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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
265/398

15年

 勇者がセレスティアに渡ってきたのは、およそ50年ほど前のことだったそうだ。元々、解放奴隷の安住の地を探していた彼がセレスティアに拠点を据えると、彼を慕う人々が世界各地から集まってきて、瞬く間に街に発展していった。


 彼は生きていくための知恵を人々に授け、人口増加と共に街をどんどん大きくしていった。最終的な人口は8千人程度と少なかったが、この極寒の地にありながら自給自足が成立しており、広さは昔のローデポリスと遜色ないくらいはあったらしい。


 しかし、街が大きくなるにつれやはり犯罪などが増え、治安の維持に憲兵が必要となり、自然と自治体が形成されていった。勇者はその自治体の行政官に自分の信頼する者たちを据えて、セレスティア開拓の指揮などの、様々な行政サービスを行ったり、治安を取り締まった。


 こうして知らず知らずのうちに、勇者が世界樹を調査するためのキャンプにしていた街は、いつしか国と呼べるくらいの物となり、世界にその名を轟かしたのである。


 ところで、勇者はセレスティアに拠点を移しはしたが、常にこの地に留まっていたわけではなかった。彼はどうやら世界の秘密を解き明かそうとしていたようだし、やっぱり世界の中心はアクロポリスであったから、寧ろエトルリア大陸に居ることのほうが多かったようだ。


 だから、彼の留守中は行政官達が街を任されたわけだが……そんなある時、彼らの一人が世界樹の中に入れるようになっていることに気づいた。何の脈絡もなく、唐突にである。調べてみると、世界樹に入れるようになったのは一人だけではなく、行政官の内の数人が……それも街で有力者と見做されるものたちが、新たに入れるようになっていたのだ。


 恐らく、人の上に立つ仕事をしている内に、彼らのアクセスレベルが上がったのではなかろうか。その内の一人に亜人のリーダーツヴァイも含まれていた。彼らは世界樹に入れるようになると、好奇心から勇者の留守中にその中を調べた。そして、世界樹の遺跡の最奥に、例の生体ポッドがずらりと並んだ施設を発見したのである。


 彼らはポッドの中に、ホルマリン漬けにされた胎児の標本みたいなものがプカプカと浮いてるのを見て、強烈なショックを受けたようだった。施設は稼働していなかったが、メディアの世界樹のことを知っていたツヴァイには、そこがなんの施設かすぐに分かった。そこは人間の製造施設だったのだ。


 勇者にメディアのことを聞き及んでいた他の行政官たちもすぐにその考えに至り、そして彼らは大いに動揺したらしい。


 なんやかんや、心の奥では見下していた亜人と、人間が同じだったことへのショックもあった。だがそれ以上に、彼らはキリスト教徒であり、人間は神が作られた特別なものだと信じていたのが大きかったのだ。


 その前提を覆すような施設の発見に、彼らは混乱した。この施設は神を冒涜している。人類にとってヒール魔法は分かりやすい神の奇跡だというのに、その神を否定するようなものなのだ。


 やがて勇者が帰ってくると、行政官たちは彼を問い詰め、どうして黙っていたのだと非難した。理由は言わずもがなである。勇者はきっと、彼らがこうなることを予想していたのだろう。


 それから混乱する彼らと勇者の口論は幾度と無く繰り返され、結局最後まで彼らは分かり合えることは無かったようである。このすれ違いの日々に、リーゼロッテの母が死に、勇者が荒れていたのもまずかった。一時的にせよ、こうして勇者は求心力を失い、和解を果たすこと無く最期の日を迎えてしまったのである。


 さて、こうして人間の行政官たちとの距離が開いていった勇者であったが、しかし解放奴隷の亜人たちには関係ないことだった。メディアからずっと彼に従ってきたツヴァイたちは、世界樹の秘密を知っても驚くより、寧ろ納得できる部分が多かったために、それまでと変わること無く勇者に仕え、そして必然的に勇者も亜人を従えていることが多くなった。


 つまり、お互いに意識的ではなかったにしろ、人間と亜人の対立構造は、この時にはもう形成されていたわけである。


 そして勇者が殺された。


 今から15年ほど前の出来事だ。


 彼は、彼の最も信頼していた部下達に、寝首をかかれたのだ。


 あれだけ勇名を馳せた彼がどうしてと思わなくもないが、例えば但馬だって、アナスタシアやブリジットに寝首をかかれたら、きっと自分が死んだことすら分からずこの世からおさらばしてしまうだろう。勇者はそういう相手にやられてしまったわけである。


