シャル・ウィ・ダンス?
皇王の話を聞いてから数日後。但馬はその日も長引く調停の話し合いを終えた後、宮中晩餐会に招待された。
但馬がアクロポリス入りしてから既に1週間以上が経過していたが、それだけの時間が経過しても、休戦へ向けての話し合いが進展することはなかった。アスタクスは無条件降伏のようなものは絶対に飲まないと言っており、敗戦を認め賠償金を支払うにしても、カンディアの返還が先であると主張していた。
彼らにしてみれば、カンディアは今でもアスタクスの従属国であり、その領主から助けを求められて兵を挙げた手前、この正義が崩れることが敗戦よりもなにより避けねばならぬものであるようだった。
方伯にプレッシャーを与えるために行った工作であった南部諸侯の独立が、思いのほか方伯に危機感を抱かせていたのかも知れない。今回の戦争で負けを認めたら、次はどれだけ離反が相次ぐのか、彼は危惧しているのではなかろうか。
実際問題、フリジアに居た時に、既に多数の諸侯から但馬に接触があったのだ。戦争が終わればこれらがゴソッとアナトリアに鞍替えするのはほぼ間違いなく、それを阻止するためにも、方伯は自分の最低限の正義を貫かねばならなかったわけである。
そのため、調停を始める前段階から中々進めず、シリル殿下を介した話し合いは平行線を辿っていた。
何らかの奇抜なアイディアでも出なければ、もうこれ以上はどうにも進展しないだろう。下手をするとまた戦争に逆戻りになりかねないのであるが……
しかし、それより何より、但馬の頭の中身は勇者の話ばかりだった。
世界樹の遺跡の調査後、ジャンネット女皇から聞かされた勇者の話は、但馬が今まで疑問に思っていた2つの事柄を解決した。
1つはこの世界に月が2つもある理由。
もう1つは、人類がエルフと戦っていた理由である。
特に後者は帝国が領土を広げるために、ガンガン排除していた手前、手遅れになる前にその理由が判明してよかった。
正直なところ、もしかしたら取り返しの付かないことをやってるのでは……? と疑念に思うこともあったのだが、これからはその心配をせずに済むし、仮に他の世界樹を見つけちゃった時の対処も、誰かに利用される前にぶっ壊しちゃっても良いと分かって、だいぶ気楽になった。
だが、それでも但馬が何故ここにいるのか……どうしてリリィではなく、但馬の記憶がこうして残されているのか、その理由は未だにさっぱり分からなかった。
聖女リリィの正体もいまいちだ。エルフと同じく、古代の人間なのだろうが、少なくともそのクローンである現在のリリィは人間である。ただの人間が何百年も生きられるわけがない。
尤も、勇者に言わせればこのクローンは失敗であるそうだから、本来は人間ではなく、エルフか亜人のクローンを作ろうとしていた可能性もある。しかし、それだって憶測の域を出ない。
結局は、静止衛星軌道上にあるであろう、世界樹を統括する衛星なり遺跡なり、なんなりを発見しないかぎりは、はっきりとしたことはわからないのではなかろうか……
この地球の衛星軌道上に何らかの施設があって、それが世界樹の遺跡とリンクしていることは、対エルフ戦術を構築する際に、すでにおぼろげながら判明していた。今回の皇王による勇者の話はそれを補完するものとなったが、しかし、それが分かっても世界の秘密を解き明かすためのヒントを得た、と言えないのがもどかしかった。
何しろ、そこへ行こうにも大気圏外ではお手上げである。現状は蒸気機関車が走り始めたばかりなのだ。宇宙なんてとてもじゃないが無理だろう。
勇者の話では軌道エレベーターのようなものも出てきたから、もしかしたら赤道上をぐるりと世界一周してみたら、なんらかの痕跡があるかも知れないが、だが、どちらにしろ気の長い話である。
