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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
279/398

決断しろと彼らは言った

 アクロポリスの世界樹でリリィの正体を知った時から薄々勘付いてはいた。ティレニアの巫女というのも、彼女同様、1000年前の聖女リリィのクローンのことだった。


 巫女は記憶を載せかえられた後、元の人格は破棄され別人となる。25年前、アナスタシアの父親はそれを嫌がって、巫女を連れて逃避行を行ったらしい。もちろん、それを他の摂家が許すはずはなかった。


「我々はすぐに彼らの後を追いました。いくら大きなタイタニア山とはいえ、我々のテリトリーから逃げきれるわけがありません。探し始めてまもなく、我々は彼らを捕捉しました。


 ところが……いざ巫女を連れ戻しに行ったとき、どこからともなく我々の前に立ちはだかる者が現れました。先代の大御所様です。


 大御所様は巫女を連れ帰ろうとする我々から2人を保護し、もう彼らを追いかけるなと仰られました。巫女を逃がす意味が分かっているのかと問うと、彼はもちろんそれは分かっているが、根本的な解決にはならないから無意味だ……と仰られたのです。


 それがどういう意味かは分かりませんでした。ですが大御所様にそう言われてしまうと、我々はそれに従うしかありません。我々にとって、彼の言葉は絶対なのです。何故なら……


 1000年前、御所様がお隠れになった後、残されたティレニアの人々は目的を失いました。そんな人々を強力なリーダーシップで引っ張り、ティレニア帝国を樹立させた初代皇帝こそが……但馬波瑠様、あなたなのです」


 但馬は首を何度も何度も横に振りながら、


「何を言って……俺は、1000年前のことなんて何も知らないぞ」

「記憶には無いでしょう。ですが……大御所様は先代、いわゆる勇者様と記憶を共有していらっしゃいますね? 先ほど見たビデオ映像。あそこに映っていた人物が、オリジナルの自分だと理解しておいでですね? だったら、一度くらいは考えたことがあるのではありませんか。自分や、勇者様以前にも、似たような存在が居たのではないかと……」


 もちろん、考えたことはあった。それが正しかったということか……? 但馬は何も覚えちゃ居ないが、今更勇者と自分が全く関わり合いのない別人とは思ってない。それと同じ存在が、この世界の1000年の歴史の中で、何度も何度も、繰り返し現れては消えていったというのだろうか……


「ここ、ティレニアの世界樹のライブラリに残ってる限りでは、この1000年間、ロディーナ大陸のあちこちで、但馬波瑠という人物が見受けられます。我々はその全てが大御所様だと思ってます……もちろん、大御所様が覚えてらっしゃらないのであれば、我々がとやかくいうこともありません。


 ですが、先代のことだけでも思い出してもらいたいのです。我々は、先代のお言葉に従って、ここティレニアの世界樹で待機している状態なのです。何故、先代は巫女を保護なされたのか……無意味だと言って、我々が彼らを連れ帰ることを邪魔されたのか。せめてその理由だけでも分からなければ、我々も困ってしまうので」


 そうは言われても、但馬だって困ってしまう。但馬には勇者だったころの記憶は全く無い。はっきりと別人だということを意識しているくらいだし、これから突然思い出すとも思えないのだ。


「どうしても思い出せなきゃまずいのか?」

「はい。そうしないと、世界が滅びてしまうので……」

「……そう言えば、世界が滅びるとかって、セレスティアで通信をした時も言ってたな。あれは一体、どういうことなんだ? 俺には話せないことなのか?」

「いえ、もちろんお話しいたしますとも……」


 ガブリールはそう言うと、モニターに映っていた映像を止めて、代わりに別のアプリケーションを起動した。どうやらそれは星系のシミュレーションみたいなもので、太陽を中心に惑星がグルグルと回っている映像が映し出された。


 惑星の数は8つ。その第三惑星の周りには月が回っている……つまり、これは太陽系のシミュレーションということだろう。これに、何かおかしいところでもあるのだろうかと思いながら眺めていると、


「大御所様はこの地上は紫外線が届いていない……紫外線レベルが低いということに気がついておられましたね? その理由を考えたことはございますか」

「いや、大気に含まれるマナが何か悪さをしてるんじゃないかと思ってたんだが……」

「それは違います。マナにはそこまでの影響はありません」

「ならどういうことだ? もったいぶってないで教えろよ」

「つまり、地球の大気成分がおかしいのでないならば、その出どころ、太陽の方がおかしいと考えるしかないでしょう」


 彼の言葉に呼応するかのように、突然、映像の太陽が小さく縮んでいく。まるで、太陽が燃え尽きてしまったかのようだ。


「……どういう、ことだ? 太陽活動が弱まったというのか? そう言えば、今は氷河期みたいに気温が低いみたいだが……一体、なんだって言うんだ?」

「つまり、あの太陽は偽物なんですよ」


 そして小さくなった太陽は、さっきまでそれを中心に回っていた第三惑星の周りを逆に回り始めた。気がつけば、地球の周りには2つの月がまわっており、そのずっと外側を、小さな太陽がグルグルと回っている。


