あなたには資格が無い
ギュッギュッと雪を踏みしめる音が響いていた。昨晩から振り続ける雪のせいで、人通りは殆ど絶えており、雪景色の古い町並みはまるで打ち捨てられた廃墟のようだった。教会を通り過ぎるたびに漏れ聞こえてくる賛美歌の声が無かったら、誰もいない世界に取り残されてしまったかのような寂寥感を覚えたに違いない。
考えてもみれば、但馬の生きた時代なら、この町の建物は殆ど遺跡みたいなものなのだ。もしくはアミューズメントパークみたいなものだろうか。そんな中で吹雪に凍えながら、ふと空を見上げたら、そこにはデデデンっと天をつく巨木が、青々と生い茂る木の葉をなびかせているのだから、風邪でもないのに段々頭が痛くなってきた。
但馬は凍える手に息を吹きかけながら、背中を丸めて足を早めた。小腹も満たしたし、ホテルに残してきたエリックのことが気になってきた。思いがけず取引所なんかで道草を食ってしまったが、ホテルを出てから結構な時間が経っている。
従業員にチップは渡しておいたし、薬を飲んで安静にしていれば、そろそろ起き上がれるくらいには回復しているだろうが、様子見がてら一旦部屋に帰ったほうがいいだろう。今から帰ればちょうど昼飯時だし、ルームサービスなら一緒に食べられるかも知れない。
そんな具合にフラフラとホテルへ戻って行ったら、エントランスに佇んでいたドアマンらしき従業員が但馬を見かけるや否や、傘を抱えてパーッと駆け寄ってきた。彼に先導されてホテルに入ると、わざわざ支配人が出てきて温かい飲み物を差し出してきた。ホテル・グランドヒルズオブリディアとはえらい違いである。
一応、国賓だから扱いがいいのかな? と思ったが、別にそうではなくて、但馬が出て行ったのと入れ違いで来客があったらしく、その人物がずっと但馬の帰りを待っていたのが原因だった。
そりゃ悪いことをしたと思い、どこに居るのかと尋ねてみたら、但馬の部下であるクロノアが一緒だったから部屋に通したと言われ、部屋へ急ぎつつ今度は来客の名前を尋ねてみたら、その人物というのはどうやらクロノアの再従兄弟であり、つまり皇族であるらしく、ホテルはいきなり現れた天上人に大慌てだったと言うわけだ。
そりゃ人を見て接客するなとは言わないが、こうも対応が変わるのであれば、チェックインする時に、自分はリリィのマブダチとでも言っておけばよかった。普通に通報されそうだが。
そんなこんなで、別に要らないと言うのに、恭しい態度で先導する支配人に案内される格好で自分の部屋に戻ると、何だか知らないが、部屋の前にエリックが歩哨みたいに立っていた。具合がよくなったのだろうかと思ったのだが、近づくよりも前に彼の顔色が悪いことに気がついた。
「おい、おまえ風邪引いてるくせに何やってんだ? ちゃんと寝てろよ」
「う、う~ん……ちょっと中には居づらくて」
視線を逸らし、歯切れの悪い彼の姿を見て、なんとなく何が起きたかを察した但馬は、ムスッとしながらノックもせずに部屋のドアを開いた。大方、その来客とやらに追い出されたに違いない。
ひとこと文句を言ってやろうとズカズカ部屋の中へと入って行ったら、中に居たクロノアがあちゃ~っとした顔をしながら、但馬のことを出迎え、
「閣下! 留守中に勝手なことをして申し訳ございません。平にご容赦を!」
「知らん知らん。それより、来客ってのは?」
「何ですか、騒々しい」
クロノアの背後から見知らぬ男の声が聞こえた。
大慌てで但馬を押しとどめようとするクロノアの肩越しから覗きこんだら、そこにはこれみよがしにレースのヒラヒラがたくさんついてる上等そうな服を着た、ハゲ散らかしてチビデブなおっさんが、優雅に紅茶を啜りながらソファに座っていた。
そんなのが似合うのは黒柳徹子とマツコ・デラックスくらいのものだと、怒鳴ってやりたいのをぐっと堪えながら睨みつけていると、彼はおやっとした顔をしながら、クロノアに尋ねた。
「クロノアよ。こちらのお方は?」
「はっ! 但馬波瑠帝国宰相閣下にあらせられます」
「ほう……聞いてはおりましたが、ずいぶん若いですね」
すると男は優雅な素振りで立ち上がると、慇懃丁寧なお辞儀をし、
