでも良かった。
かの聖女は、土をこねるように人間を作り出し、今度は作ったそれを弄ぶかのように改造し、終いには人柱になれと言ってきたのだ。
「逃げよう、アーニャちゃん」
但馬は荒い息を乱しながら、足を引きずるように部屋の入口へと向かった。すぐにアナスタシアが駆けつけて、フラフラの彼に肩を貸す。彼はなんだか猛烈に目が痛くって、悲しくもないのに涙が溢れて止まらなかった。袖で目を拭ったら、そこには血がべっとりと染み付いていた。
「主よ、我は来たれと御声を聞けり……十字架の血で清め給え、十字架の血で清め給え……」
アナスタシアが必死になって呪文を唱えると、少し楽になった気がした。だから、ありがとうと言いたかったのだが、喉がからからに乾いていて、上手く声にならなかった。
とにかく早くここから出たい。その一心で但馬は必死に入り口まで戻ってきたら……
ズキッ……
っと、世界樹の遺跡から外へ出た途端に、頭の中に刺すような痛みが走って世界が白黒に切り替わった。
視界の片隅には、EMERGENCYの真っ赤な文字が点滅している。
「くそっ」
但馬は舌打ちすると、自分に向けられた殺意の主を探った。
それはすぐに見つかった。入り口から少し脇によったところにある、何気ない観葉植物の隙間が死角になっていて、そこに金属で作られた網が見えた。恐らく、但馬の使うレーダーマップから逃れようと言う魂胆だったのだろう。つまり、但馬がのこのことここまでやって来た時、こいつらは万が一のためにここに隠れていたのだ。
「くそっ……くそっ!」
エマージェンシーモードは思考が早くなるだけで、体が強くなるわけではない。左右から飛びかかってくる刺客を、二人同時は捌けないと判断した但馬は、片方に狙いを絞って拳を突き立てた。
その拳が相手に突き刺さると同時に、視界が急速に動き出して……
「うぎゃっ!」
全く予想外の動きでカウンターを食らった刺客がもんどり打って倒れると同時に、
「ぐっ……くそがあああ!」
その衝撃に耐え切れなかった但馬の腕がバキバキに折れた。
肩が外れてるのだろうか、重くて動かない。
しかし、そんなこと気にしてられないともう一人の刺客をロックオンすると……
また、ブンッ……っと、アナログテレビでも付けた時のような音がして、視界が白黒に染まった。
思考が加速すると痛みが増すのだろうか。肩から指先にかけて激痛が走り、気が遠くなりそうだった。
但馬はそれを懸命に堪えて、追いすがるもう一人の刺客に狙いを定めると、先ほどとは逆に手を使ってその腹の急所に拳を突き立てた。
「ぐっ……ぐぁああああああっっ!」
脳天に突き抜けるような痛みが走り、もう片方の腕も再起不能に折れ曲がった。
激痛で意識が飛びそうになる。だが休んでる場合ではない。
但馬が必死に痛みを堪えてアナスタシアを引っ張ろうとすると、彼女はその弱々しい手を掻い潜って但馬の前に跪き、ヒール魔法を詠唱しだす。
「先生、無茶しないでよ」
但馬の体が緑色のオーラに包まれると、みるみるうちに折れ曲がった腕が、まるでビデオの逆再生みたいに元通りに戻っていった。あれだけの激痛も、殆どもう感じられない……改めてヒール魔法のデタラメさを再認識しながら、
「ありがとう……さあ! 早く逃げよう」
そう言って彼はアナスタシアの手を引っ張ると、世界樹の聖域から外へと駆け出した。
だが……そう簡単に逃がしてくれるはずがないだろう。
但馬たちが聖域の壁から外に出るやいなや、周囲を山伏の集団が取り囲んでいた。
殺すしか……覚悟を決めるしか無いのか?
