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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第一章
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そして勇者は北へと向かった

 庶民を国王のプライベートスペースに上げると言うと、大臣たちはぎょっとした顔をしていたが、強行的に止めるとまではいかない感じだったので、悪いとは思ったが会釈して続く。こうなることを見越して今回はあの怒鳴る近衛兵を呼んでなかったのだろうか。


 軽口を叩くような雰囲気でも無いので黙って歩きながら、すぐ後ろをついてくるシモンを振り返ると、ただでさえ、王様だの大臣だのを相手にプレゼンをさせられていた彼は、いよいよ顔色が死人のようになっていた。目の前にあるのは、さながら死刑台の13階段だろうか。近衛兵に連れられてその階段をのぼると、そこには白い部屋があった。


 謁見の間の奥には階段があり、てっきりここがビルの最上階だと思っていたのだが、まだ上があったらしい。上階というよりもロフトといった感じだろうか、謁見の間を見下ろすステージに国王の私室が用意されていて、応接間のように使われており、リリィのような貴賓客や、その他プライベートな客にはそこで対応しているのだそうだ。


 バルコニーにティーテーブルが置かれており、街と海が一望出来る。景色の素晴らしい部屋だった。


 もしかしてこのビルで暮らしているのかな? と思ったが、居城はちゃんと別にあるらしく、だからそこは、あくまで休憩スペースのつもりで作られたそうだが、


「調子に乗りおって、15階など建てるものだから、毎朝登って来るのがこの年には堪えてのう……」


 帰るのも億劫なので、公務が押してない日は、こっそりとこの私室に泊まっていると国王は嘆いていた。


 謁見の間を下の階に作ればいいと思うのだが、それだと王様の頭の上を人が通ることになってしまうので、絶対に駄目なのだとか。だったらそれまで通り、居城で謁見したら? とも思ったのだが、それだと今度はビルの設計者の首が飛ぶらしい。物理的に。流石にそれは可哀想だし、どうしても最上階で仕事をしてくれと言われては仕方なく、こうして泣く泣く15階建てのビルを登り降りしているのだそうだ。


 どうやら、このビルの設計がおかしいと思っていたのは但馬だけじゃなかったようだ。きっとビルの設計者は、国王の威光を示すために、ビルをでかくすることにしか考えが及ばなかったのだろう。それはそれで意味があるだろうが、しかし、この王様、若く見えるが79歳とかじゃなかったっけ?


「せめてエレベータをつけようと思わなかったんですかね」

「エレベータとはなんじゃ」

「こう……箱の中に人を乗せて、それを上下させる……」

「よく分からぬが、お主なら作れるのかの?」

「いやいや、無理ですって」


 安全が担保できないから頼まれても御免こうむる。下手なことを口にすると、本当に作らされるかも知れないからもう黙っておこう。


 国王が休憩を宣言し、プレゼンが中断された理由は、どうやら木材の確保に関し、但馬が無知を晒したのが切っ掛けのようであるが……そこまでおかしなことだったのだろうか。正直、未だにさっぱりわからない。おまけに、みんな奇異な目で見てくるので些かうんざりしていた。


 実際、ぱっと見て山と森だらけのこの国が、まさか木材を輸入に頼っているなど、誰が想像つくというのだろうか。と言うか、そんな国が、そもそも現実にあるのか?


「但馬よ。この大陸の歴史について、お主はどのくらい知っておるか」


 私室に招き入れられ、お付の女性騎士にお茶を出され、不必要に恐縮しながら礼を言い、ほっと一息ついたところで国王が但馬に問いかけてきた。


 はっきり言って何も知らない。そう言うのもこれから調べていくつもりだったが……知らないとまずいんだろうかとドキドキしながら知りませんと言うと、さもありなんと言った顔をして王は続けた。


「お主は南の島から来たと言うとったし……知らなくても仕方あるまい。歴史なんぞは、よほどの好事家か王族でもなければ、本来は知りようもないしのう……」


 そうなのかよ。だったら試すように聞かないでくれと思いつつ、黙って続きを促した。


 そして王が語りだしたこの世界と国の歴史は、正直言って想像していたものよりずっと奇妙で、そしてややこしいものだった。


「今から千年以上も古代の話じゃ。この大陸は森林に覆われて、人類は一人も住んでは居なかった。真か嘘かは分からぬが、大昔の人類は、北方のセレスティア大陸に、かろうじて少数が生き延びているだけの、いわゆる絶滅危惧種、脆弱な種族じゃったと伝わっておる……」