「私は皇国議会議員ガルバです。この度は我が兄、シリル・コンラッドより、皇国に滞在中の閣下の世話役を仰せつかってまいりました。これから調停の続く数日間、何かとご不便をお掛けしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」
ガルバはそう言って恭しく礼をしたが、しかし但馬は怒りを押し殺した口調で、
「そんなことはどうでもいい。エリックを追い出したのはあんたか?」
「エリックとは……?」
「閣下! 私が説明いたします!」
慌ててクロノアが間にはいろうとするが、但馬はそんな彼をぐいと押しのけて、
「この部屋で寝ていた病人だ。帰ってきたら、いきなり廊下に立たされているからビックリした」
彼は初め、何故但馬が不機嫌なのかが分からなかったようだが、その理由が判明すると、一体全体、こいつはどうしてそんなことで怒ってるのだと言わんばかりに、呆れるような口調で言った。
「なるほど……エリックとは、あの従者のことでしたか。それでしたら、私が説教をして部屋から追い出しておきました」
「はぁ!? 一体全体、あんたに何の権限があってそんなことするんだっ!」
激怒した但馬が怒鳴り散らすも、ガルバは涼しい顔を崩さない。
「権限などありません。私はただ道理を説いたまでです」
「なんだとっ!?」
「クロノアに誘われ、失礼とは思いましたが閣下の部屋に案内されてきてみれば、ぬくぬくとあなたの従者がベッドに横たわっている。主人はどうしたのかと尋ねてみれば、朝早くから一人で出かけたというではありませんか。聞けば彼は護衛も兼ねているというのに、主人が危険に晒される可能性があるにも関わらず仕事をサボタージュし、のんびりと暖かい部屋の中で眠っている。そんなことがあり得ますか? だから私は、すぐに追い掛けろと言いました」
「あのなあ、道理というならば、彼は病気だったんだ。とても仕事が出来る状態ではなかったから、治るまで部屋でおとなしくしておけと、主人であるこの俺が言ったんですよ。なんで他人であるあんたが勝手に命令するんだ」
「命令などしておりませんよ。私はクロノアの顔に免じて、それ以上は何も言いませんでした。結果、彼は自主的にこの部屋から出て行ったのです」
「そりゃ、あんたがここに居るから居たたまれなくなったんだろうが。出て行くのはあんたの方だったのに」
「先生、もうやめてくれよ」
但馬とガルバが言い争っていると、廊下にいたエリックが半泣きになりながら中に入ってきた。
「それで本当に出て行かれたら、俺はどうしていいか分からなくなっちゃうだろ。これで良かったんだ」
「……しかし」
「クロノアさんが間を取り持ってくれたんだよ。彼の顔も潰さないでくれ。俺が悪かったんだ。油断して風邪なんか引いてられる立場じゃなかったのに、つい先生との付き合いが長いばっかりに甘えてしまった」
「従者が同じ部屋で寝ているのも、普通では考えられませんよ。あと口の聞き方も気をつけるべきですね。これでは主人が不必要に舐められてしまう」
……追い打ちをかけるかのように皮肉を放つガルバに、但馬はカッとなって殴ってやろうかと拳を振り上げかけた。
しかし、彼らしいといえば彼らしいのであるが……その瞬間に何だか急速に冷静になってきて、押しとどめようとするクロノアを手で制し、
「ああ、そうかい。あんたの言いたいことはよく分かった。批判を好き勝手言う権利があるのも認めよう。だが、今まで俺はこのやり方で上手くやってきたんだ。あんたの説教なんざ聞くつもりはないね。分かったらもう帰ってくれ。顔を見ているだけでも不愉快になってきた」
「そうですか。私もそうしたいところですが、残念ながらそうは参りませんね。私は王配から世話役を仰せつかり、あなたを歓待する義務がある」
「……この状況で、いけしゃあしゃあとよく言えるな。その厚かましさは感心するけどね、チェンジだチェンジ。あんたに世話なんてされたくないし、そもそも世話なんて必要ない」
「そうですか。では、さようなら」
