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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第七章
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こう見えても怒ってます

 後になって聞いた話では、但馬とアスタクス方伯が鉢合わせした時、サンタ・マリア宮殿内には結構な緊張が走ったらしい。5年近くも戦争を続けている国のトップ同士が、偶然とは言え接触してしまったのだ。何かの拍子にどちらかが爆発し、刃傷沙汰になってもおかしくはない。


 宮殿内で刃物を抜くのはご法度で、帯刀が許されているのは皇王の信頼の証であった。故に、それは抜いただけでも皇王に対する反逆であり大罪であるが、ところが、そうなった時に皇国はどう対処すればいいのか……手がないのである。


 実を言えば、方伯が悪いとなっても、彼を罰するような実行力が皇国には無く、逆に但馬が悪いと言っても、ここまで軍事的に実力差を見せつけられたものを相手取って、真っ向から非難することも出来なかった。第一、非公式であるが勇者を尊敬している皇王がそれを許さないだろう。


 従って、何かが起こった場合、大事になる前に、絶対に、秘密裏に、穏便に、処理せなばならない。二人が回廊のベンチで立ち話ならぬ座り話をしている間、皇国の近衛兵たちは、柱や壁の影に隠れてヒヤヒヤしながら、いざとなったら飛び出していかねばと待機していたらしい。


 しかし、実際に彼らが飛び出していかざるを得なくなった場面は、全くあさっての方向であった。


 方伯は但馬との立ち話で、今まで裏で糸を引いていたのがシルミウムだと察すると、もはや堪忍袋の緒が切れたと言った感じで、顔を真っ赤にして宮中晩餐会へと乗り込んでいった。


 会場となっていたホールでは、綺羅びやかなドレスを着た貴婦人たちが、スカートの裾をひらひらさせながら優雅に踊っていたのだが、方伯がガン! っと扉を蹴り開けて、腰に佩いた聖遺物を抜き、緑色のオーラを漂わせながらズカズカと乗り込んでくると、突然の襲撃に驚いた出席者たちは悲鳴を上げ散り散りに逃げ惑い、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 方伯はホールの中央に居たダルマチア子爵アウルムを見つけると、その首を刎ねんばかりん勢いで斬りかかっていったが、しかし彼の蛮行もそこまでであった。


 まず方伯を止めるためにブレイズ将軍がタックルの要領で腰にしがみつくと、彼を引きずりながらなおも進もうとする方伯に、次々と近衛兵達が跳びかかった。方伯はさすが貴族といったところで、聖遺物を用いて大立ち回りを演じてみせたが、さしもの彼も人数には勝てず、十数人からに取り押さえられ、聖遺物を奪われると、唇から血をダクダクと流しながら乱暴に引きずられていった。


 それを見ていたブレイズ将軍をはじめとする方伯の部下たちが、あまりの扱いに抗議して、彼らの前に立ちふさがると、楽しい晩餐会はもはや収拾の付かない一触即発の修羅場になった。


 主催のリリィはそんな中、わけもわからず双方を止めようと間に割って入ろうとして突き飛ばされ、それを見ていたリーゼロッテがキレて数人を殴り倒したところで、慌てて但馬が仲裁のために突っ込んでいき、ようやく騒ぎは収まった。因みに、ダルマチア子爵アウルムはそのドサクサに紛れて、とっくのとうに消えていた。


 皇国の中心であるサンタ・マリア宮殿で、前代未聞の大騒動を繰り広げてしまったアスタクス方伯は、流石にこれではもうお咎め無しというわけにもいかず、その後、泣く子も黙るロンドン塔みたいなところへ連行されていったらしい。


 そんな中、シリル殿下が困惑しながらも、


「一体、どういうことだ。聞いていた話と違うではないか……」


 と漏らしていたのが印象に残った。


 こうして、リリィの婚約披露を兼ねた晩餐会は、すったもんだの末にお開きとなったのであるが……この噂は噂を呼んで、翌日には尾ひれはヒレをつけて街中に広まっていたのである。