今の但馬なら相手が誰でも遅れは取らない……だがアナスタシアを守りながらでは分が悪い。なんとか数を減らせないかと焦っていると、
「ウオォォォォオオオオオーーーっっ!!!!」
猛烈なスピードで、黒い影が近づいてきたかと思うと、山伏の集団の一角を体当たりで崩した。その影は手にした錫杖をブンッと振り回すと、機先を制され棒立ちになっていた山伏たちを一薙ぎした。
「社長! 無事かっ!」
「エリオスさんっ!」
エリオスは但馬たちが無事なのを確認すると、
「アナスタシア!」
持っていた細剣をアナスタシアに放って寄越す。
受け取った彼女が鞘を投げ捨てると、三人はお互いに背中を預けて、周囲を取り囲む山伏の集団に対峙した。
「……社長、一体何があった」
「今そんなこと言ってる場合じゃないだろう」
「それもそうだが……どうする? 逃げるか、制圧するか」
「突破する……」
但馬はそう言うと、ふぅ~っと息を整え、心のなかでリーゼロッテに詫びてから、
「クリエイト・アイテム」
彼が何もない虚空にかざした手に、どこからともなく光が集まってきたかと思うと、それは一振りの剣になった。
神剣ハバキリ……いつもリーゼロッテが愛用している小太刀のフォームだ。きっと、突然剣が消えた彼女は、今頃大慌てしていることだろう。
「まつろわぬ神よ……虚空より生まれし星の子よ……」
但馬が詠唱を開始する。
周囲が風もないのにザワザワと音を立てた。
それはきっと場所が悪いからだろう。
山伏の集団は、追い詰めたはずの男の背後で、世界樹が異常な発光をするのを見た。マナが解放され、周囲に霧のように立ち籠める……
「やれっ!」
尋常でない雰囲気に焦りを感じたらしき者たちが、一斉に三人に向かって飛びかかってきた。しかし、それはもう遅すぎた。
詠唱に入った但馬のオーラは三人を包み、外部からの物理的接触を弾いた。山伏たちは飛びかかろうとして、あさっての方向に弾かれ、その強烈なマナの奔流に驚愕の表情を浮かべる。
「荒ぶる御霊を解き放ち……漆黒の狭間に理を打ち立てよ……」
詠唱に入った魔法使いは止められない。この世界の常識だ。ましてや、こんな周囲を真っ白く覆い尽くすほどのマナを前に、抵抗など無意味だと悟った山伏の集団は、一塊になって詠唱を開始した。
「あいつらも魔法使いかっ! アナスタシア、社長を守れっ!」
「うんっ」
詠唱する但馬の前に、2人が立ちはだかり壁を作った。山伏たちは舌打ちをしたが詠唱をやめようとしないのは、彼らごと但馬を吹き飛ばそうという考えだろうか。
だがそれは無謀だ。この世の中に、本気になった但馬以上の魔法使いは存在しない。こと、魔法戦闘に関して言えば、エルフが何体束になろうと、彼に勝てるものなど居ないのだ。
「駆け抜けろ甕星ッ!」
だが、彼らがそれを身をもって知るよりも前に……
「お待ち下さいっ! お待ち下さいっ! お待ちを! 大御所様ッ! どうかお許し下さいっっっ!!」
但馬の詠唱が完成する、正にその直前に、彼らの間にガブリールが飛び込んできて、実にみっともないジャンピング土下座を決めた。
その機敏な動きに但馬は絶句し……
自分たちの上司の必死な姿に、山伏たちも驚愕して動きを止める。
「お許しをっ! 大御所様……どうかお許しを! ……お前たち! 何をやっている! すぐに武装を解いて頭を下げないかっ!」
「し……しかし、この機を逃したら」
山伏の一人が困惑気味にそう言うと、ガブリールはイライラした素振りを隠そうともせず、立ち上がって彼の前へズカズカ歩み寄り、
パシィッ!
っと、一切の躊躇も見せずに平手をくれた。
呆気にとられて殴られた男が立ち尽くす中、他の山伏たちはすぐさまその場に這いつくばって、但馬に向かって平伏した。
ガブリールもすぐに元の位置に戻って頭を下げると、残っていた男もその場に崩折れるようにして伏せた。
「どうかお許し下さい、大御所様。あなたと敵対する気など全く無いのです」
「よく言うな。世界樹に入る前から、刺客を伏せていたな。ご丁寧にも、俺にバレないように電気的に遮蔽して」
するとガブリールは一瞬目を丸くしてから、アチャーっと天を仰ぐようにして、
「恐らく、サリエラかと……彼女がやったことはお詫びします。私からあとできつく言い含めておきましょう」
「そんなので信用なるか。おまえらとは金輪際関り合いになりたくない」
「そう仰られましても……しかし、彼女の気持ちも少しは考えてやってはもらえませんでしょうか」
「なんだとっ!?」
「……太陽が無くなるんですよ? 私たちは、それを阻止するためだけに生まれて、これまで生きてきたというのに、先代には無意味だと言われ、あなたには拒否される……」
「…………」
