洗練された人々
リリィによる平和宣言と、ウルフの演説からの数日間で、戦後処理についての話し合いはトントン拍子に進んでいった。終戦を迎えて世界が平和ムードだったこと、シルミウムの賠償が出血を伴わないものだったこと(今後の注視は必要であるが)、そしてリディアの技術力が人々を魅了したことが貢献していた。やはり、鉄道や電話みたいな分かりやすいものが目の前にあったら、説得力が違ったのだ。
賠償金は当初アウルムが持ちかけてきた額面、金貨2千万枚を軸に話し合いが持たれ、アスタクスのインフラ復興を基準に正確な数字が算出された。シルミウムはそれを新貨幣で支払い、そして帝国とアスタクスが分配するということになる。
会議で話し合われたのは、もちろん景気対策だけではない。他にも戦争被害者への補償問題や、シルミウムの戦争責任についても当然話し合われた。何しろ大勢の人が亡くなったのだから、誰が悪かったのかと言うことをハッキリさせねば、平和など絵に描いた餅にすぎないだろう。
戦犯は皇国議会に作られた法廷で行われ、裁判官として皇国、ロンバルディア、トリエルの法曹関係が担当した。そして戦争に至った経緯や、戦争を煽るために裏で手を引いていた者達の責任を追求していくと、今回の戦争に関わっていた姿の見えない何かが、色々と見えてくるものがあった。
まず、戦犯として挙げられ、アクロポリスに連行された者達の素性を明らかにせねばなるまい。その最大の責任者はシルミウム方伯だったろうが、驚いたことにしょっぴかれた者の殆どは、貴族というよりも商人……もしくはマフィアと言っていいようなゴロツキだったのだ。
シルミウムは商人の国であり、皇国全土の金融をほぼ単独で担っていた。アクロポリスの取引所を取り仕切っていたのも彼の国であったし、要するに金融マフィアのような連中が力をつけすぎていたのだ。
貴族というものは浪費をするのが仕事と言っていいようなもので、大抵の場合お抱え商人がおり、そいつらと組んで支配をつづけているのが殆どだった。領地経営は現代とは比べ物にならないくらい稚拙で、強いものは無ければ他人から奪えばいいと、金のかかる戦争に明け暮れたし、弱いものは自衛のために商人から借金し、お金でどうにかするのが普通だった。
すると、中にはお抱え商人に対する借金で首が回らなくなり、立場が逆転するような場合もあった。そう言う豪商が、後のトスカーナ大公のような商人貴族になっていったわけだ。日本にも徳政令のような悪法があったりしたし、但馬も似たようなものだから想像に難くないだろう。
シルミウムの商人はそうして影響力をつけていく内に、簡単に言えばマフィア化していたわけである。どの世界も同じようなもので、金を持つものほど力を得やすく、悪いことほど儲かりやすい。シルミウムの商人にとってそれは奴隷売買だったり、麻薬、武器の取引のようなものだった。
これらを手に入れるにはリディアは格好の場所だった。
世界樹の秘密を知ったシルミウムの商人にとって、メディアは亜人の供給元であり、ガッリアの森は危険を犯してでも中に入っていく価値がある、薬物の宝庫だった。極めつけは但馬のような者が現れて、武器まで供給してくれるようになったのだから、狙い目だったのである。
また一方で、アスタクス地方はビテュニアを中心とした連邦国家だった。地方の貴族たちは方伯に忠誠を誓っていたが、領地の経営自体は彼らの自治に任されており、方伯は口出しなんかしない。まあ、少しはするけれども。簡単にいえば江戸時代の藩制みたいなものであった。
領地ごとに政策が違えば、地域によってはかなりの格差が生じ、扇動をしやすかったわけである。その最たる土地が、かつてのカンディアやイオニアのような僻地であり、同じアスタクスの他の地方が潤えば潤うほど彼らは羨望や嫉妬の目で中央を見ていたのだ。