 こうして勇者を暗殺したはいいものの、勇者を慕っていた亜人達の報復を恐れた行政官たちは、街の人間たちを唆し、そして内戦が勃発した。


 先制攻撃を食らった亜人達は、最初のうちは困惑して逃げ惑っていたが、やがて勇者が殺されたことが発覚すると、怒りに駆られ逆襲に転じた。これまで何度も言及してきた通り、そうなると亜人は強く、兵数差など物ともせずに、ついには諸悪の根源である行政官たちを追い詰めた。


 追い詰められた彼らは、苦肉の策として遺跡の中に逃げ込んだ。遺跡の中に入れる亜人はツヴァイしかいなかったから、それで助かると思ったのだろう。だがそれは袋小路に逃げ込んだのと同じことだ。確かに、ツヴァイ以外の亜人達は中に入れなかったが、入り口は一つしかないのだから、彼らが出てくるのを見張っていればいいのだ。


 それから暫くの時が過ぎた。人間たちが遺跡に逃げ込んでから一月くらいが経過した。


 遺跡の中がどうなってるのかは分からない。これだけ待っても出てこないところを見ると、相当の物資が運び込まれていたのだろうか。


 だが、仮にそうでも、そろそろ限界だろうと考えいたツヴァイたち亜人は、憎き行政官たちをふん縛るつもりで、遺跡の前で今か今かと待ち構えていた。


 ところが、そんな時、意外なことが起こったのである。ある日、遺跡から行政官たちではなく、小さな子供がフラリと出てきたのだ。


 難民となった親に置いて行かれたのか、それとも遺跡に逃げ込んだ行政官の子供だろうか……ピンときたツヴァイは、仲間たちの制止を振りきって世界樹の遺跡へと飛び込んだ。


 そして、遺跡の最奥で、人間の胎児を入れた生体ポッドが、小さな音を立てて稼働しているのを発見したのである。


「不思議な事に、そのあと遺跡の中をいくら探しても官僚どもは見つかりませんでした。まるで世界樹に消化されてしまったかのように、遺跡の中は綺麗サッパリ何も見つかりません。代わりに、遺跡の一番奥で、人間製造装置が稼働しておりました。外に出てきた子供は、この装置によって作られたわけです。


 私はすぐにこれを止めなければと思いました。ところが、私には止め方が分からない。勇者様がキラキラ光る機械を使って何かしていたのは知ってましたが、私はやり方が分からなかったのです。諦めた私は、一旦外に出て仲間に事情を説明しました、そして再度遺跡に戻ろうとしたのですが、ところがそれ以降、何故か私は世界樹の遺跡に入れなくなってしまったのです」


 彼が遺跡に入れなくなった理由は、但馬も経験があったからなんとなく分かった。アクセスレベルは増えるだけではなく、減ることもあるのだ。セレスティアがこんなことになってしまった以上、セレスティア人の求心力を得ていたツヴァイは、アクセスレベルを維持する根拠を失ってしまったのである。最後に一度だけ入れたのは、奇跡に近かったのだろう。


「それでも、内部では装置が稼働しているらしく、遺跡から不定期に子供が出てくるのです。我々は困り果てました。勇者様の弔い合戦は終わった。ですが、あれだけ居た人間がセレスティアにはもう居なくなり、残ったのは亜人だけ。なのに、遺跡からは子供がポコポコと生まれてくるのです……


 知らないと放置してしまえば、子供たちはすぐに死んでしまうでしょう。ですが、助けを求めようにも、あの官僚どもの取り乱し様を見た後では、人間に遺跡の存在を知られるわけにはいきません。


 我々は覚悟を決めました。子供たちは我々で育てよう。そしていつか勇者様が帰ってくる日まで、人間を遺跡に近づけないよう、セレスティアに留まって死守しようと」


 それまで黙って聞いていた但馬はツヴァイの言葉を遮るように尋ねた。それが但馬が一番知りたかったことで、セレスティアに来た理由でもあった。


「ツヴァイさん。ところで、あなた方は勇者が戻ってくると考えてたようですが……俺のことを一目見るなり勇者だと判断したのは何故なんですか? 隣にはその娘だってのが居たのに」

