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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
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講和会議①

「エトルリアの栄えある世界樹の下、リディア王、ビテュニア侯のお二人が、こうして肩を並べて立たれる日が来たことを、我々は誇らしく思います。コルフ共和国騒乱に端を発し、ガラデア平原で続けられたアナトリア、エトルリア両国の戦争は、先日、お二人の調印をもって終戦を迎えられましたことは、記憶に新しいことでございます。この困難な道を乗り越え、素晴らしい結果を勝ち取った両国に、我々は最大限の賛辞を送ります。


 ですが忘れてはいけません。両国の激しい戦闘の結果、何千人、何万人もの尊い命が犠牲となったことを。沢山の家族が、今も悲嘆に暮れていることを。どうして、何の罪もない人々が死ななければならなかったのでしょうか。


 戦争は破壊しか生み出しません。その憎しみの連鎖の果てに、カンディアではたった一人の青年が国を乱しました。両国の混乱に乗じて、北方オクシデント地方では、また戦争の火種を撒き散らす者が現れました。これらの騒乱により、国は疲弊し、我々は立ち上がる気力さえ奪われかけました。


 これらは避けられないことだったのでしょうか。いいえ、これらは我々が真摯に取り組んでさえいれば防げたことでした。何者かが思い描いた悪意のシナリオには乗らず、両国の代表がその都度話し合ってさえいれば、行き違いは、戦争は起こらなかったはずなのです。


 幸い、この度は帝国宰相・但馬波瑠氏の呼びかけにより、こうして多くの国々の代表が集まる機会が得られました。この平和のための話し合いを今後も続けていくことを、互いに確認し合おうではありませんか。


 我々は、今後いかなる紛争に関しても中立を宣言し、どこか一つの陣営に加担することは致しません。全ての国家、陣営、宗派に対し平等に接することを、主の御名において約束します。そしてその上で、根気強く話し合いを続けていく努力と、平和のために戦う勇気を示すことをここに宣言します」


 その日、皇国議会を借りて行われたアナトリア・エトルリア戦争の講和会議は、エトルリア聖教・教主であるリリィ・プロスペクターの平和宣言により開幕した。但馬が後を任せてセレスティアへ向かってから2週間ほどのことだった。


 満場の拍手の下、目の見えぬリリィがそれをまったく感じさせない力強い足取りで会議場を出て行くと、アナトリア皇帝、アスタクス方伯の二名が後に続いた。彼らはこれから始まる講和会議の話し合いには出席せず、サンタ・マリア宮殿でシリル殿下を交えて会談を行うことになっていた。


 たった今、リリィが話し合いこそが大切と言ったばかりなのだが……そうは言っても当たり前だがトップがダラダラと長引く会議にずっと付き合うことはない。国同士の話し合いとは、まずは外交官同士の話し合いから始まり、徐々に上に上がっていく。彼らは会議がまとまったら、調印式のためにまた戻ってくる手はずとなっていた。


 続いてエトルリア聖教ザビエル神父が演壇に立ち、議場に詰めかけた人々の前で今回の戦争による各国の人的被害状況の報告を行った。


 それによると、コルフ占拠事件から始まった一連の戦闘によって、両国の被害者は少なく見積もっても1万人を越えた。その殆どがアスタクスの被害であったが、近代の総力戦に比べたら大したことがないように思われるが、この数字はかなり深刻なものだった。


 一万人と一口に言っても、どの世界も同じことだが、基本的に戦闘員とは女子供を除いた成年男子がなるものである。つまり今回の戦争で失われたのは一家の大黒柱ばかりであり、共働きという概念が殆ど無い世の中では、単純にそれだけの数の世帯が露頭に迷ったことになる。


 そして、以前にも少し述べたことであるが、この世界は医療技術が未発達なせいで、成人まで生き残る子供の数が少ない。すると当然、産む方もそれを想定して子供を作るから、核家族なんてものはあり得ず、たいていの場合、どの世帯も4人から5人の子供を抱えていた。


 すると、戦闘員の被害は確かに1万人かも知れないが、影響を受ける人数は、その5倍から6倍に膨れ上がることになる。特に被害が大きかったエトルリア大陸南部では、今現在、5~6万もの人々が突然世帯収入の大半を失い、生活に支障を来していると言うことだ。


 残念ではあるが、言うまでもなくアスタクスのセーフティネットは貧弱である。とある一家が戦死者を出したとしても、遺族年金すら貰えないのが普通だった。これは別に方伯がケチだからではない。そもそも、アスタクス地方は言うなれば方伯を中心とした連邦国家であり、領主ごとに自治を任されているから、仮に何の支援も受けられずに路頭に迷う一家が居ても、方伯に口出しをする権利はないわけである。


 ザビエルの報告にもそのことが触れられており、現在、ガラデア平原では戦災孤児が100人単位で増え続けており、早急な支援要請をお願いされたのであるが、アスタクス方伯だけではどうにもならない状況であった。


 また、インフラ被害も酷かった。


 特に三度の会戦が行われ、最終的に25万もの人間が一堂に介したガラデア平原コリントスの地では、今でも道がズタズタのまま寸断されており、撃ち込まれた大砲の弾があちこち転がっていて、畑の被害も酷すぎて、とてもじゃないが今年の収穫は望めそうにない。


