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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第一章
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そして一攫千金の夢は潰えた

 リディア王ハンスはエトルリア貴族の庶子に生まれたが、やがて子宝に恵まれなかった父の後継者として目されるようになると、正室から疎まれるようになってきた。そのため経済力を妻の実家に頼っていた彼の父は養子を取り、そちらに跡目を継がせることにして、ハンスを遠ざけることにした。


 表向きは直系として家督を継いだハンスであったが、彼は本国の領地ではなく、エトルリアから遠く離れた不毛の地、リディアの領主としてイオニア海を渡ってこの地に降り立った。まだ18の時だったという。


 その頃のリディアには街はなく、人口も千に満たない、国どころか村程度の規模しかなかった。リディアの地がエトルリアではなく、ガッリア大陸の西端に位置していることからも分かる通り、本国も正式にこの地を国土とは見做していなかったようである。


 そもそも、この地に人が住み着いたのも、殆ど偶然でしか無かった。


 エルフはガッリア大陸に満遍なく生息しているが、それは森のなかであって、木があまり生えない海岸付近は比較的安全だった。そのため、イオニア海の漁師はガッリア大陸方面にも足を伸ばし、そこで得られる海産物で糧を得ていた。


 リディアにはロードスという火山島があり、活火山であるからか、そこにはエルフは居なかった。やがて漁師たちはロードス島に寄港地を作り、それが小さな集落となると、対岸からやってくる漁師とリディアの漁師とで縄張り争いが発生し、いつしか国としての体を保つようになったのだ。


 そこに領主としてハンスが送られた。体のいい厄介払いだった。


 リディアに渡ってきた当初、年の若いハンスはそんなこともあってやる気がなく、またリディアの民も彼を領主として認めるつもりもなく、彼の私兵と地元民がいざこざを続けるだけの、実に不毛な日々が続くだけだった。


 しかし、そんな彼らの前に、あるときおかしな男が現れた。彼は南の島から渡ってきたといい、もしもこの地に、人と亜人が仲良く暮らせる国を作るというのなら協力しようと言ってきた。


 言うまでもなく、この男こそかつての勇者タジマ・ハルである。

 

 亜人は独特な生態系を持ち、一緒くたに亜人と言われるがその種類は千差万別で、頭に獣耳をつけた猫のような者、屈強な筋肉で覆われたゴリラみたいな者、犬やら鳥やら爬虫類やら、その他様々な種族が居て、すべてを亜人と呼んでいた。


 種族が違うからか、基本的に彼らは集落を作って定住はせず、コロニーと呼ばれる小集団を形成することはあったが、それもせいぜい村程度の規模でしかなく、その殆どは一匹狼であった。


 また子育ての仕方も独特で、彼らは子供が一人で獲物を取れるようになったら、コロニーから追い出して独り立ちさせた。子供は自分でコロニーを作るか、別のコロニーに従うかを選ぶのだが、大抵の場合野垂れ死ぬのが落ちであった。


 恐らく、彼らは野生動物と同じで、農耕ではなく狩猟に頼っていたので、食料を取りつくしてしまわないように、本能的に間引いていたのかも知れない。


 ともあれ、そういった経緯でリディアの海岸に居ると、時折死にかけた亜人の子供がやってきた。中にはそれを可哀想に思って施しを与える者もいたが、いつしかそれを目当てに奴隷商人がやってきて、彼らを捕まえて本国に亜人奴隷として売るようになった。


 この亜人奴隷は従順で、身体的に人間より優れていたため重宝されたが、彼らが結束して反乱を起こすと潰すのが困難なので、教育は一切行われず、エトルリアでは徹底して差別されていた。差別されれば奴隷商人もやりやすくなり、いつしかリディアの奴隷貿易は、本国にとって無くてはならない労働力の源泉になっていた。


 ハンスがタジマと初めて出会ったのは、そんな奴隷商人が彼と揉めてコテンパンにのされ、領主に泣きついてきたのが切っ掛けだった。奴隷商人などという下衆は不快に思いこそすれ、その頃のリディアの主要産業と言われなければ相手にもしなかったのであるが……税金を取り立てていた以上、渋々現場へ駆けつけてみたら、奇妙な男が亜人と共に小さな集落を作って暮らしていたのである。


 亜人の集落など初めて見たので驚いたが、それよりも驚いたのは、その集落の長であるタジマが聖遺物無しで魔法を使ったことだった。彼の魔法は強烈で、その威力はエルフのそれを凌駕した。


 そんな彼が亜人の保護を見返りに、国造りに手を貸すと言うのである。


 ハンスは少々迷ったが、いつまでも腐っているわけにもいかない。奴隷商なんかよりも100倍マシだと判断すると、彼の申し出を受け、奴隷貿易を禁じ、エルフに共に立ち向かい、リディアの地に国家の礎を築いたのである。


