サンタ・マリア会談
エトルリア皇国首都アクロポリスは、ポリスとつくだけあって古式ゆかしい都市国家であった。
南北エトルリア大陸とガッリア大陸を分ける海峡である、エーゲ海に面した小高い丘の上に、高さ100メートルは下らない巨木がそびえ立ち、それを中心として広がった海辺の街は高い壁で囲まれており、千年を越える長い歴史の中で城壁はその役目を終えていたが、かつては周辺諸国を圧倒する防御の要として今でもその威容を誇っていた。
城壁の内側にいれば、どこからでも拝める世界樹は、街の十数キロ手前から目立つほどの大きさであり、この国の象徴とも呼べるその木の向こう側から朝日がのぼる様は、なんとも幻想的で見る者の言葉を奪った。
海風にざわめき、落ちた葉っぱの一枚一枚が生命の象徴として観光客に人気であるらしく、それをかき集める子供たちの声が、街のあちこちで響いては、なんとものんきな風景を作り上げていた。
道行く人はみんな落ち着いていて、リディアのように急ぐということがない。しゃべり方もどこかおっとりとしていて、京ことばのような柔らかな感じを漂わせつつも、この街が世界の中心であるという誇りをも滲ませていた。
但馬がリリィと会うときは、何故かいつも年末だったが、こうして遠い彼女の国までやってきたのも例外ではなく、クリスマスムード一色の町並みは、まるで戦争をやっていることなど忘れてしまいそうなくらいに綺羅びやかで、嘘みたいに平穏だった。
エリックが言う。
「中央区の王宮のあたりにそっくりだな」
と彼がつぶやいた通り、アクロポリスの町並みは見た目も雰囲気もローデポリスの高級住宅地そのものだった。ロマネスク様式の町並みも、ハーフティンバー方式の家々が立ち並ぶ姿も、どちらもこの国には存在していた。
いや、あちらがこちらを真似たのだろうが、まるで懐かしいリディアへ帰ってきたようで、2ヶ月以上も離れているせいか、但馬はホームシックのようなしんみりとした気持ちになった。
おまけにもっと懐かしいものがあった。どの家の玄関にも、但馬が生きていた頃の日本でも見かけた、月桂樹のクリスマスリースがかけられており、クリスマスを祝うジングルベルの歌声が聞こえてくるのだ。きっと雪でも降ってきたら、どうしようもなく寂しい気分になるのであろう。
アクロポリスはエトルリア聖教の総本山らしく、聖堂や教会がいくつもあり、どこからともなく賛美歌の合唱が聞こえてくると、本当に、大昔のどこかヨーロッパの国にでも紛れ込んだような気にさせられた。
戦争なんかで来たくなかったな……と、しみじみ思いながら、但馬はお供を連れて、こっそり離宮の裏手から皇国の中枢であるサンタ・マリア宮殿へと入っていった。門番が緊張した素振りで敬礼を返してくる。議会議員を名乗る男が但馬達を案内する。
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ビテュニアを包囲していた帝国軍に、最後の命令を下そうとしたとき、どこからともなく現れたエトルリア皇女リリィは、戦争の調停のためにやってきたと言った。
かつて主人と仰いでいた懐かしい姫の姿を見つけると、リーゼロッテが駆け寄ってきて、まるで子供のように泣き縋った。帝国軍最強と言われる兵士のそんな姿にみんなが戦意を喪失し、ほっこりしながら見守っていると、いつの間にか後方の本陣にいるはずのブリジットもやってきて、自分の立場も考えずに膝をつこうとしたものだから、慌てて但馬と近衛隊長の二人で羽交い締めにした。
ブリジットはボロボロと流れる涙を隠すことなく、再会の言葉を述べ、リリィの方も嬉し涙を隠さずにそれを受けると、二人はどちらからともなく歩み寄っては、しっかと抱き合って再会を祝した。
その光景はとても美しく、戦意を削ぐには十分であり、それを見た兵隊たちはなんかもうビテュニアとかどうでもいいや……といった感じに銃をおろして、抱き合う二人を見守った。