そんな時に、僻地どころか危険地帯と言われているリディアが好景気に浮かれていたら、生活が苦しい彼らにしてみれば不愉快極まりなかったろう。
特にカンディア・ゲーリック家は自分たちこそが本流だとの自意識が高かったため、リディア王家に対して並々ならぬ対抗心を燃やしていた。シルミウムはそこに付け入ったと言うわけだ。
因みに、そのシルミウムはアスタクスとは違って連邦制は取っておらず、かつて皇家から別れた方伯による長い独裁状態にあった。500年前にアスタクスが暴走した時は、彼らがリーダーとなってそれを食い止めたわけであるが……面白いもので果物が熟した後に腐ってしまうように、人間の組織も長いこと変化が無ければやはり腐敗する。気がつけば方伯の腰巾着と、それを取り巻く商人貴族が宮殿内に跋扈して、領民を力でねじ伏せていたのが現状のようだった。
戦犯としてまずひっ捕らえられたダルマチア子爵アウルムもそれに連なる一人で、彼の母親はシルミウム方伯の寵姫であったが、実はその素性は亜人のハーフだったらしい。それに目をつけた前ダルマチア子爵が彼女を養女に迎え、アウルムに家督を譲ったのだそうだが、そんな血縁を利用しようと、悪い奴らがいっぱい擦り寄ってきていたわけである。
彼の証言から戦犯として裁かれた者の中には刑死者も出たが、その内訳は貴族が数名いた他は殆どが一般の商人だらけだった……いや、こう言う奴らを一般人と呼ぶのはふさわしくないだろう。非合法な手段で儲ける商人とは、すなわちマフィアのことである。
あとは、作戦を立案した将軍が裁かれたが、彼は忠実に作戦を立てたに過ぎず、身分は剥奪されたが死刑まではいかなかったようである。こんな具合に、今回の戦争で裁かれたのは、軍人ではなく、それを統制する文民ばかりだったのだ。軍人は一切暴走を起こしてない。これが意味するところは何なのだろうか。
そして、ダルマチア子爵アウルムであるが、彼もまた辛うじて死刑を免れた。
結局、蓋を開けてみれば彼は傀儡に過ぎなかったことと、シルミウム方伯の嫡男であることは確かなので、彼を裁くと国内の反発を招きかねないとの配慮らしい。尤も、彼は爵位と継承権を剥奪され、事実上無力化されるそうである。無一文になった挙句に蟄居となっては、今後彼がどうなっていくかは、同情も禁じ得ないといったところだろうか。
対して、ネイサン・ゲーリックは処刑された。
実はネイサンに関しては助命の声も上がっていた。彼はそもそも、自分の領地を取り返そうとしていただけであり、そうした行為を咎め立て出来るものではない。リディア国内の問題であるから、そっちで裁くようにと、有識者で作られた法廷から突っ返されたのだ。つまり戦争では無罪であったのだが……
その後、リディア王家はエトルリア皇国に働きかけ、シルミウムに亡命していたカンディア・ゲーリック家を呼び出し、カンディアの領有権の返上をさせた。そして、戦争の結果としてカンディアを帝国に譲渡、カンディア・ゲーリック家にはリディア王家への忠誠を誓わせたのだが……
ネイサン・ゲーリックはついに恭順の意志を示すこと無く、自ら処刑台に立ったのである。その最後は、但馬への呪詛を吐きながら死んでいったと言う。彼はその信念を曲げること無く、どうしても、リディア王家とは相容れなかったのだろう。
ともあれ、暗い話はこんなところにして、その他、戦争被害者への補償や遺族年金の負担についても、会議では議論が交わされた。
先の戦争での戦没者は1万人、その遺族は5~6万人に上るわけだが、その全てに対する補償をシルミウムだけで引き受けるのは流石に無理があった。シルミウムを叩くのは結構だが、窮乏を抱えている彼らが今後、何らかの事情で支払いを拒否することがあったら、割りを食うのは遺族である。だから好む好まざるを得ず、しっかりとした計画を立てるしかない。
