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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第八章
252/398

ティレニアと亜人

「にいさんは最初、トリエルが亜人と共存共栄していると聞いて驚いてたみてえだが……」

「ええ、まあ」


 気取ってても仕方ないので素直に首を縦に振ると、彼はまたガハハと豪快に笑って、


「まあよ、それが普通の反応だな。実際、オイラん国でも大昔、亜人はやっぱり奴隷階級が殆どだった。ただ奴隷とは言っても、こいつらは身請けに使った分の金額を稼いだら自由になれる。自分で自分を買える分だけ、他の奴隷とは違ったのさ。


 トリエルは北エトルリア大陸の端っこの半島にあってな、国全体が鉱山なんだよ。元々山だらけだし一年中寒いもんだから、作物がろくに育たねえんでよう、皇国の貴族連中に見捨てられた土地だったのさ。鉱山で働いてる奴らは、奴隷ではなかったけど、それと殆ど違わなかった。違うのは、亜人か人間かってくらいでよ。だから、大昔から亜人を差別するなんてことは無かった。


 ただ、住んでる連中はみんな貧乏だったが、トリエルはどこを掘っても鉱石が出てくるから、てっとり早く金を稼ぐに良い土地だった。借金なんかで首の回らなくなった連中が、生活を立て直すためにやってきて、一旗あげたら帰ってく。トリエルは元々そんな場所だったんだな。


 ところでシルミウムってのは、漁師と商人の国だってのは知ってるかい?」


 但馬は頷いた。


「漁師ってのは沿岸で漁業をやってた海の民のことで、商人の方は農耕民族のことだ。ただ、シルミウムって国は土地が痩せてて、農業をやっても殆ど稼げねえ。自分が食うのに精一杯だから、農民は行商をして糊口をしのぐのが普通だった。要は、収穫物を海の民と交換したり、自分らで作った工芸品を中央に売りに行って生計を立ててたわけだな。


 ところが、ある日トリエルから流れ出る川から砂金が見つかると、そこに集落が出来た。噂を聞きつけた連中が世界各地からやって来ると、巨大な都市にまで成長したんだが、そんなのを貴族様がほっとくわけねえだろう? 北エトルリア大陸……つまりシルミウムの貴族が、ある日、川の所有権を主張して、土地の連中に戦争を吹っ掛け、あっという間に制圧しちまった。


 それでシルミウムは金を産出する豊かな国……ってことになったわけだが、欲をかいた連中がそれだけで済むわけがない。それから暫く経って、トリエルの鉱石から金銀が精錬出来るようになったら、連中は今度はそいつも寄越せって言って攻めてきた」

「そりゃ酷い……」


 但馬が思わず呟くと、VPは何度も何度も頷いた。


「だろう? 酷いなんてもんじゃあねえぜ。けどよう、そんなことで山の男が簡単にやられるわけがねえだろ。てめえら、ふざけんじゃねえって言って頑強に抵抗し、シルミウムの連中と互角に渡り合った。当時のトリエルには魔法を使う貴族なんか殆ど居なかったんだが、その代わりにこっちには炭鉱で働く大勢の亜人が居たんだよ」

「ああ」


 銃がある今はもう違うだろうが、以前は確か、亜人兵と人間兵の戦力比は、単純に10倍くらいあったはずだ。山のような限定された土地で、ゲリラ戦の得意な亜人に勝てるわけがない。


「元々、この亜人はシルミウムの奴隷商人が海の向こうから連れてきた奴隷でよ、色々事情があってトリエルに流れついた奴らだったんだ。


 ほら、亜人奴隷って言っても千差万別だから、やっぱり売れ残りってのが出てくんだよ。受け答えがのろまだったり、体が小さかったり。あいつら商人はそういう……なんつーのかな、いわゆる在庫をいつまでも抱えていることはなくて、捨てちまったり、ひどい場合は殺したりなんてこともあったらしい。


 そういうのが流れ流れてトリエルに来て鉱夫になるんだが、そんなとこに攻めてきたもんだから、よくもまあ、いけしゃあしゃあと来れたもんだと、連中は怒った亜人たちにコテンパンにのされちまった。ま、そんなわけで、オイラの国では亜人は友だちってわけさ。