そして涙の再会が落ち着いてから、リリィは言った。
ビテュニアを攻めては非戦闘員まで犠牲になる。エトルリア聖教教主としては、信者が命を落とすのは忍びないので、これ以上の戦闘は行わぬようにと。
但馬は信者ではないので命令される筋合いは無いと反論しようとしたが、周囲を見れば明らかに彼のほうが異端であり、教主に言われてしまっては仕方ないといった雰囲気が圧倒的だった。
この世界は一神教に支配されている。南部諸侯はもちろんのこと、リディア人もその殆どがエトルリア聖教徒なのだ。
呆然とした但馬であったが、そんな彼の困惑を見抜いていたのか(彼女は盲目なのだから見ぬくと言うのはおかしいが……)リリィはすっと但馬のそばに寄ってくると……
それは建前で、ちゃんと双方の間に立って調停を行うから、取り敢えず首都まで来るようにと耳打ちしてきた。
もう長いことアスタクスと揉めているのに一言もなく、観戦武官すら派遣してこなかったこともあり、皇国はどこまでもこちらを無視するつもりなのだろうかと思っていたのだが、実はそうでも無かったらしい。その理由はすぐに判明するが、彼らにも事情があったのだ。
アクロポリスには当然のようにブリジットが行きたがったが、もちろんそんなわけには行かず、ウルフと近衛隊長と三人で説得して黙らせた。代わりに誰が行くかと言うことになれば、普通に考えて外務大臣が居ないのであれば但馬だろうということで、彼はこうしてエトルリア皇国首都、アクロポリスにまでやってきたと言うわけである。
お付きとしてアクロポリスに長年住んでいたリーゼロッテとクロノアが同行し、但馬の副官としてエリックを加えてたった4人の小集団であったが、一行はれっきとした使節団であった。本来ならもっと大人数で来るべきなのだろうが、相手の都合でお忍びでしか首都に入ることが出来ず、こうなった。因みに、観光客に化けてシロッコが潜伏済みである。
なにはともあれ、これで戦争に一区切りが着くと思うとホッとしつつも、まだ方伯との話し合いの段階に過ぎないので、相手に飲まれないようにと気を引き締めていたのだが、皇国はいきなり本番の話し合いを行ってもいいことは無いから、まずは調停者と会談を行いましょうと提案してきた。
確かに、ケンカ状態の二人を引きあわせて、さあ話し合えと言っても上手くいくわけがない。第三者が間に入って、双方の間を行ったり来たりするほうがずっと良い。外交だって、いきなり国のトップ同士が会うことは滅多になく、事前に外交官同士が何度も調整をしてから、最終的な取り決めをトップが行うというのが通例だろう。
そんなわけでアクロポリスに到着して即日宮殿に呼びだされた但馬は、最初の段階の話し合いだからと、存外気楽な調子で調停者の待つ応接の間に案内された。どうせ大した人物は出てこないと思っていたのだ。
しかし、そこに居たのは彼の想像を越える人物たちであった。
片方はきりりとした眉毛が意思の強さを表している、ロマンスグレーのナイスミドルで、もう片方は柔和で落ち着いた雰囲気の真っ白を通り越して病人のように青白い顔をした赤毛の女性で、二人とも礼服にびっしり略綬をつけているところを見ると、さぞかしこの国のお偉さんなのだろうと思っていたら、但馬達を案内してくれた議員が、
「エトルリア皇王ジャンネット・リリィ・キャロライン・クリスティア・アン・ルーシー・クラリッサ……以下省略……陛下と、その王配シリル・コンラッド殿下であらせられます」
と言い出したものだから、思わずズッコケそうになった。
そのあまりにも長い名前もそうであるが、予想外にもいきなり敵の親玉の登場である。
どうやら、彼らが帝国と方伯の仲裁をして、お互いの意見を擦り合わせてくれるそうであるが……流石にこんな大物がいきなり出てくるとは思いも寄らず、但馬はあわあわと緊張して冷や汗をかいた。
しかし、但馬のそんな緊張を知ってか知らずか、女性のほうがニコニコとしながら立ち上がり、
