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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
264/398

セレスティアの世界樹

 セレスティアは見渡すかぎりの白い大森林が広がっていた。


 この世界の人間の森林に対する忌避感から、その中に足を踏み入れるのには少し抵抗があった。だが土地の者に言わせればセレスティアの森に危険は無く、エルフは存在せず、居るのはせいぜい野生化した野犬の群れと、狼くらいのものであるらしい。一番危ないのは、その野犬の群れだそうだ。


 植生はガッリアの森の密林とは違って、こちらは針葉樹が主体であり、圧倒的に種類が少なく、背丈が異常に高い杉の木々が、ある程度の間隔を空けて生えているのがほぼすべてと言って良かった。森の中はどこかスカスカとしてて、それは恐らく日照の問題で低い木が淘汰された結果であろう。


 かんじきが無ければとても歩けないような新雪の上を、亜人達がスイスイと歩いて行く。へっぴり腰でおっかなびっくり歩く但馬の横を、笑いながら子供たちが通り過ぎていった。さっきまで但馬たちに捕まってたので、きっといい気味だと思ってるのだろう。


 大人達はそんな子供をヒョイッとつまみ上げると、ジッと目を覗き込み、他人をそんな風に馬鹿にしてはいけないよと言ってから、彼らが但馬たちをボウガンで射たことをとうとうと説教した。泣き出すもの、シュンとするもの、ふてくされるものと、子供たちの反応は千差万別であった。


 教育方針がしっかりしている。大人からは子供に対する愛情を感じ、そして子供たちも大人を信頼しているようだ。みんな身を寄せあって暮らしていかねば、生きていけないからだろうか。


 それにしても……


 雪解けはまだまだ先のことであり、セレスティアの土地が人間には過酷な環境であることが窺えた。あまりの寒さと乾燥のせいで、森の中ではビシッビシッと木が割れるような音が絶えず鳴り響いており、風が吹く度に森ごと倒壊するんじゃないかと不安にさせられた。


 そんな針葉樹林を暫く進むと、比較的すぐに開けた土地に出た。森のなかに自然に出来たものではなく、恐らく人間が切り拓いたのだろう、およそ10ヘクタールくらいの土地に、こぢんまりとした茅葺屋根の民家がいくつも見えた。どの家も屋根からモクモクと煙が立ち昇っており、これが船から見えた煙の正体のようである。


 村の端っこの方には他とは違った木造3階建ての大きな建物があり、なんとなく直感で学校の校舎だろうと思った。果たしてその感覚は正しく、但馬達が村に入って行くと、中で授業でも受けていたのだろうか、沢山の子供たちが窓から顔を覗かせて、こちらに好奇心いっぱいの瞳を投げかけた。それを先生らしき亜人が叱っている。


 それにしても……


 やっぱり、ここの人間たちの構成はおかしい。


 但馬たちを歓迎して村に連れて来てくれた大人たちは全て亜人であるのに対し、ざっと見た限り、子供たちの方はみんな人間なのである。人間と亜人が子供を作れば、子供はみんな人間になるのだから、ここまではおかしくないのであるが……


 その人間の大人がまったく見当たらないのだ。


 ここに来るまでに人間で子供でなかったのは、せいぜい村の門番らしき若い狩人で、それでも年の頃は15~6といったところだった。まあこの世界の成人年齢を考えれば結婚して子供がいることもあるだろう。だが、それだと今度は子供が大きすぎる。一桁年齢の時に作ったとしか考えられないのだ。


 なんだかおかしなことになってきたぞ……と思いながら、亜人たちに連れられ村の中ほどまでくると、そこには小さな広場と演説台のようなステージがあり、リーダーの老人はその上に立ったかと思えば、周囲をぐるりと見回してから、