「偽物……だと?」

「我々が普段見ているあの太陽は偽物です。見せかけだけの太陽を、月と同じ地球の衛星軌道上に浮かべたものなのです。気温が低いのはそのためで、温室効果ガスの増減に過敏に反応し、ほんの少しバランスを崩すだけで、この地球は全球凍結してしまう……」

「……嘘だろう?」

「いいえ、本当です」

「なんでそんなことになってんだ!?」

「何故? 今から数万年もの昔、ベテルギウスの超新星爆発により、太陽系は壊滅的な被害を受けました……だから、地球は太陽系を飛び出したんじゃないですか? その証拠に、夜空をどんなに見上げても、太陽系の他の惑星は見つからないではありませんか」


 モニターでは、太陽を失った太陽系の中で、地球の公転軌道がどんどん広がっていく。それは火星、木星、土星の公転軌道を次々と越えて、ついには太陽系から飛び出して行ってしまった。


 つまり、これが、今の地球だと言うのだ。


「しかし、生命活動には、言うまでもなく太陽エネルギーが必要です。太陽系を飛び出した地球には代わりの人工太陽が必要になり、人類はそれを地球の衛星軌道上に浮かべました。人工太陽は本物のように巨大な天体ではなく、放っておけばすぐに燃え尽きてしまいます。数十年おきの燃料投下が必要で、人類はそのための施設を天上(セレスティア)月面基地(ルナベース)に作ったのです……


 ところが……長い年月が経ち、地球に降りた人類はエルフとなって、大気の分布が崩れると、簡単に地球が凍結してしまう事実を忘れてしまった。そのせいで、地球は全球凍結の危機が訪れて、後がない状況にまで追い込まれます。


 ルナベースにいらっしゃった御所様は、その事態に際して地上へ降り立ち、そこに世界樹を建てました。言うまでもなく、これがセレスティアの世界樹です。そして旧人類を復活させた御所様は、人類を導き、北エトルリア大陸からエルフを駆逐し、アクロポリスに人類初の国家を作りました。


 しかし、その活動限界が訪れようとした時、御所様はただお隠れになるわけにはいかなかった。人類は手を差し伸べなくても、自力でなんとかやっていけるくらいにまでは成長した。ですがもちろん、宇宙に飛び出すまでには至っていない。ところが人工太陽の制御システムはルナベースにあり、これを遠隔操作できる者は御所様だけだったのです。


 だからこそ、御所様は執拗にご自身のクローンをお作りになろうと、エトルリア、ティレニアと場所を変えてまで、このクローン製造装置を作り上げようとなされたのです」


 聖女リリィとは一体何者だったのか……話を聞いてる限りではとても人間業とは思えない。その正体について尋ねると、


「それは我々にもよく分かっては居ません。ただ、このような存在が神で無ければ、恐らくはロボットかAIのような、科学的な存在だったのではないでしょうか。御所様は地上に降り立ってからも、数百年から千年は生きられた形跡がありますし、あながち的外れということはないかと思われます」

「……じゃあ、俺は? 俺の正体は一体なんだと言うんだ。おまえらは1000年前から居ると言うが、俺にはそんな記憶は何一つ無いんだぞ」

「……それも分かりません。あなたはここに国家を樹立し、巫女を育てるための機関である摂家を設立すると、世界樹周辺を聖域として、このライブラリに眠っているあらゆる世界の秘密を隠蔽しました。その頃の人類に正確な情報を伝えても、かえって混乱するだけですから、致し方ない措置だったでしょう。それは今でも国是とされております。


 その後、降霊の儀式を無事に終えた初代様は、摂家に後を託して崩御されました。摂家は初代様に変わってティレニアを運営し、世界に冠たる大帝国を作るはずでした……が、そうはならなかったのです。


 何故なら、その後も大御所様は、世界各地に時折現れては、人類を歴史を飛躍的に導く英雄として活動されていた……但馬波瑠と名乗る英雄が、歴史の変遷期に度々現れ、決定的な仕事をしては消えていったのです」

「いや待て、もしもそれが本当なら、せめて口伝くらい残ってなきゃおかしくないか? 俺が調べた限りでは、そんなのどこにも見当たらなかった」

「それは記録に残ってないからですよ。今まで無名だったのは、その活動期間の短さゆえで、あなたは歴史の表舞台に出ることは殆どなく、いつもすぐに消えていった……先代ほど長く活躍することはありませんでしたし、今のあなたのように派手に活動されることもありませんでした」

「どうしてそんな急に方針転換したんだ……何か理由でもあるのか?」


 自分のことだからわかるのだが……但馬の性格からすると、こんなわけの分からない状況に放りこまれたら、全く何も足掻きもせずに、のんきに暮らすというのは考えにくかった。