「あらあら、まあまあ、この子があの勇者ちゃんなのね。お会いできて光栄よ。おばさんね、いつもね、リリィちゃんからお話を聞いてね、あなたに会いたいと思ってたのよ」
と言って、但馬の横を素通りし、戸惑うエリックにガバーッと抱きついた。硬直するエリックが、今までに見たこともないような表情で但馬に助けを求める視線を送ると、
「陛下。そちらは宰相閣下の部下の方で、閣下はこちらでございます」
それを横で見ていたクロノアが、眉間にしわを寄せて肩をすくめ、いかにも頭がいたいと言いたそうな素振りで首を振った。
すると、間違いを指摘された女性は、今度は但馬をロックオンし、
「あらあらあら、まあまあまあ」
と言いながら、ガバーッと但馬のことをハグしてきた。ボインと胸に当たるこの感触はBカップである。素晴らしい……などと思いながら硬直して(下半身ではない)佇んでいると、
「あなたが勇者ちゃんね。おばさん、あなたに会いたくて会いたくて、昨日は夜遅くまで眠れなかったのよ。それで……げほげほ……今日あったら是非あなたと……ゴホッ……お話したくって朝から……ゲホゲホゲホゲホッゲホッゴボゴボゴボ……ゲボォォー」
突然、女性は咳込んだかと思ったら、いきなりドバドバと吐血した。
「な、な、なんじゃこりゃあああああ!?」
仰天して但馬が目をひん剥く。
「リリィ様! リリィ様!」
それを見ていたリーゼロッテが、大慌てで駆け寄ってきて、吐血する彼女の口にハンカチを当てながら、リリィのことを大声で呼んだ。
「なんじゃ騒々しいのう……ふむ? また母上か……」
すると隣室に控えていたらしきリリィがのんびりやってきて、部屋の中の様子を感じ取ったのか、但馬に抱きつきながらグロッキー状態の女性の方を向いてから何やら祈りの言葉を唱えだし、
「主よ……十字架の血に救いあれば、来たれと我は聞けり……」
但馬から雑に彼女を引剥がし、肩を貸しながら部屋から出て行った。
但馬の正装は血でべっとりと染まった。
「すまない。妻は体が弱くて……」
「言うことそれだけかよっ!」
我慢しきれずツッコミを入れると、周囲を取り巻く護衛やら議員やらが一様に、オオッと溜息のような歓声を漏らした。これがリリィの言っていた但馬のツッコミかとかなんとかヒソヒソ言いあっている。
おかしい……つい数日前まで戦争をしていたはずなのだが……但馬はなんだかとんでもないところに来ちゃったなと思いつつ、
「取り敢えず、着替えてきてもいいですか?」
と言うと、返事を待たずに来た道を引き返していった。
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「すまない。妻は体が弱くて……汚した服は皇家が弁償しよう」
「いや、いいですよ、そんなの」
本当に他に言うことは無いのかと思いつつ、服を着替えてきた但馬は男性の謝罪を受け入れた。真面目ぶって見えても、この人も相当アホなのかもしれない。彼は警戒しつつ、男性の対面のソファに腰掛けた。
但馬は事前交渉の会談のつもりでやって来たら、いきなり出てきた皇王夫妻にビビったが、そのお笑いコンビみたいなやり取りにすっかり緊張もほぐれていた。それも彼らの計算の内であるなら大したものであるが、まあ、そんなことはないのだろう。
それにしても、いきなり吐血とは体が弱いの一言で済むものではないだろうに、周囲が慣れた感じがしてるのはどうしたものか。確かに、あのデバフ満載のリリィの母親だと思えば、案外あんなものなのかも知れないが……
などとぼんやりと考えていると、
「ふむ。気もそぞろといったところだね。こちらの失態に巻き込んでしまった手前、強くは言えないが、まだ本題にすら入ってないのだから、気を抜くのはもう少し後にしてもらいたい」
「あ、はい。すみません」
「では、改めて今日はよろしく頼むよ。リディア宰相、但馬波瑠君」
