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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
253/398

私は別にっ!

 その後、但馬とVPは亜人達を交えて和気藹々と会談し、日が暮れる前に別れた。まだ明るかったが、これから人と会うには少々遅い時間と言えたので、但馬は結局その日の予定を切り上げて、迎賓館まで帰ってきた。


 春分前で日が短かったから、おそらくは17時前くらいではなかろうか。小学生でもまだ家に帰らないような時間であったが、何しろアクロポリスには電気がない。街灯なんてものももちろん無くて、ロウソクの灯と篝火と月明かりが頼りだから、ディナーならともかく、会談なんてものをする時間ではないわけである。


 そのディナーはこのところ毎晩、退屈を持て余しているブリジットと一緒にしていたから、今日はもう人と会ってる余裕がない。完全に1日を潰してしまったわけだが、しかしまあ、VPと会えたことは、寧ろ収穫だったろう。


 彼のお陰でトリエルという国のことがよく分かったし、公共事業の売り込みも出来た。講和会議の代表にどんな奴が来るか少々心配でもあったが、始まる前に交友を結べたし、信用にも足る相手だと確信が持てた。


 それにしても亜人と共存関係にある国が、自分の領地以外にもあったとは意外であった。何しろ、あれだけ亜人差別と勇者の話を聞かされていては、そんなものがあると考えるのは難しいだろう。


 トリエルの亜人達は、幼い頃から人の間で育ったからだろうか、ホワイトカンパニーの傭兵たちとは違って、どことなく表情も豊かだった。感覚的には、リオンに近い印象だ。人間も子供の頃の体験が、後の性格を形作ると言うから、そう言う差が出てしまったのではなかろうか。


 思い返せばリオンだって、最初はかなりボケっとした感じだった。話しかけてもまともな返事はかえってこず、人間の言葉を理解していないことは明らかだった。それが数ヶ月もしないうちに次々と言葉を覚えだし、アナスタシアには読み書きを、フレッド君には算数を習って、あっという間に歳相応(見た目のではあるが)に成長した。


 そのリオンを見ただけの感想ではあるが、亜人は学習能力が非常に高く、特に関心事を見つけると人間として著しい成長を遂げるようだ。彼は昆虫と微生物に興味を持つと、あっという間に研究所の所員顔負けなくらい知識を得て、今ではサンダース先生の片腕としてハリチの研究所で働いているのだ。


 非常に聡明で人間にとっても、エルフにとっても都合のいい……いや、エルフも元は人間だったか……なにはともあれ、亜人とはそう言う出来過ぎた存在のようである。


 ところで、そのリオンもそうだったのだが、彼らにガッリアの森に居た頃のことを尋ねてみても、誰も彼も何も覚えていないと答えた。気がついたら人間と一緒に暮らしていて、奴隷商人やティレニア人に連れられて来る前のことは、記憶にないそうだ。


 捨てられたとは言え、自分たちにも人間と同じように両親がいるはずなのに、それを覚えてないのが彼らは悲しいと言っていた。まあ、実を言えば居ないわけだが……


 それから、これは仮説であるが、この何も覚えてないというのは、彼らが生まれて間もない存在だったからではなかろうか。


 人間だって、オギャーと産まれた瞬間のことなんて誰も覚えちゃ居ないだろう。記憶に残っているのは、せいぜい3歳くらいのころからだ。そう考えると、ティレニア人が連れてくる亜人達は、基本的に生まれて間もない個体だらけだと想像が付く。まるで選別しているかのように。


 そんなティレニア人が、世界樹や、亜人の秘密を知らないとは思えない。やはり、ティレニアという国とは、一度腹を割って話し合ったほうがいいのかも知れない……


「エリック。確か、観戦武官の中にティレニア人が居たろう? ちょっと彼と話をしてみたいんで、探してきてくれないか」


 迎賓館に帰ってきた但馬は、帰ってくるなりエリックにそう頼んだ。


「え? 今から? 今日はもう仕事は切り上げるんじゃなかったの。いや、仕事だから探してこいって言うなら探してくるけどさ」


 護衛として今日も1日行動を共にしていたエリックは、但馬の突然の翻意に首を捻ったが、それほど嫌がらずに来た道を引き返していった。今から呼び出しても、ディナーまで殆ど時間がなく、大した話は聞けないだろうが……明日に回すよりは、少なくとも寝付きは良くなるだろう。