 勇者の魔法は凄まじかった。一薙ぎで森を焼き払い、召喚する流星は山を砕いた。まるでおとぎ話の伝説の聖女のような魔法で、逃げる間もなくエルフは炭の人形にされ、敵対する亜人は蹴散らされた。彼は幾人のエルフと対峙しても、たった一人で互角以上に渡り合い、ついにリディアの平野部の森林からエルフを追い払うことに成功するのだった。


 更に彼はリディアに様々な知識をもたらした。


 国を維持するためには軍隊が居る。軍隊を維持するためには食料が要る。そこで彼は見たことのないような方法で農耕を開始し、あまり馴染みのなかったトウモロコシを栽培し、ワタを作って本国に輸出した。


 経済的に潤ってくると移民がやってきて、人が増えれば家が不足する。本来なら建材を輸入に頼らざるを得なかったのだが、勇者はすぐさまセメントを開発し、更に石炭を燃料に鉄を精錬し、様々な武器と塩を作った。


 その間も開墾を続け、やがてリディアは10万の人口を抱えてもびくともしない食料自給力を得た。そして最後に軍隊改革を行い、徴兵を義務化するのだった。


 およそ10年ほどで目覚ましい発展を遂げたリディアには尚も人材が集まり、そして勇者の名前は大陸全土に轟いた。彼ならば、ガッリアの地もいずれは征服することが出来るかも知れない……期待と羨望の眼差しを一身に集め、勇者はなおも国の拡大に務めていた。


 しかし転機が訪れる。彼に付き従っていた亜人たちが裏切ったのだ。


 彼らはリディア南西の平野部メディアの地に砦を築くと、リディアと激しく敵対し始めた。理由は簡単で、リディアが森を切り拓き続ける限り、亜人の難民が発生する。彼らは国がエルフと戦うことは容認していたが、同胞が傷つくのは嫌がった。だから国はその保護を謳っていたのだが……ところがその裏で、奴隷商人が横行し、本国に亜人奴隷を売りさばいていたことが発覚したのだ。


 これには勇者も激怒し、奴隷商人を皆殺しにすると、すぐさま今まで送られた奴隷を解放しろと本国に迫った。しかし、亜人奴隷の労働力で様々な恩恵を受けていた本国はそれを拒否し、代わりに軍隊を送って寄越した。


*********************


「そりゃ、最悪の選択ですね……」

「最悪じゃった……エトルリア皇国は、勇者殿のことを何もわかっていなかったのじゃ。リディアは発展しているとは言え、せいぜいその勢力は1万。対して本国は10倍以上の動員数を誇り、貴族や魔法使いも段違いに多かった。だから勝てると踏んだのじゃろう。結果は言わずとも分かるであろう。遠征軍はリディアに接岸することすら叶わず、すべて船ごと沈められ、勇者殿はもうこの国に戻ってくることはないと言い残し、エトルリア大陸へと旅立ったのじゃ……」


 その後、勇者は様々な戦場を転戦し、各地で亜人奴隷の解放を行った。そんな彼はいつしか英雄、勇者と呼び慕われるようになり……そして亜人を従えて、勇者は北方のセレスティアへと渡って行ったわけである。


 その華々しい戦果は、エトルリアを取り巻く周辺国家には痛快なものと語られているが、本国では未だに悪魔の異名で呼ばれているそうである。


「そういうわけで、但馬よ。我らは国内では木材を調達する術を持たぬ。植林をしようものならエルフがやってくるじゃろうし、森を焼こうにも亜人に密告され、確実に先手を取られる。この国は、勇者殿の去った50年前からまったく拡大が出来ず、ずっとそんな問題を抱えておるのじゃよ」

「エルフとは話がつかないんですか」

「エルフと? 無理じゃな。あやつらは聞く耳を持たん。そもそも、言葉を理解しているのかどうかも分からぬ。動物みたいなものじゃからの」


 え? そうなの? なんだか自分の持ってたイメージと違うのだが……とにかく話し合いは不可能で、問答無用で飛びかかってくるなら仕方ない。


 国王による昔話を聞き終えた但馬たちは、また謁見の間へ戻ってプレゼンの続きを行った。とは言え、木材の調達が無理だとわかると、もう殆ど伝えるものはなかった。せいぜい、材料は植物であるなら何でもいけますよと言うくらいだ。


 話を聞き終えた大臣たちは、正式に高木の使用を禁止し、見返りに但馬が作る紙を省庁で買い取ることを約束してくれた。砕木パルプの製法が他国に渡ると、国の損失だと考えたのだろう。こうして但馬は御用商人になったわけだが……大量生産の道は途絶えてしまったわけである。


 本来なら工場を建てて、それをシモンたちに任せようと思っていたのであるが、それが封じられた格好だ。国の御用商人になれたのだから、それだけでも十分な稼ぎを得ることは可能であろうが、しかし残念ながら一攫千金とはいかなくなった。アナスタシアをすぐに助けられると思っていた但馬は落胆したが、シモンの手前、顔には出さずに涼しい顔をしていた。


