悪貨は良貨を駆逐する
亜人をハリチに連れて行って欲しい……そんなVPの突然のお願いに戸惑いつつも、話がこみあっても来たし、ここでは何だからと、但馬は彼らを連れてタイユバンへと足を運んだ。
ザビエルは居なかったが、困ったときは大抵ここに来ていたからか、店員は但馬を見るなり顔パスで奥に通してくれた。亜人たちは、突然大勢で詰めかけたにも関わらず、丁寧な対応をしてくれた店員に対し、感激していたようだった。
そんな彼らに、好きなモノを頼んでいいよと言うと、最初はもじもじしていたが、そのうちポツリポツリと注文が出始め、気がつけば奥座敷のテーブルからはみ出んばかりの料理が運ばれて来た。
タイユバンの料理はアクロポリスでも屈指であるが、みんな美味い美味いと言いながら、誰ひとりとして味わって食べてるようには思えなかった。みんなガッツイていて行儀が悪い。見たところ、亜人たちは十代後半くらいの若い連中が多く、食べ盛り伸び盛りといった感じである。
国の代表団ということになってるが、多分、彼らは従者か何かだろう。VPとどういう関係なのかと尋ねてみたら、
「おう、こいつらはみんな、うちの社員でい」
「社員?」
「ああ、オイラはこう見えても、国では炭鉱をいくつも抱えてる鉱山主でよ、こいつらはそこで働く鉱夫ってなわけよ」
「はあ、そうだったんですか。言われてみれば、亜人はみんなガタイが良いけど、彼らは輪をかけてガチムチですねえ」
但馬が感心して呟くと、それを聞いていた男たちはポッと顔を赤らめた。ホモじゃないぞ。
「そうだろそうだろ。みんなよく食べ、よく働くんだ。おかげでうちの鉱山はうなぎの滝登りさあ」
「そんな彼らをどうしてうちの国に? 移民希望と言うのなら、普通に申請してくれれば、我が国では亜人だろうと入国は可能ですけど」
話を聞く限り、VPにとって亜人達は大事な社員のようであるが……そんな彼らを手放そうとするのは何故だろう?
但馬が首をひねっていると、彼は慌てて首を振り振り、
「おいおい、馬鹿言っちゃいけねえよ。そっちにくれてやるってわけじゃねえんだ。そうじゃなくって、なんつーのかなあ……あー、ところでにいさん。おまえさん、一時期、大陸中に出回る銅貨や銀貨を率先して集めてたね?」
「……ええ。よく知ってますね」
「知らいでか。オイラが鉱山を持ってるってえのは、さっきも言ったろ。鉱山ってのは鉱石を掘るだけじゃない。掘った鉱石を精錬して、使える金属にしなきゃなんねえ。うちの鉱山から出るのは、金、銀、水銀、銅、鉄、鉛に亜鉛にその他諸々、だから、何をやってるのかは、すぐにピンときた。おめえさん、銅貨や銀貨を鋳潰して、金を取り出してやがったな?」
但馬は唇の端っこを突き上げながら、微苦笑した。
「銅貨を鋳潰してはいけないなんて法律はありませんよ。そもそも国が違うんだから。大体、貨幣には同じ重さの銅以上の価値が出ないように、混ぜ物がしてあるはずでしょ」
「……どうもその様子じゃあ、図星みたいだな? 不正だなんだって責めてるわけじゃあねえさ。そんなみみっちい事言ってるんじゃない。単純に、オイラは驚いたのよ。大陸に出回ってる貨幣は、基本的にうちの鉱山から産出し、うちで吹いている。だから分かってるんだ。今、世界に出回ってる貨幣はあれ以上混ざり物が入ってるはずがない……そのはずだったんだが」
但馬はうんうんと二度頷いた。
「本当に、そうですね。いや、大したものでしたよ。正直、舐めてましたから、最初は粗銅からごっそりと貴金属が取れると思ってたんですよ。ところが、蓋を開けてみたらきっちりと精錬されていたもんだから、ガッカリしちゃいました……でもまあ、人間のやることですからね。限界がありますよ」
但馬がふてぶてしく言い放つとVPはジロリと睨みをきかせながらもどこか楽しそうな表情を浮かべた。きっと、自分たちの商品にケチが付けられたことよりも、まだ未知の技術があることの喜びの方が大きかったのだろう。
実を言えば16世紀に入るまで、人類に鉱石から金銀を取り出す技術は存在しなかった。
いや、多分あったのだろうが(痕跡は見つかっている)、何しろそれを知れば大金に直結するものだから、方法が秘匿されてしまい、一般に知られるまでとんでもなく時間が掛かったわけである。
だから大昔に金と言えば、自然に存在する砂金のことであり、銀はと言えば、自然銀として見つかることが稀であったから、時代によっては金よりも価値が高いこともあったようだ。
日本では戦国時代、南蛮人の手によって石見銀山に導入されたのが、銀精錬の大々的な始まりだった。因みに、それまではろくな精錬技術がなかったものだから、国内に流通していた銅は、全部鋳溶かして固めただけの粗銅だった。そのため、日本より早く技術が渡来した明や朝鮮では、日本から輸入した銅を精錬することによって、大層儲けていたらしい。