 

**********************************

 

 ロンバルディア料理店タイユバン。午前中は準備中であるその店内に但馬は居た。ザビエルの目さえ気にしなければ、密談にもってこいの場所だったからだ。


 アクロポリスに来てから一週間以上経過したが、なんやかんや各方面から警戒されているのだろうか、どこへ行っても監視の目が光っているようで、シロッコの報告を受けるのに適した場所があまりなく、最終的にここへ落ち着いた。


 但馬のことを探っているのは、アスタクスやシルミウムは言うに及ばず、皇国からも尾行者がつけられているようだったが、昨日の騒ぎがあったせいか今日は姿が見当たらず(尾行者であるからそもそも居るのが分かってはいけないのであるが)、どうやら今各国は自分たちのことで手一杯であるようだった。


 ぶっちゃけ、但馬の方もそうなのであるが……


 何しろ、戦争していた相手と始めて面と向かって話し合ってみたら、お互いの話がまるで噛み合わず、おかしいなと更に話を突き合わせてみれば、どうもお互いに嵌められていたらしきことが発覚したのだ。


 正直、その瞬間は頭が真っ白になってしまって、何も考えられなかった。激怒してホールに突っ込んでいったアスタクス方伯の方が、まだ状況が飲み込めていただろう。普段から、体を動かすよりも頭を動かす方を好む人間ほど、想定外の事態が起きた時に弱いとはよく言ったものである。


 結局、あの後、晩餐会などやってられるわけもなく、方伯が連行されていく中、会はお開きになり但馬たちも宮殿から追い出された。


 その際、リリィとイケメンの婚約を決めたと目されるシリル殿下に、事情を問い詰めたいと謁見を願ったのだが、受入れられなかった。


 アナスタシアが宮殿内に残っているので、折を見て彼女を訪ねてみたいところだが、宮殿自体に入れるかが分からない。おそらく昨日の今日では無理だろう。因みにリーゼロッテの方は近衛相手にストリートファイトしてしまったせいで追い出されてしまい、現在、但馬の目の前で不貞腐れていた。


 そんなわけで、宮殿内の情報収集は皇室の遠縁であるクロノアに任せ、シルミウムの動向をシロッコに探らせていた。


 アクロポリスに入ってきて、唯一、但馬に接触を図ってきたのは、今のところシルミウムだけである。


 アスタクス分割と言うあの提案が本心であるならば、また近いうちに何らかのアクションを取ってくるはずだ。その時、自慢のイケメンを殴らないでいられる自信がない。だからその前に、彼らの狙いをある程度調べて置きたいところであった。


 それにしても、リディアとシルミウムは距離にしても何千キロも離れている。おまけに、間にはアスタクスと皇国と言う2つの国を挟んでいるのだ。まさか、リディアからこんなに遠く離れた国が、何年も前から暗躍していたとは……


 他に気になるのは、アスタクス方伯が言っていた『ネイサン・ゲーリック』なる人物である。ネイサンという名前には心当たりがあり過ぎた。元、但馬の部下で、現在、カンディアでクーデター勢力を率いている人物である。


 彼は元カンディア領主の家系で、最後に当主を押し付けられた人物らしいが……最終的にアスタクスから姿を眩ませた彼が帝国内に潜んでいたのだとすれば、裏にシルミウムが付いているのは間違いないだろう。但馬はそんなこと露ほども気付かず、のほほんと彼を雇用していたわけだ。

 

 ところで、当たり前だが、但馬には鑑定魔法があるので、自分が雇い入れる人物の鑑定は、必ず一度は行っている。


 クロノアも、シロッコも、友達だったエリックやマイケルにもである。だから、ネイサンを雇い入れる時に、ゲーリックなんて分かりやすいファミリーネームが付いていたら、気づきそうなものであるが……


 つまり、付いてなかったと言うわけだ。彼はゲーリックの名を捨てたのだ。


 思い返せばリオンに名前を付けた時、但馬が名付けるたびにリアルタイムで変化するデータを見て、その即応性に驚いたものだが……これと同じことが彼にも起こっていたのあろう。


