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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
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ただの偶然だと思うけどね

 夕食後、二人と別れた但馬は宮殿内のシリル殿下の部屋へと向かった。


 てっきり寝室の方に通されると思ったが、衛兵に連れられて来たのは執務室の方であり、どうやら彼もまだ仕事中のようであった。


 講和会議は結局のところ、世界を巻き込んだ国際会議となってしまったから、それを取りまとめるために皇国の力は必要だった。そのため、但馬と同じように、シリル殿下もこのところは各種折衝で大忙しのようである。巻き込んでしまって悪くも思うが、こっちには貸しがあるので頑張ってもらうしかない。


 執務室の前には来客を待たせるソファがあって、そこにシロッコが座っていた。但馬がやって来るのを見ると、すっと立ち上がり、黙って後ろに付き従った。


 案内の衛兵が執務室の扉をノックして但馬の来訪を告げると、中から入ってくるようにと声がかかった。衛兵が恭しく扉を開き、押さえている横を通り過ぎて中に入ると、執務机に腰掛けていた殿下がぐいっと伸びをして立ち上がった。


「やあ、夜遅くにすまないね」

「いえ、こちらからお願いしたことですから。それにしてもお忙しいようですね」

「リリィのことがあって、議会が今、空転しているからね。私の自業自得だが」


 エーリス村での戦闘後、リリィとアウルムの婚約を支持していたシルミウム系の議員は、そのシルミウムとの癒着がバレて相次いで失職した。政治と金、汚職問題が急激に吹き出し、議会の膿がどんどんと暴露されていった。


 だがそれらの膿を排除してみたところ、議会は見通しが良くなったどころか、中身がスカスカだったのだ。


 皇国議会はその昔、覇権を狙っていたアスタクスの暴走を抑えるために、皇国の直参と呼ぶべき小国家群と、有力な地方領主である選帝侯達が共同で組織したものであるが、どんな組織も発足当初こそ厳格に運営されるが、時が経つに連れて徐々に当初の意識は薄れていくものである。


 議会は当初と今では、まるで別物になっていたと言うわけだ。


 人間というものは、若いうちは理想に燃えて、ともすると過激なくらい厳格に振る舞うものであるが、それが年を取るにつれて段々と角が取れていき、ちょっとやそっとでは動じなくなり、無闇に怒ったりせず、場合によっては目をつぶったり柔軟な対応を取れるように、つまり寛容になっていくわけだが……


 組織も同じで発足当初は厳格に運営されるものだが、こちらの方は年をとってもあまりいい方向には転がらない。組織が古くなると言うことは、取り締まる相手に対して寛容になっていくわけだから、それが癒着や汚職に繋がるのは容易に想像付くだろう。


 だから、そうならないように選挙でトップを入れ替えたり、規制緩和をして組織を作りなおしていくわけだが、貴族共和制である皇国議会では、そういうシステムがまるで働いていなかったわけである。


 いつからか、議会はシルミウムの資金力で運営されて、彼の国の発言力が強くなりすぎていた。いわゆる首相であるところのトレビゾンド都市伯は、今ではただの名誉職になっており、アスタクスを押さえつけることには相変わらず強力な組織であったが、癒着がひどく、あらゆる面でシルミウムの専横が進んでいたのである。


「弟が張り切っていてね、今までは皇王のお膝元で好き放題やられていたが、これからはそうはさせまいと、枢機院をまとめ上げて新しいグループを作るのだそうだ。ただでさえ、講和会議の準備で忙しいのに、その御蔭で夜寝る間もない」

「伯爵ならうちにも来ましたよ。講和会議に出席してもらおうとお願いしたら、逆に協力を求められました……内政干渉になるんで断りましたが」

「そうしてください。あれは皇家に忠節を尽くすあまり、近視眼的になりすぎる。君と喧嘩していたように、早速ビテュニア殿とやり合ってるようで頭が痛い」

「悪い人じゃないんでしょうけどねえ……ところで、お願いしていた件ですが」

「そうであった。そこにいる君の部下が調べてきた通りだったよ。絶対に口外しないと約束したら、渋々話をしてくれた。そういう流行があるとは聞いては居たが、貴族の子女にも居たとは知らなかった。それにしても、おかしな現象だ」