 だから、数十年前に勇者の野郎がやってきて、奴隷解放しろだのなんだの言いだした時は、何言ってんだこいつ……って思ったんだが」

「はあ~……そりゃあ紛うことなき、亜人との共存共栄国家ですね。勇者も形無しだ」


 但馬が感心してそう言うと、VPは逆にバツが悪そうに眉を顰めて、


「……と言いたいとこなんだけどよう、実は勇者の言うとおり、あの時のこいつらは、身分的には確かに奴隷だったんでい。亜人は人の言うことをよく聞いてよく働くから、オイラの国では絶対に必要な労働力だ。ところが当時、この世には奴隷階級の亜人しか居なくて、その供給元がシルミウムだったのさ。


 オイラ達は自分らの生活と国を守るためには、結局シルミウムから亜人奴隷を買うしかなかったんだあな。そう言う歪な関係があったから、当時は解放しろって言われても、すぐには返事が出来なかったんでい。なんでか知んねえけど、亜人ってのは亜人同士では増えねえからよ。買うのをやめたら、いつか居なくなっちまうだろ。そしたら仕事も捗らねえし、シルミウムに太刀打ち出来ねえ。


 おまけにシルミウムは勇者に迎合して、奴隷貿易から手を引くって宣言してたから、オイラたちは亜人奴隷の供給がなくなるつって困っちまったんだよ。亜人は友達なんて言っておきながら、アベコベじゃねえか」


 トリエルは、勇者の言う奴隷解放に異存は無かったが、亜人労働力がなくなってしまうと国が成り立たなくなる。間接的に、敵である奴隷商と共存関係にあったわけだ。それに気づいた彼らは困惑しつつも、次なる対策を取るために動き出した。


「そんで、困っちまったオイラたちは、元々奴隷扱いなんてしてなかったんだ、後は奴隷商人から買わなきゃ辻褄があうだろってんで、直接ティレニアまでスカウトしに行くことにしたのよ」

「……どうしてティレニアに?」

「そいつあ、おめえさん。そこが一次供給元だったからに決まってんだろうがよ」


 そんな話、今まで聞いたことがなかった。但馬は舌打ちした。もっとよく考えれば気づいても良さそうだったのだ。


 メディアとの戦争を終結させ、亜人奴隷の供給元を抑えたつもりですっかり忘れてしまっていたが、元々、亜人を生み出す世界樹は、ガッリアの森のなかに複数存在するはずなのだ。でなければ、エルフが生命を維持出来ないのだから。


 メディアの世界樹が見つかる前の亜人奴隷とは、森のなかで親に捨てられた個体が、フラフラと海岸線まで出てくるのを捕まえたものだと言われていた。火のないところに煙は立たないのだから、世界樹の秘密が明らかになる以前は……いや、今でも実際にそう思われているのだろう。


 ガッリア大陸はエトルリア大陸の何倍も広く、広大な森は大陸のほぼ全土を覆い、ティレニアのある山々の向こう側まで続いている。イオニア海のティレニア半島を挟んだ反対側には、ティレニア海と言う内海が存在するのだ。その海岸線に、リディアと同じように亜人がひょっこりと現れてもおかしくはないわけだ……


「ティレニア海にはイオニア海と違って沢山の島があるだろ。シルミウムの漁師はそのいくつかの島を制圧してて、大昔はティレニア人と漁場を巡って対立したこともあったらしいぜ。その頃、奴隷商人はその島々からガッリア大陸まで行って、ちょくちょく亜人を攫ってたのよ。


 でもよう、そこにはティレニア人も住んでたわけだから、おめえら勝手なことすんなって争いになるわけだ。そんで結局、亜人奴隷が欲しいなら捕まえたのを売ってやるから、領土には近づくなってことになって、手打ちになったってんでい」


 つまりイオニア海の反対側ティレニア海では、ティレニアが亜人の子供を拾ってそれをシルミウムの奴隷商人に売り、買い取った亜人奴隷を、今度はシルミウムがトリエルやアクロポリスに売っていたようである。


 はるばる遠くリディアまで亜人奴隷を探しに来ていた連中が居たのは、多分、一次問屋を通さない分だけより儲かったからなんだろう。何というか頭が痛い。


「まあ、とにかくよ、そんなわけでオイラ達はティレニアに行って、亜人をくれって頼んでみたのよ。そしたらどうせ海岸に出てくる亜人は、ほっとけば野垂れ死ぬだけだろうからって、領土に踏み入らないんなら、亜人の子供を渡してやるから持ってけって……そんでティレニアから譲られた子供たちが、こいつらのことよ」