但馬もそれを狙って、会社を興した頃に銀貨や銅貨を集めて精錬してみようと思ったのだが……紙が存在しないなどという未開の世界のくせに、意外にも貴金属精錬の方は、ちゃんとアマルガム法なり灰吹法なりが存在したようなのだ。
それで、一度はがっかりして諦めたのだが……メディアで金山が発見され、先帝に命じられて鉱山開発を行うことになると、但馬は今度こそ現代人の面目躍如と言わんばかりに、最新式の精錬技術を取り入れて、リベンジを果たしたわけである。
方法は、シアン化合物水溶液に金銀を溶かすという青化法であるが、その最大の特徴は、金銀が混ざった地金を分離する際の、電解精錬にあった。
帝国は世界で唯一、発電所があるため、電解精錬が……つまり、水溶液中の金属を電気分解するという、湿式製錬法が可能なのだ。
電気の力によって、水溶液中に溶けた金属イオンに直接力が働くため、理論上は99.9%の分離が可能になる。その能力は熱で鉱石中の金属を鋳溶かす乾式精錬の比ではない。
この技術格差があるために、世に出回ってる通貨は大体、電解精錬によって新たに不純物が出てくることになる。不純物と言ってもそれは銅貨に対して、金銀白金などの貴金属のことであるから、但馬はこれによって、流通している貨幣からそれ以上の価値を生み出していたわけである。
「電気……?」
但馬の話を黙って聞いていたVPは、その中に聞き慣れぬ言葉があって首を捻った。イオニア海周辺では、そろそろ名前くらいなら知らぬものが居ないくらいに広まった技術であるが、流石にこれだけ遠くの国にまではまだ電気の話は伝わっていないらしい。
VPは正直、何を言ってるかさっぱりであったが、それでも、
「頼む。その方法を教えてくれねえか? もちろん、タダでとは言わねえからよ」
自分たちの鉱山から出たものが、他所の国でもっと価値のある物に変えられてると知っては居てもたっても居られず、ダメ元で但馬に頼んでみた。
場合によっては、今回の講和会議で、いくらでもアナトリア帝国に有利な発言をしても構わないと言うつもりであった。どうせシルミウムのことなんざ、どうだっていいのだ。ところが……
「いいですよ」
流石に物が物だけに、簡単にはいかないだろうと覚悟していた彼が拍子抜けするくらい、但馬は全く躊躇を見せずに、あっさりとOKを返してきたのである。
これは全く想定していなかったVPは、思わず脱力して椅子から転げ落ちそうになった。彼は目を丸くしながら、
「え、いいの?」
「ええ。ただし、やるとなったら必要な施設が色々と必要になりますから、最初は我が国からそれを買ってください。技術者を派遣しますが、その身分と安全の保証をお願いします。あと、技術を教える見返りに、我々が精錬し直して得た利益には目をつぶってくださいね」
「……そんなのでいいのかい? 黙ってりゃあ、全部そっちの利益になるだろうに」
すると但馬は大仰に頷いてから、肩を竦めて言った。
「もちろんです。と言うかね、確かにこれ、始めのうちは儲かるんですけど……」
アナトリアは帝国となってからは、自国の鉱山から採掘された貴金属で硬貨を発行している。
ところが先に述べた通り、精錬技術の差から、エトルリアの硬貨と比べてアナトリアのそれは、貴金属の純度が高い。
これがおかしな効果を産んでしまうのだ。
アナトリアの新硬貨は、その価値基準を元々のエトルリア貨幣に合わせているのだが……実際にはその技術格差から、同じ重さ、同じ額面を謳ってるはずのそれぞれの通貨が、金貨では純度の高いアナトリアの方が価値が高く、銀貨や銅貨では不純物(金銀)を多く含むエトルリアの方が高くなってしまっているのだ。
すると、みんな損をしたくないから、エトルリア金貨を使ってアナトリア金貨を欲しがり、銀や銅貨ではその逆のことが行われる。いわゆる、悪貨が良貨を駆逐してしまうという現象が起こってしまうわけだ。
「だから、これを続けてると、そのうちちゃんとした硬貨が発行できなくなってしまうんですよ。それを避けるためには、お互いの貨幣が海外に流出するのを阻止しなければならない。これでは経済に悪影響を及ぼしますよ。
今はまだ問題になってませんが、技術格差をなくさない限りいずれそういうことが起きてしまう……技術を秘匿して儲けられるのなんて、どうせ一時的なものでしかないのですから、それよりも早く流通する金銀の価値を正確に定めたほうがいいんです」
判明している限り、人類の生存圏はロディーナ大陸(旧南極大陸)にほぼ限定される。世界は狭く、せいぜい欧州程度の広さでしかない。だったら、いずれは統一通貨、統一経済圏で人の行き来をしやすくしていった方が、世界にとってもいいだろう。どうせそうならざるを得ないのだ。
ただ、今そんなことを言い出しても誰もついてこれないだろうから、この考えはまだ但馬の胸だけに留めていた。これから先、自分が何十年生きるかわからないが、ゆっくりやっていけばいいのだ。