「やはり、貴族の間でも流行ってたんですね……勇者病」


 但馬はエーリス村の村長の娘、ウララに話を聞いて以来、彼女の兄が罹ったと言われる勇者病のことを調べていた。


 講和会議の準備に追われる中、シロッコに調査を命じたところ、例の中二チックな病気の痕跡はそこかしこで見つかった。どうも、ウララの兄だけが特別と言うわけではなく、この国中に蔓延していたようなのである。


 それなのに殆ど噂を聞かなかったのは、症状が症状であったことと、大体の患者が一過性の熱病みたいに、ある日を境にパッタリと普通に戻ってしまったからだ。


 この病気の性質(たち)の悪い所は、潜在性の高さである。確実に存在したのに、誰もがそれを深刻なものと受け止めていないから、流行してることにすら気づいていなかった。


 現実の中二病と同じで、仮に家の中で発症者が出ても、家族は子供特有のヒーロー願望のようなものだと思い込み、特に手を打つこともなく放置し、大体がそれで治ってしまうので、後は綺麗サッパリ忘れてしまうのである。


 ところが、中にはウララの兄のように深刻な者も居て、そういうのを調べていくと、リディアかイルカに突き当たった。やはり彼のように、突然魔法的な才能を見せ始めたり、支離滅裂な独り言を言っては周囲を困惑させたり、ある日突然リディアに向かってしまったりするものが、相当数いたのだ。


「うむ……勇者病は我が国の貴族の中にも、同じ症例の者が多数存在したようだよ。突き詰めて調べてみると、子供が勇者ごっこをしているようなものとはだいぶ違う。おかしくなっていたのは十代の後半から二十代前半くらいの若者で、普通ならもうそんなことから卒業してるような年代の者達であった。貴族社会は恥を嫌うから、家族が外聞を恐れひた隠しにして、周囲には殆ど知られていなかったようだ。本人達も苦い過去のように思ってるようだが……これが一人二人ではなく、結構な数に上る」


 貴族は外聞を嫌って隠していたようであるが、割合からすると実は貴族の方が多かったらしい。どういう傾向なのか、決定的なものはいまいち掴めなかったが、社会的なステータスが元々高いものがなりやすいのか、それとも魔法の才能なのだろうか。


 もちろん貴族だけではなく、シロッコが調べたところによると、一般市民の中にも勇者病患者らしき者は多数存在したようだった。中にはおかしくなった患者を見て、格好いいからとそれを真似をして、自分も勇者であると言い出す本当の中二病も存在したが……本物と偽物の区別はすぐについた。


 偽物は大半がヒーローに憧れる子供であったのに対し、本物はそれなりに大人で、社会的地位もあって、中二チックな傾向はそれまで見せたことがなかった者が殆どだったのだ。


 ただ、患者はみんな元々勇者に対して好意的な者が多く、彼らが発症しても周囲はそれほど意外とは思わなかったようだ。何というか、デリケートな問題であったし、放っておけば大概の人はすぐに元に戻るのだから、努めて気にしないようにしていたのが本当ではないだろうか。


 更に、調べていく内に北に行くほど患者数が多く、患者が現れた時期も北のほうが早いことがわかってきた。つまり、現実のウィルス性の病気のように、北から徐々に伝染してきたと言うわけだ。


 シロッコに言わせると、これを裏付けるかのように、勇者病患者はリディアには存在しなかったらしい。一時期(それは但馬が現れたころと一致するが)、勇者の真似事をするおかしな連中が、海を渡って頻繁にやって来ることがあったのだが、その前後をいくら振り返っても、リディア人に勇者病らしき者は見当たらなかったはずだと彼は言った。