 ネイサンは家名を捨て、復讐のためにリディアに渡り、そして初めは但馬に取り入ろうと画策した。しかし、それが失敗すると、今度は但馬の元部下と言う立場を利用してカンディアへ行き、ウルフの部下になった。


 いや、もしかしたら、既にその時カンディアに入っていた間者が上手く立ちまわっていたのかも知れない。もしそうなら、第一回ガラデア平原会戦の後、アスタクス方伯がいくらカンディアに使者を送っても、全く無駄な行為だったろう。


「完全にしてやられたなあ……」


 但馬はボーッと他人事みたいに呟いた。こういう時に素直に悔しがれればいいのだが、怒りが過ぎると逆に冷静になってしまう自分の性質が悔やまれた。彼の頭の中には、状況を分析することと、ただただ、どうやって仕返しをしてやろうかと言う考えしか無かった。


 カランコロン……っと、店の扉が開き、シロッコが入ってきた。気がつけばそろそろ正午が近く、店の厨房にはザビエルを慕う料理人達がずらりと並んで、開店の仕込みをしているところだった。営業が始まったら、流石に河岸を変えねばならないだろう。食いしん坊のメイドを引きずって。


「報告します。皇国北部オクシデント地方、エーリス村に布陣したシルミウム軍は、同村近くにあるダムを占拠し砦を築いている模様です。その水門の開閉によって、下流から船舶が近づくのを牽制する意味あいと、皇国の治水にダメージを与えられることを示唆し、各種交渉を優位に進める狙いがあると見られます」

「……そのダム、皇国の治水にそんなに影響あるの?」

「地元の人の話によると、今は冬だからまだ問題ないそうですが、春になると雪解け水が大量に河川に浸入するため、大昔はしょっちゅう氾濫していたみたいです。500年以上も前からあるらしいですよ」

「へえ……大したもんだね、そりゃ」


 水門を爆破して、相手から開閉という手段を奪うということは出来ないようだ。


 但馬がそんな物騒なことを考えてるとは露知らず、シロッコは報告を続けた。


「また、北部はアクロポリス以上に雪が積もっており、馬車が役に立ちません。そのため、砲兵の移動の困難が予想されます」

「水門を使った河川の封鎖はそれを見越してのことか……」


 つまり、アスタクス方伯に、やっちゃってくださいよと言って、装備一式を貸し出しても無駄に終わるということだ。


「オクシデント地方は係争地というだけあって、皇国にも、アスタクスにも、シルミウムにも属さない自治体が多数存在するようですが、シルミウムはこの切り崩しを現在急ピッチで行っているようです。どうやらエーリス村の土豪勢力は、かなり以前から買収されていたようで、すでに現場には装備や資材が搬入されているようです。近隣の村から伝え聞くところによると、野戦砲らしきものも目撃されています。おそらく、帝国製でしょうね」

「アスタクス方伯が持ってなかったのは、要するに自分らがことを起こした時に、優位に立つため秘匿してたってところか……つーことは、下手したらライフルもあるな」


 大砲とライフルで守られた雪山の城をどう攻略すべきか……普通に考えたら、もう詰み状態といって過言ではない。少なくとも、まずは春を待たねばならないだろう。雪解け後すぐは道がぬかるんでいるだろうから、攻められるのはもっと先、4月か5月か……いや、ここは雪国だ。春スキーはゴールデンウィークまでやれるところも多かった。となると6月か7月。流石に半年も手を出せないとなると、それまでに北部オクシデント地方の制圧は完了してしまうだろうし……