いや、男の子であれば誰だって、一度や二度は宇宙を目指そうと思ったことくらいあるだろう。目標を高く掲げるのは悪く無い。それに実際、但馬は火星まで行って帰ってきたのだから、死ぬ気で頑張ればもしかしたら、さきっちょくらいは、どうにかなるかも知れないが……それまでどれだけの年月がかかるのか、また、本当にそうすべきなのか、但馬は途方に暮れていた。
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晩餐会は寂しいものになった。
それはリリィの婚約祝いを兼ねていたはずだったのだが、当のリリィが気分がすぐれないと言ってしょげていたので、趣旨が変わってしまったのだ。
リリィがしょげている理由は、彼女が自分の生い立ちを知ったためであるのだが、それを知らない出席者たちは、いざ祝辞を述べようと主役の姿を探してみたらこの通りであったから、もしかしてリリィの意に反して、無理矢理婚姻が結ばれているのではないかと考えたらしく、宮殿のダンスホールは一種異様な空気に満たされていた。
婚約者はとんだとばっちりである。
尤も、但馬はこの時初めてリリィの相手を知ったのであるが、知ると同時に、別にいいやと思ってしまった。
誰かと言えば、ダルマチア子爵アウルムである。
正直、リリィの相手としてどうしてこいつが選ばれたのかと疑問にも思ったが、よくよく考えてみれば、シルミウム方伯の嫡男で、大金持ちで首都でも顔が広くて、おまけにイケメンと、殴ってやりたくなるような好条件であったから、リリィの相手として申し分なかったのだろう。
シリル殿下にそれとなく聞いてみたところ、彼はリリィの数多い求婚者の一人であり、それ以上でもそれ以下でも無かったようである。要はお見合いに勝ち抜いたのが彼であり、但馬に一瞬だけ見せた野心的な彼の素顔を考えてみれば、まあ、それも必然だったのかも知れない。
そんなわけで、リリィがイマイチ乗り気でないところを見ても、出席者が遠巻きにするだけで何のリアクションも取らないのは、おそらく今後のシルミウムとの関係や、政治的な思惑があったのだろう。誰も藪をつついて蛇を出したくはないのである。
ただ、但馬の連れということで出席者として参加していたリーゼロッテは喜々として、ざまあみろと言ってはばからなかった。彼女は幼いころからよく知っているリリィを、ぽっと出の男に掻っ攫われることが気に食わないようである。
因みに、それじゃ、誰だったら良いんだと尋ねてみたら、クロノアを推してきたので、もうそれ以上聞かないことにした。この三十路はわざと婚期をのがしているのか、それとも本気なのか、判断付けかねるところがあった。
さて、遠巻きに見られているのは、実はリリィだけではない。ぶっちゃけ但馬もそうだった。
謎の出席者として会の開始直後は幾人かが話しかけてきたが、そのうち彼の正体がアナトリア帝国宰相であると分かると、まるで人垣が引き潮のように引いていった。どうして敵国人が? と言った視線をあからさまにぶつけてくる者もいる。
ぶっちゃけ、但馬も出たくは無かったのだが、皇王たってのお願いでは断ることが出来なかったのだ。あの女皇様は勇者のことを本当に尊敬しており、その記憶を共有している但馬のことも同じように考えている節があった。だからリリィの祝いの席を、良かったから祝ってあげてくれと言われたら、断りきれなかったのだ。
因みに、イケメンと但馬は面識があったが、お互いに知らんぷりをしていた。当たり前だが、こんな誰が見てるか分からない場所で親しく話をしていたら、どんな誤解をされるかわかったものじゃないからだ。ホモとかじゃなくて、アスタクス解体の方である。
そんなわけで、せっかくの晩餐会だと言うのに、やれることなど何もなく、とんでもなく暇だったので、但馬はもうリリィに挨拶してさっさと帰りたいと思っていた。
そのリリィであるが……彼女は今、誰も居ないバルコニーで、手すりに顎を乗せて黄昏れていた。
出席者はそれを遠巻きに見るだけで、誰も近づこうとはしない。
但馬は、自分もそんな遠巻きにされる者のひとりとして、ブラブラと彼女の方へと近づいていった。