ガルバは売り言葉に買い言葉と言った感じで頭を下げると、プンプンと怒りながら出ていこうとした。しかし、それをエリックが止める。
「ちょちょ、ちょっと待って下さい。先生! あいや……宰相閣下。あなたらしくないですよ。いつもならこれくらいじゃ怒らないでしょ。少しは冷静になってくださいよ。俺のために怒ってくれたのはそりゃ嬉しいですけど、今ここでこの人に帰られたら、何のためにこの国に来たのかわからない。喧嘩しに来たんですか?」
但馬はエリックに慣れない敬語を使って窘められて、ウッと言葉をつまらせた。確かに、彼の言うとおりだ。一応、自分は外交使節団として来ているのだから、その接待役とこんな簡単に喧嘩別れをしていては、役目を果たせるとは思えない。
ギャンブル地味たトレードをしたり、アスタクスを解体しようなどと持ちかけられて、少し気が立っていたのだろうか。
「閣下。横から失礼しますが、よろしければガルバ様のお話だけでも聞いてみませんか? 私がお連れしたのも、きっと閣下にとって良いお話だと思ったからなのです」
クロノアにまで言われては立場がない。但馬はボリボリと頭を掻いてから、お手上げのポーズをし、
「……悪かったよ。いや、ガルバ……伯爵?」
伯爵と言うと、但馬の男爵より上だが、こういう時はどう接すれば良いのだろうか……まあ、今更であるが、
「失礼をお詫びします。身内を傷つけられたと思って、ついカッとなってしまった」
「そうですか……そうですね。私の方も少々大人気なかったと思います。ですが、発言は撤回しませんよ。あなた方はもう少し、身分の違いというものを意識した方がよろしい」
「そうですか。それなら俺も撤回しません。俺はこのやり方で上手くやってきてるつもりですから」
ギラギラと視線が交錯する。また二人の意見が食い違って喧嘩になりそうな雰囲気を察してか、クロノアが慌てて愛想笑いを浮かべながら間に入った。
「まあまあまあ、喧嘩両成敗と言うじゃありませんか。お互いに謝ったのですから、これで良しとしましょうよ。それよりも……伯爵。あなたには陛下から仰せつかった大役がございましたでしょう」
「……うーむ」
するとガルバは渋々といった感じに、唇をとがらせながら言った。
「こうなったらハッキリいいますが、本当は私はあなたを連れて行くのには反対なのですが。皇王様から直接仰せつかったからには仕方なくお連れしたいと思います。ですが、あなたが行かれないと仰るのならば、それはそれで結構ですので、そう仰ってください。寧ろそっちの方が良いです」
「……で、連れてくってどこにですか?」
さっさと言えと言いたいところをグッと堪えた。前置きが長く、煮え切らない態度のガルバに対し、但馬はイライラを募らせていたのだが……
「世界樹です」
その言葉を聞いて、それがどこかへ吹き飛んだ。
「世界樹は皇国の国家機密ですから、他国の者を近づけることは普通ならば絶対にしないのですが、皇王たっての希望であなたをお連れするよう言付かっております」
「皇王陛下が……?」
リリィではなくて、何故彼女なのだろうか? 但馬は首を捻ったが、
「どうしますか。行きますか」
「行きます」
但馬が即答すると、ガルバは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、やがてため息を吐いた。
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雪のせいで馬車が使えないから、ホテルから世界樹へは徒歩で向かった。ガルバに言われたせいか、具合の悪そうなエリックまでも付いてこようとしたので、但馬は最初は止めようとしたのだが、
「アナスタシアが居れば治してくれそうだし……はっ……はっ……はっ……はっくしょいっ!!」
と、彼は鼻をズルズルすすりながら言うので、但馬はエリックの心配よりもそっちの方が気になった。
「アーニャちゃんも来るの? なんで?」
世界樹とアナスタシアの関係性についてはまだ誰にも話していない。なのに、彼女も呼ばれたのは、誰かにそれが勘付かれたのだろうか……ドギマギしながらクロノアに尋ねると、それを聞いていたガルバが横から、