 少なくとも生きてた頃の自分がどうなったのか、世界の秘密に迫ろうとするはずだし、自分みたいに農耕や電力の発明をしないとは思えない。


 勇者は多少やっていたようだが、その前にも自分と同じ存在が居たとするなら、世界はもっと発展していなければおかしくないはずだ。


 そう思い、但馬がその理由を尋ねると、


「それは……」


 するとガブリールは急に歯切れが悪くなった。


 望まれたら何もかも話すと言って居たくせにこの態度は、何かを隠していると言ってるようなものである。


「なんだ? なにか知ってるなら全部吐けよ」

「いや、しかし……それを知ったら大御所様は……」

「もういいじゃない、ガブリール」


 ガブリールが口ごもっていると、それをずっと黙って聞いていた女がイライラした口調で言った。


「私達が何を隠しても、思い出されたらそれまでだし。大御所様もそれを望んでるでしょ」

「しかし……」

「もう時間がないの。彼に決断してもらうしかないわ」


 確かサリエラと言ったか、彼女は歯切れの悪い男たちに変わって但馬の前に一歩踏み出すと、彼らが止めるのも聞かず、キッと睨みつけるように但馬の目を見ながら言った。


「過去の大御所様は歴史の表舞台に出てきたとしても、すぐに亡くなられたから、記録に残るようなことはなかったんです」

「……死んだ? 誰かに殺されたのか?」

「いいえ、過去のあなたは、例外なく発狂して死にました」


 その言葉があまりにも突拍子も無く……但馬はそれが脳みそに処理されるまで、たっぷり数十秒くらい呆然と立ち尽くす羽目になった。


「……はあ?」


 おまけにようやく出てきた言葉は、本当に間の抜けた声だけだった。


「発狂して死ぬんですよ。巫女はここのクローン製造装置によって作られますが……」

「ちょっと待て、今は巫女の話をしてるんじゃ……」

「いいから、最後まで聞いてください。巫女はここで作られた後、一旦は普通の人間として育てられますが、成長して体力的に儀式に耐えられるくらいになると、そこの装置で今度は降霊の儀式を執り行います。降霊の儀式を行った後、巫女は御所様の精神を宿しますが、そうなった時はもはや別人、かつての御所様そのものになっているわけです……ですが、一つの体に2人の精神を無理矢理つめ込まれて平気なわけないですよね。過去の巫女は儀式の後、人工太陽の制御を行ったら暫くして、必ず発狂して死にました。きっと脳が、精神が、もたないんですよ」


 その迫力に気圧されて、但馬は唾をゴクリと飲み込んだ。


 サリエラはさらに畳み掛けるように言った。


「あなたは……今更、自分がまっさらな赤ちゃんとしてこの世に生まれてきたとは思ってませんよね? この世界に元から存在した、別の誰かの体を乗っ取って今ここに立っている……これって、巫女と同じじゃないですか」


 そうだ……その通りだ。なんでか知らないが、但馬は誰かの……今回に限ってはエーリス村のウララの兄の精神を乗っ取っていることが、ほぼ判明している。但馬にリディアの浜辺で気がつく以前の記憶がないところを見て、それはもう間違いないだろう。但馬はウララの兄の体を乗っ取って、それ以前のことを忘れてしまったのだ。


 なら、自分もいつか、それに耐えられなくなって、発狂して死ぬのか……?


「で、でも……勇者は50年も活動してたんだろう? 最期は暗殺されたかも知れないが、高齢になるまで何事も無く生き延びてたじゃないか」

「それが例外なのです。だから我々も、先代が儀式は無意味だと言って、巫女を保護された時、唯々諾々と従うことにしたのです。今までと違うお方がそう仰るのであれば、何か理由があるのだろうと……ところが、先代はその理由を何も語らずお亡くなりになられてしまった。我々はどうすれば良いのでしょうか。今までどおり、儀式を行って人工太陽を制御すべきなのか。それとも、先代の言葉に従うべきなのか……」


 他の男たちが後を続けるように、切実な瞳で訴えかける。


「決断してください、大御所様。本当なら、儀式は25年前に行うはずでした。それを延期した今、太陽はあと数年もしたら燃え尽きてしまうでしょう。そうなる前に、我々は儀式をしたい……ご決断を」

「思い出してください。どうして、あなたはあの時、儀式は無意味だと言ったのですか?」

「早くしなければ、この世界は滅びてしまうでしょう」


 4人が真っ直ぐな瞳で但馬のことを見つめていた。


「決断しろって言われても……だって、それって……」


 かつて巫女を連れて逃げたアナスタシアの父親の気持ちが分かった。


 それじゃあ巫女は、発狂するために生まれてきたようなものではないか……ましてや、それが自分の愛する人だったとしたら。


 そんなの、耐えられるはずがないだろう!


 但馬がぐっと手を握りしめたら、それがギュッと握り返された。隣にはアナスタシアが居る。彼女の母親はかつて巫女だった……だったら、今代の巫女は……


 決断なんて出来るわけがないだろう。寧ろ既に決まっていると言ったほうが良いくらいだ。だが、そうしたら世界は……


 どうすればいい……どうすればいいんだ……


 但馬は何かを期待する8つの瞳の前で、何も決断することが出来ず、ただ立ち尽くすしかなかった。


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― 新着の感想 ―
久しぶりに読み返してたんですが、こんな話だったっけ!?と戦慄しています
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