「皆の者、良く聞け! 勇者様がお帰りになられたぞ! 我らが長らく待ち望んでいた日が今日、訪れたのだ!」


 但馬があっけに取られてその姿を見上げていると、村の家という家からそれまで警戒して外に出てこなかった者たちが飛び出してきて、


「なんだって!」「本当か!?」「予言通り、ついにやって来たというのか!」


 みんな興奮した様子でその真偽を確かめつつ、勇者は誰だと口々に叫んだ。


 老人がニコニコと但馬を手招きする。但馬は、自分は勇者ではないと否定したかったが、ここでそんなことを言ったら何が起こるかわからないと思い、引きつった笑みを浮かべながら彼に促されるまま壇上に上がった。


 すると、但馬が壇上に現れるのを見ると亜人達は、なんだか知らないが、感涙にむせび泣いたり、バンザイをしたり、抱き合ったりなんなりして、思い思いに彼の凱旋を喜びはじめるのであった。


 ちなみに、リーゼロッテはざまあみろと言った感じでほくそ笑んでいた。

 

********************************

 

「えーっと、だから何度も言ってる通り、俺は勇者じゃないんですよ」

「わかっております。勇者様もよくそのようにおっしゃっておりました」

「いや、謙遜とかじゃなくて……彼と俺は共通の記憶をもった別人なんですよ。その証拠に、俺はこの地のことを何一つわかっちゃいない」

「わかっております。勇者様も、次に現れる勇者様は何も覚えてないはずだとおっしゃっておりました」


 本当にわかってるのだろうか……何を言っても無駄だと思った但馬は、それ以上無理に否定しないことにした。確かに勇者と自分は同じ人間と言えば同じ人間だし、ぶっちゃけ勇者扱いされるのが嫌なだけなのだ。


 それに、勘違いであるにせよなんにせよ、話が出来るようになったのは僥倖である。最初はいきなり襲われて、続いて大勢に取り囲まれて、問答無用で出てけと言われたのだ。またそうなるくらいなら、いっそ勇者ですと開き直ってしまった方がマシだろう。メイドの含み笑いは癪に障るが。


 但馬達は広場で紹介されたあと、村人の大歓迎を受けながら、村で一番大きな屋敷へと連れてこられた。とは言っても学校よりはずっと小さいし、屋根が高いだけでやっぱり茅葺の平屋であったが。


 玄関の土間を抜けて板張りの部屋に入ったら、なんだか昔懐かしい囲炉裏があって、吊るされたヤカンがピューピューと蒸気の音を立てていた。


 部屋の中に入ると但馬はその上座に座らされ、すぐとなりにリーゼロッテが並ばされた。その周りを村の有力者であろう亜人達が取り囲むように座って、彼らのことを有り難そうに拝んでいた。ちなみにエリックと傭兵たちは下男扱いで、土間の方に待機している。


 寒いだろうといって綿入れを着させられたり、長旅で疲れてないかと温かいスープをご馳走になったり、まるで七五三の子供みたいに世話を焼かれながら、但馬はとにかく話がややこしくなる前に、この地へやって来た目的を告げた。


「皆さんに歓迎してもらって本当に嬉しいんですけど、とにかく話を聞いてください。俺たちは今回、セレスティアの世界樹の調査のためにやって来ました。いきなり大きな船で乗り付けて、皆さんを不安がらせたことは謝ります。また、途中で立ち寄ったトリエルでは、辺境伯に皆さんの様子を見て来てくれと頼まれているので、何か困ったことがあったら言ってください。場合によっては便宜を図るつもりはあります。ですが、勇者だなんだと言われるのはちょっと困ってしまいます。ロディーナ大陸の方に仕事を残して来てますんで、調査が終わったらすぐに帰るつもりですから……」

「ほう、世界樹の調査にいらしたのですか」

「はい。あ……許可が必要だったり、何か決まりごとがあると言うなら、もちろんそちらの指示に従います。まさか、調査自体お断りってことはないですよね……?」


 モーゼルに聞いていた話と、先程までの頑なな態度を見る限り、その可能性も十分あり得ると思って但馬は眉を顰めたが、


「もちろんです。勇者様ならそうおっしゃるのも当然でしょう。元々、我々が勇者様とここへ渡ってきたのも、世界樹を調査するのが目的だったのです。街を作ったのもそのためでした」