 但馬はエリックを見送ると、最敬礼する門番に会釈してサンタ・マリア宮殿の中に入った。


 迎賓館は宮殿の片隅にあって、以前リリィが晩餐会を開いたダンスフロアのすぐ側にあった。恐らく、客がそのまま泊まりやすいように、という配慮からだろう。


 そんなわけで、この二つの建物の間には、来賓客の馬車を停めるための広場があり、運動するには持って来いだからか、各国の武官達がよく訓練を行っていた。あっちでもこっちでも真っ白い歯を輝かせながら汗をかく男たちを見ていると、暑苦しくて仕方ない。どうして体育会系の人たちはジッとして居られないのだろうか。


 予定より早く帰ってきた但馬は、広場から響いてくるキンキンと剣が交わる音を聞いて、この時間帯はリーゼロッテとクロノアが訓練と称した万国人間びっくりショーみたいな攻防を繰り広げていることを思い出し、冷やかしがてら覗きに行った。


 努力しているところを人に見せることを嫌う彼女は、普通ならこう言う場には姿を現さないのだが、最近はよく稽古に付き合っているようだった。クロノアの熱意が実ったのか、熱心に勧誘されて絆されたのだろう。


 正確な数字を知ろうとすれば、命を賭けねばならなくなるから詳しいことはわからないのだが、リーゼロッテもそろそろ羊水が腐っちゃうかも知れない年齢なので、せっかくの良縁を逃さないで欲しいものである。だが、見た感じはまだまだクロノアの一人相撲と言ったところであった。


 そんなこんなで、今日も今日とて色気のないチャンバラしてるのかなと、但馬は広場へやってきたが、辺りをキョロキョロ見渡してみても二人の姿は見当たらない。どうしたんだろ? と、よくよく考えて見れば、リーゼロッテが剣を振ってれば、周りの連中は手を止めて見入ってるのが普通だったから、キンキン音が聞こえてきた時点で気づくべきだった。


 今日はもう切り上げちゃったのかと、近くに居た者を捕まえて尋ねてみたら、


「クロノア様がお腹が痛いからと言って、さっき医務室に行きました」


 と言われて目を丸くした。珍しいこともあるものである。


 怪我ならヒーラーが治してくれるが、腹痛は原因によるからすぐに治るとも限らない。大事を取って医務室へ向かったようである。


 大事な部下のことだから見舞いにでも行ってみようと、但馬も医務室へ向かったのであるが……


 ところが、間もなく医務室へ差し掛かろうとした時、裏庭の片隅にある木陰から人の声が聞こえてきた。


 それがクロノアのものだと気づいた但馬は、なんじゃらほい? と気楽にそっちの方へと足を向けたのだが……、


「エリザベス様、突然呼び止めた上に、分不相応な告白をお許し下さい。私はあなたをお慕い申し上げております」


 但馬はつんのめって顔面から地面に着地した。


「っ~~・ぅっ~~っっ・~っぅぅ!!」


 猛烈な痛みで涙が滲んだ。但馬は地面をゴロゴロ転げまわりながら、声を上げないように懸命に耐え忍んだ。ドロドロにぬかるんだ地面である。何が悲しくてこの年で泥遊びしなければならないのか……考えると泣けてくるが、ここで邪魔をしてしまう方が人として終わってるだろう。


 その甲斐あってか、クロノアの声が続いて聞こえてくる。


「子供の頃、このサンタ・マリア宮殿で出会った時から、あなたは私の憧れだったのです。しかし、美しく気高いあなたは私の目には星の輝きよりも眩しく、手の届かない存在でした。非才の身である私はそれ以来、あなたに一歩でも近づきたい一心で頑張ってまいりましたが、未だにあなたには及びません。それでも、いつかあなたに肩を並べる日が来るまでと我慢しておりましたが、ですが、もうこの気持ちを抑えることが出来ないのです。どうか、私の愛を受け入れてはくれませんか」


 マジか……好きらしいとは聞いていたが、ここまで本気の本気だったとは……


 但馬は鼻血をダクダクと流しながら、もうちょっと見やすいとこへ移動しようと、もはや手遅れになってしまった泥だらけのマントを引きずりながら、ズリズリと茂みへと匍匐前進した。邪魔はしないが出歯亀はするのである。


 コソコソと茂みから顔を覗かすと、すぐ目の前に二人の姿が飛び込んできた。もしかしたら実はこれは予行演習で、そこにいるのはクロノアだけという漫画みたいな展開も想像していたのだが、もはや言い訳もできない、嬉し恥ずかし告白現場であった。