「勇者か……」
但馬がその背中に声をかけるよりも先に、リリィから声がかかった。彼女は能力によって、後ろを向いていても近づいてくる者が誰だか分かるのだ。
その勇者という愛称は、そろそろやめて欲しいのだが……
そんなことを考えながら、但馬はリリィの隣に立つと、同じようにバルコニーの手摺に肘をついた。本当は暇を告げる気でいたのだが、その横顔を見ていたらそんな気も起こらず、
「リリィ様、そんなショックだったの?」
但馬はストレートに聞いてみた。するとリリィは肩を竦めて、
「そんなにショックじゃった」
と平板な口調で返してきた。
夜風がピューッと吹き過ぎる。雪国の乾いた冷たい空気のせいで肌がピリピリと毛羽立った。
但馬は彼女が何にそんなにショックを受けているのか、正確には分からなかった。だが、自分も同じような目にあったことがあるから、その時のことを思い出して、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺もさ、リリィ様と出会った頃にさ、同じように自分が人間じゃないって気付かされて、へこんだ時期があるんだよね」
但馬がそう言うと、顎を載せていたリリィの首がコロンと但馬の方へと向いた。その目は相変わらず閉じられていたが……
「自分がみんなとは違う、亜人なんだって思ったら、みんなを騙してるみたいで気が引けちゃったんだよね。何しろ、その頃のリディアは亜人との戦争が終わったばかりだったし。それで言い出せなくて、仕事ばっかりやってたら、ある日倒れちゃってさ。ブリジットに怒られたんだ。それが切っ掛けで彼女と付き合うようになったんだけど……そしたら、自分の正体をちゃんと伝えなくちゃいけないじゃないか」
「……彼女はなんと?」
「神代の国から来た人なんだから、寧ろ格好いいって。神様と同じ時代の人と付き合えるなんて超ラッキーって言ってた」
その余りにも中二病的なセリフに、さしものリリィも吹き出した。
「そんで、だいぶ気楽になった。結局、考え方次第なんだなって。自分一人で考え込んでいたら気づけ無いことだったろう。だって、他人の気持ちなんて、誰にもわかりっこないだろ」
「……そうか」
リリィははにかむように薄く笑った。
「慰めてくれてるのじゃな」
「そりゃあね。俺たちはほら……もしかしたら、同じような理由でこの世に生み出された、仲間みたいなものじゃないか」
「そう考えると、不思議な縁じゃのう……」
「出会えたことが奇跡みたいなものなんだから……だから、困っているならいつでも相談に乗るぜ。一人で抱え込まないで、少しは頼ってくれよな」
「ふむ……しかし余とそなたはそこまで親しくもなかったろう」
「ぐぅ……じゃあ、リーゼロッテさんでも、アーニャちゃんでもいいよ。一方通行な感情押し付けて悪かったなっ。ちくしょっ」
「くふふ……冗談じゃ。そう拗ねるでない」
リリィはそう言って、いつかリディアで見せた子供のような笑みを浮かべると、
「余が、人間ではなかったと言うことが悲しかったわけではない」
彼女はすぐに真面目な表情を作って言った。
「余は、父上と母上の間に生まれた子供じゃと思っておったら、実はそうでなかったのが、本当に堪えたのじゃ……今まで信じていたものが違うと言われて、はいそうですかとすぐに受け入れられるものでもない。父母には今まで育ててもらった恩がある、逆に迷惑を被ったり、不満を抱いたことも多々あった。喧嘩をして、仲直りをして……じゃが、それは血の繋がった家族であるがゆえに起こった感情であると思っておったのが、そうではないと分かると、不安になってしまったのじゃ……
余が父上や母上に抱いているこの気持ちは、果たして彼らと同種のものだったのじゃろうか。彼らは、余が血の繋がってない子供だと知っていたのだから、もしかしたら、余に接するときはいつも遠慮していたのではないか。縁談を進めていたのは、こうして正体を知ったあと、余を早く遠ざけるためだったのではないか」