「それこそ娘さんが居たからですよ。今から大体5年ほど前に、メディアから我々の仲間がやって来ました。彼らは内戦の続くセレスティアに戦いを求めてきたようですが、セレスティアはこれこの通り平和なものでした。彼らは少しがっかりしていましたが、我々にとって運の良いことに、そのお陰でメディアの世界樹の遺跡が止まったことが分かったのです。そして、更に詳しく話を聞いたところ、あなたの存在を知って、これは勇者様の生まれ変わりに違いないと確信したのです」

「いや、だからどうしてそう判断したんです?」

「それは勇者様が生前、生まれ変わりを示唆していたからです」


 勇者は死ぬ前、自分にもしものことがあっても、どこかに代わりの者が現れるはずだと彼らに漏らしていたそうである……それは彼が娘のリーゼロッテに言っていたことと同じだった。


 リーゼロッテも根拠は無かったが、父親の言葉を信じて但馬にたどり着いたわけだし、ツヴァイたちもそれと同じことで、但馬がメディアの遺跡を止めたと聞いて勇者の言葉を思い出し、彼が勇者に違いないと考えて、訪問を心待ちにしていたらしい。ただそれだけのことだった。


 彼らは勇者病のことも知らなかったし、勇者がそれ以上何かヒントを残していったということも無いらしい。正直肩透かしではあったが……


「それで勇者様。ここまで話してきたことでお分かりかと思いますが、我々は今現在も困っております。世界樹の遺跡が稼働を始めてから15年と少し、その間、ずっと子供たちは増え続けております。最初の子は人間の歳にして20を越えました。ここ、セレスティアで暮らし、今は我々の手助けをしてくれておりますが……自分の生い立ちを考えたら、これから先も外の世界へ出て行くことは難しいでしょう。


 我々は、いつまでもこういう不幸な子供たちを、増やしたくありません。メディアの世界樹の遺跡を止められたあなたであれば、もしかして、こちらの遺跡も止められるのではないでしょうか」


 その可能性は大いにある。そもそも、但馬がメディアの遺跡を止めることが出来たのは、勇者の遺した情報のおかげだった。その彼が情報を仕入れたのがどこだったのかと考えれば、自ずと答えは出ているだろう。


 だが、絶対とは言い切れないので、但馬はぬか喜びをさせないように、


「それは遺跡を調べてみないことにはなんとも……元々、そのつもりでセレスティアに渡ってきたのですし、そちらが構わないのであれば世界樹に案内してもらえませんか。取り敢えず、中に入って見てみますから」


 すると亜人達はみんなホッとした表情で、安堵の溜息を漏らすと、


「もちろん、望むところですとも」


 と言って、但馬たちを案内してくれることになった。


 セレスティアに上陸して、ようやく腰を落ち着けたばかりだったが、不思議と但馬は疲れを感じなかった。旅の疲れも、子供たちに襲撃された気疲れも、新たな遺跡を調査できるという好奇心の前にチャラになってしまったようである。

 

*******************************

 

 茅葺屋根の大きな建物から外に出ると、家の周りを村人達が取り囲んでいた。いつか勇者が帰って来るのを期待して待っていたのだろうか、みんな好奇の瞳をキラキラさせて見つめてくるので、但馬はなんとも居心地の悪い気持ちになった。


 かと言って、自分は勇者ではないと言うのも野暮であるので、その視線を掻い潜りながら黙ってツヴァイの後に続くと、モーセみたいに自然と人垣が割れて、邪魔にならないように亜人達は脇にどいてくれた。


 これだけの人数に囲まれても揉みくちゃになったりせず、みんな自重出来ているのは彼らが高いレベルで理知的だからだろうか。


 雪をサクサクと踏み鳴らす音に混じって、遠くから子供たちの合唱が聞こえてくる。その中にピアノの音が聞こえた気がして、ふと気になって、来るときに見た学校のことを尋ねてみた。


「学校では主に読み書きと計算、村での生活の作法を教えております。実技では森での狩猟と春の農作業について学ばせております。農繁期になったら学校はお休みになって、みんな元気に畑仕事を手伝ってくれますよ。可愛いもんです」