 但馬はポッと顔を赤らめた。クロノアめ、恥ずかしいセリフ飛ばしやがって……熱くなる顔をパタパタと手で仰ぎ、しかしリーゼロッテのキャラからすると、こんなの聞いても普段通りボケーっとした顔をしてるのだろうなと思いながら、ふと彼女の方を見てみたら……


 リーゼロッテは但馬よりも輪をかけて、顔を耳まで真っ赤にしながら狼狽えていた。


「あわ、あわわわわ、あわあわわわわ……」


 まるで茹でダコじゃないかと疑いたくなるくらい真っ赤になったリーゼロッテは、若干涙目の瞳をキラキラさせつつ、言葉になってない奇声を発していた。


 恐らく、そんなことこれっぽっちも考えていなかったのだろう。完全に不意を突かれた彼女のその慌てふためく様はまるで少女のようで、10歳は若返ったかのように見えた。言っても、彼女の年齢からマイナス10歳であるが。


 あれ? これはもしかして脈があるのかな? と思いつつ、但馬が出歯亀を続けていたら、彼女は口角に唾を溜めながら、


「わっ、私は別にっっ!」


 と言って、くるりと振り返ると、


「ま、待ってください! エリザベス様!」


 すがりつくクロノアの声に有無をいわさずギュンっと加速していった。


(……なんじゃこりゃあ)


 本気で逃げるメイドに追いつける者など、果たしてこの世界に居るのだろうか……告白してきた男を置き去りにして、マッハで駆けてく彼女は、あっという間に小さくなって、姿が見えなくなった。


 但馬が隠れていた茂みがザワザワと揺れた。冗談みたいな話であるが、逃げる彼女が起こした風だった。


(どんだけ本気で逃げてるのだろうか、あの女は……それに、別にってなんだ、別にって……良いのか悪いのかさっぱりわからん。いや、多分駄目なんだろうけど。断るにしても、もう少し言い方ってものがあるんじゃないか……?)


 正直、頭の中はリーゼロッテへの不満がぐるぐる渦巻いていたが、興味本位で見てはいけないものを見てしまったと感じた但馬は、せめてクロノアに見つかる前にフェードアウトしようと、ズリズリと服を汚しながら後退しはじめたが……


「閣下……振られてしまいました」


 出歯亀野郎にとっくに気づいていたらしきクロノアがそう呟き、もはや逃げ場はないことを悟るのであった。

 

*******************************

 

 侍女たちの、『どこでお砂場遊びしてたんだい、お坊っちゃん……』と言わんばかりの、生暖かくも怒りに満ちた眼差しを掻い潜り、部屋に戻った但馬は濡れタオルで顔を拭いて、泥だらけの服を着替えた。


 因みに、迎賓館の但馬のスイートルームには風呂やシャワーは付いていなかったが、言えばバスタブを持ってきてくれて、何人もの使用人たちが水瓶でお湯を運んでくれるという、破格のサービスが受けられた。


 最初見た時、王侯貴族ってのは馬鹿なんじゃないのかと思ったが、こうして仕事を作ってやらないと経済が回らないとか何とか、真面目な顔をした誰かがどこかで言っていたのを思い出した。多分、この国ではこれが普通なのだろう。


 そんなことされても落ち着かないので、どこかに大衆浴場でもないのかと探してみたが、リディアと違って温泉の湧かないこの土地にそんなものはないようだった。それじゃ一般人はどうしてるのかと言えば、水浴びをするしかないそうだが、雪が降って寒いから、今の時期は濡れタオルで体を拭くのがせいぜいのようである。覚悟はしていたが、この世界の衛生観念はどこまで行っても残念である。


 発電所さえあれば、風呂は温水器でなんとでもなるし、街灯が灯れば夜の会談だっていくらでもセッティングが出来るだろう。電話が繋がってればリディアに帰ることだって出来るのに……街を歩くたびにいろんな改善点を思いついて、ここがリディアだったらとムズムズしたものであるが……


 そんなことより今はクロノアである。


 但馬が泥を落としている間、クロノアは執務机の椅子に腰掛けて、何度も何度も深い溜息を吐いていた。先ほど、リーゼロッテに逃げられたのを、彼女に振られたと思っているのだろう。