 その頃のロディーナ大陸は森林に覆われ、全域にわたってエルフが暮らしていた緑の大陸だったらしい。他方、北のセレスティア大陸は雪に覆われた不毛の土地で、猛吹雪と猛獣が跋扈する本来ならば、人が暮らしていくのは無理があるような大陸だった。


 そんな中、一握りの人類が穴蔵のような住処で身を寄せあって暮らしていた。彼らはいくらかの狩猟と、魚や海獣を獲って、エスキモーのような慎ましい生活をしていたのだが、あるとき、そんな彼らの生活を揺るがす出来事が起きた。


 海が凍り始めたのだ。


 海が氷に閉ざされては漁業はままならず、流氷を避けるように南下して来たが、南のロディーナ大陸はエルフの土地。人類はエルフの魔法には太刀打ちできず、亜人にも身体能力的に劣っている。そのため、ロディーナ大陸に移り住むことは叶わず、進退窮まった彼らはいよいよ絶望に身を投げ捨てかけたが、そんな時に強力なリーダーシップを発揮する指導者が現れた。


 リリィと呼ばれるその指導者は、ある時、同胞に向かってこう言い放った。この雪も海も世界が凍ってしまいそうなのも、全てはエルフの仕業である。エルフが魔法を使うのが原因なのだ。エルフを駆逐しなければ、このままだと人類どころか、世界そのものが滅んでしまうと。


 それは仲間を奮い立たせるための詭弁に過ぎなかったろうが、とにもかくにも目的を一つにした人類はエルフに立ち向かうことにした。その頃には2つの大陸も氷で繋がってしまい、もはや後には退けなくなった。


 ロディーナ大陸に侵攻を開始した人類は、もはや帰る土地がないという現実が背水の陣のように作用して、厭戦感を一切合切吹き飛ばし、まさに疲れ知らずの強力無比な軍隊となった。また、聖女リリィのエルフをも凌駕する絶大な魔法は、まるでおとぎ話のように大陸北部を席巻し、森を焼き払い、エルフを駆逐し、亜人を殺し、ついにロディーナ大陸北部、エトルリアの地からエルフを追い出したのだった。


「……人類の方から仕掛けたのですか?」

「そうじゃ」


 この世界に来てから、エルフの名前が出るたびに、誰もが警戒心を露わにしている感じから、てっきり人類のほうが、かつてエルフにしてやられた苦い経験があるのだと思っていた。ところが意外にも、それは逆のようである。


「エルフの魔法に太刀打ち出来るのは、聖遺物を持った魔法使いだけじゃ。それも、せいぜい勝負になると言った程度で、勝敗は五分にも満たないじゃろう。今もって圧倒的にこちらが不利な状況なのじゃ。だと言うのに、かつての聖女リリィはまるで虫けらを殺すかのようにエルフを駆逐した。その伝説は彼女の魔法がいかに凄まじかったかを物語っておる」


 彼女の魔法は天を焦がすほどの火炎で森を一瞬でなぎ払い、大量の隕石を招来し大地に穴を穿ち、彼女が祈れば雨雲が空を埋め尽くし洪水が引き起こされ、彼女が息を吐けば突風となって木々をなぎ倒した。


 しかし、彼女はエトルリアの地をエルフから奪い、大陸中央の山脈で分断されたガッリアの地へエルフを追いやったあと、忽然と歴史から姿を眩ました。エルフを追って入ったガッリアの地で果てたとも、力を失い隠居しひっそりと死んでいったとも、天に召喚され神になったとも、その他諸々の伝承が残されているが、その理由はわかっていない。


「お主らも会ったことがあるエトルリア皇女殿下は、聖女に因んで名付けられたのじゃ」


 こうしてエトルリアの地を得た人類は、大陸北部に国家を作った。それが千年以上の長きに渡る歴史を誇る、エトルリア皇国であるそうだ。


 ロディーナ大陸は東西に伸びる山脈により南北が分断されており、それぞれ北部はエトルリア大陸、南部はガッリア大陸と呼ばれている。はっきりとしたことは分からないが、ガッリアはエトルリアの数倍の面積を持ち、その殆どが森林に埋め尽くされているらしい。