 なあに、まだ方法はあるさ……果たしてどこまで上手くいくか分からないが。


 但馬たちはプレゼンを終えると、謁見の間から出た。今回の開発の報酬は、正式に書面を交わす際にでもと言われた。まあ、いきなり金貨千枚をぽんと渡されても困るし、それで構わないだろう。


 それよりも怪我の功名か、国王からこの世界の歴史を聞くことが出来たのは、思わぬ拾い物だった。なにしろ、この通りろくな紙がない世界だから、記録が残ってるとも思えなかったからだ。


 しかし、流石に国王クラスの人物にはちゃんと伝わっているらしい。


 要約すると、どうもこの世界は大昔に氷河期が来て北の大陸が凍結し、そこで暮らしていた人類は、逃げるためにエトルリアに侵攻してきたようだ。その際、追い出されたエルフは恨みを持ってて、今でも人間を見ると問答無用で攻撃してくる。亜人はエルフの庇護下にあって、人間が森を焼こうとするのを見張っている。


 エルフは森のなかでしか生息出来ないので、森にさえ近づかなければ襲われない。亜人はどこにでも出てこれるので警戒が必要だ。リディア南西部にはメディアと言う平野があり、そこに亜人が国を作って住み着いているが、どうやらこれがリディアの敵のようである。


 詳しいことはまだわからないが、彼らはかつて勇者に付き従っていた者達であるから、国の規模がどんなものなのかちょっと気になった。もしかしたら農耕くらいやってるのかも知れない。一度訪ねてみるのもいいかも知れない……攻撃されないのなら。


 勇者は奴隷を解放して回っていたそうである。但馬と同じく現代人で、自分みたいに帰る方法を探していたのかな? と思っていたのだが、どうやら違ったようだ。彼は思った以上にこの世界に順応していて、帰ることよりも定住することを望んでいた節がある。特に亜人への肩入れの仕方は、但馬が聞いてもちょっと異常だ……同姓同名なのが気になってはいたが、やはり勇者は自分とは関係ない別人なのだろう。


 そういえば、勇者の妻が亜人だったと言っていたのは、シモンの父親だっけか……


「なあ、シモン?」


 謁見の間からの帰り際、15階建ての長い長い階段をだらだらと降りている最中、但馬はそれを思い出して、帰りにシモンの家に寄っても良いかと訪ねようとした。


 しかし、但馬が振り返るとシモンはすぐ後ろにはおらず、上の階の踊り場にじっと佇んで、但馬のことを見下ろしていた。


「なあ先生。あんた、一体何者なんだよ?」

「え?」


 階段上から見下ろすシモンの顔はいつもとは違ってただ無表情だった。謁見の間でずっと緊張していたそれとも違う、何かに追いつめられてるようなそんな感じに見えた。


「少し、変なところはあると思ってたけど、常識の範疇だと思ってた。流石に亜人のこととか、エルフのこととか、常識が無さすぎるだろ。そのくせ、こっちが信じられないような知識を持ってて、気づいたらまた大金持ちに返り咲いてる。親父が見せた蒸気機関だって、あんた一目でそれが何かに感づいたんだろ? 俺はあれが何をする機械で、どう動くのか、未だに良くわかってないんだけども……」


 どうやら、敢えてスルーしていた但馬に対する不審感が、ピークに達してしまったようだ。もちろん、但馬に悪気は無いが、ずっと何も語らないで居たのが、彼にプレッシャーを与え続けていたようである。


「それに……どうしてエルフでも無いくせに、聖遺物なしで魔法が使えるんだ?」


 どうする? ちゃんと話そうか。但馬が一体どこから来て、どこへ帰ろうとしているかを……


 しかし、絶対に信じられないだろうし、そう言われた場合に信じさせる自信がない。話の取っ掛かりが無いのだ。異世界から来た? ここよりずっと高度な文明だった? もしかしたらここはゲームの世界なのかも知れない……今、こうして疑われてる中でそんなことを言ってみろ、馬鹿にされてるとしか思えないのでは無いか。せめて何か証拠でもなければ、とても信じられる話ではない。


 但馬が口をつぐんでいると、


「……悪い。ちょっと今日は、その……疲れちゃったみたいだ」


 シモンは頭を振るって、わざとらしい笑顔を作って但馬に近づいてきた。


「気にしないでくれ」


 そう言うと、シモンは何か手持ち無沙汰のように手を閉じたり開いたりしながら口角を釣り上げた。しかし、その目はちっとも笑っていなかった。きっと言いたいことがいっぱいあるのだが、何も口をついて出ないといった感じだ。


 それは但馬も同じなのだ。本当は、話して理解してもらえるなら、そうしたいのは山々なのだが……


 結局、二人は無言のままビルの階段を降りて、広場の前で何も言わずにその日は別れた。本当なら、これからの仕事の話やら何やらをしなくてはいけなかったのだが、もうそんな雰囲気ではなくなってしまっていた。


 但馬はその後、すぐに広場で飲んだくれてしまったのであるが……しかし、嫌でも話しておくべきだった。無理にでも追いかけて、その意志を確認しておくべきだったと……但馬は後悔をする羽目になる。


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