「あのピアノの音は……?」

「勇者様が教えてくれた曲です。子供たちがとても喜びます」


 そういうふうに語る瞳が優しく感じられるのは、彼が子供たちのことを愛しているからだろうか。考えてもみればここで生活している亜人も人間も、その全てに両親なんてものがいない。彼らは互いに寄り添い合って生きているのだ。とっ捕まえた子供たちが、パパママと泣き叫んだのは、本当にこの亜人達が彼らの両親代わりだったからだろう。


 それにしても、読み書きソロバンだけではなく、音楽のような情操教育も行っているとは……


 更に詳しく尋ねてみると、驚いたことにここセレスティアの識字率は90%を越えているそうである。いくら人数が少ないからと言っても、現代の先進国並みのこの数字はかなりのものだ。これの意味するところは、彼らには技術や知識が無いだけで、近代化する下地はとっくに出来上がっているということである。


 彼らが学校を作ったのは、かつての勇者の時代の名残であり、今は教師役をしている亜人たちに、最初に読み書きを教えたのは彼だったそうである。トリエルでも感じたが、ここでも理想的な初等教育が行われているらしく、しかもその期間は6年間と、なんとも馴染み深い数字が出てきて微妙な気分になった。


 勇者は……いや、前の自分は何を考えてそうしたのだろうか。


 絶対王政を維持するために、寧ろ教育には殆ど手をつけていない但馬とは、180度方針が違う。元は同じ人間だったとは思えないくらいだ。


 それは彼と自分の立たされている環境の違いがそうさせたのだろうか。


 但馬がリディアで会社を興した時、リディアにはすでに貴族という知識階級と、ここセレスティアからやってきた難民が居た。但馬は既存の教育をされた人材を使って、会社や国を動かしていたにすぎないのだ。


 他方、勇者は紆余曲折の果てにセレスティアの地に辿り着いて、そこに自分の拠点を作らねばならなくなった。彼に付き従う亜人たちが不安そうに見守る中、そんな彼がまずやったことが教育だったのは、自然の成り行きだったのではないだろうか。


 勇者には助けが必要だったのだ。


 そう考えて思い返してみると、但馬がシモンの親父さんと話をしていていつも感じていたのは、彼は理解が早いということだった。それはエンジニアとして優秀なのもそうだろうが、セレスティア出身というのも、もしかしたらあったのかも知れない。教育の行き届いたセレスティアで育った彼には、論理的に物事を考える下地が十分に育っていたわけだ。


 その理想的な国家が内戦によって滅んだことは皮肉な話であるが……


 いや、本当にそうだろうか。一人一人が自分の考えを持つということは、啓蒙思想や引いては自由主義に繋がっていく。


 内戦を起こしたのは、キリスト教の原理主義者だったようだが、彼らが勇者という恩人ではなく、神という権威にすがったのはどうしてだろうか……


 そんなことを考えながら、話しかけてくるリーゼロッテやツヴァイに生返事を返しつつ、森のなかを歩いて行くと、やがて大きな常緑樹が見えてきた。


 深い森の中に突如として現れた、一面の雪景色の中でも青々と茂った常緑広葉樹は、間近で見ると一種異様な迫力があり、近づくものに神秘的な感情を抱かせるには十分なものがあった。その幅広の葉っぱを雪が覆ってる様は、クリスマスケーキの飾りでも見ているような、なんとも作り物めいたものを感じさせた。


 ここが特別な空間であることは間違いない。


 実際、村ではこの場所を聖域と呼んで、子供たちは近づけさせないようにしているそうである。彼らにとってここは故郷であるが、本当に故郷であることを知ってしまうと、やっぱりショックが大きいからだろう。大人になるまで教えない教育方針なのだそうだ。


 その世界樹の周りを、武装した少年少女が守っていた。年の頃は十代後半から二十歳くらいで、村での教育を終え、一人前になった子供たちのようである。


 大人になった彼らは村のためになる仕事を一人一人が自分で選ぶそうであるが、彼らは率先して世界樹を守る仕事を選んだらしい。世界樹から子供が出てきた時にいち早く保護できるように、また、野生動物が近づかないようにと、彼らはこの場に常駐しているのだそうだ。