そう言って男は握手を求めて手を差し出してきた。リディアとわざわざ呼ぶと言うことは、アナトリア帝国を認めてないと受け取って良いのだろうか。
まあ、その辺の議論も追い追いやっていけばいいだろうと思いつつ、但馬は彼の手を握ると、
「こちらこそ、よろしくお願いします。えーっと、皇王様?」
「いいや、私はその王配だ。信じられないかもしれないが、エトルリア皇王はさっきのあれの方だ」
その事実に但馬は驚いたが、その皇王をあれ呼ばわりすることにも驚いた。千年を越える皇国というから、さぞかし格式張ったいけ好かない連中が出てくるのだと思って身構えていたのだが、拍子抜けである。
まあ、これくらいフランクなら、ある意味話しやすいのでありがたい。但馬はフーっとため息を吐くと、お腹に力を込めて気を引き締め直した。
「いや、失礼しました。どうもこの国に来てから、自分たちが戦争をしていたということが嘘みたいで、どう飲み込めばいいのか戸惑っているようです。何しろ、この街の人々は平和そのもので、戦争など他人事のような感じですし」
「無論、他人事だからだ。我々は戦争などしていない。君は我が国の政体についてはあまり詳しくないのだろうか」
そう言われて、生前にハンス皇帝から講釈を受けていたことを思い出した。すぐに言及しようとしたが、それを制してシリル殿下は続けた。
「皇家は政治不介入で、政治は議会が行うものだ。だが、その議会も国内問題にはいくらでも口出し出来ても、他国となれば勝手が違う。失礼だが君らの国を、国として認めてしまうと、国家間紛争として議会は対応しなくてはならなくなる。それがどういうことか分かるかね」
「皇国全体……アスタクスだけでなく、ロンバルディア、シルミウム、トリエルとも戦争になるということですか」
「左様。そうなると各国は兵を出さざるを得なくなる。少なくとも金銭的な支援くらいは行う。だが、君らがやりあっているのは皇国の僻地であり、とてもじゃないが各国は兵を出したがらない。そこで君たちのことを見くびることにしたんだよ。今回の戦争はアスタクス南部の反乱に過ぎず、ただの内紛なのだから、皇国は干渉しない。自分たちで片付けなさいと」
つらつらと淀みなく語る言葉は他人事過ぎて唖然としたが、その内容はとても分かりやすかった。
道理で、どこまで行ってもリディア女伯爵だのなんだの言われるわけである。但馬たちが僻地で戦ってる間、中央ではずっと介入しないで済む言い訳を模索していたわけだ。
「しかし、いい加減にそういうわけにもいかなくなった。別に南部の諸侯が独立しようが、君たちが誰と交易をしようが、皇国議会は無視していれば良かった。だが、ビテュニアが落とされるとなると話が変わる。君たちは強すぎたのだよ」
「各国が挙兵し始めたんでしょうか?」
「いや、まだだ。進軍が早かったので、まだ議論すらされていない。今のところ議会を招集する予定もない」
だが、調停が上手く行かなければ議会が招集され各国が動き出すと言うわけだ。
「話は分かりました。こちらとしては、どんな形にせよ、アスタクス方伯を交渉の席に引っ張り出せればそれで結構です。間を取り持ってくれるのであれば、大変助かります」
「理解が早くて助かる。それで、君らの目的はなんなのかね。ビテュニアを落とした後は……世界征服?」
「滅相もない」
但馬はブルブルと頭を振った。
「帝国の目的は一貫してますよ。先の戦争で支払いが滞っている賠償金を、方伯が耳を揃えて払うこと。その上で、イオニア海交易に口を挟まないでもらいたいと、それだけの話です。征服欲なんざ微塵もありゃしません」
「ふむ……では、カンディア島はどうなのか。調停が終われば、君らはちゃんと返還をするつもりでいるのだろうか」
「返還……?」
但馬は眉をひそめた。
「いいえ。そんなつもりはないですよ」
「それは征服と呼べるのではないのか?」