 海岸で出会った老人に、意外にもあっさりと許可をもらえて、拍子抜けした。それどころか逆に、


「寧ろ、我々の方こそ、勇者様に世界樹の調査を行って欲しかったのです。我々はそのために、勇者様が帰ってきてくださるまで、人を世界樹に近づけないように守っていたのです」


 彼らはそう言って、但馬に助けを求めてきたのである。


 老人はツヴァイと名乗った。年はもう80を越えるそうだが、まだまだ背筋がピンと伸びていて、かくしゃくとした男だった。


 メディアから勇者に付き従ってきた最長老で、今ではここの村長的な役割を担っているらしい。メディアの行政長であったアインのことも知っているらしく、彼の身に起きたこと、先帝を看取った後、後を追うようにしてこの世を去ったことを告げると、勇者に弓を引くとはけしからんと言いつつも、その耳はシュンと垂れていた。


 勇者とともにリディア建国に尽力した亜人はまだ数人残っていたらしく、彼らはハンス皇帝が亡くなったことを知ると皆涙を流した。そして死ぬまでに、立派になったリディアの姿を自分の目で確かめたいと、口々にそう言った。彼らにとってリディアとは、故郷みたいなものなのだろう。


 それじゃ、どうして勇者が居なくなったあとまで、セレスティアにずっと縛り付けられているかのように留まっていたのだろうか。


「勇者様、あなたは村の子供たちを見ましたね? 何か気になりませんでしたか?」

「……ええ。ここの子供たちの両親はどこにいるんですか? トリエルでは、先の内戦で亜人が勝ったとしか聞かされなかったもので、てっきりセレスティアには亜人しか居ないんだと思ってたんですが」

「それこそ、あなたにお伝えし、助けていただきたいことなのです。まずは何からお話ししましょうか……」


 ツヴァイは眉を八の字にしながら、彼らの身に起きた、懐かしくも苦しかった半生を語って聞かせた。


 勇者がリディアを建国した後、メディアの亜人であった彼らは、その勇者に付き従ってエトルリア大陸に渡った。そして奴隷解放を行う傍ら、各地の虐げられた亜人達を従えて、アスタクス方伯と戦いを繰り広げた。


 そんな時代が数年続き、シルミウムの商人達に支援されながら世界中を旅して回った勇者は、やがてセレスティアにも世界樹があることを知り、興味を覚えて海を渡ってきた。


 この頃の話はトリエル辺境伯に聞いたのと同じであるが、彼はセレスティアに渡ってくると、世界樹を調査するついでに現地の人々と協力して村を作った。初めは調査のための、一時的なキャンプだったらしい。


 だが、調査を続けていく内にメディアとの通信の仕方を知った彼は、やがてこちらに拠点を移すことにした。亜人奴隷を解放したあと、彼らの面倒を見るのに必要だったからだが、パトロンのシルミウムと、友好的なトリエルが近いのも都合が良かったのだろう。


 そうしてセレスティアに街を作り上げた勇者の下には、亜人だけではなく、彼を慕う人間もまた集ってきた。但馬がそうであったように、勇者もまた当時の世界の人々には及びもつかない知識を備えており、農業、航海術、錬金術など、彼に教えを請う人々が、続々と集まってきたわけである。


 勇者は世界樹を調査する傍ら、彼らに気前よく知識を授けた。そして彼らも勇者の恩に報いるため、この極寒の地での街作りに協力した。すると元々この世界のインテリである彼らはメキメキと頭角を現し、リーダーシップを発揮して、やがてセレスティアに出来た新しい国の行政官になっていった。これがおよそ50年ほど前の出来事である。


「当時のセレスティアの街はこの場所ではなく、ここから更に北へいった比較的開けた平野部にありました。港も家も、当時のものはみんなそこにあります。この村は子供の教育のためと、世界樹の監視のために作られたものです」