「もちろん、無理強いは決して致しません。我々は、大御所様のしもべなのです……ですが、このまま放っておけば、いずれ確実に時は訪れます。どうか、ご慈悲を賜われるなら、ご一考を……」
ガブリールはそう言うと、地面に額をこすり付けるように平伏した。
それを見ていた山伏集団も、ぎょっとした顔をしてから、慌てて同じように額を地面に擦り付けた。
先ほど、但馬に最期まで逆らっていた男なんかはブルブルと震えている……
但馬は溜息を吐くと、
「そんなの……知らん!」
と言って剣を下ろし、土下座する集団の横をドスドス音を立てながら通り過ぎ、
「……命を簡単に取るような真似はするなよ」
去り際にそう吐き捨てると、返事も待たずにずんずんと山を降りて行ってしまった。
取り残されたアナスタシアとエリオスはハッと気が付くと、慌てて彼の後を追いかけていった。
ガブリールは地面に額をつけ、それを横目で見送りながら……
「人命は地球よりも重い……か。度し難い」
誰ともなく呟いた。
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土下座するガブリールの横を通りぬけ、怒りに任せてずんずんと進んでいった但馬は、やがて怒りが収まると、額に大量の汗が滴り落ちていることに気づいた。どうやら相当緊張していたらしい。
それに気づくとなんだか急に疲れがどっと押し寄せてきて、目眩がするようにフラリと足がよろけた。但馬のすぐ後ろを進んでいたエリオスが慌てて支えてくれなければ、ゴロゴロと斜面を転がり落ちていくところだった。
吐く息が荒く、異様に頭が痛かった。さっきの戦闘の影響かとも思ったが、もしかしたら高山病になりかけているのかも知れない。
こんなところ、もう一秒も居たくない。エリオスに礼を言ってから、ふらつく足取りで先を急ぐと、
「社長、一体何があったんだ……? 太陽がどうこう言っていたが」
とっくの昔に但馬の様子がおかしいことに気づいていたエリオスが、たまりかねて訪ねてきた。
「それは……」
例え、エリオスであっても言えなかった。恐らく言っても、彼にやれることは何もないだろう。こんな話は、自分以外の誰にも背負わせることなんて出来ないではないか。
但馬が口ごもっていると、彼はしょうがないと言った感じに肩を竦めて、
「まあいい、何があったか知らないが、俺はいつでも社長の味方なんだぞ? 困ったことがあるのなら、いつでも相談してくれ。これでも、少しは役に立てるくらいには成長したつもりだ」
「……エリオスさんは、いつも頼りになってるよ」
但馬がそう言うと、彼は鼻歌交じりに山伏から奪った錫杖をナタのように振り回しながら先を進んだ。足元がおぼつかない但馬のために雑草を薙いでおこうと言う体をとってるが、多分気を使ってくれたのだろう。
エリオスが但馬から離れると、代わりにアナスタシアがコソコソやって来て、
「……本当に、逃げてきてよかったのかな?」
「……アーニャちゃんは儀式をやってもいいって言うのか?」
正直、口にするのもうんざりだった。だが、一応は彼女の気持ちも聞いておかないと……もしかしたら、責任を感じて一人で突っ走ったりしないか、少し心配だったのだ。
しかし、但馬にそう言われたアナスタシアはブンブンと首を振って、
「冗談じゃないよ。だって……死んじゃうんでしょう?」
そして、少ししんみりした様子を見せながら、
「正直言うと、昔の自分だったらそれもいいかと諦めてたかも知れないけど……せっかく、先生と出会えて、これまで生きてこれたんだもん。ジュリアとの約束もあるし、そんなの嫌だよ。どうしても他に方法はないのかな?」
「そっか」
但馬は正直、ほっとした。と同時に、あのいつも困った眉毛をしていた彼女が、今は生きたいと感じてくれてることが、本当に嬉しかった。
辛いこと、悲しいことが沢山あったんだ……それでもここまでやってこれたんだ。
手放してなるものか。
「俺だって発狂するなんて言われてるんだ、冗談じゃないと思ってる。だから……何があっても、間違いが起こらないように、俺が君を守るよ」
「でも……二人共助かる方法なんて、本当にあるのかな?」
「わからないけど……」
勇者は儀式のことを無意味だと言ったのだ。彼にとってアナスタシアの母親は、嘘を吐いてまで助けたいと思うほど大切な存在ではなかったはずだ。
「だからきっと何か方法はあるはずなんだ」
「……本当に?」
「ああ。だから、今はリディアに帰ろう……」
帰って、そしてみんなの知恵を結集して、そして目指すんだ……宇宙を。
但馬はそんな無謀な考えを胸に秘め……この、どこまでも続く長い下り坂を、ただ足元だけを見つめて歩き続けていた。
一日休みます