「冗談じゃない。カンディアは元々、リディア王家の故郷ですし、先帝陛下はその当主でした。現在、統治している公爵はその直系男子ですよ? 領有する正当な理由が十分にあると思います。」
「なるほど、そうであるか……」
なんだか雲行きが怪しくなってきたような。
「選帝侯は君たちが不当に占拠していると言っている。彼自身は、カンディアから追い出された元領主に頼まれて兵を挙げたつもりであるようだ」
「だとしても順序が逆ですよ。カンディアがリディアにちょっかいを掛けてきたのが最初です。彼らはコルフを唆して、乗っ取ろうとさえしましたから。リリィ様が襲われたことを、まさか忘れてはいませんよね」
「確かにそうだったな。なるほど……ここに齟齬がある。この溝を埋めるとなると……」
シリル殿下は頭に拳を当てて暫し黙考したかと思うと、
「相わかった。では、こういうのはどうであろう。リディア女伯爵を辺境伯に格上げし、選帝権を付与する。アスタクス方伯と同格とし、今回の紛争の責任を取ってカンディアを譲渡させる」
聞き捨てならない言葉が出てきて、但馬はムッとしながら反論した。
「ちょっと待って下さい。どうして我が帝国が、皇国の家来みたいな扱いを受けねばならないのです? 我が国は三国を領有し、海外にも領土を広げる大帝国ですよ?」
「先ほど、どんな形でも良いと言っていたではないか。まあ、納得いかない気持ちは分かる。要はポーズだけでも臣下の礼を取ってくれれば、議会が介入できると言う話なのだが……」
クーデターのこともあり、戦争の早期解決は目下最大の懸案事項である。元々、本国と仰いでいた国であるし、形だけなら問題ないようにも思えるが……かと言って納得できる話でもない。
「それはちょっと、出来かねますね。我々にもプライドがありますから」
アナトリアとエトルリア、彼我の戦力差を考えても、すでにアナトリアは人口以外は互角か全て上回っている。エトルリアとアナトリア本土は海を隔てており、仮に全面戦争になったとしても、防衛だけなら負ける気はサラサラ無い。
なんで下手に出なきゃならないのか……スピード解決は魅力的であったが、但馬はそれを断った。
シリル殿下は慇懃に頷くと、
「左様であるか。ならば仕方あるまい。抜本的な解決は諦め、時間はかかるであろうが、一つ一つ解決していくことにしよう」
「もとよりそのつもりです。方伯が交渉の席に着かず、逃げ回っているのが悪いのです」
「なんにせよ、ビテュニアを落とされる前にこうして話し合いの席を持てたことは、お互いにとって幸運であった。あと1日でも違えば手遅れになるところだったが」
本当に、ギリギリのタイミングでリリィはあの場に現れたものである。あれだけタイミングが良いとなると、包囲が始まった後に、観戦武官の誰かが皇国に報告していたのだろうと思っていたが……
「聖教会に彼女が駆け込んできた時は驚いたが、君は素晴らしい部下を持っているな」
「え?」
殿下が何やら意味ありげなセリフを呟き、但馬は首を傾げた。彼がポカンと口を開けていると、殿下が続けた。
「得難いのは主君のために自らの考えで動ける人材だよ。アナスタシアは、君の臣下ではなかったのか? 娘にそう聞いているが」
アナスタシアは臣下というか家族であるが……そういえば、あの時彼女はリリィと共に現れたが、どうして彼女があの場に居たのかと思えば、
「聖教会に駆け込み、調停を依頼しに来たのは彼女であるぞ。我が娘と知り合いだという彼女に、選帝侯が依頼したようだ」
どうしてそんなことになったのかちんぷんかんぷんで、但馬は何も言葉が出てこなかった。リディアを出てから、一体彼女に何があったのか、一度話をしないといけないようである。
いや、聞かなければいけないことは他にもある。
「ところで、アナスタシアとは一体何者なのだ? やけに我が娘とそっくりで、初めて会った時は驚いたが……」
そんなことは、こっちのほうが聞きたいくらいだ……但馬はそう思ったが、返事の代わりに出てくるのは変な愛想笑いだけだった。