 正直、どっちとも取れる態度だったし、但馬の目には脈が有りそうにも映っていたのだが……それを問いただそうにも、当の本人が逃げてしまったので、下手な慰めは言えなかった。きっと大丈夫だから元気出せなんて希望を抱かせておいて、後で本人に確認してみたら、ちょマジ無理とか言われたら洒落にならないだろう。


 そんなことを考えながら、但馬がクロノアの斜交いに腰掛けると、それを待っていたかのように、彼はいきなり深々と頭を下げて言った。


「主である閣下に、一言の断りもせず勝手な真似を致しまして、申し訳ございませんでした。既にお気づきだったと思いますが……私はその、エリザベス様のことを、そう、お慕いしていたのですよ……恥ずかしながら」

「いやいや、頭を上げてくれよ。リーゼロッテさんがあんな格好をしてるのは単なる趣味だ。俺は別に主人とかそんなんじゃないんだから、言われても逆に困っただろうよ……しかしクロノア、本気であれが好きだったんね」


 正直、そっちの方が驚きでもあったのであるが……但馬が顔の前でブンブンと手を振りながら言うと、クロノアは指でホッペタをひっかきながら顔を上げた。但馬より年上で、普段は落ち着いて見える彼が、照れるとなんだか幼く見えた。


 それにしても相手は、あのメイドである。メイドの格好をしているくせに、料理は作るよりも食べるほうが好きで、日がな一日ダラダラしてて、競馬場に入り浸ってて、目を離すとすぐつまみ食いをして、挙句の果てに三十路である……褒めるよりも貶す言葉の方がスムースに出てくるような女である。


 そのくせ、喧嘩になったら世界最強だ。軽く悪夢ではないか。結婚は人生の墓場とは彼女のためにあるような言葉ではなかろうか。


「それは大丈夫です。エリザベス様の嫌がることなど、私のほうが我慢しきれませんから、私が彼女の気に障るようなことをするはずがありません」

「一見格好いいように思えて、すげえ情けないセリフだよね、それ。まあ、周りの人達からも聞いてたし、普段の態度見てても、そうなんだろうなあ……って思って見てはいたけども。にしても、なんであんな拙速に告っちゃったのよ」


 クロノアが彼女のことを好きなのだと知らされてからは、気をつけて観察していたのだが、リディアに居た時も、戦場でも、彼はかなり気を使ってアプローチしてる印象だった。それが今回は、まるで中学生の恋愛のような段取りの悪さである。


 但馬は呆れながら続けた。


「あの人もあの通りの(いい年こいてフリフリの服を着てるような)人だし、恋愛に関しては多分(難聴のラノベ主人公なみに)鈍いと思うよ。もう少し時間をかけて、デートに誘うなり、プレゼントするなり、ちょっとずつ既成事実を積み重ねてったら良かったろうに」

「……そうでしょうか」


 但馬が色んな物を心に秘めつつそう言うと、クロノアは不服と言った感じに、


「私は寧ろ、今言わないと後悔しそうだと思いましたが」

「そりゃまたなんでさ?」

「今回の戦争で、エリザベス様を見る周囲の目が変わったからです」


 するとクロノアは難しそうな顔をして続けた。


「最近、広場であの方と訓練していてもそれがわかります。勇者の娘、亜人の女王、全ての戦場を渡り歩いて不敗。それまでのあの方はリリィ様の従者とは言っても無名でしたが、今や華々しい活躍をした将軍として世界中で知らぬ人は居ない、注目の的ですよ」

「言葉にすると大げさだが……言われてみりゃ、確かに」

「だというのに、普段の彼女は可愛らしい服を着て可憐に振る舞う、華奢な乙女にしか見えません。そして、道を歩けば誰もが振り返るような美貌の持ち主でもあります」

「……そっちの方は同意しかねるが」


 恋は盲目とは言うが、目が腐ってるんじゃなかろうか……言ったら殺されそうなので黙っていたが。


 しかし……クロノアに指摘されて気づいたが、確かに戦争を前後して、リーゼロッテに近づこうと考える輩は明らかに増えたようである。ここ数日、但馬は講和会議のために各国の有力者と折衝を続けていたが、その会談の最中にも幾度となく、リーゼロッテの身辺を尋ねられたことがあった。


 未婚なのか、恋人や許婚は居るのか、これからどうするのか。露骨に見合いを勧めてきたのも居たが……戦争が起きなきゃ殆どニートの三十路を但馬が抱えてることに同情し、みんなが気を使ってくれてるんだろうと思っていたが、どうやら彼らは本気だったようである。