そこでまず考えられたのは、遺族の住む領地ごとに対応させることだったが、領民を失った上に更にその遺族の面倒を見ろと言われるのではたまらないと、不平不満が続出しあえなく頓挫した。
アスタクスは連邦国家であるがゆえに、領地ごとの被害が明確に出てしまい、不公平感が半端無かったのだ。特に、同じ国であるはずの南部と北部とで、勝敗が違うのであるから、今後に禍根を残すことになりかねない。
そんなわけで、後腐れ無いように、エトルリア聖教で基金を立てることになったのだが……既にその実績があるロンバルディアのザビエル神父がその責任者に抜擢された。元々、孤児問題で各地を回っていた彼はそれを快く受け入れ、皇国議会でその理念の演説と、貴族への基金への協力を呼びかけた。
その一環として、アナスタシアのリディア移民救済への呼びかけもあった。
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エーゲ海に面したアクロポリスの港にヴィクトリアが入港すると、その姿を一目見ようとして人々が桟橋に集まっていた。巨大な戦列艦が礼砲を鳴らすと、人々の間からは歓声が上がった。
甲板からそれを見ていた但馬は目を丸くした。
彼がセレスティアへ向かうとき、港には誰も近づいて来なかった。ヴィクトリアは帝国の海軍力の象徴で、寧ろ怖がられて白眼視されていたのだ。
ところが、あっちに行って戻ってきたらこれである。戻ってくるまでのおよそ20日間に、何があったと言うのだろうか。戸惑う乗組員たちが忙しそうにロープを結いていく中、但馬が首をひねりながら港の方を見ていると、その中にブリジットの姿が見えた。
ヴィクトリアが接岸すると、ローレル率いる帝国近衛兵団を引き連れ、ドレスを身に纏ったブリジットが出迎えてくれた。タラップを伝って桟橋に降りると、小走りに彼女が近づいてきて、
「おかえりなさいませ、先生。おみやげ、おみやげ!」
と言って但馬の腕に嬉しそうにまとわり付いた。
すると、彼女のその言葉をかき消すほどの黄色い声があちこちから上がって、但馬は目が白黒なった。まるでアイドルみたいな扱いである。戸惑いながら呆然と群衆を眺めていると、隣のブリジットがニコニコしながら彼らに手を振り、するとまたしても甲高い歓声があちこちから上がった。
釈然とはしなかったが……そう言えば、ブリジットはアクロポリスでも人気者だったなと思いだし、変な感じだと思いながらそれを眺めていると、但馬の腕にぶら下がるようにしていた彼女が、
「先生もほら、見てないで手を振って上げてくださいよ。みんな喜びますよ」
などと促されて、仕方なく彼女の真似をして手を振ってみたら、またあちこちから悲鳴のような歓声が上がって、三半規管がやられそうになった。
なんじゃこりゃあ……
確か出発する前は、大不況を招いた張本人、金融界の極悪人みたいな扱いだったはずだが……
その好奇の視線に挙動りながら、何事かとブリジットに尋ねてみれば、どうやら但馬が不在の間にウルフが相当上手いことやってくれたらしく、彼はエトルリアに新しい風を吹き入れてくれる改革者にジョブチェンジしているようだった。
例の写真乾板を使ったスライドはあちこちで披露され、また帝国の印刷技術で刷られた新聞が配られたお陰で、どうやら町の人々にも景気対策の趣旨が伝わっているらしい。
それに満足した群衆が但馬のやったことをチャラにして、今度は逆にヒーローとして迎え入れてくれたのだそうだ。ブリジットが得意気にそう教えてくれた。
「へえ、そんなことがあったのか」
「はい。兄も肩の荷が下りたってホッとしてましたよ。お土産は?」
「そうか。なら後であいつにもお礼を言わなきゃな……それにしても」
但馬とブリジットが仲睦まじく桟橋から防波堤へと足を向けると、近衛兵が訓練された動きでさっと展開する。すると、それを見ていたアクロポリスの憲兵隊が、ロープを持って群衆の間に割って入り、但馬とブリジットのために道を作ってくれた。