 VPがニコニコしながら亜人達を指差すと、食べるのに夢中だった彼らはドキッとした顔を上げて、コクコクと頷いた。


「シルミウムには金を出さなきゃ渡さなかったが、オイラ達にはタダでくれるってんだから、信用して貰えたってことだろう。以来、毎年何人か保護してはこっちに送ってくれるんでい」

「そりゃまた、太っ腹ですね……」

「だろう?」


 VPは嬉しそうに笑っているが、どう考えても解せない話だ。そんなことをしてもティレニアはなんの得にもならないだろうに……これが国のやることなのだろうか。しかし、そんなことはお構いなしにVPは続けた。


「ま、そんな具合によ、オイラ達はその亜人を育てて、炭鉱夫として働かせて、独り立ちできるようになったら自由にしてんだ。大抵はそのまま炭鉱に残るが、セレスティアに渡るのもたまにいる」

「セレスティア……そっちは今、どんな状況になってるんですか?」


 但馬が疑問を口にすると、VPは露骨にしまったといった感じの顔をして、モジモジと言い淀んだ。聞いてはいけないことだったのだろうか?


「まあよ、生きてりゃ色々あらーね。そのセレスティアっつったら、最近……つっても、もう5年くらい前の話だけどよ、メディアから亜人たちがやってきてな、海を渡ってったんだよ」

「メディアから……?」


 どういうことだ? メディアから奴隷商人が連れて行った最後の商品のことだろうか……と嫌なことを考えたところで、但馬は思い出した。


 そう言えば、リディア・メディア戦争終結後、自由になっても何をやっていいか分からないからと言って、傭兵になりに大陸へ渡って行った連中が居た。彼らはその言葉通り、内戦の続くセレスティアに向かったのだろう。


 皮肉なことに、そうして戦場を求めて出て行った彼らと裏腹に、メディアに残った亜人たちの方が傭兵として今回の戦争にも参加し、華々しく活躍することになったわけだが……あの時に去っていった彼らは、一体、今どうしてるのだろうか。


「さあな、あっちに渡ってからは音沙汰ねえからよ、どうしてるかわかんねえが……何しろ、あれだけ大勢の亜人がいっぺんにやってきたのなんて、勇者の時以来でよ、珍しいから色々話を聞いたんだ。そしたら、そいつらが言うには、リディアとの戦争は終わって、おまえさんが亜人と人間が仲良く暮らせる新しい国を作り始めたって言うじゃねえか。こいつらはそれを羨ましがって、いつか自分の目で確かめてみたいって言ってたんでい」


 それで遥か遠くの国のことではあったが、トリエルではハリチのことが話題になっていて、それを調べてる過程で、どうやら但馬が貴金属精錬で未知の方法を行ってることに気づいたようだ。


「ってなわけでよ、こいつらはおめえさんとこの国に憧れを持ってるから、良かったら一度見せてやってくれねえか。鉱山のことは全部叩き込んでるから、仕事で足手まといになることはないぜ」

「そういう事でしたら、是非」


 事情を全て聞いた但馬が快諾すると、亜人達はとても喜んでいた。一時は、トリエルもまだ亜人を奴隷として扱ってるのかと警戒したが、どうやら彼らは本心から信頼しあってるようである。


 しかし、これまでの話を聞いた限りでは、今度はティレニアという国が怪しくなってきた。


 アナスタシアのルーツがあり、ランという友人もいる手前、秘密主義の国とは言っても、それほど悪いイメージは無かったのであるが……少々考えを改めざるを得ないかも知れない。


 というのも、VPは太っ腹なティレニアが亜人の子供を保護しているのだと思ってるようだが、但馬はそんな単純な話ではないと考えていたからだ。


 ティレニアには世界樹がある。


 聖女リリィに関係する何かであるらしき、巫女がいる。


 そして話を聞く限り、勇者とも接点があり、となると皇王がそうであったように、この世界の秘密について何か知っている可能性が非常に高いはずだ。


 それなのに、ティレニアは秘密主義を貫いてエトルリアとは国交を持たず、にも関わらず、シルミウムに亜人を売っていたり、こうしてトリエルに流したりと、なんだかやってることに一貫性がない気がする。付き合いたいのか嫌なのか、どっちなのか分からない。


 ……もしかしてティレニアは、国に異邦人を近づかせないために、彼ら奴隷商人の需要を満たしてやってただけなのではなかろうか。


 これは本気で近いうちに、ティレニア訪問を実現させたほうがいいかも知れない……但馬はトリエルの亜人たちと楽しく会話をしながらも、頭のなかではそんなことを考えていた。


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