「……なるほど」
一言、考え過ぎという言葉が頭を過ぎった。
皇王夫妻は、勇者との約束を果たすために、但馬がやってきたらリリィに本当のことを話すことにしていたようだ。その但馬がアクロポリスへやってきたのは偶然で、縁談を進めていたこととは何の因果関係もない。
だから、リリィを遠ざけようとしているのではないかという疑念は、まず間違いなく当てはまらない。
それを口で指摘してやるのは簡単だったが、
「じゃあ、今度こそ本当の気持ちをぶつけて見せればいいんじゃないの。あんたら、厄介払いしたくて、私を嫁にやろうとしてるのかって」
「……そんなことを言ったら、愛想を尽かされるんじゃなかろうか」
「それで愛想尽きるようなら、本当の家族とは呼べないだろうし、そんな関係の人達と一緒に暮らしていられるのかい? いや……そもそも、彼らは本当にそんな人達なんだろうか」
リリィは暫し黙考した後、ゆるゆると首を振って、
「そんな人たちではないことは、余が一番よく知っておる。そう……じゃな。一人で考えこんで居ても、何も始まらないのじゃろう。ふむ……そなたは中々良いことを言うの」
「そうだろうとも。俺は名言の宝庫、歩く偉人伝って呼ばれた男だからね」
「……ここでおどけてしまうのがそなたの悪いクセじゃな。それで損したこともあるじゃろうに」
「うっ……すみません」
二人がそんな会話をしていると、会場からワルツが聞こえてきた。四分の三拍子に合わせて、輪になった人々が優雅に踊っている。その独特なリズムもそうであるなら、金管楽器に木管楽器、ピアノがあるのも但馬の記憶にある太古の世界と変わりがない。やはり人間は、どんな歴史を辿ろうとも、音楽とともに生きるようになっているのだろう。
踊る人がいないわけではない。ただ、ホールには疎らに人が散らばっており、その中心には近づくまいとみんな意識して避けているようだった。こう言う席であまり目立つのはよくないと思っているのだろう。何しろ、主役が不在なのだ。
そのため、出席者の殆どがホールで踊ること無く、壁際やテーブルについて対話をしているようだった。それも談笑と呼べるようなものではなくて、みんな歯茎を見せないようにヒソヒソと囁くように喋っているのだ。
「踊ろうか、リリィ様」
リズムに合わせて、リリィが肩を揺らしていると、隣に立つ但馬がポツリと言った。
「……え?」
「主役が不在だから、みんな萎縮しちゃって、ホールががら空きだ」
もっともらしい事を但馬が言う。確かに、ホールに人が疎らなのは、リリィにも分かっていた。しかし、
「そなたはふざけておるのか。余は目が見えぬ故、踊りなど出来るわけがない」
「あんなのは、男にしがみついて、くるくる回ってりゃいいだけじゃん」
「簡単に言ってくれるのう……そんなことをして相手に恥をかかせてしまっては失礼ではないか」
「なら、尚更いいじゃん。恥をかくのは俺なんだし」
但馬がそう言って手を取ると、リリィは少し考えこんでから、
「それは、そうじゃのう……そなた、ワルツを踊ったことは?」
「さあ、どうだろう。やってみないとわからないな」
それは但馬の本音だったが……一聴しただけでは、ただのいい加減な返事にしか聞こえず、ぷりぷり怒りながら、リリィは親切丁寧に基本のステップを但馬に教えようとした。
「では、少し練習をしてから行くぞ。よいか? ワルツは四分の三拍子であるから、三拍子ごとに動きを変えるのじゃ」
「なんだよ。踊れないとか言っておきながら、ちゃんと練習していたんじゃないか」
「うるさい! 黙ってないと舌を噛むぞ。良いか、1・2・3、1・2・3のリズムで、余の動きについてまいれ」
「うん……1・2・3、1・2・3……ナチュラルターン、リバースターン、ナチュラル・スピンターン、クローズド・チェンジ」
「わっ! わっ! なんじゃ、そなた、その動きは……!」
「シャッセ、シャッセ、アウトサイド・スピン」
「ちょ、ちょっと待たぬか! ついていけぬ!」