 セレスティアの街はアクロポリスのように世界樹を中心に作られたものではなく、人の利便性を考えた、港や集合住宅を作りやすい土地にあったようだ。この地では世界樹はさほど重要視されておらず、勇者以外に近寄るものも殆ど居なかった。


 理由は単純で、来たところで遺跡の中には誰も入れなかったからだ。


 だから誰もこの世界樹を重要なものだとは捉えていなかった。


 ただ、勇者が足繁く通っていたから、なんとなく大切なものだと思って、彼の留守中には門番を置いて、みんなには近づくなと触れて回っていたらしい。


 ところがそんなある日のこと、行政官のうちの一人が世界樹の中へ入れることに気がついた。


 元々は入れなかったのだが、長い年月が過ぎた末に、ある日突然入れるようになったらしい。それも一人ではなく、同時に複数人がである。


 勇者しか入れない世界樹に入れるようになった者は、周囲から驚かれるとともに尊敬された。だが、彼らがそれで幸せになったかと言えばそうではない。世界樹に入れるようになった者達は、何故か段々と落ち着きを失っていった。周囲にはいつもそわそわしていて、何かに焦っているように見えた。何があったのか? と問われても口を閉ざすばかりである。


 彼らは勇者直々に任されて行政官をしていただけあって、勇者に近しい者たちが大半を占めた。だから勇者がセレスティアにいる間は、彼らと行動をともにしていたわけだが……ところが世界樹に入れるようになって以降、彼らは勇者がセレスティアに帰ってくると、度々口論をしている姿が見受けられるようになった。


 その頃になると勇者も齢60を越えてかなり偏屈になっており、若い者を頭ごなしに叱りつけることもあった。


 初めはそんな些細な事が切っ掛けだったのかも知れない。セレスティアに腰を落ち着けず、エトルリア、ティレニアに頻繁に出向いていたのも彼らの疑心を煽ったかも知れない。何か決定的なすれ違いがあって、彼らの間に亀裂が走っているのにも関わらず、勇者はそれをケアしなかった。


 そして事件が起きた。勇者がセレスティアに久々に帰ってきたある日、彼は寝首をかかれてこの世を去ったのである。


「……え? それだけ?」

「はい。勇者様は寝こみを襲われ殺されました」

「……そんなあっさり? これっぽっちの抵抗もなくて?」

「はい。勇者様は身内に甘く、口論を続けていても彼らを信頼していたのでしょう。エトルリア大陸であれだけの武勇を馳せた方も、最期はあっけないものでした……」


 但馬も流石にポカンとしたが、だが妙に納得がいくものも感じていた。


 行政官が世界樹に急に入れるようになったのは、恐らく人の上に立つ仕事を続けている内に、彼らのアクセスレベルが上がったからだ。ブリジットやウルフのように、人々の上に立つものは世界樹に触れる権利がある。そう予想した但馬の考えは正しかったわけだ。


 そして、やはり同一人物というべきか、但馬もそうであるように、勇者もまた身内に甘かったようだ。但馬がアウルムを斬れなかったように、勇者もまた一度でも親しくなった人間を、どうしても憎みきれなかったのだろう。


 但馬にはエマージェンシーモードと言う、自動防御システムみたいな能力が備わっている。多分、勇者も同じ能力を持っていたはずだ。だが、どうやらそれは寝ている間は無防備のようだ。そして自分はヒール魔法は使えない。寝こみを襲われて致命傷を負ったら、回復のしようもないのだ。


 但馬はブルブルと自分の体が震えているのを感じた。


「それにしたって、一体何があったんですか。勇者が無防備を晒すくらい、その行政官らとは親しかったわけですよね? どうしてそんな人達が、勇者を殺そうと思うところまで追い詰められたんでしょうか」

「はい。これは全てが終わった後に、我々もようやく分かったのですが……彼らはこの世界樹の正体が何かに気づいてしまったのです」

「世界樹の正体……?」


 メディアの世界樹が亜人製造装置であったように……


 そして、アクロポリスの世界樹が聖女のクローン製造装置であったように……


「ここセレスティアの世界樹は、人間の製造装置だったのです」


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