 幸い、縁談を勧められても但馬が本気にしていなかったので、今のところ全部適当に断っていたのであるが、うっかり軽い気持ちで返事を返していたらどうなっていたことやら……現実問題、ホワイトカンパニーをまとめられるのは彼女しかいないのだから、今他国に嫁がれでもしたら国防に関わる。引き止めねばならない。


 これからは変な輩がちょっかいをかけてこないように、気を配っていかねばならないだろう……何しろ独身をこじらせた三十路である。ある日ダルマチア子爵アウルムみたいのが出てきて、歯の浮いたセリフにころっと騙されてもおかしくないのだ。


「怖いこと想像しないでください、閣下。貞淑なエリザベス様に限って、そのようなことは決してあり得ませんよ」

「え、あ、うん……だといいね」

「そうに決まっていますとも」


 但馬が不謹慎なことを呟いていたらクロノアがプンスカ怒りだした。その姿を見ていると、彼の本気度が窺える。


 そうか、そんなに好きなのか……但馬はしみじみ思った。


 思えば、貴族だし、皇族だし、有能だし、そこそこイケてるし、既にリディアに渡ってきて帝国軍に所属してるくらいだし、仮にクロノアがリーゼロッテと結婚したら、喜んで婿養子に入ってくれそうである。


 直々の上司であるから知ってるが、彼がアナトリア軍でも高給取りであることは間違いない。このまま勤め上げれば退役軍人年金と貴族年金が貰えるし、ニートを養うくらい、彼にしてみれば造作も無いことである。


 こんな良い物件を逃がしてなるものか。


「よしクロノア。リベンジだ。確かにあのミソ……ゲフンゲフン……メイドはおまえの愛の告白から逃げ出したかも知れないが、ハッキリ断られたわけじゃなかったろう。一度つれない態度を取られたくらいで、男がそう簡単に諦めるんじゃないよ」

「え、あ、はい。確かに、その通りですね。ど、どうかなさいましたか? 閣下。やけに乗り気ですけど」

「どうもこうもない。君の真剣な態度に僕は感銘を受けたまでさ。それより作戦だ、クロノア。相手が引くのであれば、こっちは押して押して押しまくるのみ。恋の駆け引きに、立ち止まるなんて選択肢はないんだ」

「ははあ……そういうものですか」

「だから今度は予め逃げられないような場所に呼び出そう。エーゲ海で豪華クルージングなんてどうだ。俺が何か適当なお使いをでっち上げて呼び出せば、あの人は餌につられて断れないからな。ク~ックックッ……」

「なるほど……それは妙案です」


 但馬がそんな具合にお荷物を処分しようとしている時だった。コンコン……っとドアがノックされて、外から迎賓館付きの侍女の声が聞こえてきた。


「但馬様……但馬様……お忙しいところ大変申し訳ございません」


 何の用だろう? とドアを開けると、しゃちほこばった侍女が背筋をピンとさせながら、但馬に来客を告げてきた。


「俺に来客? こんな時間に?」

「はい。ロビーでお待ちいただいておりますが、いかが致しましょうか?」


 但馬は一瞬誰だろう? と思ったが、よくよく思い出してみれば、部屋に帰ってくる前に、エリックにティレニアの観戦武官を呼びに行くように頼んでおいたのだった。クロノアの一件があって、完全に頭のどこかに追いやられてしまっていたが、多分、その武官がやって来たのだろう。


「呼び出しておいて帰れとも言えない……分かったからお連れして」

「かしこまりました」


 侍女が深々とお辞儀して去っていった。但馬はその後姿を見送りつつ、


「しまったなあ……この後はブリジットと夕飯だし、時間も無いし」

「私の方は、また後日で構いませんよ」

「いや、鉄は熱い内に打てって言うだろ。後回しにしてると、段々腰が重くなるぞ」

「はあ……そういうものですか」

「話を出来るだけ早く片付けるから、とりあえずそこで待っててくれよ……」


 と、但馬が言いかけた時だった。部屋のドアがコンコンとノックされ、


「ハロハロー。メグさんが来てやったわよ~。てっきり追い返されるかと思ったのに、一発パスなんて、但馬もこのあたしの魅力にようやく気づいたみたいね。それともプレゼントが効いたのかしら」

「帰れよ」


 但馬は来客の名前を侍女に確認しなかったことを、心の底から後悔した。


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