群衆たちは押し合いへし合いしながらも、お互いに声を掛け合ってどうにか狭い堤防に道を開けると、落ち着いたところでまたこちらへ向けて嬉しそうに手を振った。
但馬はそんな群衆の間を通りぬけながら、ボソッとひとりごちた。
「……洗練され過ぎているな」
「え? なんですか?」
「アクロポリスの人達は、落ち着いていて洗練されているって言ったの」
するとブリジットはニコニコしながら、
「はい、そうですね。私もとても好きになりました」
と返した。別にそういうことが言いたかったわけではないのだが……
彼女の顔を見ていると、そんなことどうでも良くなって来て、但馬も苦笑交じりに彼女の意見に同意した。
港の群衆をかき分けて街へ出ると、ブリジットが乗ってきたらしき馬車が置いてあった。アクロポリスは但馬が不在の間にだいぶ雪解けが進んでおり、移動手段も馬橇から馬車に変わっているようだ。
雪が積もっていた時には見えなかった石畳の道路は、あちこちに彫刻が彫られていて、かなり小洒落た町並みを演出していた。松明を差し込んだ街灯の周りには、井戸端会議をするおばさんたちが見える。長い竹箒で、世界樹の葉っぱをかき集めている人たちが、あちこちで見かけられた。彼らは別に清掃人ではなく、市民が自発的に自分の家の軒先を綺麗にしているだけのようである。
但馬はブリジットと一緒に馬車に乗り込むと、取り敢えず迎賓館へと戻るように御者に伝えた。馬車が動き出すとブリジットが、
「そう言えば師匠は? まさか、まだクロノアさんから逃げまわってこそこそしてるんですか?」
「まさか。クロノアには悪いけどね、あの人にはちょっとお使いをお願いしたんだ。そういえば知ってるか? リーゼロッテさんの故郷ってシルミウムだったんだってね」
「え? そうなんですか? てっきりずっとアクロポリスにいたのかと」
「意外だよな」
「はい。ところで、セレスティアはいかがでしたか? 例の病気について……なにか収穫はありましたか? あとお土産は……」
その言葉に、但馬はう~んと唸った。ブリジットは、露骨に土産を催促しすぎたかと慌てて顔の前で手をぶるんぶるんと振っていたが、
「いや、そうじゃないんだ。お土産はちゃんとあげるから……そっちじゃなくて、セレスティアの方」
ブリジットは怪訝そうに首を傾げた。但馬は、セレスティアであったことをブリジットに話すべきかどうか、ほんのちょっぴり迷っていたのだ。
彼の国で内戦が始まったのは、セレスティアの世界樹が人間製造装置だったからだ。それが、キリスト教の原理主義者には受け入れられなかった。
ブリジットも原理主義者とまでは行かないまでも、敬虔なクリスチャンであることは確かであり、ショックを受ける可能性は高い。
だが、それで彼女に内緒にするというのもおかしな話だろう。やはり、自分の信用している人には、ちゃんと何があったかを伝えるべきだ。
「土産話は、みんなを集めてからしようかと思ってる。その方が、混乱が少ないと思うからね」
「……はあ。何か込み入った事情でもあるのでしょうか」
「そんなところ。可能な限り、一度で済ませたいから、みんなが集まれる夕食時にでも……ウルフはもちろん、リリィ様や殿下にも聞いておいて貰ったほうがいいんでね」
あとはアナスタシアだが……但馬が遠い目をしていると、ブリジットは目をパチクリさせながら頷いた。
馬車の中で数瞬の沈黙が流れる。但馬は、自分がもったいぶっているせいで、少し不安げな表情になってしまった彼女に、申し訳無さそうに尋ねた。
「ところで、アーニャちゃんは今どうしてるかな? 皇王様の看病で、サンタ・マリア宮殿にいるんだろうか」
するとブリジットは頭を振って、
「いえ、看病は続けててとても感謝されているようですが、今頃は会議に出席されてるはずですよ。今朝、兄さんと打ち合わせしてましたから」