「無理に合わせなくっていいよ。どうせ長いドレスの裾に隠れて、誰も足元なんて見ちゃいないさ。それじゃ、行こうか」
バンドの奏でるワルツは最高潮に達しようとしていた。優雅に響き渡る弦楽器の音に合わせ、みんなが控えめにゆらゆらと揺れ動くように踊っているところに、突如としてバルコニーの方から、くるくると回転しながらリリィがホールに踊り込んできた。
二人はがら空きの中心部へ踊りながら入って行くと、会場中のすべての視線を釘付けにしながらステップを踏んだ。
その動きはそこに集まった人々が、今まで見たこともないような力強いものであり、上下左右、跳びはねるような躍動感あふれる動きをしながらも、決して汗の匂いを感じさせない優雅なステップに、見てる人までもが楽しい気分になっていくのだった。
それまで、誰も聴いていないせいであくびの出るような演奏を続けていた生バンドも、まるで息を吹き返したかのように二人の動きに合わせて優雅なメロディーを高らかに奏でる。
ホールの隅っこで踊っていた人たちも、もはや二人の姿を追うのに夢中になって、気がつけばギャラリーの一部になっていた。
会場の全ての視線が集まってくる。リリィにはそれがわからなかったが、ただ、周りの人達が自分たちを中心に輪を描くように集まってきては、そんな二人のために手拍子をしたり歓声を上げたりしていることだけは分かった。
それがリリィの感覚ではキラキラと光る宝石のように感じられたから、きっと夜空を見上げればこんな景色が見れるのだろうなと、彼女は段々楽しくなってきた。
但馬の踏むステップにはもうついていけてないし、ついていける気もしなかった。ただ、体を預けて、リードされるままに足を運んでいると。まるで魔法にでもかかったかのように、ピッタリと但馬と動きが合うのだ。
それは失敗しても但馬が強引に魔法で修正していたからだったが……時折、二人の足元に魔法のじゅうたんみたいに緑色のオーラが流れると、ホールに集まった人たちはそれをリリィの奇跡と勘違いして、歓声をあげた。
違うのだ、そうではない……そう訂正したいのだが、さっきからもう、息をするのがやっとで言葉が上手く出てこない。
頭の上から、但馬の荒い息遣いが聞こえる。胸に耳を当てたら、ドクドクと心臓の音が響いた。それが優雅なワルツと融け合って、リリィはゆりかごで揺られる赤ん坊のような安心感さえ感じていた。
演奏はやがてクライマックスを迎え、その演奏が途切れて静寂が訪れた時、気がつけばリリィは但馬の腕の中に抱かれていた。あちこちから自然と拍手が沸き上がって、リリィを呼ぶ歓声が次々と投げかけられた。
今日はこれだけ沢山の人々が、彼女のことを祝福するために集まってくれたのだ。
「余の人生も……中々捨てたものではないのう」
リリィはその中心にいて、肩で息をしていると、なんだか他人事みたいなセリフがぽろりと出てきて、思わず、自分で言っておきながら吹き出してしまった。
「これからもきっと、沢山楽しいことが待ってるよ……さあ、未来の旦那のお出ましだ」
その言葉にリリィが周囲を意識すると、二人の元へ誰かが近づいてこようとしているところだった。ダルマチア子爵アウルムである。彼はパチパチと拍手をしながら近づいてくると、
「素晴らしいダンスでした。リリィ様。よろしければ、私とも踊っていただけませんか?」
リリィが戸惑っていると、但馬がその背中をポンと叩いた。
「おい、イケメン。ちゃんとリードしてやれよ」
「心得ております」
但馬は踵を返すと、まるで捨てられた子犬のようにそわそわしているリリィを置いて、ホールの中央から離れた。
それを見ていたリーゼロッテが、どこ行く気だよこいつと言わんばかりの殺伐とした目つきで、但馬とリリィを交互に見てから、結局、イケメンの邪魔をするためにホールへと向かったようだった。
但馬はやれやれと肩を竦めると、そんな彼を遠巻きに見る人々の目をかいくぐって、晩餐会場から外へと出た。