「……社長、あなたはどうして怒らないんですか?」

「え……?」


 但馬がどうしたものかと黙考していると、目の前で不貞腐れながら聞いていたリーゼロッテがボソッと呟いた……彼が自分の顔をピシャピシャ叩いていると、


「まるで他人事みたいです」

「そうお? こう見えても結構怒ってるんだけど」

「なら、シルミウムと一戦交えるおつもりはあるのでしょうか?」

「いやあ、勝てない戦はしないよ」

「ほらご覧なさい。じゃあ、勝てるんならするんですか?」

「う~ん……それもどうだろうね」


 何しろ、シルミウムをやっつけても、帝国には何の旨味もない。領土を割譲させようにも遠すぎるし、しかも今争っている土地は形の上では皇国の天領なのだ。今までのことの謝罪と賠償を要求しようにも、証拠がないと突っぱねられたら、現状では手詰まりだ。


「大体、これはアナトリア帝国がどうこう出来るような問題じゃないんだよ。頭には来るけどね。俺達にやれることは、せいぜいアスタクスとの停戦を急ぐくらいのことだが……昨日のあれで、皇国による調停も棚上げになりかねないし、正直どうなるかわからん」


 なんとかギャフンと言わせてやりたいところではあるが……


「ああ、もう! イライラする!」


 メイドは但馬の煮え切らない態度にホッペタを膨らませると、プイッとそっぽを向いて、テーブルに突っ伏した。三十路のくせに可愛らしい怒り方をする彼女に対し、苦笑しつつ但馬はポリポリとホッペタをひっかいた。人間、おかしなもので、他の誰かが怒ってくれるからと、自分は冷静でいられるということが結構あるのだ。


「それにしても、シリル殿下はどうしてあんなのとリリィ様をくっつけようとしたのかね。普通に考えて、あんないかにも腹黒そうなイケメン見た瞬間、即殺だろうに」

「……閣下の見立てとシリル殿下の腹の内はともかくとして、シルミウムの方は狙いが分かりやすいですね。リリィ様との婚約を世間に示すことによって、オクシデント地方の駐留を非難する勢力を牽制しています」

「将来的に皇室に連なるかも知れないとなると、大っぴらに批判出来ないもんな。仮にシルミウムがオクシデントを制圧したとしても、天領として戻ってくるなら文句もないだろうし。寧ろ、アスタクスはしおらしくなるし、係争地も減って平和になるし、もっとやれってなもんだ。ははっ!」


 但馬が鼻息荒く吐き捨てると、リーゼロッテもプリプリとしながら、


「そんな邪な男とリリィ様を結婚させるわけにはいきません。社長、いつまでも他人事みたいに言ってないで、なんとしてでも阻止してください。邪魔を出来るのであれば、私はどんなことでもいたしますよ」

「そう言われてもねえ……ぶっちゃけ、ほっといても婚約解消されるんじゃないの? シリル殿下も寝耳に水みたいだったし」

「それなんですけど、どうやらそうとは限らないようですよ?」


 横で聞いていたシロッコが報告の続きをする。


「昨日の騒動後、国内のシルミウム系議員が活発に動き始めました。どうも議会議員の取り込みを行っているようで、おそらくは婚約の継続を狙ってのことだと思われます」

「戦争が始まるかも知れないっつーのに、のんきなことだなあ……大体、皇室のことだろう? 議会がどうこう出来ることではないのでは?」

「それが出来るのだよ」


 机に突っ伏しながら、シロッコの話を聞いていると、背後から凛とした声が響いてきた。


 振り返ると、店の扉がカランコロンと開いて、クロノアがガルバ伯爵を連れて店に入ってくるところだった。


 伯爵はむっつりとした顔を向けながら、


「正直、君に頼るのは不本意であるのだが……他に頼るあてがない。皇室の恥を晒すようで恐縮だが、どうか私の話しを聞いてくれないだろうか」


 そう言うと彼は深々と頭を下げた。一体何の話であろうか? 昨日のエリックの一件で、正直好感度は最悪なのだが……


 背後に立つクロノアをちらりと見る。深刻な顔を崩さないところを見ると、どうやら真面目な話のようである。仕方ない。


「ここじゃあれだし、場所を変えようか」


 但馬はそう言うと席を立った。


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