「……会議?」
「はい。会議で遺族基金ってものが作られることになりまして……」
遺族支援の基金が設立されると、アナスタシアはザビエルの手伝いを買って出て、共にアクロポリス内の有力貴族たちの間を回っていた。そしてその一環で、ザビエルの孤児院を支援している、貴婦人の会に出席することになったそうだ。
その婦人会と言うのは、皇国内の孤児や、親の都合で性的な被害を受けている子供たちを救済している、貴婦人たちで構成された団体で、アナスタシアの素性を知ったら、ぜひ一度婦人会に出席し、修道院時代の話を聞かせてくれとお願いされたらしい。
事が事だけに無理強いはしないと言われたのであるが、アクロポリスでもかなり発言権を持った団体で、リディアの孤児院にも寄付をくれたので引き受けた。そして彼女自身すでに自由になっているから、わだかまりもなく、包み隠さず語って聞かせたようであるが……
話を聞いた婦人たちは涙を流して彼女に同情し、性差別を行う男たち許すまじ! 議会で追及すべきだ! と意気軒昂に唱えたらしい。丁度、講和会議で遺族基金についてやっている最中でもあり、未亡人女性の就職支援や、孤児救済のための話し合いが持たれてるところであった。婦人会はそこで、平和宣言と共に女性解放宣言も行おうと、今、議会で彼女の証言を元に、公聴会が行われているそうなのである。
但馬が眉を顰めると、ブリジットは慌てて続けた。
「もちろん、そんな他人に利用されるようなことしなくていいって言いましたよ? でも、アナスタシアさん自身はサバサバしたもので、それで自分と同じ目に遭う子がいなくならその方がいいし、寄付ももらえるからって言って」
「分かってる」
ブリジットもアナスタシアの友達なのだ。彼女が傷つくようなことをして欲しくなんかないだろう。だから、アナスタシア自身の判断でそうしたのは間違いない。それに、デラべっぴんの表紙を飾った時から、彼女にはそういうドライな面があることは知っていたから、但馬は別にそのことを咎めたわけじゃない。
「……それって、フェミニズム運動だよな」
但馬が呟いても何のことだか分からないブリジットは首をひねっていたが……
間違いない。この街の人々は、洗練されている。それこそ、現代人並に。
思えば、ブリジットがアクロポリスへ入った当初から違和感はあったのだ。彼女は父親とリリィのお陰で、以前からこの街の人たちによく知られていたそうだが……いくらなんでも敵国の親玉に対し、一般市民が自由に、まるでアイドルでも扱うかのように、笑顔で受け入れるなんてことが果たして許されるだろうか?
絶対王政の中世世界だったらまず考えられないことだ。敵国を利するような発言をする者は村八分に遭うか、ひどい場合は斬り捨て御免だ。宗教やイデオロギーの違いだけで、簡単に処刑されるような世界のはずだ。ましてや敵国の王を賛美するようなことをして、生きていられるわけがない。
ところがこの街の人達は違う。さっきだってそうだ。但馬を出迎えた港の群衆たちは、誰かに言われてあそこに集まったのだろうか? 恐らく違うだろう。きっとブリジットと同じように、港にヴィクトリアが入ってくるのを見て、自然と集まったのだ。自分自身の考えで。
それに対し権力者側である憲兵隊は、さぞ手慣れたといった具合に、怪我人が出ないよう見事に誘導してみせた。市民たちもその誘導にちゃんと従った。恐らく突発的な出来事であったにも関わらずだ。
なんと洗練された人々なのだろうか。
「ブリジット、すまないがちょっと寄り道するよ」
但馬は馬車の天井をコンコンと叩くと、首を覗かせた御者に行き先を議会へと変えさせた。
取り敢えず、そんなことを自分一人で考えていても仕方ない。そのアナスタシアの演説とやらでも見て、みんなが集まった時にでも改めて考えることにしよう。
但馬はそう考えると、椅子に深く腰を落とした。