「世界樹に入るには、リリィ様の許可が絶対に必要です。彼女に但馬殿をお連れする旨をお伝えしたところ、だったらアナスタシア様もどうかと仰られて……リリィ様と、あなたのご養女は本当に仲良しですね」
そう言いながら、ガルバは勝手なことしやがってと言わんばかりに眉根を寄せ、不機嫌そうな顔をしていた。彼としては、きっと国の宝とも呼ぶべき世界樹に、部外者をホイホイ近づけたくないのだろう。
そんな彼の言うとおり、世界樹に着くとリリィとアナスタシア、それからリーゼロッテの三人が但馬達を待っていた。
但馬が出歩いていたせいで到着が遅れ、彼女らは長いこと世界樹の大聖堂で待ちぼうけを食わされていたようで、彼がやって来るとリリィがプンプンと抗議の声を上げた。
それを尻目に、アナスタシアはエリックがぐったりしているのにすぐ気がついて、彼に治癒魔法をかけてくれた。するとエリックはみるみるうちに回復していき、助かったよとお礼を言っていた。その手並みはすでにリリィを超越してるに違いない。本当に、何故なのだろうか……
それから、世界樹はエトルリア聖教の総本山であるサン・ピエトロ大聖堂の中にあるため、そこへ近づくために但馬たちはドリフの聖歌隊みたいな僧服に着替えさせられた。
その際、キリスト教徒であることを示すために色々と質問されたが、但馬は知ってる知識だけでそれを乗り越え、見事キリスト教徒認定された。
ぶっちゃけ、クリスチャンなわけないのであるが、こちとら身内が死んだ時だけ仏教徒にだってなれる日本人である。目的があれば宗旨替えなんて朝飯前だ。
そんなこんなで、ぶつくさ言うガルバを極力無視しながら、ウキウキと大聖堂を出ていざ世界樹の元へと足を運ぼうとしたら、但馬と彼との間に流れる空気を察したのか、メイドがコソコソ近づいてきて、
「……社長。ガルバ様と何かあったのですか?」
面倒くさいからかいつまんで説明すると、彼女は困ったなといった顔を見せ、
「ガルバ様は保守的で頑固なお方ですが、決して悪いお方ではないのです。誤解なきようお願いします」
「いやに肩を持つじゃないか。知り合いなの?」
するとメイドはコクリとうなずき、
「私が皇都に居た際に、お世話になっていたのがガルバ様なのです。私はリリィ様の従者扱いでしたが、やはり出自を公言できないような立場でしたから、サンタ・マリア宮殿には通いでお仕えしておりました。その時、身分を保証し、居候させてくださったのが、ガルバ様のギレム家でした」
「ふーん……そうなんだ」
但馬は、それじゃお礼を言わなければと思いつつも、すぐになんで自分が頭を下げねばならないのかと思って、腹が立ってきた。いや、そもそも、但馬はリーゼロッテの父親ではないのだ。例えるなら前世がそうだったと言うだけで。だから頭を下げるのは筋が違う。そうに違いない……
などと自分会議で言い訳を探している時だった。彼はふと思い立って、
「……そういや、ガルバ伯爵はシリル殿下の弟さんなんだよな」
確か、最初にそう自己紹介していたはずだ。メイドは首を縦に振った。
「はい。ああ見えて、若い頃は殿下にも負けず劣らずの色男ぶりだったようで、ご兄弟で皇王陛下のハートを射止めようと争っていたことは、今でも皇都で語り草になっておりますよ」
「ふーん。じゃあ、皇家ってファミリーネームはギレムだったんだ。知らなかった……いや、でも待てよ? 殿下は王配で婿養子だから、苗字が変わったのか」
「いいえ、皇家もギレム家でございますよ。皇家は代々、近親結婚を繰り返しておりましたので、リリィ様にも幼い頃から許婚候補者が何人もいらっしゃったのですが……」
そう言いながら、リーゼロッテの顔が曇っていった。そう言えば、近いうちに結婚するという話であるそうだが、後で直接本人に聞いてみようか……と、そんなことを漠然と考えている時、ふと気づいた。
「あれ……? でもおかしいな。皇家もギレム家なんだよね?」
「さようでございますよ」
「じゃあ、リリィ様のプロスペクターってなんなんだ? ファミリーネームじゃなかったの?」