 形としては丁度きのこをひっくり返したような感じで、きのこの柄の部分がエトルリア、傘の部分がガッリアにあたる。エトルリアはガッリアから半島のように突き出しているわけである。またエトルリア大陸の東西には、それぞれティレニア海と、イオニア海という2つの内海があり、この2つの内海と大陸北部が、現在の人類の生活圏のすべてであるそうだ。そしてリディアはエトルリアの属国であるが、実はガッリア大陸の西の端に位置する国家で、本国エトルリアとはイオニア海を挟んだ対岸にあるらしい。


 さて、こうしてエルフから土地を奪った人類であったが、それをエルフたちが恨まないわけがなく、千年以上経った今でも、彼らは人間を見るや問答無用で攻撃してくるのだとか。しかし、聖女リリィを欠いた人間はエルフの魔法に太刀打ちが出来ず、そのため彼らの住む森には近づくことさえ難しい。ところで、


「以前、人間は基本的には聖遺物を持った者にしか魔法が使えないが、エルフはそれを必要としないと言ったが、しかし、あやつらにも弱点があって……」


 彼らが魔法を行使するためには、大木に宿ると言われる魔素(マナ)が必要であり、そのせいで森から外に出ることが出来ない。森から出ると、彼らは魔法を使えないどころか、息をすることも、生きていくことさえ出来ないのだそうだ。


 エルフのせいで人間は森に近づくことが出来ないが、エルフはエルフで、人間の住む草原へと出てくることが出来ないのだ。


「だから、思い返してみよ。お主はこのローデポリスの街中で、自分の背丈よりも大きな木を見かけたことがあるじゃろうか?」


 言われてみると、確かにそんなものを見た覚えがない。穀倉地帯にも一本も生えていなかったし、川沿いのスラムまでいかないとお目にかかれなかった気がする。


 狭いリディアの国土は、海岸からすぐに山地へと変わる。平地がこれだけ狭いにもかかわらず、山で暮らしている民はいない。それは不便だからとかそういう理由ではなく、エルフが住んでいるからなのだろう。大木があればエルフが来てしまうから、林業と言うものがこの土地では成り立たないのだ。


 何をするにも石炭を使い、街の建物が鉄筋コンクリート製なのも、ちゃんと理由があったわけだ。


 そんなわけで、リディアは土地を開発するにあたって、まず森をどうにかしなければならないという問題を常に抱えていた。かつては大勢で一斉に詰めかけていって、問答無用で焼き払っていたそうであるが、ある時から亜人がエルフに密告するようになり、先手を打たれてそれも出来なくなってしまった。


 エルフと亜人は互恵関係にあり、強力な魔法能力を持つエルフは魔獣から亜人を守り、亜人は周囲を警戒して人間の接近を知らせる。彼らは社会的な生き物ではなく、あっても村社会程度の繋がりしかないのであるが、お互いに森に暮らしているという点と、人間の侵略を阻止するという点で結束している。


 構図としては、人間は森を焼いて土地を広げたいが、エルフと亜人が森を守っていると言う感じか。


 現代人の但馬からしてみると、はっきり言ってエルフと亜人の方が正しいことをしているように思えるが……生きるためにそうしている、この世界の人達からしてみれば、そんなことも言ってられないのだろう。地球温暖化とか、森林伐採の影響による砂漠化など、彼らは一切知らないのだ。


「リディアの地は本国エトルリアからは遠く離れた海の対岸、国が大きくなりエルフ亜人連合との戦いが激しくなっても援軍は期待できず、我々は持てる人的資源で、最大の軍隊を保有しようとしてカントン制度を導入したのじゃ。現在では国民の約1割が常備軍として、半数が予備役として機能できるまでになっておる……」


 しかし、この制度を確立し、強力に王国の拡大に貢献していた勇者は、やがてこの国から去ってしまう。


「勇者殿は、亜人に同情的じゃった……戦争が続き、亜人の子供が奴隷として本国に送られていることを知ると、彼は我々と袂を分かってエトルリアへと向かったのじゃ」


 そうして勇者はリディアの土地を離れて、北へと向かった。以前から、何故勇者が北を目指したのかが分からなかったが、それは亜人奴隷を解放するためだったのだ。


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