但馬が漠然とそんなことを考えていると、VPは感嘆のため息を吐き、
「はぁ~……おめえさん、自分が得することだけじゃなく、本当に色んなことを考えてるんだな。気に入った! 正直なところ、大事な社員を預けるのにふさわしい奴か心配だったんだが、おめえさんなら大丈夫だ」
「そういやあ、彼らをハリチに連れてってくれって頼まれてたんでしたっけ」
「おう! おめえさんとこで仕事を覚えさせようと思ってな。もちろん、その際の費用はこっちが持つし、場合によっちゃあ礼金だって弾むつもりだったしよ」
「なるほど、留学生ですか」
今のところ開拓や国内の労働力確保のために移民をたくさん受け入れてきたが、金を払ってまで留学したいといってきた者は居なかった。考えようによっては、帝国の技術は戦争でのアドバンテージだけでなく、交渉の材料にも使えるだろう。ゆくゆくは海外からの留学生も受け入れていくのも良いかもしれない。それで平和が買えるのであれば安いものだ。
VPはウンウンと頷き、
「いや、なに。こいつらは遥か海の向こうっ側に、亜人の国があるんだってことを、ずっと羨ましく思ってたのさ。もしも本当にそんなものがあるなら、是非見てみたいと……でもよう、だからってただ遊びに行かせるってわけにゃあいかねえだろ? 何か得られるものがあるんならともかく。そんで噂を集めてたら、そこでおまえさんがやってることに気がついてな。それを学びに行くって条件なら悪くないんじゃねえかって、今回はこいつらを連れてきたってわけよ」
「なるほど、そういう事なら構いませんよ。みんな鉱山技師であるなら、うちの金山で働きながら、精錬所の仕事を覚えるってのはどうですか。租界には亜人も大勢いますし、メディアは元々、亜人の国ですから、ハリチの研究所で受け入れるよりもいいと思いますよ」
「そりゃ有り難え。いや、話が早くて助からあ。正直なところ、こいつらが亜人だからって断られるんじゃないかって、ほんのちょっとばかしは思ってたんでえ」
「他の国だと、相変わらずそんなもんみたいですね……にしても、トリエルってのは本当に亜人と共存してるんですね。ん……?」
と、その時、但馬はふと違和感を覚えた。
「そういやあ、その亜人の子たちって、どこから来たんです? うちの国だと、メディアって土地から来たのが大半なのですが……」
そして、そのメディアから攫っていった子供を、奴隷として売りさばいていたのが、かつてのエトルリア大陸の亜人奴隷だったはずだ。
勇者はそれに憤って、解放のために戦争を起こした。
しかし、勇者のお陰で確かに亜人の身分は改善され、奴隷として売られる子供も少なくなったようだが、それで全部が無くなったわけではなかった。
メディアでは相変わらず奴隷商人が暗躍していて、こっそりとガッリア大陸から亜人の子供たちを連れ出していたのだ。
戦争後、但馬が世界樹を止めたことによって、そのルートは壊滅されたはずであるが……すると、彼らは最後の亜人奴隷なのだろうか?
但馬はそんな風に当たりをつけたのであるが、ところが、意外にもVPから帰ってきた言葉は、
「さあなあ、シルミウムの連中がいうことは当てにならねえからなあ……まあ、ティレニアじゃねえか? 大体がそうだしよ」
「……え? ティレニア?」
但馬は馬鹿みたいにぽかんと口を開いた。
ティレニア? 想定外の言葉が飛び出して、考えが追いつかなかった。
「おうよ。人買いの連中が言うことだからなあ、どこまでホントか分からねえが、大抵、ティレニアで余ったのがシルミウムの奴隷商経由で……って、どうしたい、にいさん。顔色が悪いようだが」
但馬は何と言っていいか分からず言葉に詰まった。亜人関係は片がついたと勝手に思っていたが、どうやらそれは狭い範囲のことでしかなかったようだ。
そりゃそうだ。ガッリアの森は広いのだ。メディアの世界樹を止めたところで、きっと広大な森のどこかにある世界樹では、今でも亜人が生まれてるはずで、それがティレニアを経由して売られていてもおかしくないだろう。
但馬の動揺する顔を見たVPは、きっと彼が良からぬことを考えてるんじゃないかと思って、一瞬むっとした顔をしてから続けた。
「あ! おめえ、まさかオイラが共存共栄なんていいながら、結局は奴隷を買ってるんじゃねえかって、そんなふうに思ってんだな? ……ったくよう。確かにその通りだから否定はしねえが、こっちの事情も知らずにそんな目で見られる言われはねえんだぜ」
そして彼は長い長い溜息を吐いてから、
「まあ、大陸の端っこのことだからな、にいさんが知らないのも仕方ねえか。いいだろう。そしたら少し長くなるが、オイラの国の話しでも、にいさんに聞かせてやろうかい」
そう言うとVPは、彼らの国の成り立ちと、亜人との共存が始まった歴史を語り始めたのだった。