確か、彼女はいつも自分のことをリリィ・プロスペクターと名乗っていたはずだ。もしかして、プロスペクターも名前の内で、リリィ・プロスペクター・ギレムがフルネームなのだろうかと思ったが、思い返せば但馬の鑑定魔法でもリリィ・プロスペクターと表示されるし、それ以上の情報は出てこない。
ギレムはどこに行ったんだ? と首を捻っていると、
「但馬殿、少々よろしいでしょうか?」
世界樹の前にたどり着いたガルバから声がかかり、但馬はハッと現実に引き戻された。
「あ、はい。なんでしょう」
どうやら世界樹に入る前に、何か注意事項の説明があるらしい。
「世界樹に入るにあたって、まず皆さんに、ここが皇国の中枢であり、現在では何人たりとも立入禁止の区画であることを、くれぐれも自覚しておいてください。この中で見たものは、決して外に漏らさぬように」
国の重要機密であるから、当然それくらいあるだろうと、但馬は最初は黙って聞いていたが……ところが、それはとんでもない方向に転がりだしていった。
「世界樹に入るには資格が必要です。最低でも皇国の貴族であること。次に、キリスト教徒……出来ればエトルリア聖教徒であること。つまり、他国の異教徒は中に入ることは出来ません」
「……チョット待て、じゃあ俺は? 中に入れないの?」
但馬は皇国の貴族ではない。彼が言うとガルバは当たり前だと言わんばかりに鷹揚に頷き、
「もちろんです。あなたがこの中に入るなど言語道断。もしもエトルリア皇国に降り、皇家に忠誠を誓うのであれば話は変わりますが……もしもそうしたところで、私は許可しませんね。議会に働きかけて何が何でも阻止します」
その皮肉っぽいセリフにむかっ腹も立ったが、但馬は極力冷静に続けた。
「それじゃ何のために俺をここまで連れてきたんだよ? まさか、単なる嫌がらせのつもりじゃねえだろうな」
「嫌がらせと言えば嫌がらせですね。あなたには世界樹に入る資格がない。我々も許可できません。しかし……もしも、あなたがそれでもこの中に入りたいのであれば、勝手に入っても構いません」
但馬が、何を言ってるんだこの男は……と言った感じにじっと見ていたら、ガルバはより一層ムスッとした顔をして、
「世界樹に入るにはもう1つ条件が必要なのです。それは世界樹自体に選ばれること。普通は、世界樹の中に入りたくても、その入口がどこにあるのか、どうやったら入れるのか、誰にもわからないのですよ。唯一、それが可能なのは、皇家の血を色濃く受け継ぐ者、この中ではリリィ様だけです」
「ああ……」
それで合点がいった。
メディアの世界樹もそうであったが、この世界樹という遺跡にはセキュリティが存在する。メディアのそれは入り口が壊されているから誰でも中に入ることが出来たが、入ったところで端末を動かせるのは但馬だけだ。
つまり、この世界樹は基本的には皇家にお願いしなければ中に入れない施設なのだから、その皇家が拒否をしたら、普通はどう足掻いても入れないはずなのだ。
「それでもどうしても入りたいのであれば、どうぞご自由に。どうせ中に入れないのですから、皇国は今からあなたがすることは見ていません。その間にお好きになさってくださって結構です。本当に、中に入れるのであればですが」
但馬は肩をすくめると、ガルバに向かって尋ねた。
「皇王様が許可してくれたんだっけ?」
「……陛下たってのご希望でした。あなたなら入れるのではないかと」
「そうかい。じゃあ、帰ったら感謝するって伝えておいて」
彼はそう言うと、リリィやアナスタシア、他のみんなが見守る中を世界樹に向かって歩いて行った。通りすがりにちらりと見たら、リリィがニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
恐らく、彼女には分かるのだろう。リディアで知り合った頃の但馬と、今の彼とでは別人と言っていいくらいの違いがあるということに。
それは但馬とリリィ共通の感覚でしかないものであったが、すぐに他のみんなにも分かるだろう。
メディアのそれを調査した時から5年。いつか他の世界樹も見てみたいと思っていた。但馬はその入口に立っていた。