 この海を渡ってやってくると言うのが重篤な患者特有の現象で、数えるほどでしかなかったが確かにそれは存在し、実際にリディアで何人も確認されていたから、シモンも但馬を見るなり勇者病という言葉を出してきたのだ。


 因みに、彼らがリディアに渡った後の消息はよくわかっていない。きっと『我は勇者である!』と声高に唱えて街をふらつくような連中を、いくら陽気なリディアの人々だってまともに相手にすることはなかったからだろう。


 そんなわけで、中には夢から覚めたかのように、家に戻ってきたものもいるようだが、大半はウララのように家族も諦めてしまっていて、シロッコにも追跡のしようが無かったそうだ。重篤患者は全体からしても極少数でしか無かったが、なったらなったで致命的だったようである。


 彼が調べてきただけでも、殆どの患者がウララの兄みたいに、人が変わったように暴力的になり、周囲から孤立して、家族に暗い影を落としていた。


 そして、家族は大概が口を閉ざしたが、どうにか会って話を聞き出せたものの話を総合すると、どうやら勇者病患者はリディアを目指していたわけではなく、何か得体のしれないイルカみたいな存在に導かれている……そんな奇妙な話が浮上してきたのである。


「イルカ……かね。それは確か、大きな魚のことであろう? 時折、内海に紛れ込んで、漁師の網にかかることがあるそうだが、何故、そんなものが関係してくるのであろうか……?」


 シリル殿下は首を捻った。彼のような反応をするのが普通だろう。イルカがベラベラと喋り出すなんてのは、突拍子もないことなのだ。


 だが、但馬はその言葉を聞いてピンときてしまうわけだ。この世界で意識が目覚めた時に、キュリオなる化物が出てきたからではない。いや、もちろんそれもあるが、どちらかと言えばかつての記憶の中に、イルカのマスコットがベラベラと喋り出すソフトウェアのことがあるからだ。


 つまり、この現象は但馬同様、過去の記憶を保持している何者かが引き起こしている現象と考えるのが筋だろう。何者かは分からないが、それがイルカの幻想を見せ、人々をリディアに向かわせた……


「……そして病気が終息したのは、閣下がリディアに現れたあと……みたいですね」


 シロッコがいつも通りの平板な口調で呟く。


 調査能力が異常に優れているようなやつである。気付かない方がおかしかったろう。


「ただの偶然だと思うけどね」


 但馬はうなずき、努めて平静に返した。


 勇者病が消えたのは、但馬という本物が現れたからだろうか……勇者病患者達は、イルカに導かれてリディアに到達し、そのうちの一人が本当に勇者になった……根拠は何もないが、おそらくはそれが真実である。


 もしそう考えるなら、但馬の正体はウララの兄ということになる。だが、自分には彼の記憶が何も残ってないのだ。


 実に、嫌な感じだ。


 但馬はシロッコに命じた。


「勇者病患者がリディアに渡った後どうなったか……勇者の伝説をなぞったなら、森に入って命を落としたかも知れない。もしくは、普通にリディアで暮らしてるのかも知れん。そう言う人物がまだ残ってないか、一応調べてくれないか」

「わかりました」

「私の方はどうしようかね。もし宰相殿が望むなら、患者を出した貴族に口をきいてもよいが。私が仲介すれば面会も可能であろう」

「重篤な者を出した家があるのなら、会ってみたいですが……幸か不幸か貴族にはそれは無かったようですね……だったら、他をあたってみます」

「そうか。君には何か、当てがあるのかね?」

「どう、ですかね……」


 勇者病は北から蔓延し始めた。勇者は北方セレスティアで命を落とした。セレスティアとアクロポリスとリディア……から少し遠いがメディアには世界樹という共通点がある……


 以上を鑑みると、とにかく北を目指してみるのが一番手っ取り早いだろうが……


 リディアを空けてそろそろ半年、講和会議の準備もあって、但馬にはそんなことをしている余裕が無かった。


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