 既に話を聞かされていたのだろうか、彼らはツヴァイが但馬たちを連れてくるのを見つけると、一斉に駆け寄ってきて但馬の前で跪いた。


「あなたが勇者様ですね。既にお聞きになられたかと思いますが、私たちはこの木から生まれた者です。私たちは幸運にも父達のお陰で生きながらえることが出来ましたが、日に日に増え続ける仲間たちを、いつまで守り続けられるか分かりません。これ以上、新たな仲間が増えることのないように、そして父たちをこの地に縛り付けないためにも、どうか私たちをお助けください」


 ツヴァイ達、大人にみっともない真似はよせと言われても彼らは意に介さず、口々にそう言って切実な瞳で但馬のことを見上げてきた。彼らはそれだけ自分たちの境遇に打ちのめされているのだろう。


 そんな少年少女に気圧されながら、但馬は渋面を作ると、


「どうかなあ……実際、やってみないとわからないから。駄目かもしんないよ?」


 そんな具合に抑揚のない声で気乗りしないといった感じの返事を返した。


 そして、小指で耳の穴をほじくりながら、仕方ないから入ってやるといった感じの、さも面倒くさそうな顔をしながら、世界樹の遺跡へと入っていった。


 それは勇者を神格化していた少年たちにショックを与えたようだった。


 世界樹の遺跡に入っていった瞬間こそは、オオッと歓声も上がったものだが、但馬の態度があまりにもふてぶてしかったものだから、もしかしたらあれは偽物なんじゃないかと食って掛かる者も居たらしい。


 彼がどうしてそんなことをしたか、薄々感づいていたリーゼロッテは、無表情のまま世界樹の外で事態を見守っていた。多分但馬は、もしも止めることが出来なかったら、彼らがもっとショックを受けると考えたのだろう。


 それが証拠に……遺跡に入ってものの5分もしない内に、彼はひょっこり戻ってきた。


 そして、そのあまりの早さに失敗を連想した人々に向かって、息せき切った但馬は、さっきとは別人のような笑顔を見せながら、


「止まった止まった! あ、止まりました。いやあ~……良かったぁ~……いやね、ホントに、もしも駄目だったら、なんて報告しようかと思ってたんだけど。考えてた以上にあっさり止まりましたよ。良かった良かった」


 気色満面、自慢気に語る但馬を、その場に居た者達は無表情で見つめていた。


 あまりにもリアクションが薄いものだから、但馬は思わず冷や汗をかいたくらいだった。


 恐らく、最初は彼が何を言っているのか、みんな殆ど理解できなかったのだろう。


 しかし、徐々にその意味が自分の脳に浸透して来ると、一人、また一人と驚愕に目を見開き……そして、


「うおおおおおおーーーーー!!!」


 っと歓声が上がった。


 鼓膜がビリビリと振動する。


 目がチカチカするようだ。


 セレスティアの民は、口々に喜びの言葉を交わすもの、隣のものと抱き合うもの、千差万別の反応を見せた。それは本当に美しい光景だったが……だが、最終的にはみんな同じ顔になっていった。


 歓声は徐々に小さくなっていき、喜びに突き上げた拳が力なく降りてきて、やがて押し殺したような嗚咽に変わっていく。


 シクシクとあちこちから泣き声が聞こえる。


 じっと抱き合いながら涙するもの。ぎょっと拳を握りしめて、しゃくりあげているもの。地面にガックリと膝をつくもの。呆然と無表情のまま、ただ涙を流すもの。泣き顔もまた千差万別であった。


 15年である。


 幸せな国で殺し合いが始まって15年。わけのわからぬ施設から、次々と子供が出てきて、それを隠すために世界から隔絶されるように生きてきて、15年。今ようやくそれが終わったのである。


 いや……メディアから勇者に従ってやってきたツヴァイにしたら、65年以上だろうか……


 ツヴァイは但馬の言葉を聞くと、深々と頭を下げてから、そのまま地面に突っ伏して動かなくなった。雪に顔をうずめながらブルブルと震えていた。


 子供たちがそんな彼に縋り付くようにして抱き起こすと、彼らは人目をはばからず泣いた。


 但馬はそれを邪魔してはいけないと、黙って遺跡の中にまた引っ込んだ。


 村に帰ったら今日はきっと、彼らはお祭りのようにはしゃぐはずだろう。だから、それまでは泣かしてやろうと、そう思った。


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