 他にもパドゥーラ以南ヴェリア砦の激戦区や、アナトリア帝国軍が行軍した大ガラデア川西部は多かれ少なかれ、その行軍による被害を受けており、これを放置していては収穫のみならず、流通面でも影響が出ることが予想された。


 そして不作や流通に影響が出れば、当然金融面にも悪影響が出るだろう。


 現在、アクロポリスは未だにバブル崩壊による混乱が収束していなかった。


 金貨換算にして1億枚にも上る時価総額が失われた先のバブル崩壊の影響によって、エトルリアは、ひいては世界の中心であるアクロポリスは、現在、空前絶後の大不況に見舞われていた。アクリポリスは経済の中心地でもあるから、当然不況は世界各地へどんどん波及していった。


 ビテュニア、フリジア、そしてコルフでも少なからぬ被害が報告されており、現状では回復の見込みが立っていない状況である。


 この影響が最も出ていたのは、金融の元締めでもあったシルミウムであり、彼の国では今後の賠償金支払いへの不安もあって、経済が完全に死に絶えている状態である。


 戦犯国であるシルミウムでは、ただの一度も戦闘は行われていない。ところが皮肉なことに、その平穏だった国では今、一枚のパンが食べられずに餓死する人が、続々と出てきていると言うのだ。


 そんなわけで、顔を真っ青にしたシルミウムの代表団が、このままではその支払い自体が不可能になってしまうので、賠償金の大幅な減額をお願いすると……流石にこれには各国の意見も割れていた。


 このように、せっかく戦争が終わって平和ムードの中で講和会議が行われているというのに、世界はどうしようもない不況であったのだ。


 本来なら戦後処理についての話し合いを行うはずの講和会議は、そのせいで、のっけから不況対策の話し合いへと変わってしまっていた。しかし、それも仕方ないことだろう。まず、シルミウムに賠償金を支払うだけの元気を取り戻させなければ、毟り取る毛すら生えてないのだから、文字通りお話にならないのだ。


 だが、賠償金のためだからと言って、実害を受けたアスタクスの未亡人と戦災孤児ではなくて、シルミウムに注力するのは本末転倒ではないか。元を質せば彼の国の自業自得なのだから、例えどれだけシルミウムの人間が死んだとしても、アスタクスやアナトリアの遺族への支援を優先すべきではないかという意見も出た。


 だが、それでは講和会議を開催した当初の理念が失われてしまうだろう。リリィがついさっき平和宣言をしたばかりだと言うのに、一国をただ叩くだけでは、それはそれで都合が悪かった。


 こうして喧々諤々の議論が交わされる中、ところでその講和会議を主張した、張本人はどこへ行った? という話になり、出席者はその時になってようやく但馬が不在であることを知って、驚きの声を上げるのだった。ほんの2週間ほど前までは、彼が元気に飛び回っていたのを、誰もが目撃していたからである。


 もしや、経済を混乱させたは良いものの、その後のことは何も考えていなくって、バツが悪くなったから逃げたのではあるまいか……そんな具合に、大損をぶっこいた皇国議会議員の誰かがボヤいた時だった。


「いや確かに、あれの性格を考えれば、それくらい平気でやってもおかしくないが……今回の件に関しては、皇帝陛下が許可を与えたものだ。彼もちゃんと出口戦略を用意していったから安心して欲しい」


 アナトリアの出席者側から、カンディア公爵ウルフの声が議場に響いて、周りの者達はシンと静まり返った。何というか、怒鳴り慣れてるからだろうか、彼の声はよく通って人の注意をよく引いた。


「アナトリア帝国には、何か不況対策があると……?」

「ああ。それを今から説明しよう」


 出席者の誰かがそう尋ねると、ウルフは力強く頷いた。


 そして助手として残っていたクロノアを引き連れて壇上に上がると、待機していた帝国の技師達が忙しそうに、何やら見たこともない機械を用意し始めた。壇上のウルフの背後には、真っ白い布で壁が作られており……正体を言ってしまえば、これはスクリーンであったが……彼はその前で伸縮式の指示棒を引き出し、ポンッとその真っ白い布を叩いた。


 すると、技師が持ってきたOHP(プロジェクター)が点灯し……


「おおッ!?」


 スクリーンに写実的な……と言うか写真で撮ったチューリップの絵が映し出されたのを見て、会場の出席者達は度肝を抜かれたようだった。


「一体どうなってるんだ?」「魔法かなにかか?」「信じられん」


 会場がどよめきに包まれる。出席者達はみな一様に驚きの声を上げると、スクリーンに目が釘付けになった。それはガラスに塗布した塩化銀を感光させ、写真のネガを定着させたガラス乾板と呼ばれるものだったが、写真すらろくに見たことがない彼らにしてみたら、ものすごいインパクトであったようだ。


 どうやら掴みはOKらしい。あとはテンポよく、リハーサル通りスライドを使って説明すれば良い。ウルフはそのスライドを持ったクロノアに頷くと、スクリーンを棒で指し示しながら、但馬の置き土産である経済対策を説明しはじめた。


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